ニュースレター号

「進歩派の悲願(?)」韓国で‘検察改革’を完遂する法案が成立…副作用への憂慮も

皆さま、アンニョンハセヨ。今日は8月7日、金曜日です。3日にお伝えしたように、本来ならば今日はジャーナル型のニュースレター、つまり様々なトピックが詰まったものをお届けする予定でした。

しかし、リニューアルに向けた仕事が山積する中、当初の計画を変更せざるを得ませんでした。クラウドファンディングの結果が確定するまで動けなかった部分が多く、幾重にも仕事が重なっている状況です。焦りの中で毎日を過ごしています。

このような理由から今回は、韓国で今、最もホットな話題の一つである「検察改革の完了」について書きます。

●検察の捜査開始権や直接捜査権を廃止

8月4日、李在明大統領が主宰する国務会議(閣議)で、改正された刑事訴訟法の公布案が、原案通り議決されました。

これは7月31日に国会で可決されたもので、検察の直接捜査権を廃止することを骨子とするものです。韓国の日刊紙・京郷新聞が5日付けの記事で「1954年の刑事訴訟法制定以来、72年ぶりに刑事司法制度が大きく変わる」と称したように、大きな変化となります。

韓国の政治社会に関心のある方は、ここ数年、何度も検察改革という言葉を目にしたはずです。特に文在寅(ムン・ジェイン、在職17年5月〜22年5月)政権時代には、「権力機関の民主的な改革」の一つとして、国政課題に指定されていました。

その核心は、権力の力を削ぐ事にあります。韓国の検察はながく「無所不為(ムソプリ)」と呼ばれてきました。これは「できないことはない」という意味です。

韓国に検察の権限を主要先進国と比較したもの。その権限の大きさが際立つ。書籍『検察共和国、大韓民国』(サムイン、2011)P146の表を筆者が日本語に翻訳したもの。過去にYahoo!ニュースに寄稿した記事より引用。

韓国に検察の権限を主要先進国と比較したもの。その権限の大きさが際立つ。書籍『検察共和国、大韓民国』(サムイン、2011)P146の表を筆者が日本語に翻訳したもの。過去にYahoo!ニュースに寄稿した記事より引用。

上記の表は、2020年11月に筆者がYahoo!ニュースに寄稿した記事から引用したものです。

韓国の検察は当時、世界最強と言われていました。それは捜査を思い通りに始め、起訴することができるという部分で端的に表現されます。

これにより過去、検察は時の政権の「懐刀」として機能してきました。

検察はその力を社会や市民のためでなく「政敵の除去」や南北分断・対立を口実とした「スパイのねつ造」といった風に権力者のために使いました。

さらに政治権力の非理(違法行為)を見逃すことで得た力を用い、検察そのものを誰も手を出せない組織としてきた側面があります。

●文在寅政権下での「未完の改革」

文在寅前大統領は、在野人士だった2011年に出版した共著『検察を考える』という本の中で、その危険性を強調していました。

「政治権力と検察は互いに自身の権限を拡大し、既得権を極大化する」、「政治がみずから改革できない場合、その役割を検察が担当することになる。この過程で政治は検察に従属する」というものです。

さらに検察は政治家のように投票により選出された職でないため任期も無く、けん制する組織が存在しない点も重要です。任官するとすぐに3級公務員(一般的にキャリア公務員は5級から)となるなど、その扱いは別格でした。

ちょうど文政権の時代、ある国会議員が私とのインタビューの際に語った「国会議員が唯一怖がるのは検察だけ」という言葉は強烈でした。検察の強さと、その検察をなんとかコントロールしたい議員の思いが集約されています。

文政権下では一貫して検察改革が行われました。「検警捜査権調整」と表されるもので、上下関係にあった検察と警察の関係は一部、協力関係に調整されました。

これは裏返すと、検察の力を削ぐものでしたが、「검수완박(コムスワンバッ、検察の捜査権を完全に剥奪するという意味)」という最終目的は果たせませんでした。

それどころか、検察改革をめぐり文政権と衝突した尹錫悦検察総長が、ライバル政党から大統領選に出馬し当選するという、大きな逆風を浴びる始末でした。

並んで歩く文在寅、尹錫悦両氏。2019年7月25日、文大統領が尹錫悦氏に検察総長の任命状を渡した当時の写真だ。青瓦台(大統領府)提供。

並んで歩く文在寅、尹錫悦両氏。2019年7月25日、文大統領が尹錫悦氏に検察総長の任命状を渡した当時の写真だ。青瓦台(大統領府)提供。

●検察は「公訴庁」に

この「悲願」が今回、ついに成し遂げられたのです。

10月2日から検察は「公訴庁」へと名前を変え、直接捜査することができなくなります。公訴、すなわち裁判を提起し、それを維持する役割のみ果たします。

これは「捜査と起訴の分離」と評されるものです。裁判は検察(公訴庁)が、捜査は警察(司法警察官)が、という役割の分担です。

韓国ではこれまで、警察が初動捜査を行い、その記録を検察に送りました。検察はそれを見て警察に追加捜査を指示する一方、直に補完捜査を行うこともありました。これらを経て起訴か不起訴を決めていたのです。

先述した「検警捜査権調整(21年1月より)」により、全ての捜査記録を検察に送ること(全件送致)と、検察の捜査指揮権が無くなる変化がありました。

しかし今回の法改正では、検察の「補完捜査権」も完全に削除しました。これにより、検察は捜査から完全に離れることになります。

その代わり検察には、警察から送致された捜査記録を見て、補完捜査を警察に「要求」する「補完捜査要求権」が設定されました。

捜査は今後、警察と、新たに発足する重大犯罪捜査庁(重捜庁)が担います。

一般的な捜査は警察が行い、重捜庁は「7大犯罪」と呼ばれる「腐敗(汚職)、経済、防衛事業、麻薬、国家保護、サイバー、法歪曲罪」の捜査を専門に行います。

また高位公職者の犯罪については、これまでと変わらず高位公職者犯罪捜査処(公捜処)が担当します。

なお、例外的に検察が直接捜査を行うことがあります。それは特別検察官の場合です。

例えば7月30日に、先の統一地方選における投票用紙不足問題を捜査する特別検察法が与野党一致で成立しました。今後任命されるであろう特別検察官とその補佐、さらに各地方庁から派遣される検事は、10月2日以降も捜査権を持ち続けます。

●しわ寄せは庶民に

だが、事は誠に複雑です。なぜなら、並々ならぬ副作用が予想されるからです。

日刊紙・京郷新聞は3日付けの一面で「より複雑になった刑事手続き…大きくなるであろう‘金とバックの影響’」と報じました。

これは今後、警察と検察(公訴庁)に圧力をかけられるような弁護人を雇えない告訴人または告発人(直接の被害者やその関係者が告訴人、被害者に代わる第三者が告発人)の場合、事件の捜査は後回しにされたまま、時間だけが過ぎて行く可能性がある点を指摘するものです。

検察(公訴庁)はこれまでのように直接捜査ができないため、警察にあらゆる事件の捜査が集中する中で、「金とバック(有力な支援者)」を持たない庶民だけが割を食うであろうという、非常に大きな問題です。

8月3日付け京郷新聞一面。筆者撮影。写真は猛暑を伝えるものです。

8月3日付け京郷新聞一面。筆者撮影。写真は猛暑を伝えるものです。

まさにこの点において、今回の検察改革が世論の批判を集めているのです。

検察(公訴庁)の補完捜査要求に警察は協力しなければならないとされますが、現実的にこれが不誠実に履行される場合、事件は検察と警察の間で長期にわたって行き来する可能性があるのです。

どういうことでしょうか。

検察の補完捜査要求権を受けた警察は、一か月以内に捜査を終えなければなりません。これは警察もしくは検察の要請でもう一か月延長することができますが、検察はその結果に満足しない場合に、ふたたび補完捜査を要求することになります。

このやり取りの回数には制限がないことから、結局は庶民だけが後回しにされるのではないか、力の無い被害者だけが割を食う改革ではないかという批判です。

政府は人員の拡充を行っているものの、捜査のための人員不足は広く伝わっています。

なお、京郷新聞は「検察庁が25年3~4月に全国12の主要検察庁の事件処理現況を集計した結果、全体5万5174件中、45.6%に対し、検察が直接、補完捜査を行った」と報じています。この分を丸ごと警察が負担する場合、業務はパンクするでしょう。

重大犯罪捜査庁(重捜庁)は10月の発足に合わせ、現在、検事としてはたらく人員をできるだけ確保しようと動いています。しかし待遇が下がるという話が広まり、どれほどの現役検事が重捜庁の捜査官となるのかはまだ未知数です。

検察は補完捜査要求を履行しない警察に対し、懲戒を要求する権利を持ちます。ですが、同僚である警察に対し、実際に使われる可能性はほぼ無いだろうと、韓国メディアでは見立てています。

↑これは「もし検察の補完捜査がなかったら」というタイトルの動画です。なんと2週間前に検察庁が作ったものです。いかに韓国で今、つばぜり合いが行われているのかを象徴する動画です。後述する光州の事件の出てきますが、警察は「利用するな」と反発しています。

●警察が証拠を隠滅

さらに、警察もそう褒められた組織ではないという点も、こんな批判世論を後押ししました。

今年5月、光州(クアンジュ)市内で女子高校生イ・チェウォンさんが23歳の男性チャン・ユンギに殺害される痛ましい事件がありました。当初は殺人事件として扱われていましたが、実はチャンユンギは強姦目的だったことが分かりました。

殺人と強姦目的の殺人の刑量には大きな差があります。後者は無期懲役か死刑しかありません。そして、これを知っているチャンユンギの父が、証拠隠滅を図ったことが判明します。

ですがなんとこの父は、現職の警察幹部で、捜査にあたった刑事たちとも面識がありました。刑事たちは捜査情報を教え、証拠物をチャンユンギの父に渡すなどしたのです。

いわば警察がグルになり、事件の矮小化を行ったことになります。

現在、捜査が進んでいますが、この事が明らかになるや、「警察に全てを任せられない」、「検察と同じように警察も牽制すべき」という世論が生まれました。

これに先述したような、検察を補完捜査から除外することの「悪影響」が庶民に向かうという指摘が重なり、世論は揺れます。

また過去に、検察の補完捜査により事件の全貌が明らかになった事件の記憶が呼び起こされると同時に、検察がでっち上げた事件の記憶も再び召喚され、いたちごっこのような様相となりました。

事件の被害者となったイ・チェウォンさんの肖像画。両親が韓国メディアに向けて公開しました。被害者が「Aさん」といった顔のない存在ではなく、人生を生きた「イ・チェウォン」であると記憶してほしいという思いによるものでした。

事件の被害者となったイ・チェウォンさんの肖像画。両親が韓国メディアに向けて公開しました。被害者が「Aさん」といった顔のない存在ではなく、人生を生きた「イ・チェウォン」であると記憶してほしいという思いによるものでした。

それでも結局、庶民への悪影響という理解が上回りました。

7月中旬から8月初旬にかけて、「検察の補完捜査権を維持すべき」という世論は60%台前半に達しています。

さらに、「民主社会のための弁護士会」という韓国の代表的な進歩派団体でも、会員へのアンケートの結果、60%以上が補完捜査権を残すべき(全部21.1%、一部45.9%)としています。

しかし、「改革」は強引に完遂されました。

●強硬派の「意志」

国会で同法が成立した翌日、今回の検察改革の先頭に立ってきた人物の一人、与党・共に民主党の金容民(キム・ヨンミン)議員は、慶尚南道(キョンサンナムド)の金海(キメ)市にあるポンハ村を訪れました。

他でもない、故盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の故郷です。そして金議員は墓石に、法案の文書を捧げたのでした。

その様子を明かしたインスタグラムの投稿には「盧武鉉前大統領、『あ〜気分がいい』と言っているでしょう?」とありました。

金容民議員の投稿。同氏のインスタグラムよりキャプチャ。

金容民議員の投稿。同氏のインスタグラムよりキャプチャ。

この投稿は、今回の検察改革がどんな層に支えられているのかを明かすものです。

故盧武鉉大統領は、2009年6月、まさにこのポンハ村で自死するのですが、背景には収賄疑惑をめぐる検察の厳しい捜査があったとされます。

特に盧前大統領を追い回す検察とメディアの姿に対し、同氏の支持層は根深い不信を持つようになりました。

盧武鉉の親友であり政治的後継者だった文在寅も成し遂げられなかったことを、ようやく成し遂げたという達成感が表れた投稿と言えるでしょう。

このように、世論の大勢とは異なる層において、今回の検察改革は支持されている側面があります。

●李大統領の裁判にも影響?

さらに状況をややこしくしているのが、今回の刑事訴訟法の改正内容の中に、裁判官による公訴棄却事由を追加する部分が含まれている点です。

京郷新聞によると、現行法では、▲被告に対する裁判権が無い、▲検察による二重起訴、▲公訴提起手続きが法律の規定を違反し無効である、といった時に、裁判官が公訴棄却決定を下せるようになっています。

改正案ではこれに、▲重大な違法捜査により公訴が提起された時、▲訴追裁量権を顕著に逸脱し公訴が提起された時、という内容を加えました。

今回の検察改革法案を主導した前出の金容民議員などは、尹錫悦政権下で李在明氏に対して行われた捜査がでっち上げであると主張しています。

このため、今回の改正内容は、現在は裁停止となっているものの、退任後には再開となる裁判を抱える李大統領を「助ける」ためのものではないかと、野党を中心に批判が集まっています。

世論も約半数が「退任後に裁判を再開すべき」となっています。再開時には有罪となる可能性が高い李大統領は、なんとしてもこれを逃れようとするでしょう。この点も今後、注視していく必要があります。

8月4日、国務会議で発言する李在明大統領。その意中は検察の補完捜査権

8月4日、国務会議で発言する李在明大統領。その意中は検察の補完捜査権

●今後の課題をどう乗り越えるか

長くなりました。最後に、今後の争点について触れます。

今回の検察改革について論じる識者のコラムの中には、法律の専門家ではない警察が裁判のための証拠を集める事が、いかに非効率的かを指摘するものがあります。

また、違憲という指摘もあります。

これは検事が「独自の令状発付」を行えなくなる改正法の内容が、憲法第12条で定める「逮捕・拘束・押収または捜索を行う際に、適法な手続きに従い、検事の申請により法官が発付した令状を提示すべき」という内容と衝突する点によるものです。

検事が権限争議審判を憲法裁判所に請求する場合、これが認められる可能性が高いとする専門家がいます。検察庁もこの点を指摘する報道資料を出しています。

いずれにせよ、与党議員の期待とは裏腹に、大幅な改革により一定期間の混乱は避けられないという見方が多いのが現状です。

そして前述したように、そのしわ寄せは庶民に向かうという見方も共通しています。

だからこそ、一度改革してみて、もしどうしても問題が収まらないという場合には、大統領が勇気を持って、元に戻すなり手を打つべきだという声が、説得力を持って語られています。私もそう思います。

本来ならば、そうした悪い可能性をすべて遮断した上で改革を行うべきというのは言うまでもありません。

韓国は2028年4月に国会議員総入れ替えとなる、次期総選挙が控えています。また来年春にも、ソウル市長選の補欠選挙が行われる可能性もあります。

そのような時、今回の検察改革の行方は大きな争点となるでしょう。韓国政治、韓国社会を分断するもう一つの要素にならないよう、切に願っています。(了)

***

もう午前1時40分と、すっかり遅くなってしまいました。複雑な現状がうまく伝わったでしょうか。

また来週、いくつかお届けいたします。ソウルは今日40度でした。日本の暑さはやや和らいだと聞きましたが、引き続きご注意ください。

それでは、アンニョンヒケセヨ。ありがとうございます。(徐台教)

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