●ご報告
サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。韓国の徐台教です。
約一か月ぶりのニュースレターとなりました。韓国でいちばん大事な大統領選の際に発行しないとは何事だ!というお叱りをあちこちから受けました。平にお謝りいたします。それでもサポートメンバーの数がほぼ減らず、毎日申し訳ない気持ちとありがたい気持ちの中でやっていました。
言い訳というかご報告ですが、ようやく書籍が出ます。具体的な日にちはもう少し後で告知しますが、10月よりも前に出ます。今は原稿の修正作業を行っています。
先週、日本に行った際に装丁デザイナー(素晴らしい方でした)の方に表紙案までいただき、着々と進んでいます。7年越しで形にできたので、良い評価を得られるように、最後まで気を抜かずにいこうと思います。
実はこの本のために…つまり、この本がメインの仕事と考えていたため、ここ数年ずっと「全力で仕事する」という感覚を持てずにいました。あらゆる取材を本に収斂させようと考えていたため、通常の記事には常に「出し惜しみ」があったからです。しかしようやくそれともおさらばです。
今後はニュースレターを中心に、一つ一つの発信に意味を持たせていこうと決意しています。
●李在明政権が発足
6月4日午前6時21分、韓国中央選挙管理委員会が李在明氏を当選を公式に確定し、これをもって同氏は第21代韓国大統領に就任しました。
就任して今日で10日目ですが、その間、李在明新大統領はものすごいペースで仕事をしています。
週末に休まないのは当たり前で、証券取引所や最前線の軍といった現場にも足を運び、韓国のメディアをジャックしています。大統領室の「顔」である姜由楨(カン・ユジョン)報道官は円形脱毛症になり、過労で倒れた大統領室のスタッフがいるとも報じられました。
李在明政権の十日間を一気に語ることはできないので、今号では李在明政権の枠組みと、南北関係について簡略に整理したいと思います。
宣誓を行う李在明大統領。国営KTVをキャプチャ。
・就任の辞
李大統領は4日、就任宣誓を行いました。大統領が必ず行うもので、内容は憲法で定められています。
私は憲法を遵守し、国家を保衛し、祖国の平和的な統一と国民の自由と福利の増進および民族文化の暢達に努力し、大統領としての職責を誠実に遂行することを国民の前に厳粛に宣誓します。
宣誓に続き、就任の辞を述べました。その中で5つの国家の方向を示しました。
これは▲名実ともに国民が主人の国、▲ふたたび力強く成長・発展する国、▲皆がともに良く暮らす国、▲安全で平和な国、▲文化が花開く国、というものです。
当たり前といえば当たり前の標語が並びます。これに李在明陣営が公約として掲げた「回復・成長・幸福」を重ねるとなんとなく目指す社会のイメージが掴めるのではないでしょうか。
なお、この就任の辞を私は違和感をもって受け止めました。
李在明さんは選挙期間中から自身を「中道保守」と位置付けてきました。さらにこの就任の辞では「進歩も保守もない」として、実用主義や市場主義政府を掲げたのですが、こんな流動的な政治がどこまで通用するのかという危惧があります。
この辺りの私なりの危機感はYahoo!の記事にまとめてあります。ご関心のある方はお読みください。
・主要人事
通常ならば当選した大統領は、60日間の「引き継ぎ委員会」を設置し、大統領室(大統領府)のスタッフや長官の人選を進めると共に、前政権から業務を引き継ぎます。
しかし大統領の闕位による選挙の場合にはこの制度が適用されず、選挙の翌日からぶっつけ本番で政権の運営を行うことになります。17年5月の文在寅大統領と同様、李在明さんも当選翌日から業務を開始しています。
そのため、業務と人選を同時に進めることとなります。韓国の特徴として、大統領室のスタッフや次官は大統領の一任で任命できる一方、国務総理や国家情報院長、各部の長官(大臣)などの人事は国会の聴聞会を経なければなりません。
聴聞会で「NO」を突きつけられても大統領は任命を強行できるシステムでもありますが、一度フィルターを通す形です。
現在の主な人事を見ましょう。
大統領室は秘書室長に姜勲植(カン・フンシク、51)、安保室長に魏聖洛(ウィ・ソンラク、70)、政策室長に金容範(キム・ヨンボム、62)、政務首席に禹相虎(ウ・サンホ、62)という人事を配置しました。
左から金民錫 (キム・ミンソク)国務総理候補、姜勲植(カン・フンシク)大統領秘書室長、魏聖洛(ウィ・ソンラク)国家安保室長、黄仁権(ファン・イングォン)大統領警護処長、李鍾奭(イ・ジョンソク)国家情報院長候補者。聯合ニュースより引用。
姜勲植氏は、初の70年代生まれの秘書室長という触れ込みでした。当選三回の国会議員で「戦略通」と評価されています。国政全般に明るい人物ということです。魏聖洛さんは外交官生活36年の中で米国公使や韓半島平和交渉本部長、ロシア大使を歴任した安定した外交通です。
金容範氏は元企画財政部第一次官を務めるなど、韓国トップクラスの金融・経済・政策通です。私もFacebookに掲載される文章を好んで読んでいましたが「韓国経済を蓄積から循環へと転換すべき」というビジョンは魅力的でした。どう現実化するかは分かりませんが…。
禹相虎さんは当選4回のベテラン議員出身で、民主化運動出身ならではの広い人脈と俯瞰的な視野に定評がある人物です。
一方、総理候補には金民錫 (キム・ミンソク、61)氏が指名されました。ソウル大学の学生会長時代に米国文化院占拠事件に関わるなど民主化闘争を行い収監された経験の持ち主です。その後政界に飛び込み成功するも、10年以上におよぶ長い浪人時代を経てここ数年の間に復活した、当選4回のベテランです。昨年、尹錫悦の戒厳を「予言」したことで大いに注目されました。今後、聴聞会が行われる予定です。
この他にも国家情報院長に李鍾奭(イ・ジョンソク、64)元統一部長官が指名されています。後述するように、南北関係改善に向けた切り札ともいえる人事です。やはり今後、聴聞会を控えています。
なお、文在寅政権の際にはすべてのポストの人選と任命が終わるまで、つまり、政権の陣容が整うまで195日かかりました。李在明政権はこれよりも急ぐと思われますが、それでも相当の時間がかかるものでしょう。
国務総理候補の金民錫さん。聯合ニュースより引用。
大統領室報道官の姜由楨(カン・ユジョン)さん。著名な映画評論家、コラムニストから昨年4月に国会議員に転身したばかりでした。聯合ニュースより引用。
●南北関係が「一段階」改善
・相互に拡声器放送を中止
6月11日午後2時を機に、韓国政府が朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)に向けて行っていた拡声器放送を止めました。約1年ぶりです。尹錫悦政権下の24年6月9日、北朝鮮から相次いで届くゴミ風船への対抗措置として6年ぶりに再開していたものです。
韓国政府が止めた理由について姜由楨(カン・ユジョン)報道官は「南北関係の信頼回復と韓半島における平和定着のための政府の意志にしたがい行われたもの」と明かしています。また「北朝鮮の騒音放送により被害を受けてきた接境地域の住民の苦痛を減らすための実質的な措置」ともしました。
また12日、ソウル市内で行われた00年の南北首脳会談から25周年を祝う会に送った祝辞(禹相虎氏が代読)で李在明氏は以下のように述べています。
平和な韓半島を作ることは新政府の重要な課題です。平和が揺らぐ場合には経済も安保も日常も揺らぐということは歴史的な教訓です。だからこそ平和がすなわち経済です。これからは堅固な平和を基に南北が共存、繁栄する韓半島を作らなければなりません
この南北共存こそが李在明政権の朝鮮半島問題における基調と位置付けてよいでしょう。
これは盧武鉉、文在寅政権を受け継ぐもので取り立てて新しいものではなく、基本に戻ると受け止めるべきでしょう。
ただ既存の進歩派政権との差として、南北関係を韓国経済とつなげて考えている点を挙げられます。こうすることで実用主義や市場主義を掲げ経済を最優先にする自身の政権運営ビジョンと、南北関係改善がスムーズに「収まる」と考えているのでしょう。
9日、石破茂首相と電話会談を行った李在明大統領。明るく話す写真が選ばれていた。李在明氏のXより引用。
時間は前後しますが、11日午後2時に韓国が拡声器放送を止めるや、12日0時から朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)が南向けの騒音放送を中止したと韓国の合同参謀本部が明かしました。
韓国が先に譲歩し、北朝鮮がこれに応える。まさに「好循環」とも言うべき流れです。
李在明氏は先述した12日の祝辞の中で「消耗的な敵対行為を中断し、対話と協力を再開する」と決意を明かしましたが、実現するでしょうか。北朝鮮側は現時点まで、韓国の拡声器放送中断に対する反応を公開していません。
なお14日早朝、韓国の市民団体が北朝鮮にビラを撒布する出来事がありました。これに対し、李在明大統領は「予防と事後の処罰」を指示したと大統領室は明かしています。尹錫悦政権時とは180度異なる北朝鮮政策が始まっています。
・北朝鮮への淡い「期待」
なんとなく韓国進歩派の明るい(?)雰囲気が読める中、もう一つ北朝鮮に対する希望的観測があります。
南北関係を主管する統一部は13日、報道資料の中で金正恩氏が12日に行った演説の中で、韓国に言及しなかった点を指摘しました。
金正恩氏はこの日、『崔賢(チェヒョン)』級駆逐艦『姜健(カンゴン)号』進水式の際に行った演説の中で、周辺事情に言及しながら「韓国」という単語を使わなかったというのです。
この時、金正恩氏は「最近になって米国と追従国家の軍隊による挑発的な悪意はより露骨化しており、私たちの安全を脅かす度数は明らかに危険な限界をはるかに超えています」と述べています。この「追従国家」というものが韓国を指すとの解釈がありますが、いずれにせよ直接の言及はありませんでした。
進水式を祝う金正恩氏と娘のジュエとされる女性。朝鮮中央通信より引用。
統一部はこれが、今年4月の『崔賢号』進水式の際とは異なると指摘し、「最近の(李在明)新政府発足移行、変化した韓半島・南北関係の状況を考慮した慎重なメッセージ管理の可能性という視点から注目している」と明かしました。当時の演説では9度「米韓・韓国・韓国軍」という言及があったそうです(調べたら実際にそうでした)。
北朝鮮は李在明政権になって以降、一度だけ韓国に言及しています。
6月5日に「韓国で大統領選挙が進行(行われた)」というタイトルの記事を通じ、「韓国で昨年の『12.3非常戒厳事態』により大統領が弾劾された後の二か月後の6月3日に大統領選挙が行われた。選挙では共に民主党候補の李在明が21代大統領に当選した」と伝えたのがそれです。
当分は韓国の進歩派や統一部を中心に、こんな北朝鮮への希望的観測が増えていくことでしょう。
韓国大統領選を伝える朝鮮中央通信。同HPをキャプチャ。
・「民主政府韓半島平和継承発展協議会」が発足
13日午後、国会で過去、南北関係改善の役割を最前線で担った政治家や元高官が一堂に会しました。
ニュースレター71号で18年の『板門店宣言』から7周年を記念する同じような会を記事にしましたが、そのと時と同じ金大中財団、盧武鉉財団、韓半島平和フォーラム、そしてフォーラム・サウィジェという4団体に加え京畿道(キョンギド)主催の下で、進歩派政権の対北朝鮮政策を受け継ぐ会が開かれたのです。
タイトルは随分長いのですが「6.15南北共同宣言25周年学術大会および‘民主政府韓半島平和継承発展協議会’発足式」でした。
これは文字通り、民主政府つまり歴代の進歩派政権の北朝鮮政策を受け継いでいく会でして、具体的にはいかに李在明政権にこれを進めさせるのかという目的をもったものです。
本ニュースレターに何度か登場した「6.15南北共同宣言」ですが、これは2000年6月13日から15日まで行われた史上初の南北首脳会談の際に発表されたものです。
全5項目からなる中で、最も大切な項目は第2項の「南と北は国の統一のために、南側の連合体案と、北側の低い段階の連邦制案が互いに共通性があると認め、今後はこの方向から統一を指向していくことにした」という部分です。
これは統一が長い過程を経た先にあるという認識を南北首脳が共有するもので、1948年の南北両政府樹立移行、対決が続いた南北関係が新たな関係を築く土台となるものでした。
手を取り合う南北首脳。会場の映像をキャプチャ。
この宣言を祝い、継承するために前出の協議会ができた訳です。
この日、張りのある声で宣言文を朗読したのは、文喜相(ムン・ヒサン、80)元国会議長でした。核心部分は以下の三項目となります。
(1)私たちは金大中政府・盧武鉉政府・文在寅政府が成し遂げた南北の和解と協力の成果を穏全に(完全に)継承し発展させます。
(2)私たちは私たちと後代たちが生きていくこの地において、戦争の脅威を無くし、平和の定着・平和統一・共同繁栄を増進するためにあらゆる力を尽くします。
(3)私たちは新たな民主政府(李在明政権)が約束する韓半島の平和と統一、繁栄の政策を支持し、この成功のために積極的に協力します。
会には林東源(イム・ドンウォン)さんや丁世鉉(チョン・セヒョン)さんといった元統一部長官などが勢揃いしました。4月の会合との違いは、文在寅元大統領と李鍾奭元統一部長官がいなかったことです。
前列右から、丁世鉉元長官、林東源元長官、金東兗(キム・ドンヨン)京畿道知事。筆者撮影。
文在寅さんは自分が出てくるまでもないと思い、祝辞を代読させた一方、李鍾奭さんは前述のように国家情報院長という重要なポストに任命されたため来ませんでした。しかし多くの人は、李鍾奭さんの考えもまた、この宣言と同様であることを知っています。
会では丁世鉉元長官による「通美封南をおそれるな」という発言が注目されました。
「通美封南」とは北朝鮮が米国とつながり、韓国を無視(パス)することを示す言葉で、歴代の韓国政権が受け入れてこなかった大事な原則です。しかし丁世鉉さんは「それでもいい」とし「ワシントンを通じて平壌に行く手もある」と発想の転換を提案しました。
結果的に南北関係が改善するならば、その手段にはこだわらないという「実用」を掲げる李在明大統領にあった提案といえるでしょう。
また、金錬鉄(キム・ヨンチョル)元統一部長官による「凍結→減縮→破棄」という三段階非核化論や、「新たな統一の議論が必要」といった提案も、李在明政権が向き合う南北関係そして朝鮮半島問題の課題を示すものといえます。
これからもこの部分の動きは継続して伝えていきます。
◎今後のニュースレター
ようやくニュースレターの改編に取りかかります。
まずは名前を「コリア・フォーカス」へと改め、毎週金曜日の発行といたします。金曜日は以前のような私のコラム(「新・アリランの歌」と称し南北関係改善に向けた言論活動を紹介します)、ドキュメンタリーや映画紹介を織り交ぜた内容になります。
さらに、数人の外部の筆陣によるコラムを毎週掲載します。
現在、一人目の書き手として、張惠英(チャン・ヘヨン、38)元議員が決まっています。
同氏は2020年から24年まで正義党で議員を務めた人物で、映画・音楽などクリエイターとしても評価の高い社会運動家です。日本では普段なかなか触れることのできない韓国の姿を皆さんにお届けできると思います。
張惠英さん(右端)。一番ひだりは荻上チキさん、その右隣は安田奈津紀さんと通訳の曺美樹(チョウ・ミス)さん。今年4月、筆者撮影。
他にも交渉を進めている人物が数人いるので、決まり次第明らかにしていきます。カルチャーの話なども取り上げていきます。
そして定期配信するジャーナル型のニュースレターの他に、記事を単発で出していきます。
これは南北関係や朝鮮半島情勢が中心となります。もはや南北関係だけを切り取って語ることが無意味になっている時代です。専門性を持って、出し惜しみせずに朝鮮半島を取り巻く状況について記事にしていきます。
様々な媒体で記事を出していくことになりますが、いずれにせよサポートメンバーの皆さんは全ての記事をメールを通じお読みいただくことができます。
また、記事は「コリア・フォーカス」のサイトに蓄積していきます。
これまでは看板倒れだった「コリア・フォーカス」を、きちんとした媒体として育てていきます。目標は年内にサポートメンバー(有料会員)1000人です。現在の3倍ですが、これをクリアできれば同僚を一人雇うことができるので、さらなる展開が見込めます。
皆さんもたくさん宣伝お願いいたします。次号でより詳細にリニューアルについてご案内いたします。
◎あとがきに代えて
今号はここまでです。最後に、その間の記事や配信動画を紹介します。
まず、大統領選に合わせて配信しました、デモクラシータイムス『徐台教の韓国通信』の特集3本です。
一本目は辛淑玉さんによる映画とドラマで振り返る歴代韓国大統領、二本目は現在の進歩派形成と韓国の民主主義発展の礎を築いた故盧武鉉大統領特集、三本目は大統領選当日のライブ配信です。
それぞれリンクしておきます。二本目はご覧頂いた方から評判が良かったので、ぜひご覧下さい。私が盧武鉉大統領の生家などいくつかの地域をロケしています。
そして韓国はなぜ進歩派が強いのかという質問に答える記事です。これも「ようやく韓国政治の地形が分かった」という感想を多くいただきました。未読の方はご覧下さい。
日本はほとんどの地域で梅雨入りしたと聞きました。韓国もいよいよ済州島で梅雨入りです。じめじめと嫌な季節ですが、サポートメンバーの皆さんにおきましては、くれぐれも健康にご留意ください。今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございます。(徐台教)