◎眠れぬ市民
「ふたたび『内乱不眠症』に悩まされたくはない」
韓国のリベラル系日刊紙『京郷新聞』は10日、朝刊の一面にこう大きく見出しを取った。すぐ下には広場に集まる市民の写真が大きく添えられている。
韓国の政治報道はとにかくハイコンテクストだ。特定の考えや知識の共有を前提とし、知識層向けに難しいことを事もなげに書く。韓国メディアの記事の日本語訳はヤフーニュースで何十本と読める。だが、日本の市民にとっては、その内容をすぐに理解するのは難しいだろう。
冒頭の見だしを改めて見ていこう。この場合のキーワードは「内乱不眠症」となる。いったい何を指しているのか。
ここにはまず、昨年12月3日深夜の尹錫悦大統領(以下、敬称略)による非常戒厳の宣布を内乱とする視点がある。
憲法や戒厳法で定めた非常戒厳の要件を満たさず、国会や選挙管理委員会という憲法が定める機関を、国軍を用い占拠しようとした点が内乱の要件を満たすとみられている。
1月26日、尹錫悦は内乱罪で起訴されているものの、裁判はまだ始まったばかりで内乱罪と確定した訳ではない。このため韓国メディアでは「12.3非常戒厳」と「12.3内乱」の双方が使われている状況だ。リベラル系は当初から一貫して「内乱」という表現を用いている。
3月10日付けの『京郷新聞』一面。「ふたたび『内乱不眠症』に悩まされたくはない」とある。筆者撮影。
次に不眠症という表現だ。
これは昨年12月3日の非常戒厳から尹錫悦が逮捕される1月15日までの間の眠れぬ夜を指すものだ。内実は二段階に分かれる。
一段階目は、尹錫悦が一度失敗した非常戒厳をいつまた起こすか分からないという不安によるもので、これは昨年12月14日に国会で弾劾訴追案が可決され尹錫悦が職務停止、すなわち大統領としての権限を一時的に失ったことで解消した。
二段階目は、職務停止から逮捕される1月15日までを指す。この時、尹錫悦はソウル市内の公邸にいた。職務停止になったとはいえ、未だ大統領の地位にあることからその権力を用い何か事を起こすのではないかという不安は温存されたままだった。
昨年12月31日にソウル西部裁判所が尹錫悦に対する逮捕状を発付し、これは一度の延長を経て1月15日に執行されることになるが、この間に不安が増大した。
大統領警護処を尹錫悦が私兵のように扱う様子に市民の多くが暴発の危険性を感じた。二度目の挑戦で逮捕に至るや、ようやく市民は胸をなで下ろしたのだった。
序論が長くなってしまったが、この見だしはつまり、尹錫悦がふたたび野放しになることへの不安が共有される前提に成り立っている。尹錫悦釈放と共に眠れぬ夜が舞い戻ってきたのだ。
一方で、尹錫悦を支持する市民にはまったく当てはまらない感情であることが事の理解を難しくしている。いずれにせよ8日、ソウル拘置所に拘置されていた尹錫悦が釈放された。
◎ガッツポーズを繰り返す尹錫悦
8日午後6時前、京畿道(キョンギド)義王(ウィワン)市にあるソウル拘置所前には、尹錫悦を支持する市民が集まっていた。
1月15日に尹錫悦が逮捕されて以降、支持者はこの場所での集会を欠かさず続けてきた。それは塀の中の尹錫悦を応援する悲壮なものであったが、モニターから伝わるこの日の雰囲気は、一転して喜びに満ちていた。韓国の国旗・太極旗と星条旗を振る尹錫悦支持派市民の顔には笑顔があった。
警護車両を引き連れた尹錫悦が姿を現すと、場の興奮は最高潮に達したようだった。
尹錫悦の表情も明らかに上気していた。手を振り、顔の前で握り拳を作るガッツポーズを取り、さらに90度のおじぎをするという、謙虚なのか傲慢なのか分からないパフォーマンスを繰り返した。予想外の釈放であったことをよく表す動きであった。この行動は、のちにソウル市内の公邸にした際、集まった支持者に対しても行われた。
8日夕方、ソウル拘置所でガッツポーズを見せる尹錫悦大統領。KBSニュースをキャプチャ。
尹錫悦の本心はどこにあるのだろうか。釈放の際に弁護団が発表した文面にヒントがある。
「不法を正した裁判部の勇気と決断に感謝する」という部分が象徴するように、同氏は今なお自身の正当性を信じて疑わないようだ。
自身の非常戒厳が韓国の陣営対立を助長し、経済に悪影響を与え、トランプ就任により揺れ動く世界情勢の中で韓国の存在感をゼロにしているといった事には思いが及ばないようであった。もしくはあえて無視しているかだろう。
非常戒厳を引き起こした点への謝罪がない上に、支持者のみを対象に感謝の意を述べる尹錫悦の態度にはメディアからの批判が相次いだ。
さらにこの日の晩、大統領室は「健康に問題はない。睡眠をたくさん取ったのでより健康になった。拘置所は大統領が行っても学ぶものが多い場所だ。聖書を熱心に読んだ」という尹錫悦のコメントを発表した。不眠症をおそれる市民をよそに、天下泰平そのものであった。
◎尹錫悦釈放の根拠
そもそもなぜ尹錫悦が釈放されたのか。ソウル中央地裁は7日、尹錫悦が請求していた「拘束取消」請求を認容する際に説明資料を配付した。その内容は大きく二つに分けられ、これによると尹錫悦側の主張が一部受け入れられた形となる。それぞれ見ていく。
(1)「拘束期間が満了した状態で公訴が提起(起訴)されたのか」
尹錫悦側は拘束期間が満了した状態で起訴されたことから、拘束が無効と主張していた。
韓国の刑事訴訟法は逮捕後10日間の拘束期間を認めている(一度10日間延長可能)。その間に起訴される場合に、拘束期間が2か月自動延長されることになるが、尹錫悦の状態がこれに当たる。
1月15日10時33分に逮捕された尹錫悦が検察に内乱罪で起訴されたのは、1月26日18時52分のことだ。
尹錫悦の拘束期限は1月24日24時(25日0時)であったが、被疑者を拘束するか否かを裁判所が審査する「拘束前被疑者尋問(韓国ではこれを令状実質審査と呼ぶ)」時間を拘束期間から除外すると定めていることから、検察は拘束期間内であると尹錫悦側に反論していた。
背景には慣例がある。
尹錫悦の令状実質審査にかかった実際の時間は、ソウル中央地裁の説明資料によると33時間7分であった。検察は慣例にしたがいこれを「二日」と判断した。このため、26日いっぱいまで起訴が可能となり、時間を守ったことになる。
だが今回、裁判所は厳密に時間を適用すべきであると判断し、尹錫悦の拘束期限は26日9時7分であるとしたのだった。
このため、尹錫悦は拘束期限を過ぎた後に起訴されたことになり、自動的な拘束期限延長の対象にならない。現状は違法な拘束が行われていると裁判所は判断したのだった。
(2)高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の捜査権有無
尹錫悦側が拘束取消を請求するにあたり提示したもう一つの根拠が、「『高位公職者犯罪捜査処(以下、公捜処)』の捜査範囲に内乱罪が含まれていない」というものだった。
公捜処は捜査を行う際に「職権濫用(濫用)権利行使妨害罪の関連犯罪として内乱罪を捜査できる」とし、令状を発付した裁判所もこれを認めてきた。だが、ソウル中央地裁は今回「明確な規定がない」と判断した。
正確には「手続きの明確性を期し、捜査過程の適法性に関する疑問の余地を解消することが望ましい」と言明した。
つまり、職権濫用を捜査する過程で内乱罪にたどり着くという自然な流れでなく、はじめから内乱罪で起訴するために職権濫用を踏み台にしたのではないかという疑問提起といえる。
裁判所はさらに、この点がはっきりしないまま裁判が進む場合には、上級審で破棄される事由になり得る上に、時間が経過した後にも再審の事由になり得ると指摘した。そしてその際に、最近再審が決まった金載圭(キム・ジェギュ)事件に言及した。
この事件は79年10月26日に金載圭国家安全企画部長が、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領(いずれも当時)を暗殺したものだ。すぐに逮捕された金載圭は「内乱目的の殺人」に問われ翌年死刑となった。だがこの際に拷問の末に自供した内容が根拠とされたということで4年前に、遺族が再審を請求していた。そして先月19日、ソウル高裁が再審を決めた。
◎驚きの司法判断
こんな裁判所の判断は、韓国社会で驚きと共に受け止められた。
なにしろ、「拘束期間を日数ではなく時間で管理すべき」という判断は初めてだったからだ。この点は、尹錫悦側の弁護団が上手だったということになる。検察総長出身の尹錫悦は言うまでもなく、弁護団はいずれも検察出身だ。
尹錫悦自身も過去の検事生活の中で「日数」で管理してきたはずの拘束期間を「時間」にするという主張は、被疑者の人権を最大限に擁護する昨今の基調にうまくはまると共に、「疑わしきは被疑者の利益に」という司法の原則ともマッチしていた。
さらに、公捜処捜査の適法性についての判断は、尹錫悦の非常戒厳直後からの混乱が表面化した形と考えればそれなりに納得がいく。
検察・警察・公捜処のうち、内乱罪の捜査権は警察だけにある。だが警察はトップ2である警察庁長(警察庁長官)とソウル警察庁長がいずれも非常戒厳に協力したかどで逮捕されたため、捜査に及び腰となった。
そこに捜査力で勝る検察が捜査をリードするものの、割って入ったのが公捜処だ。大統領について捜査権を持つ点をアピールし捜査を主導することとなったのだ。
高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の呉東運(オ・ドンウン)処長。公捜処ホームページより。
こんな動きを許す社会的な土台も存在した。
検察は尹錫悦政権下で一貫して露骨な尹錫悦寄りの姿勢を見せ続け世論の信頼がなかった。さらに、文在寅政権下の21年に発足したもの公捜処はそもそも検察改革の一環、つまり検察の力を削ぐための組織であった。
今なおくすぶる未完の検察改革への執念、さらに発足後にこれといった成果を出せていない公捜処が己の存在理由をかけて捜査に臨む意欲を見せたことで、公捜処がタクトを振るう形が完成した。
だが公捜処の力不足は当初から明らかだった。規模が劣る上に、二線級の人材が中心で、組織としての経験の蓄積もない。自力で尹錫悦を逮捕できず警察に助けを求め、独自捜査もほぼ行えないといった限界を早々に露呈していた。こんな間隙を尹錫悦側に衝かれた形だ。
裁判所の判断は一見、人権や法的手続きの正当性を押し出すことで「尹錫悦の特別扱い」から距離を置こうとするものだった。日本企業に賠償を命じた18年の元徴用工裁判の判決や、21年の慰安婦裁判での日本政府敗訴といった例にあるように、近年の韓国司法には積極的な人権擁護という流れが存在するからだ。
だが、「なぜ韓国初の実験的な判断を、よりによって違法な非常戒厳を行った尹錫悦を対象に下すのか」という疑問に裁判所は答えられていない。リベラル紙『ハンギョレ』は12日付けの記事で「無責任な決定」という法曹関係者の声を伝えている。
一方、公捜処の捜査手続きを指摘した点については評価が分かれる。
韓国メディアの著名な法曹専門記者は「ここで裁判所が拘束取消をしたことが、逆に後の裁判で良い方向にはたらく」と判断している。膿を先に出したという解釈だが、こうした評価は一部にとどまる。
公捜処の捜査権有無に関する今回の裁判所の判断には結論が存在しない。大法院(最高裁)に先送りにした形だが、こんな姿勢に対し上記『ハンギョレ』記事は「一審が存在する意味がない」と指摘している。
◎おとなしい検察
もう一つのサプライズは検察によってもたらされた。検察は法によって7日間認められている「即時抗告」手続きを行わず、そのまま裁判所の決定を受け入れた。
即時抗告は文字通り、裁判所の決定を受け入れないという意思表示で、これを行う場合に裁判所の「拘束取消」決定は上級審の判断が出るまで執行停止となる。
つまり、尹錫悦はソウル拘置所に拘置されたままになるのだが、検察はこれを行わず尹錫悦の釈放を選んだ。
検察側が直後に明かした理由は、検察が即時抗告する場合に裁判所の決定を意味のないものにしてしまう可能性があるということだった。
また、過去に憲法裁判所が「保釈」(93年)と「拘束執行停止」(12年)を裁判所が決めた際、これに即時抗告を行うことに対し「違憲決定」を下している点も考慮したとした。
被疑者の身柄拘束に関する司法判断を尊重するという、検察のいわば「先回り」の行動だった。検察は10日に「起訴後の被告の身柄に関する判断権限は裁判所にある」と強調している。
沈雨廷(シム・ウジョン)検察総長(右)。24年9月18日に任命された際の写真。大統領室提供。
一方、この決定の裏で検察内に異論があったことも明らかになった。
尹錫悦の捜査を担当する検察内の非常戒厳特殊捜査本部は即時抗告を主張したが、沈雨廷(シム・ウジョン)検察総長が最終的に断念することを決めたというのだ。こうしたニュアンスから即時抗告の「放棄」「断念」という否定的な言葉を使った報道が見られた。
だが本当に断念だったのか、という疑問は根強い。
法曹界からは拘束期限を日数ではなく時間で計算する点について、これが判例として定まる場合に数十年間の慣例がひっくり返ることになり、全国で同様に拘束取消を求める裁判が提起されるなど、大きな混乱につながるという懸念が相次いだ。上級審で議論を深め、きちんと判例を作るべきだという主張だった。
即時抗告の放棄はいわば職務放棄にあたるという指摘で、これは後述するように野党側の検察批判の論拠となった。
何よりも検察に対する最大の批判は、検察が過去、被告に関しこれほど寛大な姿勢を見せたことはないというものだった。繰り返すが尹錫悦は検察総長を辞めてすぐ大統領になった人物だ。その影響力が依然として検察内部に存在し、検察が尹錫悦に忖度したのではとの指摘が相次いだ。
なお、「即時抗告」に準ずる措置として「普通抗告」がある。
これは釈放が行われるものの、抗告を行うことに変わりなく、上級審の判断により原審(一審)の判断が取り消されふたたび拘置される可能性があるものだ。
被告はさらに「再抗告」を行うことができ、最後は大法院(最高裁)が判断することになる。前述したように、今回の「拘束取消」決定の根拠は過去に例のない判断であったため、この手続きをしない点は一般的に、異例なものとして受け止められた。
なお検察は11日、拘束期間の計算において、従来どおり「日数」を採用することを全国の検察庁に通達した。その際に「裁判所の決定に同意できない」と改めて明かしている。なぜという問いばかりが増え続ける状況だ。
◎野党は検察総長を告発
話を政界に移す。
時は前後するが、7日に裁判所が拘束取消を決めた直後、最大野党・共に民主党をはじめとする野党は検察に対し「即時抗告」を行うことを要求した。しかし翌日に尹錫悦が釈放されたことで、検察に対し全面批判を始めた。
背景には検察に対する不信があった。尹錫悦側が拘束期間を日数ではなく時間で計り拘束取消を求めるであろうことを予測し、わざと起訴を遅らせたのではないかという主張だった。勘ぐりとも取られかねない内容だが、同党内の雰囲気をよく表しているものだ。
同党は8日晩には非常議員総会を開き、沈雨廷検察総長の弾劾を議論したとし、検察の対応を「自己否定」と位置づけた。
第二野党の祖国革新党はさらに強硬で、検察の特別捜査本部の責任者までも弾劾すべきとした。強い反応だった。
共に民主党はさらに翌9日、党論として沈雨廷検察総長に対し辞任を求めた。辞任しない場合には弾劾するというものだ。期限は明かさなかった。野党5党は同日、円卓会議を開き辞任→弾劾という要求を改めて発表した。
9日に開かれた野党5党の円卓会議で発言する共に民主党の李在明代表(左から2番目)。同党提供。
共に民主党は9日以降今日まで、国会内で毎晩0時まで集会を開いている上に、多数の議員が国会議事堂を離れず生活しているという。これは憲法裁の弾劾宣告があるまで続けられるとのことだ。一連の行動を党内では「非常行動」と位置づけている。
なお同党を含む野党5党は10日、沈雨廷検察総長を公捜処に告発した。裁判所の「拘束取消」に原因を提供した点や、特別捜査本部の抗告の求めを黙殺した職権濫用が嫌疑とされた。
◎勢いづく与党
与党は7日の拘束取消を歓迎すると同時に、その矛先を公捜処に向けた。
裁判所の決定を「公捜処による不当な逮捕令状と拘束令状に対し間違っていたという結論を出したもの」と解釈した点が象徴的だった。なお、ソウル中央地裁はそのようなことを言っておらず、もう一度確かめてみよう、としているに過ぎない。自身に都合のよい形に曲解した。
与党はさらに余勢を駆り憲法裁判所に対しても「弾劾審判の過程にも十分に反映されるだろう」と圧力をかけた。
付言すると、今回の裁判所の判断は内乱罪で起訴された尹錫悦に対するもので、弾劾審判とは全く関係がない。しかし与党はこのような論理を掲げることで、尹錫悦があたかも無罪釈放になったような雰囲気を作り出している点は見逃せない。
与党は10日、呉東運(オ・ドンウン)公捜処長を検察庁に告発した。大統領を違法に逮捕し、それに関する文書を虚偽に作成したといった嫌疑を挙げた。
ここで時間を大幅に戻し、昨年12月3日晩の非常戒厳当時から続く与党・国民の力の「問題」を指摘せずにはいられない。
国会での尹錫悦弾劾訴追案可決に協力したことで与党代表の座を追われた韓東勲氏だが、著書出版と同時に政界に復帰した。次期大統領選の有力候補になり得るとの評がある。その主張は中道的でつかみどころがない。3月5日、筆者撮影。
当時、同党代表を務めていた韓東勲(ハン・ドンフン)氏が2月末に出版した著書『国民が先です(국민이 먼저입니다)』からもその一端がうかがえる。
非常戒厳直後、108人の同党議員のうち、戒厳を解除しようと国会本会議場に集まったのは18人に過ぎなかった。同書には戒厳解除決議案に必要な150人が集まるまで手に汗を握る時間が続く中、消極的すぎる与党の姿勢が描かれている。
この時から今まで、一貫して与党の姿勢は尹錫悦批判に向かっていない。
尹錫悦が逮捕される直前には30人以上の議員が公邸に詣で、12日には所属議員の大半となる82人が憲法裁判所に弾劾審判の「却下」を求める嘆願書を提出した。党の非常対策委員長(代表)や院内代表(国対委員長)は署名しなかったとはいえ、党として尹錫悦寄りなのは明らかだ。
さらに与野党共に、断食闘争を行う人物が出ている。路上や国会での集会、告発合戦、記者会見を通じた世論戦などまさに総力戦という状況が続いている。
ソウル光化門で断食闘争(ハンスト)を行う共に民主党の金慶洙(キム・ギョンス)元慶尚南道知事。尹錫悦が罷免されるまで断食を続けるという。10日、筆者撮影。
◎視線は憲法裁判所に集中
与野党の総力戦と並行し、進歩・保守両陣営の市民による路上での集会が継続的に・大規模に行われている。毎週土曜日には憲法裁付近から光化門(クァンファムン)前は進歩派市民が、世宗路(セジョンロ)と汝矣島(ヨイド)では保守派市民数万が集まり、声を上げている。
現在の勢いは保守派陣営が優勢だ。これは憲法裁の宣告が近づいている上に、各種世論調査において弾劾賛成世論が優勢(おおむね弾劾賛成60:反対35)であることが関係している。保守派には追い込まれているという自覚がある。
しかし、尹錫悦の釈放が保守派集会に新たなエネルギーを提供した。
尹錫悦支持派において今回の釈放は「尹錫悦は何も悪くなかった」と解釈され、自身の正当性を強化する材料となっている。尹錫悦が反省の言葉を口にしていないことや、「憲法裁判所を粉々にせよ」と声を張り上げる与党議員の積極的な集会参加が、こんな勢いを後押しする。
憲法裁判所前で行われている、尹錫悦支持派市民による集会の様子。連日、頭を丸めるパフォーマンスが行われている。尹錫悦弁護団提供。
憲法裁判所前で断食闘争を行う尹錫悦支持派市民。10日、筆者撮影。
憲法裁判所前は尹錫悦支持派市民に半ば占拠された状態だ。リレー形式で丸刈りにするパフォーマンスや断食闘争が絶え間なく行われ、籠城が続いている。弾劾賛成派の市民が近づこうとするとこれを阻み暴言を浴びせる場合もあり、ピリピリした状況となっている。筆者が11日に訪れた際にも、参加市民にすぐ撮影をとがめられた。
一方の弾劾賛成派市民も連日のように代名詞である「ろうそく」を灯している。
裁判所の「拘束取消」と検察の「即時抗告」放棄は、韓国の既得勢力の力がいかに根強いのかの一例として受け止められている。「流れが変わった」という認識もある。世論では有利とはいえ、ここで弾劾賛成派市民がしっかり対応しない場合に、憲法裁の判断がブレるのではないかという危機感が、広場に足を向かわせている。
光化門に集まった尹錫悦弾劾を求める市民たち。もう一つのトレードマーク、アイドル応援棒も見える。尹錫悦即刻退陣・社会大改革非常行動提供。
肝心の憲法裁の宣告がいつになるかは、現時点では分からない。当初は14日とみられていたが、2〜3日前に宣告日を予告する慣例を考える場合、今日まで知らせがないことから来週にもつれこむ見通しだ。
一方で、警察は一触即発の事態に断固とした態勢で備える構えだ。
ソウル警察庁は10日、宣告日には憲法裁判所のある鍾路(チョンノ)区、中国大使館のある中区を「特別犯罪予防強化区域」に指定すると明かした。これは過去、G20首脳会談やAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議の際に取られた措置で、いかに警戒を強めているのかが分かる。
特に懸念されるのが、尹錫悦支持派の動きだ。弾劾審判の結果は常識的に考える場合、尹錫悦の罷免となる公算が高い。これに不満を持つ者が、憲法裁判所や野党事務所などを攻撃するといった行動を取る可能性があるからだ。1月19日未明のソウル西部裁判所襲撃事件は記憶に新しい。
なお12日、共に民主党は李在明暗殺を企図する動きがあるとし、警察に身辺保護を求めている。
◎社会不安の中心としての尹錫悦
憲法裁の宣告を経ても、12月3日以降に生まれた陣営間の溝は、当分のあいだ修復不可能だろう。朴槿惠弾劾は8割が支持したが、今は尹錫悦弾劾を支持するものは6割に過ぎない。
一部で極限の対立が続く中、尹錫悦という起爆剤が投入された意味は大きい。尹錫悦や与党がこの混乱を収めない限り、陣営間対立は先鋭化を続けるだろう。12月の段階では内戦前夜という言葉が聞かれたが、今は内戦状態にあると見るのが妥当だろう。
長々と見てきたように、韓国政治における「政治の司法化」は極まった感がある。
あらゆる最終判断を司法が行うようになり、妥協や対話といった政治の領域は影を潜めている。そんなものは非常戒厳以前から存在しなかったといえばそれまでだが、尹錫悦による非常戒厳が政治不在の流れにトドメを刺したと考えればよいだろう。
さらに政治の司法化は、社会に「司法の政治化」という認識をもたらす。
政治や市民が自身の主張に合わない裁判所の判断に公然と不満を延べ、その背景を疑うようになるのだ。あの裁判官は保守寄りだ、進歩寄りだと、もはや司法までもその存在価値が失われていくことになる。これこそが韓国社会の危機の最たるものだろう。
法の重しが失われることを防ぐには「政治」の復活以外の方法はないが、与党が憲政擁護に向かわない現状ではそれは難しいだろう。この点もまた、憲法裁による弾劾宣告が待たれる理由である。進歩・保守陣営が総力戦を繰り広げる中、眠れぬ夜はまだ続く。