サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。
前回のニュースレターから10日が空いてしまいました。「生きているのか?」と数人に聞かれるほど沈黙している印象のようでしたが、あっという間に時間が経ってしまいました。
まず結論からお話ししますと、曜日が不定期になっていたニュースレター発行スケジュールを、7月から正常に戻します。
毎週『水曜日』に南北関係、朝鮮半島情勢に関する内容を、毎週『土曜日』に韓国政治、社会、文化(書評、映画、ドキュメンタリー評)といった内容でお送りします。曜日厳守でいきますので、改めてよろしくお願いいたします。
本についてはもう少しかかりそうですが、これ以上ニュースレターを放置できません。ギリギリで大変ですが、めげずに頑張ればよい結果を得られそうです。
今号はリハビリを兼ねて、映画評を一つと、韓国政治を騒がす尹大統領の「暴言」についてお伝えします。
◎映画評:『1980』
久しぶりの映画評、今回選んだのは3月に公開された『1980』です。
ある年代以上の韓国人もしくは現代史を知る人たちは、この数字を見たらほぼ自動的に1980年の『5.18光州民主化運動』を想起するのではないでしょうか。
映画『1980』のポスター。知名度の高い、カン・シニルやキム・ギュリといった俳優も出演しています。公式サイトより引用。
映画はまさにその戒厳令下の光州(クァンジュ)を舞台に、ある一家を襲った悲劇をこれでもかと見せつけるものでした。
同じく韓国の民主化運動を扱った名作『1987(邦題は「1987、ある闘いの真実」)』を彷彿とさせるタイトルということもあり、期待して観たのですが…。結論から言うとイマイチでガックリ。
封切り後すぐに観られず気になっていた映画だけに残念でした。その理由は後で述べます。
気を取り直して紹介を。舞台は1980年5月17日の光州。市内中心部のバスターミナルに近い場所で、中華料理店が華々しく開店します。一家の大黒柱は店のオーナーの祖父で、その下に長男夫婦とその息子で小学生のチョルス、他に結婚を控えた次男、大学生くらいの娘という家族構成です。
さらに、この一家の家に間借りしているチョルスと同じ小学校に通うヨンヒ一家との間にストーリーは展開していきます。
美味しそうなジャージャー麺と共に明るく始まった物語でしたが、悲劇はあっという間に襲いかかってきます。
それもそのはず、翌日は5月18日だからです。
この日の午前0時を機に、非常戒厳令が全国に拡大され、光州市内にある全南大学も封鎖されます。そして同じ日にこれに反対するデモが学生達により行われます。
このデモを戒厳軍が非道な暴力で鎮圧するところから始まり、途中、市民の蜂起を経て27日早朝に戒厳軍により市民軍が鎮圧されるまでの10日間が後に『5.18光州民主化運動』と呼ばれるものです。
一行で整理するにはあまりにも重い歴史ですが、その話は後に回すとして、まずは映画の内容を見ていきます。
オープン翌日の18日、チョルスの店に戒厳軍の兵士がやってきて、食事をしていた大学生に「お前はパルゲンイか」とちょっかいを出し、騒動が起きます。
パルゲンイというのは「アカ」のことで、韓国では過去、共産主義者を指すと共に、反政府運動つまり民主化運動を行う人士へのレッテル貼りとして使われた言葉です。
南北対立という構造上、民主化運動を行う人士を北朝鮮のスパイや内通者と決めつけることで、超法規的な弾圧を可能にした構造がそこにあります。
店にはさらに、兵士からの暴行を避けるチョルスの父サンウォンが逃げ込んできます。
サンウォン氏は「夜学」のリーダーという役柄でした。これは実在の人物で、5月27日に戒厳軍に立ち向かい亡くなった運動の実質的なリーダーの一人、尹祥源(ユン・サンウォン)氏をモデルにした設定のようです。
尹祥源さん。以前、ニュースレターで紹介したことがあるように、『518光州民主化運動』後半に合流し、運動を民主化運動に結びつける重要な役割を果たしました。
なお「夜学」とは大学生などが市民や労働者を対象に様々な学問を教える私塾で、民主化運動や労働運動の基盤となってきました。
チョルス一家の店はこうして、軍に睨まれる存在となりました。ふたたび店で騒動が起きた時、兵士を強く制止した弟(次男)が今度は軍に連行されてしまいます。
激しい拷問を受けながら、兄サンウォンの居場所を聞かれます。しかしなんと、彼を拷問する軍人はヨンヒの父でした。サンウォンの幼なじみでもある同氏は拳銃を突きつけ、サンウォンの弟を精神崩壊直前にまで追い込みます。
ようやく釈放された弟に、今度は婚約者の死が襲います。結婚式を来週に控えた準備のさ中の出来事でした。戒厳軍による射撃音が背景にあることから、巻き込まれたものと推察されます。
なお当時、戒厳軍が市民を相手に発砲した際に、その巻き添えにより亡くなった市民や子どもも存在します。
このように映画は、歴史的事実からの引用によるエピソードや、時に当時のニュース映像を交えながら、平凡な一家がいかに戒厳軍により破壊されていくのかを表現していきます。
最後には、一家に全滅とも呼ぶべき悲劇的な結末が襲うのですが、正直、私は途中から観るのが厳しくなってきました。
それは悲劇性が映画のストーリーや物語を補完するための材料として使われるのではなく、映画の目的が途中から光州の悲劇性を語るためのものになっているような、いわば主客転倒してしまった印象が、映画が進むにつれ強まっていったからです。
次から次へと事件が起きるので「いくらなんでも…」となってしまったのです。
幸せな一家がわずか10日でいなくなりました。公式サイトより引用。
光州民主化運動は、過去に私も関連記事で書いたように「これが無ければ韓国の民主化は成し遂げられなかったかもしれない」と言われるほど、韓国現代史における最も重要な出来事のうちの一つです。
尹祥源をはじめとする市民はみずからの命を投げ打つことで「アカの暴動」という戒厳軍(全斗煥)のレッテル貼りを打ち破り、光州市民の行動が民主主義を求める民主化運動であることを証明しました。
戒厳軍、つまり政府軍が特殊部隊を投入し、大学生をはじめ市民にむき出しの暴力を振るうことでたくさんの犠牲が生まれたことも事実です。
その重要性のため、これまでも多くの映画を通じ語られてきました。
『タクシー運転手』、『ペパーミント・キャンディー』、『華麗なる休暇(光州5・18)』、『26年』などよい映画がたくさんあります。
本作『1980』もその重厚なラインナップに加わるかと思いましたが、そうはいきませんでした。実際に映画を見終わったあと、韓国内での評判を見ると散々たるものでした(先に評判を見るということを普段からしません)。
理由を見ると、ストーリー展開上で意味のない場面が多すぎるといったものや、「調味料をふりかけ過ぎ」という厳しい意見もありました。何より、全南道庁にたてこもった市民軍が戒厳軍により鎮圧される最後のシーンが、史実とは全く異なる形で描かれた点に批判が集まっていました。
とはいえ、映画を観ながら光州民主化運動を振り返る機会になったことは確かです。関心のある方は下記のYouTubeでレンタルもしくは買い取りという形で観ることができるので是非。私は7700ウォン(約850円)払ってレンタルで観ました。
本作は本来、今年5月に公開される予定だったようです。ですが映画『ソウルの春』の大ヒットに影響され、公開を早めたそうです。
歴史的に『ソウルの春』は朴正熙大統領が暗殺された79年10月26日から、光州民主化運動直前の80年5月までを指すので、79年12月12日の全斗煥のクーデターを扱った映画『ソウルの春』の続編のような位置づけにしたかったようです。
なお、本作は制作に際しクラウドファンディングで約5500人から2億5千万ウォン(約2750万円)を集め、注目されていました。
そういえば『ソウルの春』は8月23日から日本で公開されるようですね。
5月に韓国で『12.12』という全斗煥によるクーデターに関する話を網羅した本が出ています。このレビューも映画公開までに書きますね。
『5.18光州民主化運動』について詳しく知りたい方は、私が以前書いたこちらの記事をお読みください。何度か紹介しましたが、分かりやすくまとまっています。
◎尹錫悦大統領は陰謀論者?
韓国のベテラン政治家に金振杓(キム・ジンピョ、77)という人物がいます。
財政畑の官僚出身で、金大中政権下の02年から長官級の重責を務め、04年に政界入りしていからは5度当選(議員20年)した上に、22年7月から24年5月まで国会議長を務めました。最大野党・共に民主党ひと筋の政治家です。
その金氏が最近、回顧録『大韓民国は何を蓄積してきたのか 1961~2024』を出版しました。その長い政治家人生を振り返るもののようですが(未読です)、同書の中で引用されている尹錫悦大統領の発言が大きな話題を呼んでいます。
韓国メディアが引用した回顧録の内容を整理してみましょう。22年12月に当時国会議長だった金氏が尹錫悦大統領と国家朝餐祈祷会で面会した際に、尹大統領に対し李祥敏(イ・サンミン)行政安全部長官の辞任を勧めたといいます。
これは同年10月にソウル市内の梨泰院(イテウォン)で発生し159人の死者を出した雑踏事故を前に、金氏が「政府の責任を認めてこそ、政治的な対立を避けられる」と考えた上での提案だったようです。
尹大統領(左)と金振杓国会議長(当時)。聯合ニュースより引用。
これに対し尹大統領は「この事故が特定の勢力により誘導され、仕立て上げられた事件の可能性も排除できない。その場合、李長官を辞めさせるのはフェアではない」と述べたというのです。
金氏は尹大統領の発言について「極右ユーチューバーの放送で出てくるような陰謀論的な言葉が大統領の口からすらすら出てくることが信じられなかった」とし、「尹大統領の疑いがどれほど真剣な者だったのかは分からないがとても危険な反応」と書いています。
金氏はさらに「大統領が決められないのならば、周辺の人たちが強く進言する必要があるにもかかわらず、誰も大統領に『NO』と言えない」、「尹政権の今後を予想できるはじめての兆候であった」と評価しています。
尹政権は今や支持率20%台の不人気大統領となり、今年4月の総選挙でも与党が大敗を喫する原因となった訳なのでこの見立ては正しかったのですが、発言の内容は文字通り度肝を抜く酷いものでした。。
尹大統領の発言には「조작된 사건」というフレーズが出てきます。
これは直訳すると「ねつ造、でっち上げ」という表現で、尹大統領の発言は陰謀論そのものだからです。誰かが政府をおとしめるために事件を引き起こしたとでも言わんばかりです。
当然、共に民主党をはじめとする野党からは「衝撃的だ」と批判が巻き起こっています。
同党の議員は金氏から聞いた内容として「左派メディアが事故の2、3日前から(梨泰院に)人々が集まるように誘導する放送をした理由も疑わしい」という尹大統領の発言を伝えています。これも陰謀論と言われても仕方のない発言です。
また、保守紙『東亜日報』は社説で「真相を明らかにすべき」とし、進歩紙の『京郷新聞』や『ハンギョレ』でも大統領による説明を求めています。一連の動きは6月28日から29日にかけて起きています。
なお、大統領室は金振杓氏に対し「会話の内容を歪曲し世に知らしめたことは嘆かわしい」と遺憾を表明しました。発言自体の真偽には踏み込んでいません。
一方で、尹大統領のこの発言は弾劾を求める市民の声を集めるトリガーとなっています。
韓国には国会請願サイトがあります。5万人の署名が集まる場合、国会の担当委員会は請願に対する返答を行う義務が生じるものですが、国会の「法制司法委員会」に弾劾訴追案の発議を求める署名に市民が殺到しています。
請願自体は金振杓氏の回顧録の内容が明らかになる前の6月20日に始まったもので、今回の一件が明らかになる前の23日に5万人の署名を達成していました。
しかし、28日以降、尹大統領に愛想を尽かした(?)人々が集まり、30日午後1時現在には70万人を超えています。29日の午前11時頃に覗いた際には56万人だったので、一日で約14万人以上が署名したことになります。
請願サイトをキャプチャしたもの。署名者は70万6402人に達しています。なお、弾劾の手続きは国会で弾劾訴追案が200議席以上(定数300)で可決された後、憲法裁判所が最終的な判断を下すことになります。
とんでもない数字ですが、まだ(?)驚くには値しません。
共に民主党の党員は約500万人で、この中で党費を一度以上納付した「権利党員」は約250万人に達します。この人たちが一斉に署名を行うことを考える場合、数はまだまだ伸びるでしょう。ネットでは「めざせ1000万」の声もあります。
事実、30日午後1時現在、請願サイトのホームページに接続するには1万人待ちで、15分程度かかります。
それでは今回明らかになった発言が事実となる場合、尹大統領の弾劾事由となるのでしょうか。答えは「NO」です。尹大統領がわざと梨泰院の救助を遅らせたといったようなことが実証されない限り、弾劾事由にはなりません。
大統領の弾劾事由としては何よりも、憲法を違反した具体的な証拠が必要になり、ハードルはとても高いものがあります。
17年3月に弾劾された朴槿惠大統領も、14年4月に起きたセウォル号事件に対する対応のまずさ(空白の7時間)は弾劾事由に含まれませんでした。
それでも今回の一件が、既にどん底の尹大統領への期待や信頼をさらに失わせることは間違いありません。どん底に下には何があるのでしょうか。
◎あとがきに代えて
今日6月30日は、2019年に板門店でトランプ・文在寅・金正恩の3人がそろい踏みした日ですね。あれから5年。朝鮮半島の何が変わり、何が変わっていないのでしょうか。7月3日発行の次号では、こういったお話しができればと思います。
それではまた!いつもありがとうございます。(徐台教)