サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。今回は南北関係ならびに朝鮮半島問題(朝鮮半島情勢)に関するニュースレターをお送りいたします。
最近になって、サポートメンバー(購読者というのが正しい呼称ですね)に新たに加入する方が増えてきました。とてもありがたく、励みになります。ありがとうございます。
本ニュースレターは、出来事をただ伝えるだけの道具ではなく、共に平和な朝鮮半島を作っていく土台となることを目的としています。一歩一歩、一緒に前に進んで行きましょう。
前号でもちらりとお伝えしたように、私は現在6年越しの本を仕上げる最後の段階にあります。
昨日は日曜日でしたが、朝からカフェにこもり、半日(反日と変換されビックリしました)みっちり書き進めました。うるさい家を避け夜になって再びカフェに出てきてこのニュースレターを書いています。
今月内の最終締め切りまでは綱渡りが続きます。ニュースレターは極力落とさないようにしますが、その密度は若干弱まるかもしれません。温かい目で見守っていただけるとより励みになります。
南北関係というのは、文字通り大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の関係ですが、朝鮮半島問題というとピンとこない方がいるかもしれません。
もう一度説明しますと、朝鮮半島問題とは「朝鮮半島の軍事的緊張、米朝・南北・日朝などの対立、北朝鮮の核問題」といったものを指します。さらに最近ではこれに北朝鮮での人権問題を含める場合もあります。
これを休戦中の朝鮮戦争を平和状態に変えることや、米朝・日朝国交正常化、北朝鮮の非核化、北朝鮮の民主化といった形にどう変えていけるのかというところに、現在の朝鮮半島のチャレンジが存在すると理解すればよいと思います。
さて、本題に入ります。
今号は5月9日(木曜日)にソウル市内で開催されたシンポジウムのお話を中心にいたします。
「変化する統一環境、それでも統一は来る」と銘打たれたもので、主催は『統一とナヌム(分かち合い)』財団です。
保守紙『朝鮮日報』系列の財団で、日本円で150億円近い純資産を持ち、統一や北朝鮮人権問題といった分野でNGO(市民団体)への支援を大規模に行っています。
設立から9年と若い財団ですが、その存在感と影響力は朝鮮半島問題に限れば韓国トップ級であることは間違いありません。
この日、私も会場に訪問し、4時間にわたってすべての発表と討論を聞きました。
シンポジウムの様子。ソウル市内のプレスセンターで行われました。筆者撮影。
高い関心の理由は「タイミング」にありました。
昨年末に金正恩氏が「北南関係はこれ以上は同族関係・同質関係ではない、敵対的な二つの国家関係、戦争中にある二つの交戦国関係として完全に固着した」と宣言してから約半年になろうとする中で、韓国社会の反応が見えてきたからです。
金正恩氏はこの発言を皮切りに、今年1月15日の最高人民会議(国会に相当)では「北と南を同族と誤って導くような残滓的な単語を使わない」、「大韓民国を徹頭徹尾、第1の敵対国として、不変の主敵と確固として見なす」とし、憲法から「自主・平和統一・民族大団結」といぅた言葉を削除することを明かしました(これはまだ実行されていません)。
こんな「金正恩氏は父・金正日、祖父・金日成が進んできた『祖国統一という偉業を成就するための道』を放棄するのか。それを一体韓国はどう受け止めるべきなのか」という議論にようやくある程度の方向性ができてきました。
特に保守派の方で、その傾向は顕著です。
結論から言うと、保守派の意見は「韓国は一貫性を維持すべき」という所に落ち着きつつあるようです。
その理由についてこの日、ソウル大学経済学部のキム・ビョンヨン教授が明快に説明していました。キム教授は韓国屈指(現役教授としてはナンバーワンかもしれません)の北朝鮮経済の専門家です。
キム教授は前述したような金正恩氏の「路線転換」の背景に注目しました。これを「対南要因」、「対外要因」、「対内要因」の三つに分け、その上で「対内要因が最も大きい」と結論付けました。
それぞれざっと見ていきましょう。
「対南要因」というのは韓国が関係しているということです。キム教授の要旨は「北朝鮮が『韓国から得られる便益がほとんど無い』と判断した」というものです。
具体的には、▲北朝鮮の核開発により米韓の結束が強まりこれが弱まる可能性がないこと、▲尹錫悦政権下で米韓同盟強化が続いていること、▲地政学上の重要性が高まったことで将来的にも韓国の自律的な空間が無い、といった判断があるというものです。
韓国は金正恩氏にとってもはや役に立たないといったところでしょう。後述する「対内要因」とも関わってくる部分です。
次の「対外要因」です。
これは過去韓国に期待していた役割がロシアと中国に移っているという判断です。
特に北朝鮮への制裁を弱めるという点において、最近になってロシアの「活躍(実際には無理な注文からそれに続く拒否権行使)」により、国連安保理の「専門家パネル」の活動が終了した点を挙げています。
北朝鮮への国連制裁が世界できちんと実行されているのかを監視し、督励する組織の解散は「監視カメラが無くなったようなもの」とも評されています。
北朝鮮は文在寅政権時代に、韓国が国際社会の制裁を相殺する南北経済協力や、一部解除といった主張を国際社会で行うことを期待していたフシがありますが、文政権はこれに応えられませんでした。
キム教授はこんな「国際社会による制裁に共助に亀裂を入れる点」において、韓国よりロシアが上手である点が、結果として韓国からの離脱をもたらしていると見ています。
ソウル大学経済学部のキム・ビョンヨン教授。過去には同大の統一平和研究院で院長も務めていました。画質が悪くてすみません。筆者撮影。
最後の「対内要因」についてです。
キム教授は金正恩氏の決定(路線変更)の背景を時系列に沿って以下のような流れで説明します。
「核開発→対北制裁と新型コロナ→経済危機→住民の不満→思想統制→市場の抑圧→南韓(韓国)文化の除去→対南・統一政策の転換」
かなり図式化された感がありますが、かみ砕いて見ていきましょう。
最初の「核開発」はずっと続いてきたものですが、キム教授のこの際の脈絡では狭義には17年からとすることができるでしょう。
同年9月に金正恩氏は北朝鮮史上6度目の核実験を行い、11月にはICBM(大陸間弾道ミサイル)を発射し、今に至る国際社会による北朝鮮への経済制裁の枠組みが完成します。
新型コロナは20年1月からです。これにより経済危機が起きたと上記の表では理解できますが、キム教授はあくまで「制裁」と「新型コロナ」を別枠で考えています。
制裁については、北朝鮮の高い貿易依存度(2014年に50%超)を挙げながら、北朝鮮経済は「制裁に弱い構造」であるとしました。
さらに、キム教授が在籍していたソウル大学統一平和研究院が新型コロナ以前までの10年間毎年行ってきた、直近1年以内に韓国入りした脱北民への調査や、衛星を使った経済活動の追跡研究などから、2017年~19年の住民の毎月の所得(中位)は、14~16年に比べ25%下落したとしています。
つまり、新型コロナ以前に、北朝鮮経済は制裁で既に打撃を受けていたということです。
一方、新型コロナ下での経済政策については「国家の主導的な役割」(21年1月、金正恩)や「対外貿易部門での国家の唯一貿易制度を還元復旧」(22年2月、金徳訓[キム・ドクフン]総理)といった表現から、市場への統制・圧力が増えたことを指摘しました。
ここからが少しややこしいのですが、これと同時進行で「思想弾圧」が進んだ点を取り上げています。
その代表として『反動思想文化排撃法(20年12月)』『青年教養保障法(21年9月)』、『平壌文化語保護法(23年1月)』を挙げています。
厳しい処罰をもって韓国文化を遮断することを目的とするこれらの法律は、韓国や米国の人権専門家から「3大悪法」と呼ばれています。
キム教授は金正恩氏が韓国を排斥する背景について「金正恩氏は『市場=資本主義=南韓(韓国)文化』と考えているのでは」と見立てています。つまり、金正恩氏による統一の否定は「北韓住民の心から韓国を消そうとするもの」という視点です。
シンポジウムには専門家や各国外交官などが多かったように思えます。最後まで満席のままでした。筆者撮影。
キム教授は「対内要因」について以上のように説明した上で「核開発が政権維持に及ぼす否定的な効果を遮断する次元で、対南・統一政策を転換したものと判断できる」と結論づけています。
一連の説明は、もう少し肉付けが必要な部分があるように思えますが(特にコロナ期の経済状況がよりクリアになる必要があるでしょう)、韓国の保守派の専門家に広く受け入れられている視点です。
言い換えると金正恩氏が守勢に回っているという認識です。
繰り返しになりますが、核開発を進める上で支払うべき「経済危機―民心の離反―韓国文化」という「機会費用(リスク)」に耐えられないために韓国の切り離しを図るというものです。
これは「二つの国家論」を周到に準備してきたという進歩派の視点とは本質的に異なるものです。
それでは今後、韓国の北朝鮮政策はどうなるべきなのでしょうか。
キム教授は「金正恩氏の権力維持が政策の一貫性よりも重要である」と思考の前提を鋭く指摘します。
これまで見てきたような視点からは、確かにこうした推論も可能でしょう。
キム教授は金正恩氏による「二つの国家論」を局面的・取引的なものと見ており、いつでも再び変わり得ると主張しています。
その上で「韓国は一貫性を維持すべき」という結論を導き出しています。
金正恩氏の主張に乗ることは、韓国という国の力量に合わないばかりか、金正恩氏の意図(韓国切り離しによる自身の権力強化)の実現を助けることになりかねないと言うのです。
キム教授は「北韓がふたたび南北対話と協力に戻ってこられるよう『戻るための橋』を落としてはならない」とまで主張します。金正恩氏がふたたび変わる可能性は十分だと言います。
キム・ビョンヨン教授の話はここまでです。
私はこの日、しみじみと「本当に色々な見方があるものだ」と思いました。
特に、金正恩氏の路線転換が一時的なものになる可能性があるという点には驚く一方、説明を聞くと(北朝鮮国内の情報不足は否めませんが)確かにそうかもしれないと納得する部分がありました。
とはいえ、シンポジウムでは主催財団の性質もあってか「金正恩体制は限界に達しつつある」という見解も多く聞かれました。
特に、韓国外交部で北韓人権国際協力大使を務める李信和(イ・シンファ)高麗大教授は「北朝鮮は末期的」という旨の見解を公に示しました。
あたかも「南北の最終決戦」の時が近づいているかのような印象でしたが、こんな雰囲気がない訳ではありません。
他のパネリストは韓国が二国家を受け入れてはならないという根拠に「北韓有事の際に韓国が介入できなくなる」という点を挙げました。
シンポジウムのパネリストの一人、李鍾奭(イ・ジョンソク)元統一部長官。盧武鉉(ノ・ムヒョン、在任03年2月〜08年2月)の下で北朝鮮政策のタクトを振るった。進歩派のパネルとしてこの日は劣勢の中「現在の南北関係は尹政権下で作られたもの」と包容政策を擁護した。筆者撮影。
金正恩氏が路線転換を発表して以降、約半年。
韓国保守派の理解は金正恩氏が窮地に立たされているという認識で定まったように見えます。その上で保守派はどんな政策を具体的に立てていくのかが今後数か月の内に定まることになるでしょう。
一方で進歩派は46号で紹介したように、二国家関係に否定的ではないものの、さりとてどう受け入れてよいのか分からない状況が続いています。
おそらく、保守派(尹政権)の動きが決まってからそれに反応する形で路線が定まっていくのではないかと思います。
◎ショートニュース
ここからは、いくつか目立ったニュースをまとめます。
(1)北朝鮮へのビラ撒布が本格的に
韓国の北朝鮮人権団体『自由北韓運動連合』は13日、今月10日晩に仁川(インチョン)江華島(カンファド)から北朝鮮に向けて体制を批判するビラを飛ばしたと明かしました。
『聯合ニュース』によると同団体はビラ30万枚、K-POPや動画を入れたUSBメモリ2000個を、大型風船20個に入れて北側に送ったそうです。動画も公開しました。
4月下旬から風向きが変わり、ビラ撒布は非公開の形で行われてきましたが(私も別の団体に同行取材しました)、こうして公にすることで、北朝鮮も否応なく対応せざるを得ないでしょう。
北朝鮮は過去に、ビラに強い反応を見せてきました。2014年10月には真っ昼間にビラを飛ばしたとされる場所に高射砲を撃ち込んでくる出来事もありました。
似たようなことが起きないか心配です。
14年10月当時、北朝鮮の砲弾は役場前の広場に着弾した。その場所は今も保存されている。22年7月京畿道漣川郡で筆者撮影。
(2)「体制宣伝のプロ」金己男が死去
朝鮮中央通信は8日、7日に金己男(キム・ギナム、94)元朝鮮労働党宣伝扇動部長(書記)が死去したと伝えました。
記事では故人について「60余年にわたって労働党の思想建設と領導力の強化を助けた」と評しているように、金己男氏は文字通り、三代にわたる北朝鮮の金一族偶像化を担ってきた人物でした。
2年前の玄哲海(ヒョン・チョルヘ、享年87)の死去につづく同氏の死去により、金一族を3代にわたって支えてきた元老級のベテランたちは全て退場したことになります。
金正恩氏は葬儀委員長を務め、葬儀の過程を最後まで共にしました。
葬儀を執り行う金正恩氏。朝鮮中央通信より引用。
(3)北朝鮮が新型多連装ロケットを開発
北朝鮮の朝鮮中央通信は11日、前日に金正恩氏が240ミリ放射砲(多連装ロケット)の‘武器体系を把握’したと伝えました。
また、この兵器を24年から26人にかけて配備する旨を明かしました。
このニュースを伝える『聯合ニュース』の記事の中で、国策シンクタンク『統一研究院』の専門家は北朝鮮が多様な口径・飛距離の放射砲を開発していることについて「韓半島の全域を集中して連発打撃する能力を強めており、戦争遂行能力を極めて実戦的に確保している」と分析しています。
新兵器の前で楽しそうな金正恩氏。ため息です。朝鮮中央通信より引用。
(4)高まる日本の存在感、韓米日中の代表が東京で会合
今月9日から10日にかけて、東京で北朝鮮核問題に対応する韓米日中の代表が相次いで会合を持ちました。
この中で、米国代表は中国代表に対し、朝露の軍事協力に対する憂慮を示す一方、中国へと脱出した脱北民を強制送還しないよう求めたと『聯合ニュース』は伝えています。
『東北アジア協力対話(NEACD)』と呼ばれるこの会合は、6者協議の参加国による、1.5トラック(半民半官)の形で行われるものです。ロシアと北朝鮮は参加しませんでした。
今月26日から27日(日付けはまだ未確定)にかけて、ソウルでは日中韓首脳会談が行われます。
中国が「露中朝」でくくられる外交を指向しないとされる中、南北関係に問題を抱える韓国よりも、日本の外交的な存在感が大きい印象です。
◎あとがきに代えて
ビラ散布の動きが公開されたことで、今後、南北関係の上で直接的な動きが出てくるかもしれません。不安を抱えつつ私はひたすら原稿です。
明日火曜日はまた、南北関係の今後を占う非常に大事なシンポジウムがあるので、その結果もまた共有できればと思います。
それでは皆さんも、楽しい一週間をお過ごしください。ありがとうございます。(徐台教)