サポートメンバーの皆さま、アンニョンハセヨ。金曜日発行のニュースレター、滑り込みで週内発行になりました。
いよいよ総選挙まで25日となり、なんとなくソワソワしています。関連する仕事も増えてきており、なかなかハードですがそれはそれ。しかし今号はどうしての韓国政治に関する話題が増えてしまいました。
目次は以下の通りです。
1.巻頭コラム:陣営に与しないということ
2.ドキュメンタリー紹介:『政治戦争』(3月15日、ニュースタパ)
3.韓国政治:与党優勢?総選挙の分析と、消えた政策
4.ショートニュース
(1)医大定員増をめぐる対立はさらに激化、政府の無能を問う声も
(2)重要事件の被疑者が豪州大使に…高まる「黒幕」への疑惑
(3)大統領室高官が、MBCに記者殺害予告とも取れる脅迫発言
5.あとがきに代えて
それではごゆっくりお楽しみください。
◎巻頭コラム:陣営に与しないということ
・跋扈する陣営論
総選挙までひと月を切る中、テレビニュースをはじめ多くの韓国のマスメディアが選挙報道に時間を割いている。しかし残念なことに、その内容は薄っぺらい。今はようやく各党の公認が終わる段階であるため、ある党で誰と誰が競争している、ある選挙区でどんな候補が激突するといった、表面的な報道に終始している。
世界ワーストの少子化や不平等、そして拡大一途の政府と医療界の衝突など、社会問題が山積している中、社会問題の解決を政治に問うべきマスメディアが、その役割を果たさないまま政界の動きの後にくっついていくような図式だ。
こんな物足りないマスメディアの牙城を脅かすのがYouTubeだ。保守、進歩陣営双方に数十万~100万人超の登録者を持つチャンネルがあり、選挙に出馬する候補者たちが我先にと出演し顔を売っている。こちらは報道倫理とは無関係であるためその内容も完全に振り切っている。視聴者も陣営の支持者たちばかりであるため、保守陣営チャンネルは国民の力、進歩陣営チャンネルは共に民主党と、二大政党の強力なバックアップ勢力となっている。
表向きは報道の体を取っているが、実際には陣営の支持者が「聞きたいこと」を届けるというサービス産業に近い。日本の皆さんが考える以上に韓国ではあらゆる社会的視線に陣営論が染みこんでおり、コンテンツは無限大だ。しかも儲かるとあっては、これをやらない手はない。実際に覗いてみると、スーパーチャットと呼ばれる「投げ銭」が飛び交っている。羨ましくないと言えば嘘になる。
ここ10数年、韓国で政治に特段関心を持つ市民は、自分好みのスピーカーを探してきた。自身と似た政治的志向性を持つ人物が政治や社会問題をなで切りにするポッドキャスト(音声番組)やYouTubeチャンネルを見付け、育て(!)、コアな政治勢力としてネット上で大きな影響力を発揮する過程を共にしてきた。
そして私の耳にもこんな陣営論的な“報道”や立場を求める声が入ってくる。特に日本で韓国報道を求める人々の中には熱心な進歩陣営の支持者が多いため、もっと進歩陣営に寄り添った内容を強調すべきという意見であり注文だ。まったくもって大きなお世話であるが、本当にこういう事を言う人が少なからずいるのである。
私にも思い当たるフシがない訳ではない。少し過去を振り返ってみる。
・文政権へのシンパシーから失望
今から8年前の16年10月にろうそくデモが始まり、17年3月に朴槿惠(パク・クネ)大統領が弾劾された。続く同年5月の繰り上げ大統領選で文在寅氏が当選したのだが、その頃の私は、韓国進歩派に共感するジャーナリストとして日本で(小さな範囲だが)認識されていた可能性が高い。当時の記事を見返すと、自分自身でもそうした匂いを感じ取れる。
弁解じみたことを言うと、当時は「第二の建国」に近い雰囲気、つまり「韓国社会はこのままでは保たない」という認識がデモ参加者や世論に強く存在しており、私もその熱気にあてられていた。そもそも学生時代から進歩派へのシンパシーがあったということもあるが(北朝鮮をめぐる姿勢では幻滅があった。これは書き始めると長くなるので別の機会に)、それよりも社会の一員としての立場と、報道者の立場を混同していたと自己分析できる。
しかしながら進歩派、より具体的には文在寅政権への共感ぶりはその後も続いた。しかもその期間はけっこう長かった。17年には9年ぶりの進歩派政権となった高揚感と新しい政治への期待感から、18年から19年春までは南北関係改善への確信といったものがその源泉にあった。
転機が訪れたのは19年夏だった。この時には今思い起こしても本当にたくさんの出来事があった。安倍政権と文在寅政権が歴史観をめぐり正面から衝突したことと、当時検察総長だった尹錫悦氏が新任の曺国(チョ・グク)法務部長官に強制捜査の嵐をお見舞いしていた時期だった。
当時、ソウル南部瑞草洞(ソチョドン)の検察庁前では、尹錫悦氏と検察に抗議する進歩派市民が数週にわたって10万人規模の大集会を開く一方、ソウル北部の光化門(クァンファムン)広場では保守派市民が似たような規模の反文在寅集会を開き続けていた。私はこの両方を歩き、つぶさに取材しながら「文在寅政権は失敗した」と判断したのだった。専門家の言葉を借りてだが「失敗」と明記してある記事が今でもヤフーニュースに残っている。
韓国社会が前に進むために必要な作業、つまり陣営間の対立を緩和し、譲歩と妥協の政治文化を作り、議会政治を再生させるといった分野において、文在寅大統領は何ら成果を残せなかったという視点がそこにあった。私は文氏に対し「第二の建国」に失敗した、より正確には「ろうそく革命」の成果を横取りし潰したという評価を下した。
こうして私はいわゆる政治的な「両非論者」、つまり進歩派も保守派も批判する立場を取るようになった。ちなみにこの言葉は韓国では否定的な意味で使われることが多い上に、自ら名乗るも性質のものでは全く無い。ここでは「結果としてそうなっている」というニュアンスで受け止めてもらいたい。私がフリージャーナリストとして完全に個人名で活動し始めたのは15年から16年にかけてだが、この時に運良く、陣営論にどっぷり漬かっている人物ではなく、社会のあらゆる面での両極化(分極化、Polarization)を問題視し、これを改善しようとする韓国の改革派と出会えたことも影響しているだろう。
ついでにもう一つ言うと、生活者としての視点から双方の陣営に厳しい視線を送らずにはいられない。二人の子どもを育て、妻と共働きで家庭を維持し、互いの両親の健康問題に直面する中で、韓国のあらゆる社会問題のるつぼに放り込まれることになるからだ。もはや「どちらの陣営の政権が悪い」という次元ではなく、民主化以降のすべての政権(保守5回、進歩3回)の施政の結果、生きづらい社会になっていると見る他にない。だからこそ、両陣営が力を合わせる以外にこの社会的苦境を抜け出す道がないにもかかわらず、一歩も譲らない政治家に対し幻滅しているのだ。だからこそ、陣営論に与せず批判的な目を持ち続ける必要がある。
・信頼のために
振り返りが長くなってしまった。総選挙までひと月を切った今、どんな姿勢で選挙取材に臨むのかという話をしたかった。
韓国政治に対し韓国の有権者は「政治的効能感」を失っているという指摘がある。選挙を通じて社会が良くなるという実感を持てないということだ。しかしこんな由々しき事態に至っても、マスメディアもYouTubeもこれを改善する方向には向かわず、単純な陣営間の勝ち負けに関する「ニュース」を垂れ流している。だが私は今後も「韓国政治の現住所」を知ることができるような報道を続けていくつもりだ。
1945年8月15日の解放から今まで、同族間の戦争や独裁を経ながら、それでも民主主義を勝ち取ってきた韓国市民にとって、政治とは何なのかを問い続けていく。この報道は、勝ち負けを知りたがる世間の風潮とは合わないかもしれないが、日本社会にとっても政治を考え直す一つのきっかけになると確信している。
蛇足を承知で付け加えると、私が客観的なスタンスを維持しようとする理由はもう一つある。それは信頼のためだ。徐台教という人間が陣営に拠らず韓国そして朝鮮半島を俯瞰的に見ているという認識を、どこかで訪れるであろう激動の時代、言い換えると朝鮮半島の大変化に際し、日本社会を良い方向に説得する原動力(資産)として役立てたい思いがある。これはなんのこっちゃという話と受け止められるかもしれないが、必ずその瞬間が来ると私は確信しているため、準備を怠る訳にはいかないのである。
韓国総選挙の投開票日は4月10日。何が変わり、何が変わらないのかを問い続け、伝えていきたい。
◎ドキュメンタリー紹介:『政治戦争』(3月15日、ニュースタパ)
先の巻頭コラムでも書いた「両非論」、つまり保守進歩両陣営とも批判する立場(繰り返しますが、この言葉は肯定的なニュアンスで使われる言葉ではありません)の決定版のような番組が15日晩、公開されました。
制作したのは『ニュースタパ』。企業の広告に拠らず、会員の会費で運営される韓国の独立インターネットメディアです。毎月1万ウォン(約1000円)以上を納める4万人近い会員を擁し、YouTubeチャンネルの登録者は126万人と、今やネットメディアの雄とも呼ぶ存在です。
番組タイトル。『政治戦争』とあります。おどろおどろしいですね。以下すべてのイメージは同番組をキャプチャしたもの。
調査報道に定評があり、22年5月の尹錫悦政権発足以降は、大統領夫人・金建希(キム・ゴニ)女史の株価操作スキャンダルなどを追い続けています。バリバリの陣営論メディアとは一線を画すも、進歩派メディアに分類されます。
『政治戦争』は同社が総選挙特集として作った番組の三つ目にあたります。一つ目は『世代多様性国会』、二つ目は『ジェンダー平等国会』です。実はこんな特集があるのを知らなかったため、いずれも見ていません。今後見て、良ければ内容をお伝えします。
番組はタイトルにあるように、韓国政治が陣営間の戦争になっており、社会的な機能を果たせていないという問題意識から作られています。そうなった原因、そして解決策までを提示する意欲作です。出演者の一人は「ニュースタパが(進歩派に)怒られる覚悟で作った」と舞台裏を明かしています。
冒頭部から印象的でした。共に民主党の現役議員や進歩派の政治学者、そして故盧武鉉大統領の生前インタビューが登場し、「陣営間で権力を分け合う」必要性を問いかけます。協力する政治が存在しない、民主主義が機能していないという視点です。
陣営間での情緒的な両極化(分極化)がどれほど酷い段階にあるのかを表す指標として、番組では「現役大統領に対する与党支持者と野党支持者の支持率の差」を提示しています。下に引用します。
現役大統領に対する与党支持者と野党支持者の支持率の差グラフ。
どうでしょうか。左から金泳三(93〜98)、金大中(98〜03)、盧武鉉(03〜08)、朴槿惠(13〜17)、文在寅(17〜22)の順です。数値は任期中の最大値とはいえ、時代が現在に近づくにつれ有権者の両極化が進んでいることが明確に読み取れます。
その上で、韓国の政治的両極化の問題は「理念的な両極化」ではなく「情緒的な両極化」の問題であると指摘します。納得です。政治スタンスに対し視点が分かれているのではなく、敵と味方といった分け方に近いというものです。
ここから小タイトルに沿って番組の概要をざっと見ていきます。
「対決の連続」では、22年3月の大統領選において得票率0.7%差で敗れた李在明氏が、敗者は国外での「冷却期間」を置くという政界の慣例に従わず、すぐに最大野党の指導者として尹錫悦政権との対決を選んだこと、さらに尹大統領もまた包容や統合といった姿勢から遠かったことが語られます。
「司法統治」では、検察出身の尹錫悦、韓東勲(ハン・ドンフン、現与党非常対策委員長)といった人物が、政治を妥協や中間地点を探すものではなく、政治を生存と死の空間にしてしまったと指摘します。
「拒否権、過ぎたるは猶及ばざるが如し」では、尹大統領が民主化以降の各政権の中で、最も多く拒否権(5回、9件の法案)を発動し、国会で議決された法案をなき物にしている点を取り上げています。大統領がその理由を全く説明していないと指摘し、政治が機能していない状況を示すとしました。
続く「党代表を助ける」、「ファンダム、憎悪政治の誘惑」では、少数の強い、まとまった支持者によって党内政治が左右される現状を取り上げています。また、そうした支持者を得ようと、国会議員が真偽不明の内容を国会で取り上げ、YouTubeの再生数を気にしているといった事情も明かされます。このために、相手への尊重という政治のルールが失われてしまったともします。「政治家がライバルを倒すために政治的なエネルギーを注ぎ、大衆たちは政治に幻滅を感じている」と2022年のエコミスト研究所では評価しています。この年、韓国の民主主義指数は16位から24位と下落しました。
政治家がファンダム政治を悪用していると指摘する李官厚(イ・グァヌ)建国大教授。私も以前から記事で何度も意見を引用した人物です。進歩派というよりも、改革派の政治学者です。
また、他党議員同士のつながりも失われてしまったという声も取り上げています。この部分では確かに、以前は他党議員同士でも一緒に食事をして酒も飲んでいたとしますが、ここ数年はそうした文化が失われてしまったという声はよく耳にします。
「一糸乱れぬ政治」、「拒否できない党論」では、巨大両党(国民の力、共に民主党)の対立が深まるほど(戦争になるほど)大統領や代表による指揮権が強まり、党内に一糸乱れぬ行動を求めるようになり、多様性や個人の意見が発揮できない状況になっていると指摘します。
「両党政治=憎悪、反射利益」では、巨大両党制度が相手政党の憎悪と相手の失策をあげつらうことによる反射利益から成り立っていることを指摘します。政治家がそれらを煽ることを自制できていないともしますが、強く納得です。20年4月の前回総選挙では巨大両党の議席が283(全体の94.5%)に達したとし、第3の声が存在できない構造になっているともしました。政党間の討論ももはや成り立たないというものです。
「自滅、与党の反撃」では、尹錫悦政権下で成立した労災発生時に元請け企業代表の刑事処罰も可能にする『重大災害処罰法』を例に、共に民主党が与党時代(文在寅政権)にいかに仕事をしなかったのかを示しています。ストライキの権利を守る「黄色い封筒法」や政府による公営放送への介入を防ぐ「放送法改定」などがその例で、尹大統領はこれらに拒否権を発動しています。
共に民主党の李誕熙(イ・タニ)議員。同い年の45歳、韓国進歩派の改革の旗手ですが、政治改革のために今回の総選挙には不出馬を表明しました。共に民主党の共同選対委員長として名前が上がりましたが、本人が固持したとの報道がありました。
あといくつかで終わりです。
「汝矣島(ヨイド)の関心の外」では、韓国社会が抱える社会問題の解決において政治が全く役に立っていないことを指摘します。背景には巨大両党が「相手に打撃を与える素材としてふさわしくない」と判断する場合に、議題の優先順位が下がる構造があるとします。悲惨です。
最後の「憎悪政治の共犯者たち」では22年12月、選挙制を改革し巨大両党だけではない「第3の選択を可能にする善意の競争ができるようにする」と述べ「衛星政党を禁止させる」と明言した李在明代表が、わずか1年後に「選挙というのは勝負だ。理想的な主張をして格好よく負けることに何の意味があるのか」と姿勢を変えた点を引用します。これに党内の改革派議員(以前ニュースレターで取り上げた李誕熙[イ・タニ]議員)が「格好悪く勝っても、社会を変えられない」と反論します。
ここからが本論です。本来ならば第3勢力、正確にはより多くの社会的集団から議員を輩出できるようにするための選挙制度を壊す衛星政党に、有権者が投票していることを指し、有権者もまた、こうした両党政治、政治戦争を支えていると指摘するのです。この部分が、他の番組では触れられてこなかった、本番組における最も重要な主張と言えるでしょう。「有権者が相手を悪魔化する政治に先にNOを突きつけるべき」というものです。
国会を背景に「憎悪心を煽ることに全ての人々が没頭している」という字幕が。シュールです。
内容は以上です。私は「そうだそうだ」と頷きながら見る一方で、「有権者が政治を変えるべき」という結論はあまりに理想的すぎると、その実現性にクエスチョンを投げかけずにはいられませんでした。
勝者総取り構造にある韓国政治の中で、自陣営の政治家を落選させてまで政治改革を図るべきという意見は、論理としては成り立ちますが、実際の投票行動としてどれほどの人々が実行できるでしょうか。私も、すんなりとそれを行う自信が持てません。
番組が韓国政治の問題として提示した内容は真っ当で、非常に意義深いものですが、その唯一の解決策が現実的でないため、韓国政治が直面している問題の深さをより実感する皮肉な結果となりました。
YouTubeに寄せられている視聴者の反応も興味深かったです。
「今は内戦状態なのに、おとなしいことを言っている場合ではない」、「単なる両非論」といった番組への批判から、「ニュースタパを支援する意味を確認した」という称賛まで幅広いものがありました。番組のリンクを貼っておきます。
◎韓国政治:与党優勢?総選挙の票読み
韓国政治に関する記事は一本にまとめます。選挙をどう見るのかという視点の置き方について、私はどうしても「投票によって社会がどう変わるのか」を重視してしまうのですが、それだけでは読者のみなさんも疲れるし、何よりつまらないと思うので、今号では選挙結果予測といきましょう!どの党が勝つか!
まずご紹介するのは、「国民の力170議席、共に民主党116議席」という予測です。10日の経済紙『毎日経済』へのインタビューや13日のラジオ番組でこう述べたのは、韓国のシンクタンク「時代精神研究所」のオム・ギョンヨン所長です。オム所長は前回20年の総選挙で共に民主党の180議席の圧勝を見事予測した、選挙およびデータのベテラン専門家です。
オム所長は2月27日付けの月刊誌『新東亜』の記事でも小選挙区(当時定数253,現在は254で確定)で国民の力149議席、共に民主党104議席と予想するなど、一貫して与党優勢の予測を掲げています。
オム・ギョンヨン所長。選挙シーズンは引っ張りだこの人物です。オーマイニュースより引用。
閑話休題。254の小選挙区において、勝敗を分けるのはどの地域でしょうか。
まずは首都圏です。ソウル48議席、京畿道(キョンギド)60議席、仁川(インチョン)広域市14議席でほぼ半分の122議席となるのですが、予想がつきやすい全羅道(28議席)や慶尚道(65議席)といった地域と比べ不確実性が多いため、各専門家の予想も分かれています。ちなみに前回選挙ではソウルは41対8、京畿道51対7、仁川11対1といずれも共に民主党の「爆勝」でした。
さらに選挙によって結果が異なり「キャスティングボート」と呼ばれる28議席の忠清道(大田市7議席、世宗市2議席、忠清北道8議席、忠清南道11議席)も重要になります。こちらも前回選挙では20対8で共に民主党の圧勝でした。
改めて整理すると、首都圏と忠清道でどんな結果が出るかによって勝敗が決まるということです。
予想に戻ると、やはり選挙予想に定評のあるチェ・ビョンチョン新成長研究所所長は『毎日経済』に対し「国民の力165議席、共に民主党115議席」(別の記事では160対120とも)と明かしています。共に民主党は首都圏と忠清道で劣勢という見立てです。
また、『毎日経済』の記事では別の2人の専門家が従前より与党が躍進するとしつつも、全体(300議席)としては進歩派政党が過半数を確保し、「ねじれ国会」が維持されるだろうと見立てています。
他方、韓国の著名世論調査会社『リアルメーター』社のイ・テクス代表は14日付け『アジア経済』のインタビュー記事で「国民の力145議席、共に民主党135議席、第3勢力20議席」という見立てを示しています。
イ代表はまた「30~40の小選挙区で拮抗している。3%だけ動いても10~20議席の差がでる」とし、大統領選とは異なり予測が難しいとしています。
また、過去に私も記事で何度かインタビューしたことがある引用したことのある改革派政治学者の李官厚(イ・グァヌ)建国大教授も『オーマイニュース』(15日付け記事)に対し、やはり与党・国民の力が優勢であるとし、「野党は与党の過半数を阻止することが目標になる」と述べています。
見てきたような与党優勢という予想の背景に何があるのでしょうか。ひと言で従来の「尹錫悦vs李在明」という構図が、韓東勲氏の登場によって「韓東勲vs李在明」に変わった点を挙げられます。
李在明氏と韓東勲氏。笑顔の裏で壮絶な舌戦を繰り広げています。朝鮮日報より引用。
先のドキュメンタリー『政治戦争』でも取り上げられていた通り、尹錫悦、李在明共に「党を私物化している」という指摘は同様で、この観点からは「同格・同罪」でした。しかしその上に「尹錫悦政権の失政への社会的な批判意識」が存在しているため、結果として李在明(共に民主党)が優位になる選挙の構図でした。
しかし、韓東勲氏には検察権力を笠に着るという批判はあれど、党を私物化したという指摘はありません。そればかりか、金建希(キム・ゴニ)大統領夫人が知人から高級ブランドのバッグをプレゼントされたスキャンダルに言及し、一時は大統領室から非常対策委員長の辞任を強要されるなど、尹大統領とも差別化を図ることに一旦は成功しています。
このように総選挙は「尹政権の審判」という視点を維持しつつも、「次期大統領選の前哨戦」へと争点がややシフトした状況にあります。ここに後述する曺国(チョ・グク)元法務部長官の「祖国革新党」が登場し、争点が再度変わりました。
それでは、各党はどう予想しているのでしょうか。与党・国民の力では候補者の一人が2月25日に「150議席から160議席が可能」と発言し注目を集めました。しかしこれを韓東勲氏がすぐに諫めたこともあり、予想を公開してはならない雰囲気となっています。
反面、共に民主党は積極的です。15日に党の選挙対策委員会戦略本部長が直接「小選挙区で130~140議席、比例で13席+α」という予測を発言しました。前回総選挙の180議席はそもそも出来すぎであり、比べる必要はありません。李在明代表が公言した勝敗ラインの「150議席(過半数)」は満たせるという認識でした。
予想はここまでにして、次は『祖国革新党』の躍進を見ていきます。
最新の世論調査によると、『韓国ギャラップ』(12~14日調査)では政党としては7%、比例投票先としては19%の支持を得ているという結果でした。別の世論調査会社『チョウォンC&I』(9日~11日調査)による「明日が投票日ならば比例はどの党に投票するか」という設問では、与党の衛星政党・国民の未来37.4%に次ぐ26.1%を獲得し、共に民主党の衛星政党・共に民主連合の21.0%を上回り2位となっています。
祖国革新党代表の曺国氏。完全に総選挙の主役となっています。同党YouTubeよりキャプチャ。
私の所にも知人友人先輩たちから「祖国革新党はすごいぞ」と世論調査の結果がたくさん送られてきますが、確かに勢いはあります。
背景について、前出のオム所長は「与党にとっての韓東勲がメシア(救世主)であったように、曺国は民主党支持層、進歩支持層が結集するきっかけを与えた」と述べ、「曺国氏が野党全体の代表のようになっている側面がある」と指摘しています。
今の支持率が続くかについては見方が割れています。オム所長は曺国氏の中道層(浮動層)への訴求力に限界があるとし、「来週(3月18日の週)には勢いは衰えるだろう」と見通しています。
一方で前出のイ・テクス『リアルメーター』社代表は「曺国氏(の不正)について『これくらいで十分だろう』と免罪符を与える流れがある。祖国革新党への支持は簡単に収まらないだろう」と見立てています。
また、李官厚教授も「共に民主党に投票したくない進歩派層が、その代わりに(祖国革新党を)支持している」と指摘し、一過性のものでないという視点です。
なお、前回の記事で曺国革新党は20代30代からの支持がかなり低調だと書きましたが、『韓国ギャラップ』の前出の調査では18~29歳まで0%、30代で3%でした。やはり若者層への訴求力には限界があります。なお、進歩層が分厚い40代では11%、50代では14%でした。
このように見方が割れていますが、現在の選挙戦の中で祖国革新党(曺国)の存在感は際立っていることだけは確かです。イ・テクス代表も指摘したように、党名の「祖国」が韓国語の発音でチョグクと「曺国」と同じである点のメリットはかなり大きいでしょう。
何より、総選挙の構図を動かしました。先に述べたように「尹錫悦vs李在明」が「韓東勲vs李在明」に変わりましたが、曺国氏の登場により「尹錫悦・韓東勲(検察権力)vs曺国」という構図が鮮明になり、これに引きずられるように再び「尹錫悦vs李在明」も浮上してきている形です。
韓国総選挙の見取り図。筆者作成。
さらに曺国氏の登場により、李洛淵(イ・ナギョン)元総理の「新しい未来」、李俊錫(イ・ジュンソク)元国民の力代表の「改革新党」も、存在感が薄れています。この両党はいかに巻き返せるのかが問われています。
「緑色正義党」も支持率1%台と低迷が続いています。過去4回当選で同党の顔である沈相奵(シム・サンジョン)議員も今回は当選が難しそうです。
なお、ここで少し韓国の世代について触れてみます。一般的に40代50代は進歩が強く、60代70代は保守が強いとされます。そこで20代30代がキャスティングボートの役割を果たすと理解すれば間違いがありません。
有権者の中に占めるボリュームにおいては、60代以上が31.5%、40代50代が37%、20代30代が31.5%となっています。一方、実際の投票数における割合では22年の統一地方選挙を例にする場合、60代以上は40.3%とその投票率の高さが目立つ一方、20代30代は22%に過ぎませんでした。この構造を共に民主党が打ち破ってこそ勝利できるということです(以上2月23日付け『新東亜』記事より)。
イ・テクス代表はまた、今回の選挙における20代30代の重要性について触れています。同社の世論調査(3月7~8日)によると、20代は国民の力42%、共に民主党35.8%であり、30代は国民の力37.7%、共に民主党45.9%でした。彼らの投票率が選挙における大きな変数になると指摘しています。
投票日まではまだ20日以上残っています。
前出のオム所長が「今回の選挙は変化が多い」と指摘し、今後まだまだ変わっていくだろうと見立てているように、最後まで予断を許さないものになるでしょう。
来週21日から22日にかけて候補者登録期間となっており、22日には全候補が出揃います。「選挙はそこから」という見方も強く、現在の予想はまだ参考程度と考えた方がよいでしょう。
金富謙元総理(左)。写真右のキム・ビョンウク共に民主党候補のFacebookより引用。
個人的には、共に民主党の共同選対委員長に、金富謙(キム・ブギョム)元総理が合流したことが、共に民主党にとって大きな追い風になると見ています。現役政治家の中では最もバランスの取れた人物であるため、常識的な判断や落ち着いた印象を党にもたらし、同党におけうr中道層(浮動層)への訴求力を高める可能性があります。
◎ショートニュース
(1)医大定員増をめぐる対立はさらに激化、政府の無能を問う声も
医大定員を現行の3058人から2000人増やすと政府が発表したことを受け、2月20日に研修医の職場離脱から始まった韓国政府と医療界の正面衝突。今日までずっと続いています。
そしてこれを通じ、これまで私のような一般市民が知らずに過ごしてきた医療界の問題が次々に浮き彫りになってきました。
例えば「ビック5」と呼ばれるソウルの大病院が、専門医の雇用を減らし研修医の週80時間以上の過重労働に頼って人件費を抑えてきたことや、「必須医療」と呼ばれる外科や応急医療、心臓や脳血管疾患といった分野が不人気な背景には、政府からの「酬価(医療報酬)」が低い点が関連しているといった具合です。
また、医師協会をはじめとする医療団体が患者を自分たちよりも後回しにしていることも分かりました。「世界の中でも、患者を人質に意志を貫徹しようとする医師がいる国は韓国だけ」という言葉が重くのしかかります。
こうした問題は、単純に医大定員を増やし医者を増やすことで解決するようには思えず、医療制度そのものを変えていく必要があることがようやく社会的に周知されてきた感があります。
韓国は現在、災難危機警報が最も高い「深刻」となっており、新型コロナの際と同じ保健医療体制をとっています。それに伴い設置された中央災難安全対策本部会議で発言する尹錫悦大統領。3月6日、大統領室提供。
一方で、尹錫悦政権は一歩も引かない従来の姿勢を崩していません。医療現場の混乱を抑えるために軍医や地方病院の医師までも首都圏の病院に動員し、医療界とのチキンゲームを続けています。
これに対し、医大教授たちも辞職すると声明を出し、さらになんとかギリギリのシフトで医療現場を回してきた専門医なども「体力の限界」を訴える書面を発表しています。
限界を迎えることで、いよいよ対話の機運が高まっているのではないかと思うのですが、対話の場を作り出せない政府に対する不満が出る他にありません。実際に世論も妥協を求める方向へと動き始めています。
『韓国ギャラップ』の調査(3月12日~14日)によると、「政府の原案通り定員を2000人拡大すべき」という回答は47%であった反面、「規模や時期を調整する仲裁案を作るべき」は41%にのぼりました。。
これは2月13日~15日の調査で76%が「政府案に肯定的な面がある」と答えたものと比べる場合、政府に妥協や対話を要求する声が高まっていると解釈できるものです。
尹政権は総選挙への影響も念頭に置いているのは間違いないはずです。結局は世論の推移が事態を解決へと進める原動力になりそうです。ひどい話ですが。
(2)重要事件の被疑者が豪州大使に…高まる「黒幕」への疑惑
昨年末のニュースレター27号でお伝えしたパク・チョンフン大佐(53)をご記憶でしょうか?
昨年7月、豪雨後の河川で行方不明者の捜査にあたった海兵隊員が亡くなった事件の捜査責任者となり、海兵隊第一師団長、第七旅団長など8人に「業務上過失致死」の疑いがあるとします。そしてその調査記録を警察署に渡す際、突如として上部から「ストップ」がかかります。
しかしパク大佐はこれを振り切り、部下の死を無駄にしないと警察への資料移牒を敢行、これにより10月6日に軍検察はパク大佐を「抗命および上官名誉毀損」の嫌疑で起訴しました。この裁判は昨年12月7日にはじまり、今も続いています。
そして今回、この時にストップをかけたとされる張本人の李鐘燮(イ・ジョンソプ)国防部長官(当時)の動きが韓国で大きなニュースとなりました。
今月4日、政府は李元長官を豪州大使に任命すると明かしました。しかしこの話が伝わる過程で、李元長官が上記の介入事件の被疑者として、高位公職者犯罪捜査処(以下、公捜処)により出国禁止措置となっていることを公営放送MBCが伝えました。すると李元長官はあわてて公捜処に出席し4時間の調査を受け、その後10日晩に逃げるように出国しました。
この騒動の背景には、大統領室の存在があるというのが、韓国メディアの理解です。より正確には昨年、李元長官が「ストップ」をかけた直前に、誰の指示を受けたのかという点に注目が集まっています。
李元長官は公捜処のこの「問い」に答えなければならないのですが、そうされてはまずい人物が今回、李元長官を豪州へと「逃がした」という判断です。任命者は誰か、という話につながります。韓国メディアでは尹錫悦大統領の名前が上がり、曺国代表などは「弾劾事由になる」とまで踏み込んでいます。
一連の騒動のあまりのひどさに、与党内からも批判の声が上がっています。中でも韓東勲非常対策委員長は17日、「公捜処は李鐘燮大使をすぐに召喚し、李大使も帰国すべき」と明言しました。大統領室と正面から対峙する非常に重いひと言です。総選挙への影響を考えてのことでしょうが、今週以降の帰趨が注目されます。
(3)大統領室高官が、MBCに記者殺害予告とも取れる脅迫発言
最後までとんでもないニュースが続きます。14日、大統領室の黄相武(ファン・サンム)市民社会主席秘書官(次官級)が記者団たちと懇談する席でこう言いました。
「MBCはよく聞け。私は(陸軍)情報司令部の出身だが、1988年に経済新聞の記者が狎鴎亭(アックジョン、ソウルの富裕層が住む街)現代アパートで太ももを2回刺された」
明らかなMBC所属記者への脅しです。ニュースを伝えたMBCによると、この事件は1988年8月の朝、『中央経済新聞』の社会部長であったオ・ホングン記者が自宅の前で襲撃された実在のもので、刺身包丁で刺されたオ記者は深さ4センチ、長さ30センチ以上の裂傷を負ったとのことです。
捜査の結果、犯人は陸軍内の情報機関である陸軍情報司令部に所属する現役軍人で、軍を批判するオ記者のコラムに不満を持った上官の命令で犯行に及んだとのことです。これを韓国では「情報司刺身包丁テロ」と呼んでいます。
黄秘書官の発言を伝えるMBC。市民社会主席というのは、市民社会と政府をつなぐ役割を果たす重責だ。MBCより引用。
懇談会の現場で「なぜMBCに聞け」と言ったのかと質問が出るや黄首席秘書官は「冗談だ」と述べ、記者達に対し上司に報告しないよう頼んだとのことです。
なお、この黄首席秘書官はKBSのニュースアンカー出身で、よく知られた人物です。
なぜMBCなのかという点については、すでに本ニュースレターの読者の皆さんはピンとくるでしょう。尹錫悦政権になって、MBCは政権にとって耳の痛い報道を連発しており、対立が最高潮になっている点が背景にあります。
詳しくは同社所属のイ・キジュ記者の本『記者遺憾』のレビューがある30号をご参考ください。
また同じ席で黄秘書官は、1980年の5.18光州民主化運動にあたかも北朝鮮が関与していたのか疑問を持っているというニュアンスの発言も行いました。
時代錯誤、認識錯誤もはなはだしいこんな一連の発言が伝わるや、黄秘書官は謝罪文を出しました。それにもかかわらず、野党をはじめメディアからも「辞職すべき」という声が一斉に上がっていますが、本人はしれっとしています。
そんな中、国民の力の韓東勲非常対策委員長は「国民の目線(水準)に合わない発言だ。進退を自分で決めるべき」と、黄秘書官に辞任への圧力をかけています。
◎あとがきに代えて
今回は時間も時間なので省略いたします。いつもお読みいただきありがとうございます。韓国式の挨拶ですが、良い一週間をお過ごしください。(徐台教)