サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。
韓国は総選挙の話題、それも主に政局報道のような意味のないもので持ちきりですが、その裏で朝鮮半島問題はさらに複雑に、危機は置き去りになっています。
朝鮮半島は最大の変数と言える米大統領選を11月に控え、一見すると「凪(なぎ)」のように感じられるかもしれませんが、そこで起きている変化は小さくありません。関連国を説得し対話局面に持ち込むべき韓国政府が南北対立の旗を振っていることから、今も緊張関係は続いています。
なお、発行日についてですが、選挙取材や他の重要な仕事と並行しているので本来の水曜日よりも一日遅れました。
しかし発行日(曜日)にかかわらず、このニュースレター一本でその週の朝鮮半島情勢の動きが分かるようにするので、今後ともご心配(?)なきようお願いいたします。
今号の目次は以下の通りです。
◎南北関係
(1)尹錫悦大統領が『3.1節』記念辞で北朝鮮との共存不可を強調
(2)統一部が24年事業計画を発表し「北朝鮮を変える」と言明
(3)外交部も24事業計画を発表、北朝鮮の包囲網強める計画
◎朝鮮半島情勢
(1)米政府の立場に変化(?)も「時間切れ」
(2)金正恩氏が相次いで軍事訓練を指導、「ソウル攻撃演習」か
(3)活発化する北朝鮮外交、国連機関の復帰間近
◎ショートニュース
(1)FAOが北朝鮮を18年連続で食糧支援国家へ指定
(2)開城工業団地支援財団が解散へ
(3)「韓半島平和」を取り下げた韓国外交部
◎資料を読む
(1)衛星資料を活用した北韓経済指標調査分析(23年、KAIST)
◎あとがきに代えて:韓国は戻れるか
それでは始めます。
◎南北関係(1):尹錫悦大統領が『3.1節』記念辞で、北朝鮮との共存不可を強調
『3.1節』とは今から105年前の1919年3月1日、大日本帝国による植民地統治からの独立を願い立ち上がった、植民地期最大の朝鮮人独立運動を記念する日です。この時に民族代表33人により発表されたのが『己未獨立宣言書』、一般的に『3.1独立宣言』と呼ばれるものです。
「私たちは今日の朝鮮が独立した国であり、朝鮮人がこの国の主人であることを宣言する」という一文で始まる宣言では、朝鮮を併合した日本を感情的に憎むよりも、朝鮮民族が自らを正すことに力点を置き、日本に対しては「朝鮮の独立は朝鮮人が正当な繁栄を成すようにすると同時に、日本が間違った道から抜け出し、東洋に対する責任を果たすようにするものだ」と説きます。
その上で「私たちは飛び上がって起き上がる。良心が私と共にあり、真理が私と共に進んで行く。老若男女の区別なしに暗く朽ちた古い家から飛び出し、世の全てと共に楽しく新しく蘇るだろう」と朝鮮民族に奮起を促します。
この時、朝鮮半島の津々浦々で朝鮮人は同時に立ち上がり、路上に出て「朝鮮独立万歳」の声を上げました。この時から3か月間、当時の約1700万人の人口のうち、50万人から200万人が運動に参加したとされ、総督府による鎮圧で約7500人以上の朝鮮人が死にました。
解放翌年の1946年から一貫して国慶日となっている『3.1節』はこんな由来がある日であるため、本来この日の大統領のメッセージは日本に向けたものが主になってきました。
しかし今年の記念辞では、日本に対し過去の歴史への反省を問う代わりに日韓両国が「自由、人権、法治の価値を共有し、共通の利益を追求し、世界の平和と繁栄のために協力するパートナーとなった」と簡単に済まし、北朝鮮へのメッセージに力点が置かれました。
『3.1節』で記念辞を述べる尹錫悦大統領。大統領室提供。
少し長くなりますが、該当部分を抜き出してみます。ゆっくりと読んでみてください。私は演説は必ず原文を読んだ上で論じるべきだと思います。
「尊敬する国民の皆さん、3.1運動は皆が自由と豊かさを享受する統一をもってようやく完結するものです。
私たちは今や、すべての国民が主人である自由な統一韓半島に向かって、進まなければなりません。
北韓は依然として全体主義体制と抑圧統治を続け、最悪の退歩と困窮から抜け出せずにいます。 北韓政権はひたすら核やミサイルに依存し、2600万の北韓住民を塗炭の苦しみと絶望の沼に閉じ込めています。
最近では、私たち大韓民国を第1の敵対国であり、不滅の主敵と規定しました。嘆かわざるを得ません。
統一は韓半島に限った問題ではありません。北韓政権の暴政と人権蹂躙は人類普遍の価値を否定するものです。自由と人権という普遍の価値を拡張するのが統一です。私たちの統一努力が、北韓の住民にとって希望となり、灯火(ともしび)とならなければなりません。
政府は北韓住民に向けた支援の手を引っ込めることはせず、北韓の人権状況の改善に向けた努力も、止まることはないでしょう。脱北民が私たちと共に自由と繁栄を享受できるよう、暖かく懐に抱いていくでしょう。
政府は今年から7月14日を<北韓離脱住民の日>に制定しました。これを機に、私たちの国民みなが脱北民により対し、より温かい関心を持って配慮することを願いします。
統一は私たち一人では成し遂げられない至難の課題です。国際社会が責任ある姿勢で共に力を合わせなければなりません。自由な統一大韓民国は、北東アジアはもちろんインド太平洋地域と全世界の平和と繁栄に寄与するでしょう。
私は大韓民国の大統領として、このような歴史的、憲法的な責務を果たすために最善を尽くします。
尊敬する国民の皆さん、今、私たちは時代史的な大変革の岐路に立たされています。己未獨立宣言書の精神を再び起こし、自由を拡大し、平和を拡張し、繁栄の道に進まなければなりません。
その道の終わりにある統一に向けて、皆の心を集めなければなりません。私たち政府が、情熱と献身をもって先頭に立って走ります。共に手を結び、新しく希望ある未来を開いていきましょう!
いかがでしょうか。一番大事な部分は二行目の「私たちは今や、すべての国民が主人である自由な統一韓半島に向かって、進まなければなりません」というものです。
これは1988年の盧泰愚(ノ・テウ)大統領が『7.7宣言(民族自尊と統一繁栄のための特別宣言)』を出し、南北関係が平和共存基調を共有し始しめて以降、大統領が最も明確な形で吸収統一に言及した一文と言えます。
つまり、昨年末に金正恩氏が南北間の「同族性と同質性」を否定し、南北間が敵対する国家関係としたことを受け、建前としての平和共存すら完全に打ち捨てたものと判断できます。
さらに「自由と人権という普遍の価値を拡張するのが統一だ」という尹大統領の発言からは、統一と北朝鮮の全体主義が相容れないものであるという認識がはっきりと読み取れ、統一イコール金正恩体制の滅亡であることがよく分かります。
このように、南北は今、完全に本音をぶつけ合う「言葉の戦争」を行っています。
それでも過去の南北関係には「建前」がありました。
例えば、戦争も辞さない姿勢で北朝鮮に臨んだ朴槿惠(パク・クネ)元大統領の演説を見てみましょう。特に過激だったとされる2015年8月15日の光復節演説でも、南北が協力する過程の先に統一があるというお題目は維持されていました。
それが今は、南北共に飾りを捨て、正面からノーガードで殴り合っているものと見てよいでしょう。
「自由な統一韓半島に向かって、進まなければなりません」というのは、今年になって金暎浩(キム・ヨンホ)統一部長官が使う「自由の北進政策」という言葉と通ずるものです。
少なくとも尹錫悦政権の残り3年2か月の任期中は、この基調が変わることはないでしょう。どこまでエスカレートするのか不安です。
そしてこの尹錫悦大統領のメッセージを受け、一週間後に統一部は新たな事業計画を発表しました。次はそれを見ていきましょう。
◎南北関係(2):統一部が24年事業計画を発表し「北朝鮮を変える」と言明
統一部は3月8日、「2024年統一部主要業務推進計画」を発表しました。タイトルは「‘南北韓の住民すべてが自由と豊かさを享受する統一’、2024年を自由民主主義統一基盤を構築する元年に」というものです。
ニュースレターで何度か触れてきたように、韓国の金暎浩長官の今のお気にいりのフレーズは「自由の北進政策」です。
これは韓国の初代大統領・李承晩が主張した「北進政策」「北進統一」のいわば亜流で、武力でなくKカルチャーや人権意識といったいわばソフトパワーによって金正恩政権に対抗し、最終的にはこれを倒すというものです。
統一部は実際に「Kカルチャー」を南北関係における武器として使っています。3月11日には「南北の境界を越えるKカルチャーの力」という大学生が参加するシンポジウムも開かれています。統一部提供。
統一部によると、7日、金暎浩長官は尹錫悦大統領に統一政策の方向を報告しました。
金長官はこの席で「統一は2600万の北韓住民も自由と豊かさを享受できるようにする民族史的な課業であり、自由と人権という普遍の価値を拡散する世界史的な課業」であると述べたそうです。
また「北韓の金正恩政権が大韓民国を敵対国家と規定し、民族と統一を消していく今こそ、わが政府が揺るぎなく統一国家を志向しながら、私たちの統一ビジョンを積極的に提示する時点である」と明かしたとのことです。
こんな一連の発言は、「民族史的」「世界史的」という言葉の意味のない大仰さを除けば、その考え自体はとりたておかしなものではないと思います。いつまでも北朝鮮の住民の抑圧された状況を朝鮮半島の「常数(秩序)」としておくことはできないでしょう。
一方で韓国が一貫して統一を掲げるということもまた、絶対に必要なことです。これを韓国が放棄してはいけません。
ですが、統一部が今回提示した事業計画を実行に移す際には、大きなハレーションが南北間に起きるでしょう。
それは「2024年は北韓の反民族的・反歴史的な路線変化に対応し、私たちの統一ビジョンを積極的に提示し、北韓の変化を牽引していく最適の時期」という統一部の資料の冒頭に大きく掲げられた文言からも明らかです。
金正恩氏による昨年末の「北南関係はこれ以上は同族関係・同質関係ではない、敵対的な二つの国家関係、戦争中にある二つの交戦国関係として完全に固着した」という発言を逆手に取り、金正恩氏と北朝鮮住民を積極的に切り離すことを目的としていくのでしょう。
この過程が果たしてスムーズにいくでしょうか。
もう少し詳しく見ていきましょう。
・3つの核心課題
統一部は24年事業計画における核心課題として、(1)北韓を正しく知って知らせる、(2)北韓の変化を誘導する、(3)統一に向かう力を強める、という3つを提示しています。
(1)北韓を正しく知って知らせる
北朝鮮住民が置かれている人権状況を正しく知らせることに力点を置いたものです。2026年開館を目指す「国立北韓人権センター」の建立推進や、昨年に続く「北韓人権報告書」の発刊を行うとしています。
同報告書の内容には特に、▲韓国をはじめとする海外文化を遮断するための『反動思想文化排撃法』の実体や、▲海外に派遣する労働者からの搾取、▲中国などからの脱北民の強制送還、▲新型コロナの影響などを新たに取り扱うとしています。
また、今年2月に公開した脱北民6351人への聞き取り調査を元にした『北韓経済・社会実態認識報告書」を基にコンテンツを作るそうです。なお、同報告書についてはニュースレター34号で10項目を引用し説明しています。改めてご覧下さい。
統一部はさらに、統一教育の強化も課題に掲げています。「正しい歴史観と統一観の確立」という、ニューライト政権の面目躍如とも言うべき前時代的な修辞には心底嫌悪を覚えますが、実際にそう書かれています。
やはり以前ご紹介したように、VR(仮想現実)を利用し、韓国の小学校では今年から、北朝鮮のリアルを体感する授業がテストケースとして行われています。
また、新たに全国50か所で統一・安全保障を学ぶ現場体験教育プログラムを設置するとしています。ひと言で「金正恩政権はダメだ」という教育を拡大していくということです。
(2)北韓の変化を誘導
今回の統一部の業務推進計画の中で最も重要かつセンシティブな部分となります。
その目的はズバリ「北韓の住民が全体主義体制と抑圧的な統治の問題を直視し、困窮の原因がどこにあるのかを正確に理解できるようにすることで、“すべての国民が主人である自由な統一韓半島”を実現しようとする」というもの。
真正面から、金正恩体制を揺るがすことを宣言したことに他なりません。
“すべての国民が主人である自由な統一韓半島”とは、前述した尹錫悦大統領による『3.1節』記念辞にあったものと一言一句同じものです。繰り返しになりますが、これが尹錫悦政権の統一ビジョンであるのは間違いないでしょう。
そして本項では、これをどう実現するのかが語られています。
まずは「北韓住民が人権に目を見開くように助け、北韓の変化を牽引します」と出てきます。具体的には、▲北韓住民みずからが人権意識を持てるよう情報の接近権を強化し、▲北韓当局の人権侵害の責任を実効的に糾明するための活動を支援する、とあります。
ここで注目すべきは「情報の接近権」です。ご存知のように、北朝鮮住民は情報への自由なアクセスを禁止されています。数百万台のスマートフォンが普及していても、インターネットにアクセスできないなど物理的な制限を当局が行っている一方、そんな制限をかいくぐり韓国や海外の情報・文化に触れる行為を法律に基づき罰しています。
これを改善する活動を韓国統一部が行っていくというもので、具体的には北朝鮮への情報流入がその内容になるのは自明です。
あらゆる手段を通じ、北朝鮮政府が禁止している情報を北朝鮮国内に入れていくことでしょう。当然のことながら、規制や法律を通じ住民の情報の自由を制限している北朝鮮政府の方針と正面衝突することになります。
南北がその間、建前として維持してきた「内政不干渉」の原則は終わりを告げ、南北間には「見えない戦争」、すなわち「情報戦・心理戦」が行われることになります。
この点に関し以前、北朝鮮に対する情報戦のプロで金大中政権の初代統一部長官を務めた康仁徳(カン・インドク)さんにインタビューで話を聞いたことがあります。康元長官は「北に核兵器があるならば南には情報戦がある」と豪語し、非対称武器としての「情報」の価値を強調していました(何度も書いてきましたね)。
情報戦を積極的に行う姿勢を尹錫悦政権はこれまで何度も匂わせてきましたが、統一部がこれを率先して行うことが今回明らかになった次第です。
3月12日に行われた『北韓人権増進委員会』全体会議。金正恩政権にレッドカードを突きつけています。統一部提供。
また、北朝鮮人権運動についてですが、今年11月には北朝鮮のUPR(Universal Periodic Review、普遍的定期審査)が行われます。
これは国連人権委員会に所属する193の国家すべてが約4年半に1度ずつ人権状況のチェックを受ける制度で、特定の国の人権状況だけを取り上げる過去の制度を「政治的」とする批判を経て生まれたものです。08年に導入され、北朝鮮はこれまで09年12月、14年5月、19年5月に審査を受けています。
現在、世界各国のNGO(非政府組織)はこのUPRをいかに効果的なものにするのかを最優先の課題の一つとしていることから、今後様々な報告書が国連に提出されると共に一般に公開されるでしょう。
統一部はこうした流れに沿いつつ「北韓人権の増進が、北核問題の解決と統一につながるという談論(議論の枠組み)を統一・安全保障教育のコンテンツに反映し拡散していく計画」と明かしています。
この他にも、「拉北者(北朝鮮拉致被害者。朝鮮戦争時に拉致された民間人は10万人近いとされる)・抑留者(北朝鮮により逮捕/抑留されている韓国人は6人)・国軍捕虜(朝鮮戦争時の捕虜で5~8万人が韓国に帰国できなかった)」問題を積極的に取り上げていくとしました。
さらに、従来2026年に予定されていた離散家族への実態調査を、高齢化が進んでいるとの理由で2年早めることも明かされています。
統一部はこの項目での最後に「原則ある対北政策を維持する」と明かしています。北朝鮮の心理戦に対抗する「国論の結集」、北朝鮮の制裁逃れへの対応などを挙げながら、「前提のない対話の門は開かれている」ことを改めて示しています。
前述してきたことをやった上で、どう対話が行われるのかというのは甚だ疑問ですが、そう書いてあります。
(3)統一に向かう力を強める
難しい表現ですが、これは「統一を支える国家的な力を蓄える」というものです。
具体的なものとして、韓国内の北韓離脱住民(脱北民)への支援を強めるとしています。これまで「個人中心」だった支援を「家族中心」へと変え、さらに脱北民の75%を占める女性への支援を強めるとしています。
さらに韓国政府によるこうした脱北民への支援の様子を、北朝鮮に情報として流入させることまでがセットになります。
他には「自由で平和な統一韓半島」というビジョンを具体化し、「尹錫悦大統領の自由哲学に基づく新たな統一構想」を支えていくとしています。どんな哲学なのか聞いてみたいですね。ただ単に「反共」「滅共」というやつだと思いますが。
3月6日、米シンクタンクCSIS代表団の訪問を受ける尹錫悦大統領。大統領室提供。
続いて「『統一未来企画委員会』を発足させる」というものがあります。これは文字通り、統一の未来を考えていくというものですが、朴槿惠政権時代の「統一準備委員会」と似たようなものです。
実際に若い世代の脱北民の作家・弁護士をはじめ著名な韓国人人権運動家など12人がメンバーとなり3月12日に第2期の委員会が発足しました。上記写真にある通りです。
最も目を引く計画として「米国・日本・欧州など価値を共有する国家と『統一国際協力対話』を開催する」とものと、「グローバル統一認識実態調査を行う」というものがありました。
いわば国際社会に韓国による北朝鮮吸収統一の必要性を訴えていくということですが、どのような反応が出るのか興味深いです。
整理すると、統一部はこれまでその本来の業務とされた南北交流や南北対話といった部分を捨て、北朝鮮への圧力を強める機関として完全に生まれ変わったと言えます。その専門性を元に、北朝鮮に対する「一ノ矢」の役割を果たしていくことになるでしょう。
◎外交部も24年の事業計画を発表、北朝鮮の包囲網強める計画
一方、外交部も3月7日に24年主要政策の推進計画を発表しました。
なぜ外交部の資料も見るかというと、南北関係のイニシアティブは統一部から外交部に移りつつあるからです。背景には北朝鮮の核・ミサイル能力の高度化やロシア、中国と北朝鮮の関係も考慮しなければならない点があります。
さらに、北朝鮮が「国家関係」としたことも関係しています。韓国の尹錫悦政権も北朝鮮との同質性を否定しています。
外交部は業務推進の方向を「『自由・平和・繁栄に寄与するグローバル中枢国家』ビジョンの実践」としています。
そしてその核心課題として、(1)堅固な安保外交、(2)寄り添う民生外交、(3)経済・安保が融合する外交、(4)グローバル中枢国家時代の外交の4つを掲げました。
本項では南北問題・朝鮮半島情勢に関わる(1)を中心に見ていきます。
趙兌烈(チョ・テヨル)韓国外交部長官。外交部より引用。
まず目につくのはいわゆる『3D政策』を継続して進めるというものです。
これは尹政権が昨年6月に公表した『尹錫悦政府の国家安保戦略ー自由、平和、繁栄のグローバル中枢国家』の中で北朝鮮の非核化戦略として提示されたものです。
抑止(Deterrence)ー断念(Dissuasion)ー対話(Dialogue)という3つのDで構成されており、米韓の抑止力を高めることで、北朝鮮が核開発や核保持を放棄することを宣言し、はじめて対話が行われるというものです。
この姿勢に加え外交部は「サイバー(ハッキング)、労働者派遣、海上での積み替え、武器取引」といった北朝鮮の主要な収入源を遮断し、北朝鮮人権の増進、海外の脱北民の保護といった国際的な統一外交を強化するとしています。
これらを総合すると「北朝鮮への包囲網を構築していく」と整理することができるでしょう。
計画ではいわゆる「周辺4強(米中露日)」との関係についても触れています。
米国とは『グローバル包括戦略同盟』を基盤に、北朝鮮が核兵器を放棄するための圧力を強め、次世代の先端技術競争における成長エンジンを確保するとしています。
日本とは「首脳間の友好・信頼に基づく未来志向的な日韓関係発展努力を続ける」としています。「独島・過去事(歴史認識)など不当な挑発に対しては原則に基づく断乎とした対応を行う」ともあります。
中国とは「安定的な韓中関係の発展のために新たな韓中関係の枠組みを樹立する」としています。このために交流を増やすという原則的な話にとどまっています。
最後にロシアとは「韓露関係の戦略的な管理」を掲げました。「違法な武力侵攻を糾弾する」というウクライナ侵攻以来の韓国の原則を堅持しながら、ロシア国内の韓国に関する権益を保護し、朝露協力に戦略的に対応していくとしました。
◎朝鮮半島情勢(1):米政府の立場に変化(?)も「時間切れ」
米国務省で北朝鮮政策を総括するチョン・パク(Jung H. PAK)対北高位官吏という人物がいます。次官補級で、この職名は過去に北朝鮮担当特別代表と呼ばれていたものです。
この人物が北朝鮮の非核化に関し重要な発言をしました。
チョン・パク氏のツイッター(現X)アカウント。
『聯合ニュース』によると同氏は3月5日(現地時間)、米国で行われたセミナーで「究極的な非核化に向かう中間段階が必要であるのは言うまでもない」、「非核化は一日で成し遂げられない、それが現実」と発言したそうです。
同氏はまた「北朝鮮が核兵器の放棄に同意しない場合にも、米国がミサイル数の制限など軍縮目標を達成する交渉の余地はあるか」という質問に対し、「米国の目標は明らかで、それは朝鮮半島の非核化である」と答えています。
そして改めて「朝鮮半島の恒久的な平和を達成するための唯一の道は対話と外交」とし「このためにいかなる職級において、関心事項に対し前提条件なく対話を再開したいというメッセージを北朝鮮に送り続ける」と明かしました。
周知のように米国は11月に大統領選を控えているため、こうした呼びかけの意味がどれほどあるかは疑問ですが、米国内で少しずつ「中間段階を認める」認識が出てきていることは対話解決に向けた可能性を感じさせるものです。
一方、米国の情報機関をまとめる『DNI(国家情報長官、国家情報局とも)』は11日(現地時間)に発表した報告書で「金正恩は核プログラムの廃棄交渉に臨む意図を全く持っていないことが確実」と明かしました。
やはり『聯合ニュース』によると、同報告書では「金正恩は核兵器を政権の安全と国家的な自尊心を保障する道具と認識している」と分析しているそうです。
こうした認識を裏付けするような発言を、以前ニュースレターでも紹介したロバート・カーリン元CIA分析官も行っています。カーリン氏は名著『二つのコリア』で知られる北朝鮮分析のプロです。
これまた『聯合ニュース』によると、同氏は米国で7日(現地時間)開かれた対談の中で、「1990年から2019年まで北朝鮮は米国に対し二つの目標を持っていた」と述べたそうです。
これは常識的に考える場合、一つは核兵器を用い米国との国交正常化(朝鮮戦争の終結)を目指す「交渉」で、もう一つは核保有を進めることで政権の安全を図る「対決」となります。
しかし19年2月のハノイでの米朝首脳会談が決裂したことで、前者は潰え、後者だけが残ったという見方になります。上記のDNI報告書と通じるものです。
カーリン氏は今年1月、北朝鮮は戦争の準備をしているという発言でも注目された人物ですが(下記記事参照)、前述のチョン・パク氏の発言と合わせ、逆説的に対話成立の可能性(とても小さなものですが)を浮かび上がらせる視点と言えそうです。
◎朝鮮半島情勢(2):金正恩氏が相次いで軍事訓練を指導、「ソウル攻撃演習」か
韓国全土では3月4日から14日まで、兵器を実際に機動し行う米韓合同演習が過去最大の規模で実施されています。
これに合わせるかのように、北朝鮮でも連日のように軍事訓練が行われ、金正恩氏が直接、視察または指導しています。その頻度は一週間で三度にのぼります。
金正恩氏の動静としては、3月6日に「西部地区重要作戦訓練基地を現地視察」、7日に「大連合部隊の砲射撃訓練を指導」、そして13日に「戦車兵大連合部隊間の対抗訓練競技を指導」したとしました。
13日に「戦車兵大連合部隊間の対抗訓練競技を指導」する金正恩氏。朝鮮中央通信より。
それぞれの現場で金正恩氏は何かしらの指導を行っています。
6日には「実際の戦争で勝利を確信できる実用的な実戦訓練をより強く展開するための綱領的な課業を提示した」とし、7日には「敵の首都を打撃圏(射程圏)に入れて戦争を抑止する重大な軍事的な任務を遂行している」部隊を訪れ、「経常的な戦闘動員準備を隙間無く備えていることに大きな満足を表した」とのことです。
なお、韓国メディアや専門家は7日の訓練を「ソウルを狙ったもの」と解釈しています。
また13日には、1950年の朝鮮戦争の際に韓国の首都ソウルを占領した「ソウル柳京洙(リュギョンス)第105戦車師団」を激励しました。この日には金正恩氏みずから戦車に乗るパフォーマンスも見せました。
一連の動きの中で最も重要な発言は、6日のものでしょう。
「わが軍が敵の恒常的な脅威を圧倒的な力で牽制し、些細な戦争挑発の企図も徹底して制圧し、有事の際には与えられた重要な任務を正確に遂行するために~」と訓練の意義に触れた部分です。
韓国も北朝鮮も現在、相手に対し先に何かを仕掛けるという方針ではありませんが、何かしらの衝突が起きる場合にどうなるのか分からない怖さがあります。
◎朝鮮半島情勢(3):活発化する北朝鮮外交、国連機関の復帰間近
国連は4日(現地時間)、新任の北朝鮮常駐調整官としてジョー・コロンバーノ氏を任命し、北朝鮮もこれを承認したと明かしました。
『聯合ニュース』によると、同調整官は「SDGsの議題と関する北朝鮮の努力を支援し、食糧、安保、社会開発サービス、回復力および持続可能性、データ開発管理といった分野で国連のチームを率いる予定」とのことです。
新型コロナ以前、北朝鮮には国連開発機構(UNDP)、世界食糧計画(WFP)、国連児童基金(UNICEF)、国連保健機構(WHO)、国連人道主義業務調整局(OCHA)、国連食糧農業機構(FAO)といった国際機構が常駐していました。
こうした機構は2021年までにすべて国外に撤退していましたが、今回の調整官任命を皮切りに、ふたたび活動を再開する可能性が高まっています。
ジョー・コロンバーノ氏の任命を伝える『聯合ニュース』記事。
一方、北朝鮮の外交も活性化しています。
北朝鮮と国交があるドイツ外務部の代表団が2月末に北朝鮮の招待により平壌を訪問し公館の状態などを確認した他に、同じ時期には伝統的な友好国であるスウェーデンも新任大使内定者をはじめとする代表団が訪朝しています。
両国ともに正確な大使館再開の時期を明らかにしていませんが、ふたたび新型コロナ以前のような状況が平壌で整いつつあると見てよさそうです。
一方、北朝鮮の国営朝鮮中央通信は12日、モンゴルを訪問中の朴明浩(パク・ミョンホ)外務次官が前日に同国のフレルスフ大統領と会談したと伝えています。
普段わたしたちが北朝鮮を見る際のレンズとなる、韓国・日本・米国といった国はいずれも北朝鮮と国交を持ちません。
他方、フランスやウクライナ以外の欧州諸国は北朝鮮と国交を持つため、関係性が異なります。
こうした国々は合理的な判断をするため、北朝鮮とのパイプを維持し、対話を続けています。北朝鮮は一般的に外交的に孤立していると思われがちですが、こうした部分を見落としてはならないでしょう。
◎ショートニュース
(1)FAOが北朝鮮を18年連続で食糧支援国家へ指定
米政府系メディア『VOA(Voice of America)』によると、国連食糧農業機構(FAO)は11日に発表した報告書を通じ、北朝鮮を外部からの食糧支援が必要な45か国に含めました。
同報道によると、FAOは北朝鮮を食糧支援国家に含めたものの、必要な穀物支援(輸入)量を明示していません。これは新型コロナ拡散による北朝鮮からの撤収で、北朝鮮の農業生産高を把握できなくなったことによるものです。
(2)開城工業団地支援財団が解散へ
05年に操業を開始し、16年2月の閉鎖直前には韓国の123の企業が北朝鮮労働者約5万5000人を雇用していた「開城(ケソン)工業団地」。その企業の支援を担ってきた政府組織『開城工業地区支援財団』を閉鎖すると統一部が明かしました。早ければ来週にも閉鎖が議決されます。
今回の決定は、開城工団への「トドメ」となるものです。
今後は同財団の業務は民間に委託されます。同工団では現在、残された韓国企業の工場施設を北朝鮮が無断で操業しているとされますが、後継の法人(韓国メディアでは「清算法人」と表現しています)がその対応にあたるとされます。財産の処分を残すのみ、ということです。
なお、同財団の責任者を長く務めた金鎮香(キム・ジニャン)氏は韓国『オーマイニュース』とのインタビューで、「開城工団は南と北が一緒に毎日毎日ちいさな統一を作っていった奇跡の空間。開城工団がなくなることは、平和と繁栄の象徴がなくなるという意味」と述べています。
(3)「韓半島平和」を取り下げた韓国外交部
韓国の外交部は7日、核や平和といった朝鮮半島問題を担当してきた「韓半島平和交渉本部」を「外交戦略情報本部」に変えることを明かしました。これに伴い、次官級の韓半島平和交渉本部長のポストも廃止され、今後は外交戦略情報本部長がその任を担うことになります。
韓国メディアによると、「外交戦略情報本部」は今後、外交戦略や情報、国際安全保障といった部分まで担当するとし、これにはインド太平洋戦略なども含まれるといいます。
外交部は従来と変わらない点を強調しますが、業務が増え、さらに「韓半島平和」の文字が外れたことで、朝鮮半島問題の平和解決への意志が疑われるものとなっています。
◎資料を読む:衛星資料を活用した北韓経済指標調査分析(23年、KAIST)
韓国の理系大学としてはトップクラスの韓国科学技術院(KAIST)の研究チームが受注していた統一部のプロジェクト「衛星資料を活用した北韓経済指標調査分析」における最終報告書が公開されました。
さっそくダウンロードして目を通して見ましたが、総ページは92ページにのぼります。理系用語がならび、かなり難解でした。
今回の調査は北朝鮮の全土ではなく、西北部の平安北道、平安南道、慈江道を対象にしたものです。報告書では既存の定量的調査ではカバーしきれなかった部分を補完できるとしています。
調査方法は地表のビルの面積や夜間照度の変化といった衛星を通じ得られた膨大な資料(約17万件)をAIに分析させるというものです。
また、大気中の二酸化窒素濃度を観測することで、化石燃料を使う経済活動を間接的に知ることができるという話もありました。報告書は調査内容よりも、調査方法や今後の活用可能性を探る内容が多いため、詳細は割愛します。
報告書の一部。平壌市を「経済発展点数」で色分けしたmの。赤い地域が点数が高い。
簡単に結果だけ提示します。調査は2016年、2019年、2021年という時期における分析結果を「経済発展点数」で表し、それぞれの地域の発展の様相を比べました。点数が高い順に、平壌→平安北道→平安南道→慈江道となっており、平壌への一極集中が分かるものとなっています。
一方、統一部は2016年から21年にかけて、その平壌ですらも「経済制裁と新型コロナにより経済発展が停滞したり後退した」と明かしています。22年からは同点数が平壌で上昇しているとも明かしました。
報告書では「衛星資料に基づく新たなデータと、人工知能技術を活用した方法論は北朝鮮研究に新たな視点を提示する」と結論付けています。
さらに今後、こうした調査を北朝鮮全土に拡大していく必要があるというものでした。
◎あとがきに代えて
ずいぶん長くなりました。実は書き方を間違えていました。
本来ならばこの書き方ではなく、33号のように、テンポ良く読者に語りかける手紙形式で書かなければならないのですが、久しぶりの南北関係のニュースレターだったので気づきませんでした。これでは身体が保たないので次号から改めます。
今号をご覧いただきご理解いただけたと思いますが、韓国政府は対話の可能性を全て取っ払ったまま、あの手この手で北朝鮮を力ずく(Kカルチャーの力も借りて!)で変化させようとしています。
粘り強い交渉が必要なのか、それとも金正恩政権が人権侵害の長期化も含め、我慢の臨界値を超えたと判断し倒しにいくのか、韓国政府は後者の立場です。
これがどんな結果をもたらすのか、私には分かりません。ただ、どんな結果になろうが誰も責任を取ることはない事だけは確実に分かります。
それではまた次号で(明日ですよ!)。(徐台教)