サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。韓国の首都圏は先週末から体感気温がマイナス20度近い極寒の日々が続きましたが、ようやくピークを越えたようです。そんな中でも道端の木蓮はつぼみを僅かずつふくらませています。私もまた、春に向けてどんなつぼみをふくらませようかと思いを馳せてみます。
今号はいつものようにコラム、ドキュメンタリー紹介、書籍、映画の他にショートニュースを用意しました。ドキュメンタリーは12月に亡くなった俳優・李善均(イ・ソンギュン)さんの話です。痛ましい自死からひと月も経たないのにあまりにも動きの早い韓国社会の中ですでに風化しつつあるように感じます。
目次は以下の通りです。
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巻頭コラム:金か、命か
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ドキュメンタリー紹介:『70日、故イ・ソンギュン俳優の最後の時間』
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読書体験:『今の私たちが次の私たちへ』
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ショートニュース:尹錫悦vs韓東勲など3本
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カルチャー:映画『オッペンハイマー』〜知的な過保護からの脱却〜
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あとがきに代えて
◎巻頭コラム:金か、命か
韓国にはいくつもの不名誉な世界一が存在する。老人層の貧困率、自殺率、男女間の所得格差、出生率など挙げればきりがない。中でも、韓国社会を象徴するものとして労働者の死亡事故の多さがある。
韓国政府が昨年12月に発表した22年の産業災害(労働災害と同義)統計によると年間の労働災害死傷者数は13万348人にのぼり、この内2,223人が亡くなっている。内訳は事故で874人、疾病で1,349人だ。ちなみに、日本における同じ22年の労働災害死傷者数は13万2,355人、死亡者は774人である。日本の人口は韓国の2.5倍であることを考えると、いかに韓国の死傷者の数が多いのか分かる。
さらに死亡者の数が17年1,952人、18年は2,142人であることも衝撃だ。減るどころか増えているのだ。韓国の産業災害死亡率はOECD(経済協力開発機構)諸国のうち、トルコやメキシコと並び世界最悪の水準だ。韓国政府はそんな統計をポップな絵柄であっけらかんと説明している。
この事態を改善しようと立ち上がったのは、メインストリームの政治家や大企業でもメディアでもない、被害者の家族たちだった。特に大きなきっかけとなったのが18年12月11日に忠清南道(チュンチョンナムド)泰安(テアン)郡の国営テアン火力発電所で起きたキム・ヨンギュンさんの死亡事故だった。
石炭運送用のベルトコンベアに挟まれ命を落とした24歳のキムさんの遺体は、発見されるまでの約4時間のあいだ放置されたままだった。キムさんは二人一組と規則で定められた作業を一人で任され、夜6時から翌朝7時半まで休憩時間もないまま働かされ、午前3時20分過ぎに事故に遭った。同僚が緊急停止スイッチを作動させれば防げたはずのキムさんの死。その後、同発電所では2010年から8年間、12人の労働者が墜落など様々な事故で亡くなっていたことが分かった。
実体を知ったキムさんの母キム・ミスクさんは「二度と息子のような事故が起きてはならない」と闘士となった。労働災害が起きる場合、下請けと共に事業主企業(元請け)への罰金や懲罰的損害賠償を課し、刑事責任を問う『重大災害(企業)処罰法』の成立を訴えたのだ。
企業票を失うことを恐れた巨大両党(共に民主党、国民の力)の消極的な態度に対し、20年には国会前で29日間のハンストを敢行し命がけで闘った。その結果、法律は成立し22年1月にようやく施行された。ハンスト当時、私もキム・ミスクさんを取材したことがある。静かな、しかし鬼気迫る迫力は忘れられない。
だが同法の施行には抜け穴が設けられていた。2年の猶予期間を設け「50人以下の企業」を対象から除外したのだ。労働災害事故の背景に、大企業や公共企業が事故の危険が高い建設や工場施設管理といった仕事を下請けに丸投げする「危険の外注化」があることは広く知られている。それにもかかわらず最も危険な現場は無視された。
理由は経営者にとって過酷すぎる法律だという経済界の懸念だった。安易に下請けに出せなくなり仕事が回らなくなるという金儲けの論理だ。さらに慢性的な人手不足に悩み安全管理のための人員を確保できない現場の苦悩もあった。こうして22年、全体の労働災害死亡者の61.7%が「50人以下の企業」の現場で起き、事故で死亡した労働者の中では約80.9%を占めた。防げたかもしれない死だった。
そんな猶予期間が今年1月27日に終わりを迎え、同法の全面施行が始まることになっていた。事故の多い建設業をはじめすべての業種を含める場合、50人以下の企業は全国に83万あり、所属する労働者は800万人にのぼるという。全国の中小企業団体の会長は「大きな不安と共に事業をしなければならない」と言い、現場からは政府の支援を求める声が上がっていた。
国会で与党・国民の力は「猶予期間終了の猶予」を主張する一方、最大野党・共に民主党は産業安全保険庁の新設し対応すべきとした。いずれも票田である経済界の視線を多分に意識したものだ。そこに毎日平均7人も亡くなる労働者への配慮は無かった。
国会での議論が平行線をたどる中、従来の取り決め通り27日からの全面施行が決まった。これを受け26日、尹錫悦大統領は「中小企業の困難と民生経済を度外視した野党の無責任な行為に強力な遺憾を表明する」と述べた。
韓国政治の主流派にとって労働者の生命など眼中にないことが改めて分かる発言だった。労働者が置かれた状況は全泰壱(チョン・テイル)が54年前に「われわれは機械ではない!」と叫び焼身自殺した時からそう変わっていないのかもしれない。「金か、命か」ではなく「金のみ」の大韓民国である。
産業災害(労働災害)の統計をポップに説明する政府のバナー。政府組織・安全保健公団より引用。
◎ドキュメンタリー紹介:『70日、故イ・ソンギュン俳優の最後の時間』(MBC、PD手帖)
昨年12月27日に自死した韓国のトップ俳優・李善均(イ・ソンギュン、享年48)さん。彼の死は刑法で禁じられている被疑事実公表を行った警察と、それを無分別に報じたマスコミによる「社会的殺人」と見なされ当初から見なされてきました。
そして1月16日、一連の報道の決定版とも言える番組が放映されました。長い歴史を持つ公営放送MBCの名物調査報道番組『PD手帖』による『70日、故李善均俳優の最後の時間』がそれで、番組の中ではこれまで明らかにされてこなかったいくつかの新事実が公開されました。番組の展開に沿ってまとめていきます。
番組タイトル。同番組をキャプチャ。
・事件のはじまり
まず「李善均が麻薬を使用した」という事件がどうやって水面上に浮上したかについてです。これはある男性A氏による通報から始まりました。
23年9月、A氏は自身の恋人女性B氏が別の女性キム氏と共に常習的に麻薬を使用していたと警察に通報します。キム氏がB氏に麻薬使用を継続的に勧めてきたため、B氏のためを思って通報したというのです。警察は捜査を進め、B氏を在宅起訴すると共に、常習者であるキム氏への捜査を本格化させます。
そして10月18日、仁川警察庁はキム氏を逮捕します。容疑はヒロポンなど麻薬を使用したというものでした。翌19日、キム氏は一度目の調査(被疑者尋問)を受けます。番組では調査が終わった時間を警察の書類から同日14時19分頃と明らかにします。
その約3時間後「トップスターL氏、麻薬嫌疑で内偵捜査中」という記事がある新聞に出ます。番組ではモザイク処理されていましたが、今もその記事は残っているので隠す必要はないでしょう。『京畿(キョンギ)新聞』による単独記事でした。記事には「2001年にMBCの番組でデビュー」とL氏が李善均氏であると推測できる内容も含まれていました。
これが事件の始まりでした。A氏は「まさか李善均やG-DRAGON(著名歌手。李善均氏と並んで疑われた)が出てくるとは思わなかった」と振り返っています。
番組では上記の第一報を書いた記者にも取材しています。
どこから得た話なのかを問う番組側の質問に「警察でも内部通報者が誰かを探しているが、それは言えない」と答えています。取材源の秘匿は何よりも大事なのでこう答える他にないでしょう。番組はなおも警察に内容をチェックしたのか聞いています。記者は「記事を書く過程で警察に確認した」としています。
いずれにせよ、キム氏への一度目の調査で「李善均」という名前が出たのでしょう。その後すぐに実名報道に切り替わります。番組では人権弁護士が「内偵捜査の段階から関連人物の陳述がメディアに知られた。とても異例のできごと」とコメントしています。
「トップスターL氏、麻薬嫌疑で内偵捜査中」という京畿新聞の記事。同サイトをキャプチャ。
・警察はキム氏の不安定な証言だけが頼り
23年10月28日、警察が李善均さんをはじめて召還し調査します。5日前の23日、麻薬使用(投薬)の嫌疑で立件し正式に捜査を始めました。李さんはたくさんのカメラの前に立ち、関係者や家族などに謝罪の言葉を述べました。
番組ではここで「果たして李善均さんが麻薬を使用したという信憑性のある証拠があったのか」と問いかけ、「李善均さんが麻薬を使ったのを見たと証言したのはキム氏が唯一」とこれに答えます。
その上で、警察がキム氏を取り調べた調書資料の一部を入手し分析します。
二週間の間に11回の調査が行われ、その内7回の調査で李善均さんの麻薬使用について196回言及されていると突き止めます。
これに対し麻薬捜査を担当してきた元検事出身の弁護士は「犯行日時、場所、投薬方法、投薬した麻薬の種類などが基本的に確認できてこそ被疑者として立件し強制捜査や召還調査をすることができる」と述べ、「通信(位置情報)などの証拠を集めて、客観的な事実に合わせて陳述を誘導した可能性が高い」と見立てます。
番組にはその一例が出てきます。
キム氏3回目の調査の際に、警察が李善均さんの海外出張の日程を挙げながらキム氏の陳述を助けているような内容があったのです。その日の晩と5回目の調査ではキム氏が「李善均さんと会った」とする日にちが異なっていました。こうした整合性をなんとかとろうとする警察の努力を暴いていきます。5回目の調査が終わった時点で李善均さんは立件されます。
ここでやはり麻薬捜査を担当していた元検事の別の弁護士が登場し「一貫性がないというのは信憑性がないことにつながる。この点までも考慮して捜査すべきだった。一般人ならこの辺で終わり」と警察の姿勢に疑問を呈します。
自身の恋人B氏を通報した男性A氏。図らずも李善均さん自死事件の発端となってしまったが、非常に気に病んでいる様子で気の毒だった。番組をキャプチャ。
・検査結果はすべて陰性も終わらない捜査
次は検査結果についてです。李善均さんは全部で4回の麻薬検査を行いました。
10月28日の尿検査で陰性、11月3日に毛髪検査で陰性(国立科学捜査研究院という国家機関での精密検査でした)と続き、11月14日の体毛検査(同研究院)では重量が足りず鑑定不可となり、11月24日にふたたび体毛検査が(同研究院)行われ陰性となりました。
全て陰性だったということになります。これについて現役の警察官は「通常なら捜査は終わり」と述べています。
また、現役の法科大学院教授は「最も大事なのは体内から麻薬成分が検出されたか。これが有罪の決定的な証拠になるが出てこなかった。1回目、2回目の体毛検査で麻薬が検出されなかったので、ここで捜査を終結させるのが理にかなっている。しかし、捜査結果の流出を通じ世論の関心を受け、一方では必ず有罪を明かさなければならない圧迫もあった。止まれない汽車になってしまった」と分析しています。
一方、仁川警察庁は「具体的な証拠があったので捜査を進めた」と弁明しています。番組は「なぜ警察がこだわったか?」と問いかけます。
そして12月18日、クォン・ジヨン氏(G-DRAGON)が「嫌疑無し」で不送致が決定したことに注目します。
依然として李善均さんの麻薬使用についてはキム氏の不確かな陳述以外に何もなかったにもかかわらず、警察は両方を嫌疑無しとはできない困難な立場に置かれていたのではないかというのです。前出の弁護士は「圧迫を受け、過剰捜査をしたのでは」と見立てています。
李善均さんの麻薬検査結果一覧。体毛の量が足りなかった一度を除いてすべて陰性だ。番組をキャプチャ。
・犯罪者のらく印を押される
過剰捜査の一環として「劇場型捜査」がありました。
李善均さんは三回にわたり警察に召喚され調査を受けましたが、そのいずれも時間が事前にメディアに知らされた上で行われました。特に自死の4日前にあった三回目の召還調査の際の表情や口調は、明らかに苦しそうだったのが印象的でした。
こんな警察の姿勢に対し、過去に警察庁で人権委員を務めた人権運動家は「李善均は有名人だが公人ではない。(カメラの前に立たせるのは)大衆の好奇心を満たす側面があるかもしれないが、(社会に)知る権利は存在しない」と断じます。
また「李善均さんが感じる苦痛は大きく具体的だ。一人の人権をめちゃくちゃに扱っていいものではない」と強く批判します。
警察庁の規則ではフォトライン(カメラの前)に被疑者を立たせることを原則的に禁じています。
さらに李善均さん側は三回目の召喚では非公開を要請していましたが、警察はこれを拒否しています。なぜかを聞く番組側に対し警察は要請の事実を認めつつ「格好がよくない」と説明したと明かしています。
前出の弁護士は警察の一連の動きを「劇場型捜査」と称します。
「世論を通じ被疑者を圧迫するもの。犯罪者のらく印を押し、圧力に耐えられなくなった被疑者の自白をうながすもの」という目的があるとしました。現に、李善均さんが召還される度に数十件の記事が書かれていたことも番組は示しました。
李善均であることが分かった23年10月20日から、自死する前日の12月20日までの記事量を表したグラフ。赤字が召還時の記事量だ。召喚が世間の注目を集めたのが分かる。番組をキャプチャ。
・心理学者が読み取る「絶望」と「恐怖」
番組ではさらに、心理学者による李善均さんの様子についての分析を行っています。
相談心理学の教授は「最初の召喚時は自身の誠実さや真情性が伝わると期待していたが、三回目の召還ではそうならないという不安が強く高まっている」と見立てています。
前述したように三回目の召喚調査は自死の4日前です。
この時の調査は19時間かかり、翌日の明け方5時に終わります。李善均さんは警察から出てきてすぐ記者団の前に立ち「記者のみなさん、長く待たせて申し訳ありませんでした」と発言しています。
前出の教授はこの発言を「メディアが怖くて出たものではないか」と読み解いています。李善均さんはこの時すでに、メディアがいかに怖い存在なのかを十分に知っていたという見立てです。
この三回目の召喚調査は李善均が告訴人として初めての調査を受けた時でもありました。キム氏を恐喝犯として告訴してから2か月が経っていました。
調査を終えた李善均さんは「恐喝犯と私のどちらに信憑性があるか判断してください」と述べています。これについて別の心理学教授は「一回目の召喚時よりも三回目の方が怒っている印象がある。そしてこの時にはじめて『判断してくれ』と自分の意見を述べた」点に着目しました。
さらに前出の心理学教授はこの発言について「(警察やメディアが)自身に友好的ではない、誠実に供述してもバランスが合わないという恐怖を三回目の調査で感じたのではないか。これが李善均さんが絶望した要点ではないか」と見立てています。
なおこの三回目の召喚では19時間のうち、告訴人としての調査は90分だけでした。
李善均さん側は翌日25日には嘘発見器の使用を要請します。この時の弁護人意見書には「捜査官がキム氏を下の名前で呼び、傾倒しているような言及が何度もあった」と書かれています。
そもそも19時間の調査は合法なのでしょうか?
李善均さんが亡くなった翌日、仁川警察庁長は「(李善均さん側が)一度で終わらせてくれと要請した。故人の要請と弁護人の同席のもと行われた」と明かしています。
だが番組がコメントを求めた警察行政学科教授は「『今ここで何時間か追加でやるか、また改めて呼ぶか?』となったら選択肢がない」と警察の論法を批判していました。
李善均さんは三度召喚された。
・警察の無謀な競争がもたらす問題
番組はここから、こんな警察の強引な姿勢がどこから来ているのか背景を調査し始めます。たどり着いた結論は「実績競争」でした。
22年10月、政府は「麻薬との戦争」を宣布します。
23年4月には尹錫悦みずから「皆で力を合わせて国をむしばむ麻薬犯罪を根絶させよう」と訴えかけます。
これに合わせ警察庁長は麻薬撲滅の功績による特進者を「6倍に増やす」と発表します。そして翌月、大検察庁(検察庁本庁に相当)の麻薬・組織犯罪科は麻薬・組織犯罪部に拡大されます。こんな政府の措置により麻薬捜査が過熱した部分があるという指摘です。
さらに番組は、22年から23年にかけて警察がいかに無理な麻薬捜査をしていたのかの一例を示します。
一般市民が麻薬を投与された上に性暴力を受け、映像までもインターネットに流されてしまった事件を通報したところ、警察は被害者女性本人さらにその知人男性に対し、現場となったパーティールームにどのように麻薬(大麻)が供給されているのかを探るように頼んできたのです。
「この捜査が成功すれば、(被害女性の)事件も自然と解決する」という具合です。
危険を冒し知人男性が場所を突き止め通報すると、今度は「芸能人がパーティールームに来ないか」と別の捜査を始める始末です。この背景にも「実績競争」がありました。番組では「一般人の麻薬犯10人よりも有名人1人の方が考課に有利」という現職警官のコメントが登場します。
結局、23年1月にこのパーティールームは摘発されましたが、被害女性の捜査は一部だけの起訴にとどまりました。
捜査に協力する過程で被害女性を疑うパーティールーム側の男性が付きまとうといったストーカー容疑は嫌疑なしとなりました。知人男性の身元も割れ報復を恐れるなど、警察のずさんな措置が明かされます。この二人による異議申請によりようやく監察が行われているとのことです。
また、23年10月には情報機関の国家情報院の情報源の一人が麻薬事件をねつ造した事件にも番組は触れています。これはすぐに国家情報院が謝罪することになります。
さらに同月29日に起きたいわゆる『梨泰院惨事(梨泰院雑踏事故)』でも麻薬犯を捕まえるために多数の刑事が投入されましたが、麻薬犯の摘発はゼロで雑踏事故を防ぐことができませんでした。
番組に登場する弁護士はこうした一連の流れの中で「李善均を捕まえられなかったらまずいという焦りがあったかもしれない」と指摘しています。
昨年10月28日、一度目の召喚に応じる李善均さん。番組をキャプチャ。
・共犯者として見透かされるメディア
長くなりました。
番組では最後に、メディアと警察の癒着について(ようやく)言及します。李善均が亡くなった翌日、仁川警察庁は「捜査事項の流出はまったくなかった」と発表します。なお、最初の報道(10月19日)がどんな経路から出たのかについては確認中とのことです。
番組にはここで、ふたたび法科大学院教授が登場し「被疑事実公表は刑法で禁止されている」旨を強調します。これは捜査で得た情報を警察が公開してはいけないというものです。ちなみに刑法126条に明記されているにもかかわらず、誰一人罰せられたことがありません。
同教授は被疑事実公表について「世論や捜査・裁判に影響を与えるため、捜査機関が有罪を導く最も効果的な手段として利用している」と述べる一方で、「メディアも簡単に(捜査機関から)情報を受け取り、それを報道して世間の関心を引く。両者の利害関係が合う」という旨を強調します。
極めつけは、韓国の警察トップ、警察庁長が李善均が亡くなった次の日の記者懇談会で発言した内容です。番組が引用した部分をすべて翻訳してみます。
(前略)いずれにせよ、本当に残念な選択であり、私は個人的に李善均さんをとても好きでした。しかし警察の捜査に間違いがあったため、あの方のあのような結果(自死)が出たかについては、庁長として全く同意しません。
あのような捜査を私たちが非公開でずっと進めていたならば、私たちは耐えきれません。事実、よくご存知でしょう。その事件を非公開の召喚の下で捜査する場合、それを許しますか?ははは
笑うユン・フィグン警察庁長。番組をキャプチャ。
どうでしょうか。警察トップがメディアに対し「お前達も共犯だろ?」と公開の場で言っているのです。
番組では韓国映画プロデューサー組合代表が怒気と共に「これが今回の事件のすべて」とまとめています。「俺らが流してお前らが書いたんだろう」、「お前らはこういうのを望んでいるだろう」、「お前らは共犯じゃないかと言っている」と、その共犯性を強く指摘します。
実は番組の要所要所で、1月12日に行われた記者会見の映像が挟まれていました。
李善均さんが主演した映画『パラサイト』のポン・ジュノ監督や、著名俳優キム・ウィソン、著名歌手ユン・ジョンジンなどが壇上で「二度と同じことが起きてはならない」と警察とメディアに対し真相究明と自省を求めた会見です。これには2000人以上の芸能人・文化人が賛同しました。
会見では特に「私的な対話を報道に含めたKBSは公営放送の名誉をかけて国民の知る権利のために報道したと確信できるか」と特定の報道に言及しました。
KBSは日本のNHKにあたります。警察に提出されている証拠物、とりわけ事件と関係ない李善均さんのプライベートな会話をどこからか(警察でしょう)入手し報じるというのは、明らかに一線を越えています。
ですが当時は、とりたてて問題視する声がありませんでした。私もまた同様でした。いかに社会が正常ではないのかが分かる出来事です。
1月12日に会見するポン・ジュノ監督。番組をキャプチャ。
番組では司会者が最後に「被疑者の被疑事実を公表しこれを報じることは社会的な刑罰であり不利益です。有名人という理由だけで法廷に立つ前に犯罪者とらく印を押し、崖っぷちに追いやることがあってはなりません。この事件が捜査機関が被疑事実を漏らすことと、メディアの無分別な報道慣例を正すきっかけとなることを願います。それが二度と同じことを起こさないための道です」と述べ、「謹んで故李善均さんの冥福を祈ります」と終わります。
長々と書いてきましたが、きちんと文字に残しておきたかったためこうしました。
私は1月に李善均さんの自死現場を訪れたことがあります。ひっそりとした工事現場のフェンスの片隅で、亡くなる前に何を考えていたのだろうかと想像するだけで胸が痛みました。私も改めてご冥福をお祈りいたします。
番組の最後のシーン。「謹んで故李善均さんの冥福を祈ります」とある。番組をキャプチャ。
◎読書記:『今の私たちが次の私たちへ』(ピョンサリ、2023)
90年代から00年代にかけて朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)へと直接投資を行った人物たちのインタビュー集だ。23年5月に発売された。
一般的に南北経済交流事業というと開城工業団地を想像する人が多いかもしれないが、この時期には北朝鮮のあちこちで事業を行う人たちが存在した。
「南北経済協力第1世代の企業家7人による劇場インタビュー」という副題があるようにう、本書には歴戦の勇士とでも呼ぶべき7人の事業家たちが登場する。
北朝鮮の埠頭や鉄道といったインフラを整備した上で石炭を直接輸入した人物、韓国産のニンニクを北朝鮮で加工する事業を行った人物、北朝鮮で衣類の委託生産を行った人物、北朝鮮の酒や高級ミネラルウォーターを輸入した人物、北朝鮮の食材を輸入した人物、そして北朝鮮の海産物を独占輸入した人物だ。
彼らの共通項は、新たな交易ルートやアイテムを開拓していく突破力だ。開城工業団地のような舞台が用意されていなかった当時は、手探りで事業を始め、拡大していった。北朝鮮内部での事業所や工場の開設、労働者の訓練に加え、出来上がった製品を韓国や海外に売る販路の開拓まで実に多くのタスクをこなしていた。
また、いかに北朝鮮の人々の心を掴むかなど体当たりでぶつかっていく姿が印象的だった。「大事にするのが一番だ」という言葉が重かった。
北朝鮮での事業に必要な知識を次世代に託す本と言える。筆者撮影。
本書に登場する人物たちは北朝鮮との事業にある程度成功している。本書では黒字化の時期やその規模について細かく聞いているが、赤字と多額の投資により始まった事業も数年で年間売上が数億円から10億円に達していた。決して小さい企業ではなかった。だが彼らはすべて同じ限界にぶつかることになる。
2010年5月24日に発表された「5.24措置」がそれだ。3月の哨戒艦『天安』沈没事件を受けてのもので、開城工業団地を除く一切の南北交流・交易が禁止されたのだった。
事業家たちもまた、大きな損害を被った。好転するときが来るだろうと希望を持ったが、5.24措置以降、自由な貿易は何もできていない。損失だけが残った。
本書に登場する事業家たちの中には、2010年に一方的に南北交易を止めた韓国政府に対する怒りを隠さない人物も存在する。しかし当時、李明博大統領のような判断を下さずにいられただろうか。
もちろん、進歩派大統領ならば同じことが起きていなかったと仮定することもできるだろう。だが歴史に「if」は存在しない。南北で衝突が起きる時こそ我慢し、経済力で圧倒的な優位に立つ韓国が北朝鮮を包容するしかないのではないか。韓国で南北交流に反対する人々を長い目をもって説得していくほかにない。
「明日」というのは南北交流がふたたび行われる時期のことを指す。だがそれが簡単に来ると考える読者の方はまずいないだろう。本書に登場する人々の展望も「4〜5年は難しい」といった形で明るくない。南北の事業家が互いに笑顔で稼ぐ未来は果たして来るのだろうか。
◎ショートニュース
(1)またも政治テロ?与党議員が市民に激しく殴打される
25日午後、与党・国民の力の裵賢鎮(ペ・ヒョンジン、40)議員がソウル市内の建物内部で男性に石で頭を殴られ病院に移送されました。命に別状はなかったものの頭部を縫う措置を行い、26日にもまだ入院が続いています。
裵賢鎮議員。キャスター出身で同党の最高議員も務めた。同氏Facebookより引用。
一方、現場で逮捕された容疑者A氏は中学2年生、14歳であることが分かり社会に衝撃を与えています。
韓国では1月2日に最大野党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン、60)代表がナイフを首を刺されるテロにあったばかりです。4月の総選挙を控え政治テロが続くというのは、ちょっと耐えきれない社会の重さとなります。
「ああ、中学生までが政治テロに乗り出すのか」という言葉にならない絶望感を私もまた抱きました。
このため、与野党の政治家たちは揃って「あってはならないことが再び起きた」と政治テロに対する警告の声を上げました。
しかし事件からひと晩経ち、容疑者が平素から精神的に不安定であり通院履歴があることが分かりました。さらに警察が容疑者の応急入院措置を執ったため具体的な動機は分からない状態です。
暴行当時の映像を見ると、A氏は十数回にわたって裵議員への攻撃を続けています。裵議員の快癒を願うばかりです。
それにしてもこういう場合には政治家が一堂に会して市民にメッセージを出すべきと思うのですが、なかなかそういう動きにはならないようです。
(2)尹錫悦vs韓東勲?世論は韓東勲を支持
21日、衝撃的なニュースが駆け巡りました。尹錫悦大統領が与党・国民の力の非常対策委員長(臨時代表)を務める韓東勲(ハン・ドンフン、50)への「支持を撤回した」というものです。
当初はゴシップ記事扱いでしたが、大統領秘書室長が実際に韓東勲氏に会い、辞任を要求したという事実が明らかになるや大きな話題となりました。
尹錫悦・韓東勲両氏の間柄を韓国で知らない人はいません。検察時代から先輩後輩として仕事を共にし、大統領になってからも尹氏が最重要ポストの法務部長官に韓氏を任命するなど「コンビ」とでも呼べるような関係でした。非常対策委員長への就任も尹大統領の一存で決まったこともあり、驚きのひと言でした。
各メディアの報道によると、大統領室は推薦権を持つ韓氏がここ最近、予備選を経るべき小選挙区で、まるで候補を自分が決めるかのような振る舞いをしたことに不満を持ったようでした。同党が掲げる「システム推薦」に反したというものです。
しかしその「本丸」は別のところにあるというのは、周知のところでした。
一昨年9月、米国に住む統一運動家の牧師が金建希(キム・ゴニ、51)大統領夫人に高級ブランドのバッグ(約30万円相当)をプレゼントした際の映像が昨年11月にある左派系YouTubeチャンネルによって公開されました。
受け取った金建希氏の行為は、現行の法律では3年以下の懲役もしくは3000万ウォン以下の罰金にあたるものです。場合によっては「知らんぷり」してきた尹錫悦大統領も罪に問われます。しかし尹錫悦大統領や金建希夫人は今までこの問題に触れられることを避けてきました。
そんな中、韓東勲氏は「国民の目線に合った対応」という表現を用い、この問題に大統領夫妻による何らかの措置を婉曲に求めました。また、同党非常対策委員の一人が対応を求める過程で金建希夫人を「マリー・アントワネット」に例えたことなどが、大統領夫妻を怒らせたのではないかと見られました。
一方で韓東勲氏は、こんな圧力に正面から張り合い「辞任しない」旨を強弁しました。
23日、忠清南道(チュンチョンナムド)の舒川(ソチョン)特化市場で会った両者。大統領室提供。
そして23日、尹錫悦・韓東勲両氏は韓国中部・忠清南道(チュンチョンナムド)の舒川(ソチョン)特化市場で会います。韓氏が90度の角度に腰を曲げ尹大統領に挨拶し、尹大統領もまた韓氏の肩を叩いたことで「手打ち」となったようでした。
なおこの時、市場は前日晩の火事でほとんどが焼け落ちていた状況でした。尹大統領は地元の被害市民(市場で商売をする人々)にロクに会わず、政治ショーをしたと野党から批判されています。
一連の動きに対し当初から「シナリオ通りでは」という指摘がありました。二人が「ケンカしているフリをしている」というものです。これまで「尹錫悦の分身・子分」と見られてきた韓東勲氏を独り立ちさせる狙いがあるという読みでした。一方で、金建希夫人が本当に怒っているという推測もありました。
真相は分からないままですが、一つはっきりしているのは、今回の韓東勲氏の評判がアップしたということです。
26日に発表された『韓国ギャラップ』の世論調査によると「党代表はよく役割を果たしているか」という質問における回答者のうち、52%が韓東勲氏について「よく役割を果たしている」と評価したとのことです。
中でも、与党支持者のうち89%が韓氏を肯定的に評価し、無党派層の約4割も同氏を支持しています。これは尹大統領への支持よりも高く、評価が逆転した形です。
尹大統領については保守紙『朝鮮日報』ですら「国政が優先なのか夫人が優先なのか、国民はそれが知りたい」と社説に書くなど不満が最高潮に達しています。他の各紙も「大統領が早期に権力を失う可能性がある」とまで書いており、今のところ軍配は韓東勲氏に上がっているようです。
大統領選まで残り70日を切る中、尹錫悦・韓東勲両氏による与党の主導権争いも見どころの一つとなってきました。
なお、大統領が党務に口出しすることは好ましいものではないにしろ違法ではありません。ただ、選挙に介入するのは公職選挙法違反にあたるため、尹大統領は今後、注意が必要となります。
(3)梁承泰(ヤン・スンテ)元大法院長に無罪判決
ニュースレターを書いている26日午後に大きなニュースが飛び込んできました。
過去、朴槿惠(パク・クネ、任期13年2月~17年3月弾劾)政権時代に大法院長(最高裁長官)を務めた際の「司法ろう断」に関する罪を問われていた梁承泰(ヤン・スンテ、76)氏に一審で無罪判決が出たのです。検察は懲役7年を求刑していました。
梁承泰氏には47の容疑がありましたが全てにおいて無罪となりました。
19年1月11日、大法院前で会見する梁承泰(ヤン・スンテ)前大法院長。筆者撮影。
特に過去、検察の捜査により日本企業が被告となる徴用工裁判に同氏が介入したとされる件がありました。
同氏みずからが被告・新日鉄住金を弁護してきた韓国最大のローファーム「金&張」を訪れ、外交部などとやり取りしながら、2013年7月のソウル高裁での差し戻し判決(原告勝訴確定)を延期させ、その後は大法院(最高裁)でこの判決を覆そうとした形跡が発見されているのです。これも無罪となりました。
梁承泰の容疑は「職権濫用」でした。先に挙げた裁判への介入の他にも裁判官の不正を隠ぺいしたことなどが挙げられていました。しかし裁判所の判断は「大法院長は司法行政権者として、個別の裁判に対し直接・間接的な支持を下したり意見を提示する職務権限自体が存在しない」というものでした。
検察は控訴するのかについてまだ明かしていません。一方の梁承泰氏はこの日「当然の帰結」と胸を張りました。
今回の梁承泰氏の無罪は、朴槿惠政権下での代表的な社会問題とされた「司法ろう断」の存在を揺るがすものであるため、今後少なくない波紋を呼びそうです。
◎カルチャー:映画『オッペンハイマー』~知的な過保護からの脱却~
第96回アカデミー賞に13部門でノミネートされ、日本で3月29日に公開が決まったという映画『オッペンハイマー』。日本でついに公開されるということで、ようやく映画に触れる意味が出てきたと思い、今号の作品に選びました。
韓国では昨年8月15日に封切られ、323万人が観たという記録があります(いつも言うように韓国の人口は日本の40%に過ぎません)。ちなみに私は昨年10月22日に韓国で観ました。
この映画は、原子爆弾を開発する米国のロスアラモス研究所の所長となったオッペンハイマーの姿を描くものです。物語は過去と現在を交えながら重層的に作られ、単純な成功談に全くとどまらない、文字通り人類の歴史を変えてしまったオッペンハイマーの苦悩を十分に表現しています。
さらに成功者オッペンハイマーをめぐる人間ドラマ的な要素も十分に込められ、3時間の上映時間のあいだ観る者を飽きさせません。
映画『オッペンハイマー』韓国語版ポスター。公式サイトより引用。
一方で私が映画を観た10月下旬には既に「なぜ日本で公開されないのか」という議論がネット上などで散見されました。最近の文藝春秋の記事によると日本には本作に対し「広島・長崎を描いていない」「被害者の視点がない」という批判が存在するようです。
誰の決定で公開が遅れたのかは今後明らかになるでしょうが(岸田首相が広島出身だからという噂までありました)、映画を見終わった後にまず思ったのは「この映画を日本で公開しないのは馬鹿げている」ということでした。
確かに劇中のいくつかのセリフは被爆の恐ろしさを幼い頃から学び、親や親類から聞いて育ってきた日本の市民にとって気に障るかもしれません。
ですがそれは「立場による観点の違い」の範囲にとどまるもので、決して日本や被爆者を侮辱するものではないし、そもそも作品じたいが原爆開発と投下を手放しで喜ぶようなものでは全くありません。敢えていうならば「反核」の方にだいぶ傾いている映画です。
いったい誰が何に忖度して公開が大幅に遅れたのでしょうか。いずれにせよ私はこんな「知的な過保護」が日本の市民の歴史理解を逆に邪魔しているのではないかと、日韓社会の歴史認識の違いを思い起こしつつ考えたりもしました。日本ではもっと公に敗戦の歴史が語られるべきではないか、と。
今回、映画評を書くにあたり観覧当時に買った脚本を改めてパラパラとめくってみたところ、当時の感情が蘇ってきました。ニュースレターの読者の方には映画を観ようとしている方も多いと思うので細かく書くことはしませんが、一番胸に迫った主人公オッペンハイマーのセリフを引用してみます。
「しかし今日、私たちは自負心よりもより大きな恐れを感じなければなりません。これから原子爆弾が世界の武器庫の一定の部分を占めるならば…人類はロスアラモスとヒロシマという名前を呪うことになるでしょうから。すべての世界の人々はこれから団結しなければなりません。そうしなければ結果は自滅だけです」
この一文を見ても、どんな映画か分かるというものです。
一方でこの言葉は、核危機のさなかにある朝鮮半島にも一部当てはまります。朝鮮半島の危機を韓国と北朝鮮ではない、人類の危機と考えてみることもできるのではないかと思う次第です。
封切りの暁にはぜひ、劇場に足を運んでみてください。
◎あとがきに代えて
今週の最後までお読みいただきありがとうございました。2月上旬には5年越しの書籍を仕上げるために力を振り絞らなければならず、少しジャーナルの分量が減るかもしれませんが更新は続けていきます。
いくつも記事を仕込んでいるので、週末にまた別途記事をお送りいたします。それではまた!良い週末をお過ごしください。(徐台教)