ニュースレター号

[27号]まるで映画?韓国週刊誌‘今年の人物’に「尹政権と闘う海兵隊幹部」が選出、最大の通信社に経営危機、保守で進む‘革新’、尹大統領の「暴挙」など 全8トピック

(12月29日)サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。

 ニュースレター第27号をお届けいたします。年末進行で(使い方が間違っているかもしれません)発行の遅れを取り戻せていません。年明けからは新たな企画と共に正常化させていきます。

 今号の目次は以下の通りです。

  • 韓国社会(1):「国家基幹通信社」聯合ニュースへの補助金が大幅削減で経営危機

  • 韓国社会(2):雑誌『時事IN』が今年の人物に、政府と対立する海兵隊幹部を選出

  • 韓国政治(1):韓東勲氏が与党の非常対策委員長に就任…「運動圏を清算」、「出馬しない」

  • 韓国政治(2):与党の前代表、李俊錫が離党し新党結成を発表…「自分だけが30年後まで生きて評価を受ける」

  • ショートニュース:(1)トップ俳優、李善均さんが自死、湧き上がる「誰のせい」という声、(2)MBCが第四四半期の「よく見るニュース番組」で1位に、(3)尹大統領が夫人の株価操作疑惑への特別検察法に拒否権行使を明言、政界は真っ二つに、(4)梨泰院特別法の票決が年明けに持ち越し…来月9日に決着か

  • あとがきに代えて

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◎韓国社会(1):「国家基幹通信社」聯合ニュースへの補助金が大幅削減で経営危機

 『聯合ニュース』といえば韓国最大の通信社で、日本では共同通信にあたります。毎日数百本のニュースを配信する、韓国メディアの生態系に無くてはならない存在です。

 一方で、国庫から補助金を得ている点が共同通信とは大きく異なります。聯合ニュースには毎年約300億ウォン(33億円)が支援されてきました。

 これは03年に制定された『ニュース通信振興に関する法律』によるためで、同法により「国家基幹通信社」に指定された聯合ニュースに「国家が同社のニュースを使う利用料」なども含め、補助金が支払われている形です。

 ちなみに聯合ニュース社は1980年にいくつかのメディア会社が合併して発足した民間企業です。同法ではその役割を「国家基幹ニュース通信社として情報の主権を守護し、情報格差の解消および国民の知る権利の充足のための機能を遂行する」と定めています。

 そして具体的な業務として、公共機関や国内外の言論メディアにニュースや写真、データや映像を供給すると指定しています。

 この「国家基幹通信社」という役割は同社の信頼を高め、自社HPに大きく掲げるなど、同社のアイデンティティとなっています。もっとも、記者達の間では冗談交じりに「ずるい」とも言われているのですが(笑)

聯合ニュースのロゴ。国家基幹ニュース通信社と書かれている。


聯合ニュースのロゴ。国家基幹ニュース通信社と書かれている。

 しかしこんな補助金が来年から大幅に削減されることとなりました。

 韓国最大の労組の連合体である全国民主労働組合総連盟(民主労総)内の言論労組が運営し、韓国内の言論メディアウォッチを役割とする媒体である『メディアオヌル』の22日付け記事によると、「国家基幹通信社支援のため」の来年度予算は50億ウォン(約5億5千万円)と、23年度の278億ウォン(約30億円)から約82%の減額で確定しました。

 なお、26号でお伝えしたように、韓国国会では21日に来年度予算が成立しています。

 同記事によると聯合ニュースは年間1750億ウォン(約190億円)から1800億ウォン(約200億円)の間の予算で運営されているそうです。今回の削減と各機関のニュース利用料の削減により、来年の年間予算に「250億ウォン(約27億円)の穴が空いた状態」とのことです。

 この事態を前に、聯合ニュースの社長は21日、社内向けの公示の中で今回の事態を防げなかったことを謝罪すると共に、政府に対しては「深い遺憾」を表明した上で、非常経営体制を敷くことを明かしました。

 その内容はかなり職員のモチベーションに関連がありそうなものでした。

 社長50%、常務30%の給料返納はまだしも、海外出張費や接待費の半減、ガソリン代支給の中止、語学学習支援金の廃止、配偶者などの健康診断費廃止などの福祉の削減があります。

 同時に「労組と合意な必要な部分がある」としながらも、成果により給与を決める制度の導入も論じられています。広告事業の強化や外注化といった対策もずらりと並びます。

聯合ニュースのトップページ。同社の特徴は「記事改編OK」にあります。これにより各社ともに聯合ニュースの記事をちょこっとだけ変えて自社記事にすることが可能になります。韓国にネットメディアが乱立する一因となっています。筆者キャプチャ。


聯合ニュースのトップページ。同社の特徴は「記事改編OK」にあります。これにより各社ともに聯合ニュースの記事をちょこっとだけ変えて自社記事にすることが可能になります。韓国にネットメディアが乱立する一因となっています。筆者キャプチャ。

 衝撃だったのは海外特派員の削減でした。

 同記事によると「来年初めに任期が終わる香港、瀋陽、ウラジオストク特派員は後任を置かず支局を閉鎖する」とのことです。「シカゴ、ケニアなど10余人維持していた通信員網も3~4人に減らす」ともありました。

 これを見たときに「ああ、ただでさえ韓国メディアが苦手とする北朝鮮内部ニュースの内容がさらに薄くなるな」と思いました。遼寧省の瀋陽市は同社の北朝鮮取材の拠点の一つです。

 聯合ニュースの社長はこんな特派員の縮小を「公的機能の削減」と表現しています。国家の支援が減るため、公的機関であることを止めるという論理ですね。

 繰り返しになりますが、韓国メディアは日本メディアに比べ海外ニュースの特派員の数がかなり少なく、その弱さを指摘する声があります。今回の動きがこれに輪をかけることにならないか心配です。

 『ミディアオヌル』紙は22日付けの別の記事で社内の反応として、聯合ニュースの労組による「その被害は結局、すべて国民がかぶる他にない」という声明の中身を引用しています。

 それではなぜ今回、予算が削減されたのでしょうか。答えはなんと「理由が説明されていない」というものです。

 誰よりもこの話題に敏感なはずの労組の声明にも「聯合ニュースも正当な予算の削減ならば受け入れなければならない。しかし尹錫悦政権は削減の理由を今まで説明していない」と書いてあります。

 声明にはさらに「削減は『政権の最高位層の意志』という噂だけ聞こえてくる」と、尹錫悦のせい、と言わんばかりです。

 こんな指摘が出る背景には、ニュースレター第15号にも書いたように尹政権が「フェイクニュースの撲滅」という建前で言論メディアへの圧力を加えている事実があります。

 聯合ニュースのあり方が独立不羈を尊しとすべきメディアのそれとして正しいのかという議論はさておき、韓国社会における同社の存在感を考える場合、今回の予算削減は確実に「韓国市民の知る権利の低下」という結果となって現れるでしょう。残念なことです。

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◎韓国社会(2):雑誌『時事IN』が今年の人物に、政府と対立する海兵隊幹部を選出

 ニュースレターで何度か引用してきた『時事IN(シサイン)』という韓国の週刊誌があります。おそらく韓国で最も硬派な週刊誌で、論調はリベラル、調査報道でも知られています。

 そんな同紙が25日「2023年今年の人物」という記事を発表しました。

 選ばれたのは海兵隊のパク・チョンフン大佐(52)。同紙は選出の理由について「‘正義’と‘真実’を重く見なす公職者が2023年を記憶するのに最も見合った象徴的な人物である」としながら、「逆に言うとこの二つの価値が色あせた時代の傍証である」ともしています。

『時事IN』の該当記事。筆者キャプチャ。


『時事IN』の該当記事。筆者キャプチャ。

 パク大佐はいったい何を行ったのでしょうか。同紙の記事や韓国メディアで明らかになっている内容を元に再構成してみます。

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 今年7月19日、韓国南東部の慶尚北道(キョンサンプクト)醴泉郡(イェチョン)郡の河川で、水害で行方不明になった住民の捜索にあたっていた海兵隊員チェ某上兵(21)が流され亡くなる事件がありました。

 チェ上兵は当時、大雨で流量が増えた河川に、ライフジャケットも着用せず、海兵隊の半袖の赤いTシャツに長靴という軽装で立ち入っていました。

 海兵隊捜査団長(捜査トップの職責)としてこの事件の捜査にあたったのがパク大佐です。

 24日から28日にかけて捜査し、その結果を7月30日に李鐘燮(イ・ジョンソプ)国防部長官に報告し決裁を受けました。

 その後、翌31日にメディア向けの会見を行い、さらに8月2日に慶北(慶尚北道)警察庁に事件を移牒(移すこと)すればパク大佐の任務は終わるはずでした。

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 ですがここで大事件が起きます。7月31日の昼12時に、李国防長官が30日の決裁を取消し、メディア向けの会見を中止すると共に移牒を保留することをパク大佐の上官であるキム・ゲファン海兵隊司令官に指示したのです。

 しかしパク大佐はこれに従わず、8月2日に予定通り慶北警察庁に調査記録を渡します。

 記録の中には、海兵隊第一師団長、第七旅団長、第七砲兵大隊長、第十一砲兵大隊長など8人に「業務上過失致死」の疑いがあると摘示していました。

 翌日、韓国国防部の検察団はパク大佐に対し「集団抗命の首魁」などの疑いを着せ、海兵隊捜査団に強制捜査を行います。同捜査団が上官の命令に従わず書類の移牒を行うことをパク大佐が主導したという疑いです。

 さらに8日にパク大佐は、海兵隊捜査団長を解任されます。その後もパク大佐への攻撃は続きます。軍検察は8月14日に嫌疑を「抗命」へと変え、同30日には逮捕状を請求します。

 これは9月1日に軍事法院(裁判所)で棄却されたのですが、10月6日に軍検察はパク大佐を「抗命および上官名誉毀損」の嫌疑で起訴しました。この裁判は12月7日にはじまり、今も続いています。

10月6日にパク大佐が起訴された際の『ハンギョレ』記事。筆者キャプチャ。


10月6日にパク大佐が起訴された際の『ハンギョレ』記事。筆者キャプチャ。

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 いったい7月31日から8月2日の間に何があったのでしょうか。

 パク大佐はこの時期に「外部からの捜査の外圧があった」と明かしています。

 具体的には、8月1日に捜査結果に含まれたチェ上兵の事故死に関わる嫌疑者の一部を外すように、国防部の法務管理官からパク大佐に5度の電話連絡があったというのです。

 さらに同じ日に国防部長官の軍事補佐官が海兵隊司令官に対し、警察に移牒する書類の中で捜査を依頼する人員を減らすように要請していました。

 2日には、大統領室所属の国家安保室第2次長も海兵隊司令官と接触しました。

 一方、7月30日に国家安保室の国防秘書官は移牒前の捜査書類を提出するよう海兵隊捜査団に求めていました(捜査団は「捜査中」との理由で拒否し、メディア向け資料を代わりに提出)。

 こんな一連の動きの目的は「イム・ソングン海兵隊第一師団長」を捜査対象から外すことでした。

 ここで今年、韓国で密かな流行語(?)となっていた「大統領の激怒」が出てきます。『時事IN』に掲載されているパク大佐の証言を引用してみましょう。これはパク大佐が8月28日に明かしたものです。

 「(私が)海兵隊の司令官に『いったいなぜ国防部でこんなことをしているのか』と聞いた。司令官はハッキリとこう言った。『今日(7月31日)午前11時に大統領が、主管した首席補佐官会議の席で国防秘書官から事件の報告を受け激怒し…大統領は国防部長官に『こんなことで師団長まで処罰したら、大韓民国で誰が師団長をやれるというのか』と叱責した」。

 チェ上兵が在籍していた砲兵七大隊は海兵隊第一師団所属です。このためイム師団長を業務上過失致死の疑いで捜査するよう、パク大佐は慶北警察庁に移牒する書類の中で要請していました。

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 複数の韓国メディアによると、当時すでに海兵隊内部ではイム師団長を解任することが決まり、後任人事も内定していました。

 しかしこれを聞いた尹大統領が激怒し、これによって圧力が始まったというのです。背景には昨年に形成された、尹大統領とイム師団長の「ただならぬ縁」がありました。

 22年8月、ソウルに降った大雨により、市内の半地下住宅が浸水し一家族3人が亡くなる事故がありました。映画『パラサイト』に出てきたような住宅です。災害に際し、貧富の差が被害の大小に直結することを如実に表した出来事で世間の関心も高まりました。

事故のあった半地下住宅を覗き込む尹大統領をあしらったバナー。大統領室提供。


事故のあった半地下住宅を覗き込む尹大統領をあしらったバナー。大統領室提供。

 この時に、大統領室は現場の半地下住宅を外からのぞき込む尹大統領の写真を公開しました。これは「ふざけているのか」、「庶民の痛みが分からない大統領だ」と世論の大きな批判が集まりました。

 この時に、イム師団長が救世主となります。同年9月に南東部の浦項(ポハン)市が水害に見舞われた際、海兵隊第一師団が装甲車を用い被災民を救助したことが脚光を浴び、こちらに世間の関心が移ることで尹大統領は危機を逃れたというのです。

 その後尹大統領は浦項市を訪れ、イム師団長に被災内容の説明を受けるなど、直接的な交流もありました。「恩返し」ではないですが、尹大統領はそんなイム師団長が更迭されることに強い不快感を示したというのです。

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 ここまでが、韓国で今年「チェ上兵事件」と呼ばれ大きな関心を集めた事件の顛末です。

 それでは一体、海兵隊同期の166人のうち、2番目に進級が速いほど優秀で、部下からの信頼も厚いパク・チョンフン大佐はなぜ、上部からの指示(外圧)を無視して慶北警察庁への移牒を敢行したのでしょうか。

 これについてパク大佐は「警察に移牒することだけが正直な海兵隊を守る道」と明かしています。しかし何よりもパク大佐の心情を理解できるのはこの言葉ではないでしょうか。

 「チェ上兵の遺体の前で、お前の死に悔いと報われないものが残らないよう徹底して調査し、再発防止につながるようにすると約束し誓った。またあの瞬間(移牒するかしないか)に戻っても同じ決定をしただろう」

 パク大佐は現在、軍事警察団長の職を解かれ一人で勤務する閑職に追いやられました。インターネット環境もない場所とのことです。

 先述したように、事件は現在、中央地域軍事法院(裁判所)で公判が始まったばかりです。

 今はまだ尹大統領の「怒り」が本当にあったのか、そしてそれがどんな影響(外圧)をもたらしたのかははっきりと明らかになっていません。今後、明らかになるのかも分かりません。

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 一方で、チェ上兵の死亡に関する捜査も慶北警察庁で始まっています。同警察の関係者は『時事IN』に対し「(調査には)長い時間がかかる他にない」と明かしています。

 なお、この一連の出来を受け野党は当然のことながら政府と大統領室を追及しています。

 その結果、10月6日に一連の捜査妨害と事件隠ぺいを特別検察が捜査する特別法が「ファストトラック」に指定されました。自動的に最長330日以内に国会の本会議で採決されることになりますが、来年4月の総選挙があるため、先のことは分かりません。

 パク大佐は今月7日の裁判で「20歳の海兵が花を咲かせることもなく、あまりにもあっけなく死亡した事件が、発生から5か月が経ったにもかかわらず警察は嫌疑者の立件すらできてない」と述べ、「軍事裁判を信じ、誠実に私が無辜であることを糾明し、さらにわが国の正義が生きていることを証明する」と続けました。

 なお、今月になって最大野党・共に民主党が来年の総選挙に立候補しないかとパク大佐にラブコールを送りましたが、パク大佐は「政治家としてよりも軍人としての名誉を守る」と断っています。

 チェ上兵をはじめ、兵士の生命をつかさどる海兵隊の幹部として、また軍内の事故をただす捜査団長として任務にあたったパク大佐の「正義」と「真実」が、国防部からの外圧となって現れた尹大統領の「怒り」と衝突した今回の事件。

 いくつかの世論調査では「捜査への外圧があった」という解釈が半数を超えるなど、世論はパク大佐を信頼する方向に流れています。

 パク大佐の裁判には、予備役の海兵隊同期が同行したことでも注目されました。韓国日報の記事をキャプチャ。


 パク大佐の裁判には、予備役の海兵隊同期が同行したことでも注目されました。韓国日報の記事をキャプチャ。

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 韓国では今年、史実を元にクーデターを起こす軍人とそれに抗う軍人を描いた映画『ソウルの春』を人口の20%にあたる1000万人の市民が観ました。

 これに例えるのは飛躍しすぎかもしれませんが、一兵卒を大事にし、原則を貫くパク大佐の姿に韓国市民は「理想の軍人像」を重ねているのかもしれません。過去、軍内のセクシャルハラスメントやパワハラなどで自死した軍人の遺族も「パク大佐を守れ」と裁判に同行しています。

 この事件には過去3か月の間ニュースレターを書きながら、一度も触れてきませんでしたが、今後の裁判の流れによっては尹錫悦政権のアキレス腱になり得るという見立てもあるほど、要注目のニュースです。ようやく紹介できました。今後も追っていきます。

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◎[連載]10部作ドキュメンタリーで見る韓国の超低出産 その2:結婚・出産・養育費用分析プロジェクト

 これは次号に回します。ご理解くださいませ…。

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◎韓国政治(1):韓東勲氏が与党の非常対策委員長に就任…「運動圏を清算」、「出馬しない」

 26日、尹政権下で法務部長官を務めていた韓東勲(ハン・ドンフン、50)氏が与党・国民の力の非常対策委員長に就任しました。

 この日午後、同党党舎で行われた受諾演説を中心に「政治の素人」である同氏がいったい何を考えているのか見ていきましょう。

 冒頭で韓氏は、子どもの頃に「何になりたいか」と聞かれるのが嫌だったと切り出しました。

 理由は「なりたいものは無かったから」というものでしたが、その代わりに「やりたいことはたくさんあった」とし、その中身を「良い国を作ること、同僚市民たちの生活を良いものにすることを手助けする人生を生きてみたかった」と明かしました。今もこの思いは変わらないとのことでした。

 ここまでは殊勝でしたが、この後はかなりの間、最大野党・共に民主党と、同党の李在明(イ・ジェミョン)代表への批判が続きます。特に韓国で運動圏と呼ばれる世代への敵意をむき出しにしました。

 運動圏とは過去「386世代」と呼ばれた人々で、60年代生まれで80年代に大学で民主化運動を行った世代を指します。30代の00年前後に政界入りしたことでできたのが「386世代」という言葉で、今では50代、60代になった人物もいるため「586世代」から「686世代」へとなりつつある一団です。

 当時は大学進学率が3割に満たなかったため、彼らエリート層が民主化の果実を独占したと見る向きがあります。

さらに同世代が政治家となって以降、約30年間にわたって今の「ヘル朝鮮」と呼ばれる不平等な社会を作ってきたと、「戦犯」のようにやり玉にあげられる存在です。

 韓氏は「(民主化運動の)領収書を突き出し、代々国民の上に君臨し、教えようとする運動圏の特権政治を清算する」と述べています。

また、李在明代表に対しては、運動圏と過激な支持者の全体主義と結託し、国を滅ぼそうとする存在であるとし座視できないとトーンを高めました。

韓東勲氏の就任挨拶を宣伝する国民の力。「先民後私」国民が優先です、とあります。同党HPをキャプチャ。


韓東勲氏の就任挨拶を宣伝する国民の力。「先民後私」国民が優先です、とあります。同党HPをキャプチャ。

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 自身の政治スタイルに対しては「精巧で迫力あるリーダーシップが国民の理解と支持に出会う時、国が発展し国民の生活が良くなるという確信を持っている」と述べました。

 続いて「人口災害(少子高齢化)という決まった未来に備える精巧な政策、犯罪と災難から市民をしっかりと保護する政策、陣営と関係なく庶民と弱者を支援する政策、名分と実利をすべて得る原則ある対北政策、気候変化に対する均衡ある対応政策」などを見せていくとしました。

 実際にはもっとたくさん項目があったのですが、いずれも具体的なものではないので例としていくつかだけ挙げておきます。

 さらに党内に向けて、「少数であるが政府与党である。わが党の政策すなわち実践で野党の民主党の政策は約束に過ぎない」とし、この差を活用しようと訴えました。

 また「一週間に三回、四回と重大犯罪で刑事裁判を受ける超現実的な民主党であるにもかかわらず、なぜ国民の力が圧倒できないのか共に冷静に反省しよう」と李在明代表を引き合いに党にハッパをかけました。

 韓氏はこのように、自身が検察出身であることを最大限に生かし「検察対犯罪者」というフレーム(選挙の枠組み、文法)を作ろうとしているように見えます。

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 政治観を明かす部分もありました。「政治は相手に勝つゲームではない」としながら、「勝った時に同僚市民とこの国がどう良くなるのかに対する名分と希望」の重要性を訴えると共に、「政治家は国民の公僕」であると主張しました。

 また「まず党で次に個人」を表す政界でよく使われる言葉である「先党後私」をもじって「先民後私」とし、「国民の党よりも国民が優先」としました。

 そして「小選挙区にも比例選でも出馬しない」と明言し、「勝利のためには何でもするが、私がその勝利の果実を持って行くことはしない」と述べました。

 国家観に関しては「韓国の憲法は自由民主主義を基本としている」とした上で「自由民主主義の国家は手続き的民主主義を守りながら、公正な競争を保障し、競争の敷居を下げ競争に参加することを勧めなければならない。その過程で差別がなく競争のルールが守られるという確固とした信頼を与えなければならない。同時に、競争で勝てない人々、競争に臨みたくない人々も人間らしい生活を送れるように徹底して保障すべき」と述べました。

 この部分はまっとうですが、一方で共に民主党を「自由民主主義でない」と暗に言うものであり、レッテル政治の枠組みをでない発言でもあります。

国民の力では韓東勲氏を前面に押し立てています。同党HPをキャプチャ。


国民の力では韓東勲氏を前面に押し立てています。同党HPをキャプチャ。

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 演説はここまでです。

 世間の評判はどうだったのでしょうか。

 保守紙『朝鮮日報』は翌日に社説で「不出馬」などを評価しつつも、与党の状況に対する説明が足り無かったと注文を付けました。

 尹大統領の任期一年半の間に、与党代表が2人続けて追い出され、3度目の非常対策委員会が発足した事態を指してのものです。

 これは韓氏が尹大統領の「アバター(分身)」と揶揄される点を指摘するもので、与党の問題はすべて尹大統領が招いているという世間一般の理解に追いつくことを求める声と言えます。

 進歩紙も同様でした。『京郷新聞』は社説で尹大統領への「直言」を求めました。さらに第一声から野党への敵対意識をむき出しにした事を取り上げ、「協治をする気はないのか」と問いただしました。

 あらためて韓東勲氏の演説を見る場合、不出馬というサプライズはあったものの、深い政治的洞察が感じられる内容ではなかったと評価できます。

 頭は切れるのでしょうが、話し方も韓国の政治家一般のそれとは異なりフワフワしており、今後苦労しそうです。

 総選挙までの100日の間に韓東勲氏の中で何かが変わるとは思えず、共に民主党と正面から激突し続けるでしょう。

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◎韓国政治(2):与党の前代表、李俊錫が離党し新党結成を発表…「自分だけが30年後まで生きて評価を受ける」

 続く27日午後には、与党の前々代表を務めた李俊錫(イ・ジュンソク、38)の離党と新党立ち上げ会見が、李氏の地元のソウル市内の食堂で行われました。

 同様に演説を行いましたが、分量は韓東勲氏のそれよりもだいぶ長いものでした。この辺は12年の政治キャリアがなせる業でしょうか。やはり全てを紹介することは難しいのでかいつまんで説明します。

 李氏は冒頭で、「今日の選択は私個人に対する処遇、私に加えられた痛みのある記憶のためでない。私は顔を上げ過去ではなく未来を見た」とし「非常状態にあるのは党(国民の力)ではなく大韓民国だ。これ以上はもう待てない。正確には大韓民国の変化がない政界を眺めたまま待つことができない」と心情を明かしました。

 李氏はさらに「極限の対立」を続ける韓国政治への批判を続けました。

 興味深かったのが、過去韓国に存在した軍人による独裁を挙げ、これに勝った韓国市民が「再び検察と警察が主導する政治的な結社体のために、重要な時代的な課題を脇にのけ、極限の対立を続けなければならないのか」と市民の覚醒を訴えた部分でした。

 こうしたレトリック、つまり市民に覚醒を訴え、自身を支持して欲しいとする形は、この日の演説で繰り返し登場しました。

27日、離党と新党結成宣言を行う李俊錫氏。同氏SNSよりキャプチャ。


27日、離党と新党結成宣言を行う李俊錫氏。同氏SNSよりキャプチャ。

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 野党に矛先を向けた前出の韓東勲氏と異なり、李俊錫氏の矛先は現政権の尹錫悦政権に向いていました。

 李氏は「大韓民国はいま危機にある。絶望の綱引きの中で大韓民国が停滞した間に拒否できないいくつかの挑戦が増えている」とし、「解熱剤と鎮痛剤を乱発し、これ以上は注射の針を刺す血管も残っていない韓国の問題は正面から扱っていく」と意気込みました。

 具体的な例も挙げました。理工系の人材育成、大学改革、低出産による軍縮、大学入試、年金改革などの話題での政府の「無策」や票を見越した「及び腰」に言及しました。

 その上で「韓国の大統領以下、大部分の政治家たちはこうした問題を解決することができない」とし、その理由について「いざ権力を持っている彼らは今後長くても10年以上政治を続けないため」と述べました。

 さらに「任期中だけ、政治家である間だけ問題が爆発しないよう管理するという人たちの政治が未来志向的であるはずがない」と畳みかけ、「無責任な現在の為政者たちと異なり、私が行う主張と選択に対し30年後には生きて評価を受ける確率が高い。誰の代案と提案がより切実かと思いますか?」と「若さ」を前面に押し出しました。

 李氏は自身をアピールする傍ら、ソウルの端に位置し、公務員と軍人の公営アパートがある「庶民の街」、蘆原(ノウォン)区上渓(サンゲ)洞で生まれ育った経歴を挙げ「韓国は、努力する人には今日よりも良い明日が来る国にならなければならない」と続けました。

 極めつけは「皆さんが生涯に買う株式の中で、最も大きな収益を担保する株式は、まさにこの新党に投資する支持と声援です。みなさんの子どもと孫に未来志向的な韓国を、相続税のない遺産として残してください」という一節でした。

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 この日の演説は、李俊錫氏特有の人を食ったような言い回しや、何よりの欠点とされる弱者を切り捨てる視線もなく、それなりの真摯さを感じさせるものでした。しかし韓国の政治をダメにした(メインではありませんでしたが)一人であることを考える場合に、手放しで称賛できるものではありません。

 メディアの評価を見ると、保守陣営は李俊錫氏への失望を隠しませんでした。

 韓東勲と李俊錫が両輪となって選挙を戦う場合に、総選挙に勝てる可能性があったためですが、『朝鮮日報』は翌28日の社説で「李前代表が古く濁った政治に変化をもたらすと期待した国民には、失望と残念なものとなった」とし、今後にも期待できないという論調を明確にしました。

 一方、『京郷新聞』では「‘李俊錫マーケティング’に頼る新党のアイドリングは終わった。この新党が価値・ビジョン・政治、政策競争を導く触媒となる時に、(巨大両党ではない)第三地帯の新党という狭く険しい道を突破できるだろう」と、「韓国政治の多極化」という観点から李俊錫氏を歓迎するような論調でした。

第三勢力の中心になれるでしょうか。写真は別の新党『新しい選択』の会合にて。筆者撮影。


第三勢力の中心になれるでしょうか。写真は別の新党『新しい選択』の会合にて。筆者撮影。

 つい一か月前まで総選挙の話題の中心にいた李俊錫氏ですが、韓東勲氏の登場で美味しいところを持って行かれた感があります。

 「改革新党」(仮称)の結成準備を進めていますが、現役議員の合流は29日の時点でなく、初手の勢いとしては予想よりも低調です。

 いずれにせよ2年前、劇的に保守陣営を再生させた李俊錫氏は新たな道を踏み出すことになりました。

 私も最近、信頼できる専門家から「李俊錫が政治家としてスケールアップしている」という声を聞きました。

 様々な深刻な欠点を抱えつつも、ここ2年の韓国政治を引っ張った人物の一人であり、今後の成長が切に望まれる人物であるのもまた事実です。総選挙の台風の目となれるでしょうか。

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◎ショートニュース

(1)トップ俳優、李善均さんが自死、湧き上がる「誰のせい」という声

 多くを語りたくない出来事でした。映画『パラサイト』やドラマ『マイ・ディア・ミスター』で日本でも広く知られていた俳優、李善均(イ・ソンギュン)さんが27日午前、ソウル市内で遺体となって発見されました。自死でした。

 この件については以前の記事でまとめた通りです。

 李善均さんに対しては、10月から麻薬使用疑惑での捜査が続いてきました。

 警察は李善均さんを三度警察に呼び出し、その都度カメラの前に立たせるなど「さらし者」のように扱い、マスコミも警察からのリーク情報を面白おかしく流していました。さらに視聴者もこれを「よくあること」と受け流し消費していました。

 この「負の三位一体」とも呼ぶべき状況が招いた社会的な殺人でした。

 事件後、韓国社会では「誰のせい」という声が少しだけ出ています。マスコミは「警察のせい」と盛んに報じていますが、ネット上では「マスゴミのせい」という声が多数です。

 私もマスコミのせいだと思います。一方で、尹政権の無理な麻薬取り締まりの犠牲になったという視点もあります。

 この二つが入り乱れてしまうと元の木阿弥になるので、私は「負の三位一体」を解すことから始めるべきだと思うのですが、選挙シーズンのせいか矛先は尹政権に向かいそうです。そうなるとまた同じことの繰り返しになるでしょう。

 また近々記事にしますのでその際はお送りします。

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(2)MBCが第四四半期の「よく見るニュース番組」で1位に

 『韓国ギャラップ』社が四半期毎に調査している、韓国市民が「もっともよく見るニュース番組」の結果が22日に発表され、MBCテレビが18%で1位となりました。

 2位はKBSテレビ(16%)、3位はYTN(12%)、4位はTV朝鮮(7%)、5位はSBS(6%)、6位はJTBC(5%)の順でした。特に無しは26%でした。

2013年〜23年までの韓国市民が好むニュース番組のグラフ。韓国ギャラップ社より引用。


2013年〜23年までの韓国市民が好むニュース番組のグラフ。韓国ギャラップ社より引用。

 同社が提供している過去10年間の順位の変動を見ると、その時々で上下があるのが分かります。上記の図で、橙色のJTBCは2016年の朴槿惠政権の「国政ろう断」事件でスクープを何度も放ち大きく注目されましたが、その後徐々に順位を下げています。

 一方で日本のNHKにあたるKBS(水色実線)を選ぶ人も年々下がっていることが分かります。視聴者の好みが多極化しているということでしょう。

韓国メディア一覧。筆者作成。


韓国メディア一覧。筆者作成。

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(3)尹大統領が夫人の株価操作疑惑への特別検察法に拒否権行使を明言

 28日午後、国会で二つの特別検事を導入する法案が可決されました。

 一つ目は金建希(キム・ゴニ、51)大統領夫人による株価操作疑惑を解明するためのもので、もう一つは京畿道(キョンギド)城南(ソンナム)区の大庄洞(テジャンドン)開発にめぐり、複数の法曹人などに50億ウォン(約5億5千万円)が渡った贈収賄事件を捜査するためのものです。

 いずれも与党は投票に参加しないまま、野党の満場一致で採択されました。

 しかし尹大統領は同日、この二つの法案に対して拒否権を行使することを明言しました。それも公布期限の15日の間に拒否権行使を悩むのではなく、即時行使するとのことです。

 これに対し野党からは「配偶者を保護するために国民的な疑惑に対する聖域のない捜査を拒否するもの」(共に民主党)、「大統領が本人の家族と関連する特別検事法を拒否したことはない」(同)と大きな反発の声が上がっています。

 尹大統領と与党は、来年4月の総選挙への影響を最小化するために拒否権行使を選んだものと見られていますが、世論は6~7割が金建希女史への捜査に賛成していることから、総選挙への影響は避けられそうにありません。

 尹大統領が拒否権を行使する際には、国会で再票決となります。ここで可決される場合に大統領は拒否権を行使できません。

 このため再票決時期が焦点となるのですが、野党がこれをすぐに行うのではなく、2月以降に行う可能性もあります。

 その時期には与党内で選挙で党の推薦を受けられない人物が出てくるため、こうした人物の造反を見越してのものです。10人から20人だけ造反すれば可決となるため、法案をめぐる駆け引きが続く見通しです。

尹大統領と金建希女史。大統領室提供。


尹大統領と金建希女史。大統領室提供。

 一方、『京郷新聞』では「尹政権下で一年半の間まごまごしていた検察が今回の事態を呼んだ」とも評しています。自業自得ということです。

 拒否権を行使する場合、尹大統領は「権力に立ち向かう検事」という自身のイメージを完全に失うことになります(もっとも、そんなものが今も残っているは疑問ですが)。

 今回の一件により、与野党の断絶、対立は極限に達した感があります。

 このように、来年の選挙は尹大統領にとって「生きるか死ぬか」の天王山となっています。今後100日間、驚愕するような出来事がいくつも起きるような予感があります。

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(4)梨泰院特別法の票決が年明けに持ち越し…来月9日に決着か

 28日に12月の国会日程が終わり、25号で紹介した「梨泰院特別法」の票決も持ち越しとなりました。梨泰院惨事遺家族協議会(以下、遺族会)と市民団体は失望を隠しませんでした。与野党の溝は埋まらなかったことが原因です。

 一方でこの日、金振杓(キム・ジンピョ)国会議長は改めて仲裁案を提案しました。

 来月2日から与野党の院内代表(国対委員長)で協議し、同9日に今会期最後の本会議で必ず通過させるというものです。この場合、与党が政府をどこまで説得できるのかがカギとなります。遺族会の苦労に終わりはありませんね。あまりにも過酷です。

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◎あとがきに代えて:明日が今年最終号になります

 かなり長丁場でしたが、本当に12月の最終週にあまりも大きな出来事が続いています。ひとまず今号はここまでです。

 今年のニュースレターは明日30日号が最終号となります。改めて明日ご挨拶いたします。ありがとうございます。(徐台教)

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