ニュースレター号

「南北軍事合意」の停止条件は衛星発射、ソウルでの特大外交イベントに北朝鮮が反発、動き続ける開城工団など 全7トピック|第16号

(11月17日)サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。

 ニュースレター第16号をお届けいたします。今日金曜日は韓国の首都圏で初雪となりました。10分と経たずに降り止みましたが雪を見るとどうしても「北側は寒いだろうなあ」と思っていまいます。

 実は2021年から今日に至るまで、韓国から誰一人として朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)を訪問していません。新型コロナがあったとはいえ、こんな事は少なくとも過去30年の間にありませんでした。由々しき事態です。

 今号は南北関係・朝鮮半島情勢を中心にお届けします。この一週間、韓国では大きな外交イベントが相次ぎ、静かだった北朝鮮もこれに応えてきました。

 今号の目次は以下の通りです。

  • 韓国から見た南北関係:条件は北朝鮮の「衛星発射」…『9.19南北軍事合意』の効力停止方針決定へ

  • 朝鮮半島情勢(1):韓国で韓米を中心とした大型外交イベント相次ぐも、北朝鮮は「情勢激化を招く」と反発

  • 朝鮮半島情勢(2):平壌で朝露による経済協力のための委員会が4年ぶりに開催

  • ショートニュース:韓国在住脱北民による北朝鮮への送金が取締りの対象に/国連総会の委員会が北朝鮮人権決議案を採択、北朝鮮は「ダブルスタンダード」を主張/閉鎖された開城工業団地を北朝鮮が再稼働させている「証拠」とは/北朝鮮の出生率は「1.8」、国連が発表

  • あとがきに代えて:

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◎韓国から見た南北関係:条件は北朝鮮の「衛星発射」…『9.19南北軍事合意』の効力停止方針決定へ

 ニュースレターで何度も取り上げてきた『9.19南北軍事合意』の行く末。

 破棄するのか、それとも効力停止措置を取るのか、韓国政府のアクションに注目が集まっていましたが「北朝鮮が偵察衛星を打ち上げる場合に一部の効力を停止する」という方針が定まりました。

 韓国政府が明言した訳ではないのですが、11月13日から14日にかけての韓国メディアの記事を総合すると、国防部や統一部を通じこのような方針が明確なものとして確立されたと判断できます。すぐに既定事実となりました。

 尹錫悦大統領も14日に公開された米AP通信とのインタビューの中で「北韓が軍事偵察衛星の発射に成功する場合、北韓が大陸間弾道ミサイル(ICBM)能力を一段階引き上げたという意味」と言及し「より強い備えが求められる」と述べていました。

 ここで言う「一部の効力の停止」というのは「軍事境界線(MDL)一帯の偵察作戦を正常化する」との脈絡で読み解かれています。

 具体的には軍事合意書にある「飛行禁止区域」の無効化です。

18年の『9.19南北軍事合意書』の説明資料に添付されていた地図。中央の点線が軍事境界線で、赤線が北側の非武装地帯。青色は同様に南側の非武装地帯となっている。東西で異なる広さの飛行禁止区域が設定されているのが分かる。基本的に回転翼航空機は軍事境界線から10キロメートルに、無人機は東部地域から15キロメートル、西部地域から10キロメートルに、気球は25キロメートルを適用する。


18年の『9.19南北軍事合意書』の説明資料に添付されていた地図。中央の点線が軍事境界線で、赤線が北側の非武装地帯。青色は同様に南側の非武装地帯となっている。東西で異なる広さの飛行禁止区域が設定されているのが分かる。基本的に回転翼航空機は軍事境界線から10キロメートルに、無人機は東部地域から15キロメートル、西部地域から10キロメートルに、気球は25キロメートルを適用する。

 現在は「固定翼、回転翼、無人機、気球」などの種類と地域によって、南北それぞれ10キロから40キロまでの区間で飛行禁止となっています。

 しかし尹政権はこの取り決めを圧倒的に優位な偵察資産を持つ韓国にだけが不利になる措置と見ています。韓国軍のせっかくの長所を台無しにしてしまっているということです。

 「軍事合意を破棄してこそ、北朝鮮への監視能力を存分に発揮できる」という旨の発言を申源湜(シン・ウォンシク)国防長官もしています。

 いよいよ方針を定めた尹政権ですが、こんな「決断」を前に、南北対話を促す韓国の進歩紙も危機感を募らせています。

 進歩紙『ハンギョレ』は15日付けの社説「9.19合意の効力停止、韓半島の緊張を悪化させる誤った判断だ」で、軍事合意書締結以降も軍事境界線で緊張が高まることがあったものの「武力衝突と死傷者が発生していないことが事実」と言及しました。合意により最後の一線が守られているという解釈です。

 その上で「これを停止させ韓半島で武力衝突と戦争の脅威が高まることが私たちの安保にとって真の利益となるのか」と政府に問いかけました。

 「前任の政府(文在寅政権)の成果を消し、支持層を結集させようとする与党の政治的な計算」とも見立て、政治的な行為であると批判しています。

 進歩紙の双璧である『京郷新聞』もまた、14日付けの社説「米国も慎重な『9.19南北軍事合意』破棄、急ぐ理由は何か」で同合意の「安全装置としての役割」を強調しています。

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 北朝鮮は今年5月と8月に二度、偵察衛星の打ち上げに失敗した上で、10月中の再打ち上げを予告していましたが行われていません。一部の韓国メディアでは北朝鮮が「ミサイル工業節」に指定した11月18日の打ち上げもささやかれています。

 いずれせよ『9.19南北軍事合意』は風前の灯と言えそうです。

 なお、韓国の国家情報院傘下のシンクタンク『国家安保戦略研究院』は11月14日のレポート「『9.19軍事合意』効力停止の戦略的効果の検討」の中で、停止により韓国が得られる効果について、▲韓国による北朝鮮への軍事的圧迫能力の強化、▲北朝鮮の合意違反に対する制裁と懲罰、▲金正恩の核・ミサイル開発能力の安定的な環境への障害の三つを挙げています。

 一方で、こんな『9.19南北軍事合意書』の効力停止が、米中の緊張緩和の流れに逆行するという主張もやはり進歩紙を中心に行われています。米中首脳の「変化」を見ての反応です。

 『ハンギョレ』は17日付けの社説で米中首脳が1年ぶりの首脳会談を通じ歩み寄りを見せたことに言及しながら、これによりできた「外交の空間」を有効活用することを尹政権に求めています。

 『京郷新聞』もまた同日付の社説で、これまで日米韓協力一辺倒だった尹政権に対し「米中が協力できるアジェンダを積極的に発掘すべき」としています。

 米中首脳会談について肯定的に判断するのは早計だという評価もある中、韓国の進歩派が求める地点がよく分かる社説と言えるでしょう。なお、中道の『韓国日報』も17日付けの社説で同様の指摘をしています。

韓国の文字メディアの分類。保守は親企業、反北朝鮮を特徴とし、進歩系は統一(平和)、平等などを指向する傾向があります。経済紙はおしなべて保守と分類できます。中道は議題によって保守と進歩を行き来すると考えてよいです。通信社は聯合ニュースの存在が圧倒的で他の2社は同じ系列です。筆者作成。


韓国の文字メディアの分類。保守は親企業、反北朝鮮を特徴とし、進歩系は統一(平和)、平等などを指向する傾向があります。経済紙はおしなべて保守と分類できます。中道は議題によって保守と進歩を行き来すると考えてよいです。通信社は聯合ニュースの存在が圧倒的で他の2社は同じ系列です。筆者作成。

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◎朝鮮半島情勢(1):韓国で韓米を中心とした大型外交イベント相次ぐも、北朝鮮は「情勢激化を招く」と反発

 少し時計の針を戻します。

 11月12日から14日まで、韓国では大きな外交イベントが相次ぎました。12日には日米韓国防相会談、13日には韓米SCM、そして14日には韓国・国連軍司令部会員国による国防長官会議がありました。

 ・日米韓国防相会議

 12日の日米韓国防相会談(日本の木原国防相はオンラインで参加)では「北朝鮮の完全な非核化」という共通の目標を確認しつつ、北朝鮮の核・ミサイル開発を糾弾しました。

 そして北朝鮮の核開発を断念させるために「制裁と圧迫」を強調しつつ、これに国際社会が同調すべきと強調しました。

 今年一年の軍事協力を振り返る発言もありました。

 「日韓軍事情報保護協定(GSOMIA)の完全な正常化、中断された日米韓の次官補級安保会議(DTT)、捜索救助訓練・海洋遮断訓練・対海賊訓練の再開など3者安保協力が過去のどんな時よりも活発に推進された」と評価しました。

日米韓国防相会議の様子。左から申源湜(シン・ウォンシク)韓国国防部長官、ロイド・オースティン米国防長官、木原稔防衛相。韓国国防部提供。


日米韓国防相会議の様子。左から申源湜(シン・ウォンシク)韓国国防部長官、ロイド・オースティン米国防長官、木原稔防衛相。韓国国防部提供。

 ・韓米SCM

 13日には『韓米安保協議会議(SCM)』がソウルで開催されました。1969年から毎年続く同会議は、韓米の安保政策を決める最上位の会合として位置づけられています。

 会議後に発表された共同声明を見ると、韓米同盟70周年を迎えた今年のSCMで、100周年を準備するための『韓米同盟国防ビジョン』が承認されたといいます。

 同ビジョンには「北朝鮮に対応する拡大抑止努力の向上、科学技術同盟への進化を通じた同盟能力の現代化、類似の立場を持つ国家との連帯および地域安保協力の強化」という「三つの核心軸」が含まれています。三つ目は日本を念頭に置いたものです。

 他方、12ページに及ぶ共同声明では、北朝鮮の脅威を「韓半島はもちろん世界の平和と安定により深刻な脅威である」と何度も引き合いに出しています。

 声明を通じては10年ぶりに『オーダーメード型抑止戦略(Tailored Deterrence Strategy; TDS)』が改定されたことも明かされました。

 この『2023TDS』は「高度化される北朝鮮の核・大量破壊兵器(WMD)および戦略的影響を持つ飛行能力に効率的に抑止および対応するための戦略的な基盤」と位置づけられ「柔軟性を持った強力な文書」とされています。

 内容については「平時、危機時および戦時にまたがり北朝鮮の核・WMD攻撃に備え、韓国の在来型兵器の能力と共に米国の核能力を含む、あらゆる範疇の米国の軍事能力を活用する方案に対する指針が反映されていると確認した」と明かされています。

 つまり、北朝鮮の脅威に対し米国はいつでもフルパワーで韓国を支えるということです。10年前には北朝鮮の核武力は今のように高度化されていなかったため、ようやく更新されたことになります。

韓米SCM後に記者会見に臨む両国国防相。韓国国防部提供。


韓米SCM後に記者会見に臨む両国国防相。韓国国防部提供。

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 共同声明では「北朝鮮の完全な非核化」についての言及もありました。

 「両国は圧倒的な力により北朝鮮の核の脅威を抑止すると同時に、制裁と圧迫を通じ核開発を断念させ、対話と外交を追及する努力のための共助を続けていく」としました。

 それらしい文言ですが、何度もニュースレターでお話ししているようにこれは「軍備の拡張だけする」という言葉に他なりません。対話が前面に来ない限り、南北双方で軍備の増強が延々と続くことになります。

 声明の第5項では「停戦協定が朝鮮半島の安定的な安保秩序を保障する国際規範として依然として有効だ」としています。その上で国連軍司令部の役割を重要視していますが、これは後段で触れます。

 声明では他に韓国の「戦時作戦権転換(韓国への返還)」についての取り決めも言明されています。米韓合同軍事訓練を通じ、韓国が転換への条件を満たしていくという従来の方針のままで、具体的な時期は明かされていません。

 他方、日米韓協力についての言及もありました。

「北朝鮮のミサイル警報情報をリアルタイムで共有するための3国の準備が終わった」としています。なお前日の日米韓国防相会議で、このシステムが12月中に正常稼働を始めると明かされています。

 さらに声明では「多年間にわたる3者(日米韓)訓練計画」の樹立を年内に完了するとしました。来年から訓練を体系的に行っていくそうです。

 また日米韓3か国の安保協力は「高官級の政策協議、3者訓練、情報の共有、国防交流協力」などを持続的に増進および拡大する、と公約されています。
16日に米国で行われた日韓首脳会談でも両国首脳は親密ぶりをアピールしましたが、来年の日米韓の軍事協力は今年よりも速く、そして大きく進むものと見られます。

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・韓国・国連軍司令部会員国国防長官会議

 続く14日にはやはりソウルで『第1回 韓国・国連軍司令部会員国国防長官会議』が開催されました。名前が示すように“史上初の会議”で画期的なものでした。

 「停戦協定70周年を記念するために」行われた会議には米国をはじめ17か国の国連軍司令部会員国の代表が参加しました。

 具体的には、韓国と米国は国防長官が、タイは総司令官が、フィリピンは次官が、ベルギー・カナダ・デンマーク・フランス・ギリシャ・イタリア・オランダ・ニュージーランド・ノルウェー・フィリピン・トルコ・英国は大使が、南アフリカは政治参事官が参加しました。

 会議を通じ発表された共同声明では「韓半島の平和と自由民主主義を守るために1953年に締結された停戦協定の精神と約束が、変わらず続かなければならないという点を再度確認した」とされました。

 声明ではまた、北朝鮮による安全保障の脅威を糾弾しながら、国連安保理決議を徹底的に履行すべきと訴えました。

 さらに「韓半島が恒久的な平和の道に進むために、対話の有用性と必要性に対しても議論した」とします。

 「国連軍司令部の会員国は、国連の原則に反し、韓半島で大韓民国の安保を脅かす敵対行為や武力攻撃が再開される場合、共同で対応することを宣言した」ともあります。この一文が声明のハイライトと言えるでしょう。国連軍未だ死せず、ということです。

 その上で声明では「米韓同盟と国連軍司令部会員国との間に、連合演習と訓練を活性化し、相互交流と協力を持続的に増大させる」としています。北朝鮮への包囲網を強めていくような表現といえます。

14日、韓国国防部で開催された『第1回 韓国・国連軍司令部会員国国防長官会議』の様子。韓国国防部提供。


14日、韓国国防部で開催された『第1回 韓国・国連軍司令部会員国国防長官会議』の様子。韓国国防部提供。

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 韓国を舞台にした一連の派手な(?)動きに対し、米韓への直接的な批判を控えていた北朝鮮も反応しました。16日に朝鮮中央通信に国防省報道官による談話が掲載されました。

 談話の核心は「朝鮮半島地域の情勢激化を招く主犯は他でもない、米国とその追従勢力である」という、北朝鮮の従来の論理に沿ったものでした。

 その上で一連の外交イベントの中で明かされた、▲米韓の「オーダーメイド型作戦計画(TDS)」の改定、▲日米韓によるリアルタイムでのミサイル上表共有システムの年内稼働の合意、▲米空母『ロナルド・レーガン』の韓国への派遣、などをすべてひっくるめて「対決のための脅威」と整理しました。

 さらに談話では「朝鮮半島の軍事的対立が危険な限度を超えている」という現状認識を示しながら、これを北朝鮮が「強力な対応態勢により、米国とその追従勢力たちの軍事的な蠢動を徹底的に抑止している」という姿勢を明かしました。

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 韓国外交部もこの談話にすぐに反応しました。16日、報道官は「北韓は核とミサイル開発を正当化するため絶え間なく外部に責任を転嫁し、歪んだ主張を続けている」と述べると共に「わが政府は北韓が間違った判断をしないように、強固な米韓連合の防衛態勢を維持しながら、対北抑止能力をより強め韓半島の安全を維持していっている」と続けました。

 どうでしょうか。絵に描いたような『安全保障のジレンマ』です。

 米国は14日、韓国へのSM-6艦対空(地対空)ミサイル販売を承認すると発表し、翌15日にはAIM-9X「サイドワインダー」空対空ミサイルの販売も承認しました。

 このように韓国は軍事力の強化に余念がない一方、北朝鮮も11日と14日に中距離弾道ミサイル(IRBM)の固形燃料エンジン実験を行うなどミサイル開発に邁進しています。

 南北は互いに「抑止」を掲げ軍拡にいそしんでいますが、その先に何があるのでしょうか。一刻も早く対話に戻るべきです。

『韓国・国連軍司令部会員国国防長官会議』の様子。力の入った会議でした。いずれ日本もここに入るのではという見方があります。韓国国防部提供。


『韓国・国連軍司令部会員国国防長官会議』の様子。力の入った会議でした。いずれ日本もここに入るのではという見方があります。韓国国防部提供。

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 北朝鮮はまた、国防相報道官の暖和に先立つ13日にも、外務省軍縮および平和研究所の公報文という形で、翌14日に開催される予定の『韓国・国連軍司令部会員国 国防長官会議』を批判しました。

 同司令部の歴史的経緯に触れながら問題を指摘する長文ですが、その要旨は、数十年前に解体されるべきだった国連軍司令部が、今や朝鮮半島の情勢激化を促進しているというものです。

 この論理は、北朝鮮が一貫して保持しているものです。

 北朝鮮が朝鮮戦争を起こしたことを棚に上げながらの批判であるため、額面通りに受け取る訳にはいかないのですが、国連軍司令部が事実上、米国の思い通りに運用されているという指摘は現状の一面を衝いていると言えるでしょう。

 南北米中が平和協定を結び朝鮮戦争を終結させる場合、国連軍司令部は解体となり、米軍はアジア太平洋における戦略や兵站を大幅に修正することになります。

 はたして米国にその意志があるのか、という問いはいわゆる朝鮮半島問題の本質でもあります。韓国であった一連の外交イベントと北朝鮮の反応は、1953年から変わらないこの地域の特性を露わにしています。

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 一方で興味深かったのが北朝鮮メディアに『領土完整』という言葉がふたたび登場したことです。

 以前、ニュースレターでも取り上げたようにこの言葉は金正恩氏が9月の最高人民会議で使ったものです。

 1950年6月25日に韓国に攻め込むいわゆる「南侵」を行った際に使った「国土完整」を彷彿とさせるものであることから、韓国では「核による先制攻撃もあり得る」という警戒の声が出ていました。

 しかし前出の国防省による談話の中で「国家の自主権と安全を軍事的に侵害するいかなる挑発行為に対しても断乎と反撃し、国の領土完整をしっかりと守護していく万般の臨戦態勢を維持することはわが軍の崇高な使命だ」とした点が注目されます。

 『領土完整』という言葉が防御的な観点から使われているのは明らかです。これを受け、韓国側でどんな解釈が出るのか見守ってみたいと思います。

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◎朝鮮半島情勢(2):平壌で朝露による経済協力のための委員会が4年ぶりに開催

 平壌で15日に、北朝鮮とロシアによる第10次『貿易経済および科学技術協助委員会』が開かれました。

 北朝鮮の国営・朝鮮中央通信によると、ロシア側はアレクサンドル・コズロフ天然資源産業相を代表とする代表団を派遣し、北朝鮮側はユン・ジョンホ対外経済相をはじめ関連部署の人員が出席しました。

 同通信によると、会議では23年9月の朝露首脳会談で行われた合意により「貿易、経済、科学技術など各分野での多方面的な双方の交流と協力事業を活性化し、活性化するための対策」が討議されたとのことです。この日、両国代表は議定書に署名ました。

 韓国メディアによると、同委員会はロシアと北朝鮮の経済協力における最高の協議会として1996年から2019年まで過去に9度開かれています。

 ロシアの代表団は平壌市内の見学などを行い、16日に帰国しました。『聯合ニュース』によると17日、コズロフ長官は自身のSNSに、北朝鮮との貿易の品目について「小麦粉、トウモロコシ、大豆油」で「来年には肉類を試験的に供給する」と書き込みました。これが真実であれば、北朝鮮は武器弾薬の代わりに懸案となっている食糧確保が可能になります。

 同長官はまた「金、鉄、レアアースに対する共同地質調査を行う」とすると共に、12種目のスポーツやバレーといった分野での交流を行うことも明かしています。「北朝鮮と関係を包括的に強めることが目標」とのことです。

 ウクライナ戦争につけ込み、ロシアとの貿易を活発化させている北朝鮮。このまま戦争が長期化する場合には、ロシアが必要とする兵器を生産し続け「戦争特需」とでも言うべき状況になっていく可能性もあります。北朝鮮は食糧の次の段階として、エネルギーなど工業分野でのテコ入れを期待しているのではないでしょうか。

 

第10次『貿易経済および科学技術協助委員会』の様子。労働新聞より引用。


第10次『貿易経済および科学技術協助委員会』の様子。労働新聞より引用。

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◎ショートニュース

(1)韓国在住脱北民による北朝鮮への送金が取締りの対象に

 韓国に住む3万人以上の脱北民の中には、家族や親族が今も北朝鮮に住む方達が少なくありません。そのため、生活費や商売の元手にといった目的で韓国から北朝鮮へと送金が行われることになります。

 ですが韓国から北朝鮮に送金できる正規のルートは存在しないため、こんな送金はすべて「ヤミ送金」となります。送金額の50%超にまで及ぶ膨大な手数料がかかるものの、確実に北朝鮮に住む人物の下に届くルートが確立され、重宝されてきました。

 一方で北朝鮮当局は送金(受け取り)への取締りを強めており、送金手段は次第に先細りとなっている現実があります。

 そんな中、韓国の警察が送金ルートの一端を担う韓国内の脱北民を取り締まっていると報じられました。

 記事が詳細だった『聯合ニュース』では44歳のA氏の例を紹介しています。

 嫌疑は「外国換取引法違反」とのことですが、韓国の警察当局はさらに、A氏が北朝鮮当局と共謀し特定の脱北民の家族を人質に取り「送金を強要している」という疑いも持っているようです。

 しかしA氏は同紙の取材に対し「これまで13年にわたって送金を仲介してきたが一度も問題になったことはなかった」とし「尹政権になって犯罪者になってしまった」と述べています。

 記事では別の脱北民の例も紹介されています。どうやら送金の過程で「国家の安全保障」に関わる口座に入金があった点が問題視されているようです。

 記事にもあるように一般的に韓国から北朝鮮への送金は最終的に中国元になるのですが、その過程で複雑な手順を踏みます。この際に捜査の網に抵触したということのようです。

 A氏は結局、「外国換取引法違反」で書類送検されたとのことです。

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 今回の一件をどう読み解くべきでしょうか。

 『聯合ニュース』の記事では、来年から国家情報院の「対共捜査権」、すなわち北朝鮮勢力の韓国への浸透を防ぐ部門の捜査権が警察に移管されるため、警察が移管直後の「実績作り」に励んでいるのではと類推しています。しかし警察は同紙の取材に対しこの疑惑を否定しています。

 記事ではさらに、北朝鮮当局が残された家族に韓国からの送金を強要し、それを奪い取ろうとしているのではという脱北民のコメントも引用しています。

 実態は分からないままですが、A氏が処罰対象になったことに対する批判の声もあります。

 北朝鮮人権問題に詳しい与党・国民の力の河泰慶(ハ・テギョン)議員は「進歩派政権の時も北朝鮮への送金は黙認してきた。取締りは金正恩を利するだけ」としています。

 北朝鮮へのヤミ送金は、ピーク時には最大で年間20億円に達すると見られてきました(記事には2019年に約28億円とのコメントも)。

 今回の件について事情をよく知る脱北民の一人に話を聞くと「こういうトラブルを避けるため、口座を使わずに直接現金で送金ブローカーに手渡ししている」と教えてくれました。

 北朝鮮への送金が一貫して「ヤミ」であり厳密には違法であり続ける限り、韓国の捜査当局がいつでも問題視できる素地があります。南北の極限までの分断がもたらす悲しい事例とする他にありません。

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(2)国連総会の委員会が北朝鮮人権決議案を採択、北朝鮮は「ダブルスタンダード」を主張

 15日(現地時間)、国連総会第3委員会(人権問題担当)で、北朝鮮人権決議案が採択されました。票決はなく、全員同意のコンセンサス形式でした。

 2005年から19年連続となるものですが、今年の決議案の特徴としては14号で紹介したように、中国による昨今の脱北民強制送還を意識した文言が入っている点が挙げられます。

 従来のように「すべての会員国が根本的な強制送還禁止の原則を尊重することを強く求める」」としながらも「特に(北朝鮮との)国境間の移動が再開した点を考える場合に、なおそうである」という一文を追加しました。

 なお、北朝鮮のキム・ソン国連大使は同決議案に対し「すべてウソで、ねつ造された内容の文書を毎年提出するのは米国の挑発であり陰謀」だと批判しました。また、イスラエルによるガザ地区への攻撃を引き合いに「米国と西ヨーロッパはダブルスタンダードを持っている」としました。

 北朝鮮に重大な人権問題があるのは明らかですが、こうした反駁に説得力がないかと言えばそうとも言い切れません。残念な状況だと言わざるを得ないでしょう。

 決議案は12月の国連総会に上程され、ここでも採択される見通しです。なお、中国やロシアはコンセンサス形式に参加はしているものの、採択後に「反対」の意を表明しています。

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(3)閉鎖された開城工業団地を北朝鮮が再稼働させている「証拠」とは

 123の韓国からの進出企業と、約5万5000人の北朝鮮労働者。生産額総計(05年~15年)32億3000万ドル。南北経済協力の象徴であった『開城(ケソン)工業団地』における実績です。

 しかし朴槿惠政権下の16年2月10日に同工団は閉鎖されました。原因は核実験やミサイル実験に同工団に流れる韓国の資金が活用されているという「心証」によるものでした。

 それから7年、工団は今も止まったままです。

 20年6月には工団の中心部に位置する南北共同連絡事務所が北朝鮮により爆破され、南北協力の象徴は対立の象徴へと姿を変えてしまいました。

 設備の劣化もかなり進んでいると見られるなか、残された施設を北朝鮮が活用しているという指摘がその間、韓国で相次いでいました。

 そんな中、韓国の研究者が具体的な証拠を提示しました。米政府系メディア『RFA(Radio Free Asia)』の14日付け記事によると、今年2月から11月にかけて、5回にわたって撮影された同工団の映像を分析した結果、北朝鮮の工場稼働の実態が明らかになったといいます。

「開城工団の稼働分析」とされた映像。右側の地図で色が濃い場所が稼働中であるとされる。チョン研究委員提供。


「開城工団の稼働分析」とされた映像。右側の地図で色が濃い場所が稼働中であるとされる。チョン研究委員提供。

 調査を行った『韓半島安保戦略研究院(国家情報院傘下の国家安保戦略研究院とは異なる組織)』のチョン・ソンハク研究委員によると、映像は米航空宇宙局(NASA)が撮影したものとのこと。稼働中の工場は温度が上がることから実態を把握できるそうです。

 これによると2月から11月にかけて、プラスチック・金型、スマートフォンの部品、女性衣類、電気・電気釜の工場では一貫して稼働が確認でき、次いで車両部品や電子・精密機器、カバン・靴などの工場の稼働頻度が高かったとのことです。

 さらに8月以降には、化学や繊維といった業種が追加されたそうです。また10月から11月にかけては鉄骨製品を作る工場の稼働が急激に増えたとしています。

 もはや開城工団の再開可能性は「ゼロ」だというのが、関係者の総論です。一方で「文在寅政権時代に無理にでも工団の再開をすべきだった」という声は今も聞かれます。後の祭りと強がるには、あまりにも重い現実です。

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(4)北朝鮮の出生率は「1.8」、国連が発表

 13日、国連経済社会委員会が発表した『2023アジア太平洋人口現況報告書』によると、2023年の北朝鮮の合計出産率(15~49歳の女性1人が生涯産むと予想される子どもの数)は1.8人でした。米政府系メディア『RFA』が伝えました。

 報告書では北朝鮮が人口を維持するために必要な2.1人を下回るとしています。なお同報告書によると、韓国の合計出産率は世界最低の0.9人でした。

 北朝鮮の2023年の人口は2616万人とされています。平均年齢は男性が71.1歳、女性が76.3歳でした。

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◎あとがきに代えて

 韓国の保守紙『東亜日報』は15日付けの社説「また外信とだけインタビューを行った尹大統領」を通じ、尹大統領がAPEC会議出席のため米国に出国する前に米AP通信に「だけ」取材を受けたことを取り上げました。

 3月の日本(読売新聞)、4月の米国(ロイター通信)と同じように、訪問国のメディアにだけ語る形と指摘しながら「尹大統領は公開の場で韓国の言論メディアの質問を、昨年8月を最後に一年以上受けていない」と痛烈に批判しました。

 ニュースレターでも韓国のジャーナリズムの危機を何度かお伝えしてきましたが、これこそが危機です。誤解してはならないのが、大統領が会見しないことが危機なのではなく、ジャーナリズムが一致団結して会見を要求できないことが危機なのです。

 韓国メディアはもっともっと「尹大統領は会見を」という声を上げるべきではないでしょうか。個別に声を上げても届かないのならば、協力して何かしらの共同声明を出すなどのアクションが必要でしょう。

 文在寅大統領、尹錫悦大統領と続く最近の韓国の大統領を見ていると、まるで王様のようです。韓国はいつからそんな国になったのでしょうか。軍事独裁政権から受け継いだ大統領制こそ改革対象ではないのかなと思う、今日この頃です。

 そしてもう一つ、13日にあった『第1回 韓国・国連軍司令部会員国国防長官会議』についてひと言。停戦協定70周年を記念して集まったとしますが、いったい何を記念するというのでしょうか。

 停戦協定の第4項には「3か月以内に各代表を派遣し、双方の級が一つ高い政治会議を招集し、朝鮮半島からの全ての外国軍隊の撤収および朝鮮半島問題の平和的な解決問題を協議することをここに建議する」とあります。これを実現できていないことを悔やまずに、なぜこうも堂々としているのかが分かりません。居直りです。

 停戦協定による利益を南北朝鮮そして米国中国はじめ周辺国がすべからく受けているため、70年間、停戦体制が続いているのでしょう。韓国がまず、肩の荷を降ろすしかないのですが、文在寅政権は絶好のタイミングにこれができませんでした。

 夜中なのでどうも愚痴っぽくなっているようです。それではまた次号でお目にかかります。良い週末をお過ごしください。(徐台教)

もう寝ます。


もう寝ます。

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