(10月31日)サポートメンバー(有料会員)の皆さん、アンニョンハセヨ。
ニュースレター第11号をお届けいたします。今号は韓国社会・韓国政治をテーマにお届けします。韓国社会ではやはり『梨泰院惨事』がトップニュースとなっています。安全への歩みが鈍い社会について、多くの人が失望し、怒りを覚えています。そんな空気を感じてか、尹錫悦大統領もこれまでの一方的な政治を改めるようなポーズを見せています。詳しく解説しました。
今号の目次は以下の通りです。
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韓国社会(1):『梨泰院惨事』一周忌、政府の冷淡さと溜まる怒り
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韓国社会(2):待ったなしの「年金改革」、政府は意志を示すも中身はまだ見えず
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韓国政治(1):『梨泰院惨事』の遺族よりも朴槿惠?尹錫悦の選択
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韓国政治(2):変わる尹錫悦?李在明と握手、歓談も
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ショートニュース:金浦市を「ソウル市金浦区」に?/出所後も性犯罪者を隔離して管理?法務部が新法案を立法予告/トコジラミ(南京虫)が韓国各地に出没
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あとがきに代えて:韓国ジャーナリズムの「熱」
◎韓国社会(1):『梨泰院惨事』一周忌、政府の冷淡さと溜まる怒り
ここ一週間で最も大きなニュースとしては、昨年10月29日にソウル梨泰院(イテウォン)で起きた雑踏事故の一周忌がありました。
生存者の自死を含め159人に上る犠牲者を悼む動きが韓国各地で起こると同時に、韓国社会はその後安全になったのか?という問題がメディアを通じ提起されました。
しかし現状は芳しくないようです。
『東亜日報』によると、政府が今年1月発表した「国家安全システム改編総合対策」の履行率は21.6%に過ぎないといいます。中央日報では専門家のチェックを通じ13.4%とさらに低い数値を提示しています。いずれにせよほとんど変わっていないということです。
また、梨泰院の事故の一因とされる「主催者が存在しないイベントにおける行政による安全管理義務の不在」を変えるための『災害安全法改正案』も、未だ国会に係留されたままです。
一方で、第9号(24日)のニュースレターでお送りしたように、特別法が制定されていない上に、区庁や警察といった関連機関は責任逃れに汲々としている有様に変わりはありません。
容疑者・被疑者23人のうち18人が起訴されましたが、現時点で判決が出た者はいません。
梨泰院が所属する自治体・龍山(ヨンサン)区の区長、安全災難課長、龍山警察署長、ソウル警察庁長の4人は業務上過失致死で裁判が行われており、裁判の帰趨が注目されていますが、一審判決は来年に持ち越されると報じられています。
事故現場の路地。10月29日、筆者撮影。
路地の入り口には沢山のメッセージとお供え物がありました。10月29日、筆者撮影。
しかし改めて問題だと感じるのが、政権の高官たちが誰一人として辞任していないことです。
国民の安全に責任を持つ李祥敏(イ・サンミン)行政安全部長官は、弾劾決議案が可決されたものの憲法裁判所により棄却され、業務に復帰しています。国務総理もそのままです。
ちなみに、2014年4月16日に起き304人が亡くなったセウォル号沈没事件の際には、事故から11日目の4月27日に当時の鄭烘原(チョン・ホンウォン)総理が辞任しています。
尹政権の冷淡な態度は辞任者がいないというこの一件で説明が終わってしまいます。
上司がこれだから、下の者も責任を取らなくなります。例えば、パク・ヒヨン龍山区庁は取り調べの過程で「私は神でないので、事故を予測できなかった」と言い放っています。
一事が万事で、ソウル市の対応も後手後手です。
一周忌を3日後に控えた26日になって、事故現場の路地にようやく事故現場であることを示すパネルが設置され『10.29記憶と安全の道、OCTOBER 29 MEMORIAL ALLEY』と刻まれたパネルが路地の上下にはめ込まれました。これもメディアの報道や遺族を含む市民団体の度重なる指摘を経て、ソウル市が重い腰をあげて行われたのです。
その最たるものは尹錫悦大統領でした。ついに遺族に向き合うこのないまま一周忌を迎えました。
それでも最後の機会とばかりに、遺族と市民団体は29日の午後5時からソウル市庁前の広場で行われる一周忌集会に、尹大統領を招待しました。しかし尹大統領は出席を拒否。理由は「野党が参加する政治集会だから」というものでした。
そして当てつけのように小学生の頃に通っていたソウル城北区の教会のミサに参加し「昨年の今日は、人生で最も悲しい日でした」という追悼辞を、事故の責任を取らない李祥敏長官らの前で読み上げました。遺族はその場に誰一人いませんでした。
事故現場の路地にはめ込まれたプレート。10月29日、筆者撮影。
街のあちこちには「星たちを記憶します」と書かれたポスターが貼られていました。10月29日、筆者撮影。
こうした尹政権の態度に対して、批判的な世論が優勢です。
進歩紙はもちろん、保守紙『東亜日報』でも30日付けの社説で「大統領や総理、与党代表が追悼の意を表したが、追悼集会に参加しなかったのは残念だ」と指摘しました。
ちなみに、与党の革新委員長に就任したイン・ヨハン氏が追悼集会に参加しましたが、あくまで「個人として」の参加でした。
尹大統領の不参加や与野党の足並みが揃わないことの責任を「政治・政争のせい」に求める議論もあります。野党が尹政権を攻撃する材料として梨泰院事故を利用しているという論理です。
こうした側面があることは確かです。法案が立法府である国会で止まるというのは、いかに言い訳をしても議員の怠慢であり、政治の機能停止を表しているからです。
日本のNHKにあたる公営放送『KBS』は30日の記事で「梨泰院惨事に関連する39法案のうち1つだけ国会を通過した」と指摘しました。正確には、立法の趣旨に「梨泰院惨事」を挙げているものが39あるというもので、重複する内容を含んだ法案もカウントされています。
一方で『10.29梨泰院惨事被害者の権利保障と再発防止のための特別法案(通称:梨泰院特別法)は、「迅速処理法案」として指定され、来年2月までには成立する見通しです。
私がニュースレターで怒りを表明してもしょうがないのですが、尹政権はあまりにも冷淡です。
一周忌の前日、安全点検という名目で事故現場を訪れた李祥敏行政安全部長官は帯同した龍山区庁や消防、警察関係者に対し「一度、砲弾が落ちたところには再び砲弾が落ちないと言うので、この場所にだけこだわるのではなく、他の危険な要素も管理するように」と発言しました(オーマイニュースなど)。
耳を疑う発言だと思いませんか?
判事出身の李長官は尹大統領の大学・高校の後輩でもあり、近い仲とされます。もう一度言いますが、行政安全部長官は、国民の安全に責任を持つ職責があります。
政権中枢にいる高官のこんな人を食った態度は、尹大統領が事件直後から素直に謝罪しなかったことに端を発していると考える他にありません。韓国で大統領の影響力は絶大です。尹氏が遺族と手を取り合い、再発防止を約束し、政権の次元でしかるべき責任を取れば済んだ話です。
こんな社会的な「当たり前のこと」をしなかったしっぺ返しを、与党や尹大統領はいずれ受けることになるでしょう。
ソウル市庁前広場で行われた集会。数千人が参加しました。10月29日、筆者撮影。
ソウル市庁前広場の献花台にはひっきりなしに市民が訪れていました。
ソウル市庁前での集会に先立つ午後2時からは、梨泰院の事故現場で追悼集会が行われ、私も4年生の娘と一緒に参加しました。
韓国の4つの主要宗教(仏教、カトリック、プロテスタント、円仏教)に沿った追悼が順番に行われ、現場に遺族が献花するものでした。参加者は1000人ほどといったところで、メディアは100人弱とその姿が目立ちました。
現場では「特別法を制定せよ」「惨事を記憶します」というプラカードを手に参加した市民が声を上げていました。
気温は20度を超え暑さを感じる市民が多かったからか、付近のコンビニで飲み物を求める人が相次ぎました。
私がちょうど店員と「事故から1年、どう思うか」とインタビューをしていたところ、「あの**を追い出さない限りどうにもならない」という声が後ろから聞こえ、「そうだそうだ」という声が続きました。みなアゴで大統領室のある方向(梨泰院から大統領室までは歩いて15分)を指していました。
ちなみに、伏せ字の部分はある動物の名前ですが、ここで明かすことはしません。もちろん、追悼集会に来るほどの市民なので、政権への不満が高いのは当然ですが、改めて怒りの深さを感じました。
事故現場前で行われた追悼集会。10月29日、筆者撮影。
参加者は龍山区の大統領室に向け行進した。10月29日、筆者撮影。
◎韓国社会(2):待った無しの「年金改革」、政府は意志を示すも中身はまだ見えず
韓国では年金の将来的な枯渇が大きな改革課題となっています。尹政権は政権の三大改革対象の一つに年金改革を定め、議論を進めています(他の二つは労働と教育)。
今年2月に保健福祉部傘下の機関が発表した内容によると、このままでは2055年に国民年金が枯渇するということです。年金受領が65歳から始まると考える場合、1990年生まれからは年金を貰えないことになります。
枯渇しても国家予算により穴埋めすることになっており、年金を貰えない事態にはならないと政府は説明しますが、いずれにせよ大問題であることは確かです。
対策としては、保険料率(所得の中で保険料が占める割合)の引き上げ、受領年齢の引き上げ、積立されている基金の運営利益の引き上げの3つがあります。
これを組み合わせていくつかのシナリオを考える形で対策が議論されてきました。
今年9月の段階で国民年金公団側が発表した内容によると、例えば現行の保険料率9%を段階的に15%に引き上げ、現在65歳の受領年齢を2048年から68歳に引き上げ、さらに基金運営の利益率を現在の4.5%から5.5%に引き上げる場合、2055年の枯渇を免れ、安定して運営できるというものでした。
他に4つのシナリオがありますが、基本的なラインは上記の部分が最低限となっています。なお、所得代替率(国民年金加入期間の平均所得を年金がカバーする割合)は40%で計算されています。
「青年に確信を与える年金改革。青年たちが出す年金、未来に必ず貰えます」という保健福祉部のウェブバナー。青年から信頼を得ることが年金改革の肝の一つです。保健福祉部HPより引用。
そんな中、韓国の保健福祉部は27日、『第5次国民年金総合運営計画案』を発表しました。
しかし既に提示され社会的に周知の事実となっていた上記のような具体的な数値は示されず、肩透かしとなりました。
同計画案を発表した保健福祉部長官は「多様な意見があるため、政府が具体的な数値を示すよりも公論化の過程を通じ国民と共に作っていくことが望ましい」と述べるにとどまりました。
来年4月の総選挙を控え「保険料引き上げ」や「受領年齢の引き上げ」といったマイナスイメージが付くことを嫌う政府と与党の懸念が背景にあることは間違いないでしょう。
そして今日31日、尹大統領は国会で行った来年度政府予算案施政演説の中で、年金改革について「準備を着実に進めてきた」と言及し、その過程で集めた「膨大なデータ」が「年金制度の構造改革のための価値のある資料になる」と自賛しました。
韓国の国会では今後、来年4月の総選挙までの約7か月の間、年金改革について話し合われることになります。
尹大統領は先の演説でこの過程にも「積極的に参加し最善を尽くし支援する」としました。
しかし具体的な数値を出さないまま国会にボールを渡した政府に対する批判をかわすことは容易ではないでしょう。
今年7月から8月にかけて国民年金公団が行った世論調査では、81.3%が改革の必要性に同意しています。理由の一位は「今後、国民年金の財政が不安定になるため」というものでした。
歴代政権が先延ばしにしてきた年金改革を尹政権が貫徹できれば、政権にとって大きな成果となるでしょう。しかし支持率低迷が続く中、その突破力が残っているのかについては未知数です。
◎韓国政治(1):梨泰院遺族よりも朴槿惠、尹錫悦の選択
10月26日、4泊6日の中東歴訪から帰ってきた尹錫悦大統領は、その足でソウル顕忠院に向かいました。国家のために犠牲となった人物たちの墓所です。この日は故朴正熙(パク・チョンヒ)大統領の44周忌追悼式が行われていました。
少し説明しますと、朴正熙氏は少将時の1961年にクーデターで権力を握った人物です。その後軍事独裁を敷きました。
日本との国交正常化を進め、経済発展を牽引する一方で、市民的・政治的な権利を弾圧しており、市民や金大中(キム・デジュン)、金泳三(キム・ヨンサム)といった野党政治家は民主化を求め続けていました。
そんな民主化運動のピークの一つに1979年10月16日から23日にかけて韓国南東部の釜山(プサン)市・馬山(マサン)市で起きた『釜馬民主抗争』と呼ばれる大規模なデモがあります。
1万人の市民が以上が独裁打倒と民主化を求めたもので、朴正熙政権下で起きたデモの中では最も大きなものでした。
デモは特殊部隊をはじめとする軍の投入により沈静化しますが、この様子を現地で見ていたのが朴正熙の最側近、金載圭(キム・ジェギュ)中央情報部長です。
その数日後の10月26日、ソウルの青瓦台(大統領府)にほど近い場所にある秘密家屋で行われていた宴席で、金載圭は朴正熙大統領を暗殺します。朴大統領と同郷で、誰よりも信頼されていた最側近による出来事でした。
すぐに逮捕された金は射殺の理由について「釜馬抗争」の影響を挙げ「自由民主主義を回復し、デモが全国に拡大した場合に発生するたくさんの犠牲を未然に防ぐため」と軍法会議で述べています。
金載圭は釜馬抗争の際に路上で1万人以上の市民が声を上げたたかう現場を目撃し、朴正熙政権の限界を悟ったと振り返っています。
他方、金載圭を取り調べる責任者であった全斗煥(チョン・ドゥファン)保安司令官は「権力を奪うための内乱目的だった」と暗殺の動機を断定し、高等戒厳軍法会議は翌年1月に金に死刑を宣告します。
罪状は「内乱目的殺人および内乱未遂罪」。死刑は5月24日に執行されました。ですが金載圭の再評価を求める声は高まり続けています。金の遺族は22年に再審を求める裁判を起こしています。
朴槿惠元大統領と尹錫悦大統領のツーショット。大統領室提供。
本論に戻ります。
この日、尹大統領は追悼辞の中で「就任後に会った92か国の国家首脳は皆、朴正熙大統領が成し遂げた圧縮成長をうらやんだ」としながら「私は彼らに朴正熙大統領から学べと強調してきた」と述べました。
初耳であり、真偽不明の話でもありますがその真意は、追悼式に参加した朴正熙の娘である朴槿惠(パク・クネ)大統領の歓心を買うことにありました。
今月11日のソウル江西区長補欠選挙に大敗し、保守の大票田である大邱・慶尚北道地域でも支持率低下が指摘される中、この地域の保守層にとって象徴的存在である朴槿惠氏を取り込み、支持率挽回を図るというものです。
尹大統領は特に、検察時代の2016年11月に、当時現職にあった朴槿惠大統領への特別検事制度に参加し捜査を行った上で有罪とした過去があります。一種のわだかまりです。
これは尹大統領が21年年末に朴元大統領を恩赦することで、ある程度は解消されたと見られますが、支持率上昇のためできることはなんでもするという姿勢が垣間見えます。
1980年にこの追悼式が始まって以降、現職の大統領が参加したのは初めてである上に、海外歴訪の帰路に寄ったということでインパクトのある出来事でした。
しかし進歩系日刊紙『京郷新聞』では尹大統領のこんな動きを強く批判しました。
26日付の社説では「(支持率が下がるほど)国民の中に入って『統合』を進めるべきで、保守だけに神経を使う片側通行の疎通では民心から離れるだけ」と指摘しました。
尹大統領は補欠選挙で与党大敗から一週間後の18日に、大統領室の側近たちとの対話の中で「国民はいつでも無条件で正しい」と述べたとされ「反省」を口にしたとされます。
さっさと記者会見でも開くべきだと思うのですが、いずれにせよ今回の朴正熙追悼式への参加と梨泰院惨事一周忌集会への不参加からは、こうした「変化」は全く読み取れないという見方が大勢を占めています。
尹大統領の支持率は『韓国ギャラップ』最新調査(27日発表、調査期間24~26日)によると、肯定評価33%、否定評価58%と依然として低迷を続けています。
◎韓国政治(2):変わる尹錫悦?李在明と握手、歓談も
「尹大統領に変化の兆しがない」という上記の記事を先に書いておいたのですが、今日31日になって、尹大統領の態度にちょっとした変化が現れました。
前述したように今日午前、尹大統領は国会を訪れ来年度政府予算案施政演説を行いました。その際に、最大野党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表と、大統領就任後はじめて言葉を交わしたのです。
今日は取材に行けなかったので、ニュースで映像を見てみました。李在明代表は笑顔で握手をしている一方、尹大統領は固い顔を崩しません。挨拶も「お久し振りです」と短いものでした。
その後、尹大統領と李在明代表は正義党の李貞美(イ・ジョンミ)代表などを交え数人で歓談しました。
この席で李代表は「民生(庶民の生活)があまりにも厳しい。現場により深く関わり、政策や予算においてより大々的な転換をしてほしい」と述べたといいます。尹大統領はうなづいたと、韓国メディアは伝えています。
尹大統領はその後、演説の冒頭で、自身が所属する与党・国民の力を先に呼ぶのではなく、共に民主党と第二野党の正義党を先に呼ぶ「配慮」を見せました。これは尹大統領のアイディアだと報じられています。
尹大統領はまた、本会議場に入る時、出る時と二度、李在明代表と握手を交わしました。その度に笑顔の李代表と、尹大統領の固い表情の対比が印象的でした。
それでも尹大統領の態度が変わったのは確かです。
何度も言及するように、今月11日のソウル江西区長補欠選挙での手痛い敗北と、低迷を続ける支持率、さらに梨泰院惨事一周忌への対応のまずさといった世論を判断しての行動と思われます。
韓国政治のキーワードの一つに「協治」があります。
協力して統治する、つまり、与野党が力を合わせるという意味です。しかし第9号の李誕熙(イ・タニ)議員のインタビューを解説しながら言及したように、文在寅前大統領もまた、これを無視してきました。
これまで共に民主党とは全く交わろうとしなかった尹大統領の動きが協治を目指すものなのかは未だに分かりません。しかしもし協治を行っていければ、それはそれで市民にとっては良いことです。
握手する李在明代表(左)と尹錫悦大統領。真ん中は与党・国民の力の金起炫(キム・ギヒョン)代表。大統領室提供。
最後に、演説の内容に触れておきます。
尹大統領は「政府は物価と民生の安定をすべての政策の最優先として、総力で対応していく」と述べました。
また、政府の財政運用基調について「健全財政」としながら「単純に支出を減らすのではなく、国民の血税を浪費せず適材適所に効率的に使うもの」と説明しました。
その上で健全財政について、「国内的には物価の安定に、対外的には国家の信認度を維持するためにとても重要なだけでなく、次世代にとても担うことができない借金を残さないためのもの」と改めて強調しました。
『SBS』などいくつかのメディアでは尹大統領の演説に「お願いします」「協力します」「感謝します」という言葉が繰り返し出てきたことに注目しました。協力を求める態度に変わったということです。
これらのメディアはさらに、演説には前任の文在寅政権の政策を非難する内容が含まれていたものの、全て尹大統領が採用しなかったという大統領室のコメントも伝えています。これが本当なら、政権の大きな変化となります。
このように、変化の兆しが散見されます。一連の変化が形だけのものなのか、それとも新たな試みなのかは今後すぐに分かると思います。
◎ショートニュース
(1)金浦市をソウル市に?
私はヤフー個人ニュース(現エキスパートニュース)のプロフィールでは「ソウル在住ジャーナリスト」となっているのですが、実際はソウルのすぐ隣の京畿道(キョンギド)金浦(キンポ)市に住んでいます。事務所がソウルにあるのでそのままにしてあります(笑)。
家は羽田空港と韓国を結ぶ金浦空港から10分くらいの所です。ちなみにややこしいことに、金浦空港はソウル江西区に属しています。
前置きが長すぎました。
そんな京畿道の玄関口・金浦市をソウル市に編入しようという話が突如持ちあがり、大騒ぎになっています。30日、与党・国民の力の金起炫(キム・ギヒョン)代表など幹部が一斉にぶち上げました。「党論」として採択するということです。
一方、編入のためには行政区域を変えるための特別法が必要です。
方法は二つあるそうです。行政安全部がソウル市と京畿道の意見をまとめ法案を提出する方法と、議員立法の形で国民の力の議員が法案を提出する方法です。
いずれも国会で可決することが前提になりますが、前者の場合はソウル市と京畿道の合意が必要である一方、後者の場合では金浦市の意志さえあれば編入が可能とのことです。
「金浦、ソウル市への編入を党論として推進」。国民の力が制作したバナーです。
この日、金浦市を訪れた与党の金代表は、金浦からソウルに通勤・通学する人が多いのにもかかわらず、混雑で有名だと交通の利便性向上に言及しました。さらに「生活圏はソウルなので、行政圏と一致する必要がある」と編入の妥当性を訴えています。
私も住んでいるので分かるのですが、実際に通勤ラッシュは混雑がひどく「地下鉄」ならぬ「地獄鉄」という異名があるほどです。
与党はまた「メガシティー構想、メトロポリタン・ソウル」なるものを持ち出し、家賃の高さから人口流出が進み940万人と1000万人を割り込んだソウルの新たなビジョンとして主張しています。
金浦市だけでなく、ソウル市周辺の京畿道の大型自治体をソウル市に取り込み大きな都市として育て上げる一方で、人口1360万人の韓国最大の自治体・京畿道とバランスを取るというものです。
ですが、こうしたものは「ある程度説得力のある建前」に過ぎず、目的は来年4月の総選挙で京畿道票を取り込むことにあります。
支持率を問う各社世論調査によると、与党は首都圏で、最大野党・共に民主党に大きく引き離されています。これを挽回するために「ウルトラC」として「ソウル編入」を掲げている訳です。
ソウルに編入されると何が得なのか?この辺は今ひとつ想像が付かないのですが、交通網の整備に一体感が生まれる点や、持ち家の資産価値が上がるというようなメリットが考えられます。
私は持ち家がないのでどうでも良い、というのが本音ですが、マンションを持っている人にとっては聞き捨てならない話でしょう。
このように、何ら事前の議論もなく、人々の欲望を刺激して票につなげようとするのは、最悪のポピュリズムではないかと思うのですが、どうでしょうか。
今後、編入の是非を問う世論調査結果が続々と出てくると思います。また続報をお伝えします。
(2)出所後も性犯罪者を隔離して管理?法務部が新法案を立法予告
韓国の法務部(法務省)が24日、『高危険性暴力犯罪者の居住地制限などに関する法律』を立法予告しました。立法予告とは意見を広く求めるために法案の内容を先に知らせる手続きを指します。
法案の内容は、文字通り「高い危険をもつ性犯罪者」を対象にするものです。具体的には13歳未満の児童への性暴力を行った者や、3度以上性犯罪を犯した者などが含まれます。
法案制定の背景について法務部は「繰り返し性暴力犯罪を犯すなど再犯の危険性が高い略奪的な性犯罪者が出所するたびに居住地を取り巻く議論が繰り返され、不安が増している」と説明しています。
実際に韓国では20年12月に趙斗淳(チョ・ドゥスン、68歳)氏の出所が大きな話題になりました。
同氏は08年12月に道行く8歳の女児に性的暴行をはたらいた上、重症を負わせ逮捕されました。懲役12年で満期出所となり、故郷の京畿道(キョンギド)安山(アンサン)市の家に戻る際、地域住民から反対の声が上がりました。
趙の家から1キロの所に被害者の家族も住んでいましたが、引っ越しを余儀なくされました。似たようなケースはいくつもあります。
同法が施行される場合、対象者には遡及して適用されるため、趙氏も対象となり、政府が指定する住居に強制的に住むことになります。
一方で、こうした措置が「居住・移動の自由」という憲法に背き、人権侵害にあたるとし、政府指定の施設の周辺に住む人々の反発も予想されると韓国メディアでは指摘しています。
韓国では出所後の性犯罪者に必要な場合、電子バンドを着けさせる制度があるのですが、これも導入時には憲法判断がありました。
詳しくは以下の記事をお読みください(3年前のものなのでご覧になられたことがある方も多いかもしれません)。
(3)トコジラミ(南京虫)が韓国各地に出没
韓国各地でトコジラミ(南京虫)の発生が報告されています。『聯合ニュース』によると韓国では70年代にDDTにより急速に数が減っていたそうです。
先月には大邱(テグ)市の大学寄宿舎で、さらに今年には仁川(インチョン)のサウナで見つかったとのことです。原因は最近になってフランスや英国などで見つかっていることから、海外からの流入と見られているようです。
政府の『疾病管理庁』は31日にトコジラミについてのQ&Aを集めた資料をHP上で公開しました。政府はまた関連部署にこれ以上の拡散を防ぐように指示しました。
東亜日報系列のケーブルテレビ『チャンネルA』によると、10月に入り、ソウルの25区中13区で24件のトコジラミ(南京虫)駆除を行ったとのことです。コシウォンと呼ばれるワンルームや住宅がほとんどだったそうです。
韓国では最近ホテル価格が高騰しています。廉価な宿に泊まる場合にはチェックしてみた方が良いかもしれません。
前出の疾病管理庁のQ&Aには探し方として「暗い部屋に静かに入り、突然懐中電灯を照らすと、暗い所に隠れようとするトコジラミを見付けることができる」と書いてあります。
◎あとがきに代えて:韓国ジャーナリズムの「熱」
ツイッターにも紹介したように、先週末に『MBCを吹き飛ばせば』という本を読みました。
KBSと並ぶ韓国の公営放送MBC(文化放送)で2020年から23年まで社長を務めた朴晟済(パク・ソンジェ)さんが、MBCに吹き寄せる政府の介入や圧力について説明する本です。
MBCで記者を務めていた朴さんは、李明博政権時代の2012年、政府の介入に反対しストライキを行ったことで解雇されました。そして18年に復職するのですが、その後同社の報道局長を務めたあと社長に就任しました。
そのキャリアから分かるように、報道の現場とメディア運営という二つの立場を知るためか、視野と射程の広い内容でした。
李明博政権時代のメディア介入については私も過去に取材し、何度か記事を書いたことがありますが、当事者の目線で当時の出来事がきちんと整理されていて、韓国メディアのここ10年ほどの歴史を知る上でも欠かせない一冊と言えます。
『MBCを吹き飛ばせば』表紙。記者が書いただけあってすらすらと読めます。
MBCというのは報道だけでなく、ドラマやエンタメもある大きなテレビ局です。それをテレビという枠を離れ、コンテンツ制作集団という意識を持って多角化していく過程は、日本メディアにも十分に参考になるのではないかとも思いました。
本書に一貫しているのは、恐ろしいまでの「報道」それも「公営放送の報道」へのこだわりです。MBCは一般的に「進歩派」というイメージが強いですが、それがいかに間違ったものであるのかも説明されています。
もちろん、尹政権下で形を変えて行われている言論への介入についての説明も豊富です。民営化に向かうというレールの空恐ろしさが十分に伝わってきます。
今日はもう時間がないので書評は書きませんが、数日中にヤフーに「韓国ジャーナリズムの一断面」という切り口で記事を出してみようと思います。
最後に、今号の記事で紹介した尹大統領の演説について。実は日韓への言及もありました。
「日韓両国の経済協力とビジネスが活気を持ち始めている」というもので、今年日韓を行き来した観光客の数が歴代最大値である年間1000万人に近づいているとしました。
そしてこれを「両国国民の間の相互友好と交流の熱望を見せてくれるもの」と読み解きました。実際はより複雑な背景があると思うのですが、それでも大変な数値だなと思います。
今でも日韓の間で様々なコンテンツが共有されています。カルチャーの他にも、本ニュースレターで扱うような社会や南北関係、朝鮮半島情勢の話ももっともっと共有される余地があるのではないかと、願望の混ざった確信を持っています。
もっともっと書き続けていきます。(徐台教)