(10月24日)サポートメンバー(有料会員)の皆さん、アンニョンハセヨ。
ニュースレター第9号をお届けいたします。今号は韓国社会・韓国政治をテーマにお届けします。最も大きなテーマとしては昨年10月29日に起き159人の死者を出した梨泰院での事故から1年が経つというものがあります。次いで、韓国の政治改革における明確なビジョンを詳細に解説しました。
今号の目次は以下の通りです。
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韓国社会(1):『梨泰院惨事』から1年、現状と争点
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韓国社会(2):17年間据え置きの医大定数拡大?尹政権の「レガシー」になる可能性も
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韓国社会(3):信頼度1位、報道チャンネル『YTN』の筆頭株主に民間企業
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韓国政治(1):「改革の旗手」李誕熙議員インタビューから読む韓国の政治改革
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ショートニュース:変わる世論調査、政治・選挙の世論調査は必ず面接式で…信頼度アップなるか/与党の革新委員長にサプライズ人事/『梨泰院惨事』に関する米ドキュメンタリー、韓国で視聴禁止に?/小学校3年生の娘が校内暴力…大統領室の秘書官が辞任
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あとがきに代えて:「国家」を前に悩む
◎韓国社会(1):『梨泰院惨事』から1年、現状と争点
昨年10月29日、ハロウィンを楽しもうとソウル市内の梨泰院(イテウォン)に集まった市民が、傾斜のある狭い路地で密集し転倒する事故が起きました。
繁華街への近道となる幅3.2メートル、長さ40メートル弱の路地の上下から数百人の市民が押し寄せ、身動きが取れないまま多数が圧死しました。犠牲者は159人。この中には外国人26人と、事故後に自ら命を絶った1人が含まれます。
こんな『梨泰院惨事』と呼ばれる大事故から一年、韓国では今、事件に関する動きはどうなっているのでしょうか。
まず、最も肝心な立法から見ていきます。
現在『10.29梨泰院惨事被害者の権利保障と真相究明および再発防止のための特別法案(梨泰院特別法。以下、特別法)』が国会に係留中です。
時限付きの「ファストトラック」制度に指定されており、12月から60日の間に国会本会議での票決が行われる予定です、成立が見込まれています。
法律には被害者の支援などの内容が含まれますが、真相究明が最も重要な争点として位置づけられています。しかしこの部分で与野党間の意見が衝突しています。
与党は特に「セウォル号特別法のように社会的な葛藤を増幅させる」という理論を持ち出しています。
修学旅行中の高校生258人を含む304人が亡くなった2014年4月16日のセウォル号沈没事件に関しては「9回の国政調査、特別調査委員会の調査、特別検察による調査」が行われたものの、検察の捜査以上に新たな事実が明らかにならなかったというものです(週刊誌『時事IN』記事より)。
一方で、遺家族と市民が作る団体『10.29梨泰院惨事市民対策会議』の関係者は週刊誌『時事IN(シサイン)』への取材に「その間の真相究明が捜査機関中心で行われたことに根本的な限界がある」と明かしています。
その上で「充分なマンパワーと予算を投入する『調査』が必要である」としています。「捜査」ではなく「調査」を行うことで、現在の「トカゲの尻尾切り」のような現場関係者だけに責任を被せるのではなく、惨事が起きた原因を究明し再発を防ごうという主張です。
事故現場近くの電柱には「子どもたちよ、お前たちを守ってやれず本当に申し訳ない」と書かれた張り紙があった。事故の翌日の22年10月30日、筆者撮影。
『聯合ニュース』によると、事件後に設置された特別捜査本部は今年1月13日、梨泰院が所属する自治体であるソウル龍山(ヨンサン)区の区長や警察署長など23人を検察に送致しました。
この中で2人が不起訴となり、また新たに2人が捜査対象となったため、現在も容疑者・被疑者は23人のままです。
裁判についてはやはり『時事IN』の記事によくまとまっています。余談ですが、韓国にも日本ほどではないですがいくつか週刊誌があります。特に『時事IN』と『ハンギョレ21』は進歩派メディアとして、社会問題に深く切り込むので重宝しています。週刊誌というのは良いですよね。
裁判の争点はひと言で「予見できたか」というものです。
事故当時、龍山区庁と龍山警察署に所属していた(している)被告たちは、責任を否定する論理として「事故を予見できなかった」と主張しています。
被告たちの多くには「業務上過失致死罪」が適用されているのですが、この立証のためには、▲具体的な注意義務の違反、▲結果の発生に関する予見可能性が存在、▲結果を回避できる可能性が存在、▲過失と結果の間の因果関係が存在、という4つの条件をすべて満たす必要があるそうです。
つまり「事故が起きることを予想できなかった」と主張し、さらに「事故を認知して以降は最善を尽くした」とすることで責任を逃れようとしているというのです。
こうした認識(弁明)は両機関だけでなく、罪を問われている政府機関に共通しています。
事故直後、事前に存在した危険性を指摘する内部報告書を削除した疑いで裁判中のソウル警察庁・公共安寧情報外事部長は23日の裁判で改めて「梨泰院惨事は、人々がたくさん押し寄せた場合に一般的に考え得る安全事故の範囲を超えている」と主張しています。
前出の記事ではまた、裁判が遅々として進まない点も指摘しています。担当する裁判所は他の刑事事件も担当しているため、裁判は月に一度のペースでしか行われないとしながら、身柄を拘束されていた人物はすべて釈放されたと伝えています。
「結局、誰も処罰を受けないまま梨泰院惨事の一周忌が訪れた」
今週号の『時事IN』では梨泰院惨事一周年特集として6本の記事が掲載されたのですが、一番印象深かった一文でした。
事故が起きた路地。今もメッセージを書き込みに市民が訪れます。10月15日、筆者撮影。
私も24日、『10.29梨泰院惨事市民対策会議』のイ・ミヒョン共同状況室長に改めて電話で取材を行いました。
政府の責任や責任逃れに対する指摘は上記の記事内容と似たものでしたが、特別法について「できるだけ与野党の合意の下で可決されてほしいと要求している」と明かしました。
前述したように与党は特別法に反対していますが、野党が議席の過半数以上を占めているため、法案の可決は確実視されています。しかし与野党合意という形は今後に禍根を残さないためにも重要でしょう。
また、追悼施設についても聞いて見ました。現在ソウル市庁前にある追悼施設についてソウル市は「一周忌まで待つ」としています。
イ室長はこれについて「一周忌後に撤去するとも読み取れる」と指摘しつつ、「『市民対策会議』としては十分に今のまま共存できるし、真相が究明されたと確信を持てる時点でその後のやり方を決めると明かしている。ソウル市が尊重してくれることを願う」と述べました。
筆者も先週、梨泰院の事故現場を訪れましたが、整備されているとは呼べない状況です。イ室長は「梨泰院の現場にはパネル(プレート)を設置する案がある」と教えてくれました。詳細は木曜日(26日)の会見で明らかにするそうです。
凄惨な事故から一年。聯合ニュースによると、事故後から今年10月5日まで、国家トラウマセンターで市民がカウンセリングを受けた件数は7141件にのぼるそうです。
セウォル号事件と比べ、社会の関心は低い印象をどうしても受けていまいますが、遺族や市民の闘いはまだまだ続きそうです。29日の一周忌集会なども今後、お伝えしていきます。
事故の生存者と遺家族が事故を語る証言集が発刊されます。
◎韓国社会(2):19年間据え置きの医大定数拡大?尹政権の「レガシー」になる可能性も
韓国の医療についてどんな印象をお持ちでしょうか?
ヒットしたいくつかのヒューマンドラマの影響で、良い印象をお持ちかもしれません。しかし現実は満足には程遠いのが現状です。
今年10月19日、韓国の保健福祉部は『生命と地域を蘇らせる必須医療革新政策』という20ページあまりの報告書を発表しました。
その第一項目がまさに「国民の健康・生命と直結した地域・必須医療の生態系崩壊の危機」というものでした。大ピンチ、ということです。
報告書が出た背景には、その数日前に「2025年から医大の定員増員」というメッセージを尹錫悦大統領がぶち上げたからに他なりません。
韓国の医大定員は06年から年間3058人で据え置かれたままです。
「増員は最大で1000人にも」という情報は文字通り韓国社会に新鮮なショックを与え、各メディアから韓国の医療に関する記事が溢れ出ました。そうして明らかになった韓国医療の現状は、確かにひどい状況です。
問題は大きく地域医療格差と、医師の不足に分けられます。
前者では「ビック5(ソウルにある5つの大規模総合病院)で“上京治療”を受ける患者が年間71万人」(朝鮮日報)、「ガン患者の30%がソウルで“上京治療”」(東亜日報)、「ソウルの人口1000人あたりの医師数は3.47人に比べ慶尚北道1.28人、忠清南道1.54人など11の市・道では2人に満たない」(中央日報)など、枚挙に暇がありません。
全羅南道には医大がそもそも存在しないという点なども改めて明らかになりました。
次に医師の不足については『時事IN』が入手した政府資料によると、25年から医大の定員を1000人ずつ増やしても2035年の韓国人口1000人たりの医者の数は3.37人でOECD平均の4.5名に満たないそうです。
また、2010年と20年を比較する場合、米国は7868人、フランスは2968人、日本は1394人も卒業生数が増えているのに、韓国はゼロです。韓国の医大定員は3058人と2006年からずっと同じ数が維持され続けているからです。
さらに、10万人当たりの医大卒業者数は06年には9人でOECD平均(8.9人)と似たような水準でしたが、20年には韓国7.2人、OECD平均13.6人とその差が広がっています。
同誌の別の記事を引用すると2030年には1万4000人、2035年には2万7000人の医師が足りなくなるといいます。
『朝鮮日報』ではこうした医師不足を埋めるためだけに政府が再来年から医大定員2535人増やす必要があるとしています。
また、30年後にOECD平均に到達するためには5500人増やす必要があるとまでしています。これは最大1000人増とされる政府暫定案でも足りないことを示しています。
19日、『必須医療の革新のための戦略会議』に参加した尹錫悦大統領。大統領室提供。
19日、尹大統領は忠清北道・忠州大学で行われた『必須医療の革新のための戦略会議』で「国民の健康と生命に直結した地域の必須医療の崩壊および地域間の医療格差など」を当面の課題として指摘しました。
また「地域の必須医療を復活させ、超高齢社会に備えるために医療人材の拡充と人材の養成は必要条件」と述べ、医者の定員を増やすことを改めて表明しました。
しかし理にかなっているように見える政府の医師拡充の動きに対し、韓国最大の医師団体である『大韓医師協会』は強く反対しています。
同協会は19日に決意文を発表し、必須医療の危機の原因を政府の支援策の不足に求める立場を明らかにしました。医師が足りないからではない、ということです。
とはいえ、その反対のトーンは同じく医師の拡充を訴えた文在寅政権の時よりも低めです。
理由としては新型コロナを経る中で医療アクセスの大切さに対する意識が市民に浸透したという見方もある一方、検察を従える尹大統領が「怖いから」というややうがった見方までも存在します。
なお世論は医大定数拡大に賛成する意見が6~7割と大勢を占めています。
「優秀な生徒はすべて医大を目指す」とさえ言われ、他の理工系分野での人材不足が指摘されるほど韓国の「医大指向」は想像を絶するものがあります。
それだけに受験業界や医療界、他分野での高級人材確保に至るまで医大定員拡大がもたらす影響は大きく、いくら尹大統領といえども簡単に推進することはできないでしょう。
しかしそれだけに成功する場合、尹大統領にとって大きな政治的なポイントとなります。
高い市民の要求を満たすことにもつながり、来年4月の総選挙に向けた「目玉成果」であるばかりか長期的には「政権のレガシー」となる可能性もあります。
24日にはソウル大学病院長が「適切な範囲」での医師定員拡充に賛成しました。政府はまだ正確な人数を発表できていません。このまま竜頭蛇尾で終わるのか、それとも成果を残すのか。今後の帰趨が注目されます。
◎韓国社会(3):信頼度1位の報道チャンネル『YTN』の筆頭株主に民間企業
韓国政府系機関(韓電KDN、韓国馬社会)が売りに出していた韓国の報道専門チャンネル『YTN』の株式を23日、建設会社『ユジングループ』が落札ました。数量はYTN全体の30.95%にあたり、落札金額は3199億ウォン(約355億円)でした。
これにより『ユジングループ』はYTNの筆頭株主となりました。
聯合ニュースなどによると、建設資材、IT、金融、物流などを幅広く手がける同グループは1990年代後半から2006年まで、有線放送を社業として行った経験があるそうです。今回の落札をきっかけに放送事業への再進出を図ると同グループは明かしています。
落札の一報が伝わるや、24日は同グループならびにYTNの株式は高騰しました。
YTNのメインページ。筆者キャプチャ。
一方、特別な点がないように見える今回の出来事に警鐘を鳴らす声があります。
最大野党・共に民主党の院内代表(国対委員長に相当)は24日、今回のYTN株式の売却を「政権の全方位的な放送掌握の試み」と位置づけ、「政権による放送の私有化の試みを国民と共に防ぐことに最善を尽くす」と主張しました。
株式を私企業が保有することにより、放送としての公正性が損なわれる可能性があるという指摘です。
確かにYTNといえば、24時間いつでもニュースを放送しており、韓国のニュース番組の代名詞的存在でもあります。
ロイタージャーナリズム研究所の調査(22年)によると、韓国人が信頼するニュースメディアで2年連続1位となっています。
共に民主党はさらに「株式売却の背景に政府の息がかかっているのでは」と疑問を呈しています。
具体的な例として「産業通商事業部(経産省に相当)が『YTNが今後も営業利益を出す保証が無い中で、株式を保有し続けるのは合理的ではない』と意見を出した後、すぐに政府機関は売却を決めた」という指摘です。
さらに落札した『ユジングループ』の会長が過去、捜査をもみ消すために検察にワイロを贈り有罪判決を受けたことがあるとも明かしました。
『全国言論労働組合』の声明文。筆者キャプチャ。
韓国のメディア産業従事者で構成される『全国言論労働組合』も声を上げています。
23日に出した声明の中で「YTNの公共性を担保してきた公的な支配構造が崩れ落ちた」としながら、「尹錫悦政権は株式売却の名分として『公共機関の資産効率化』を掲げているが、その実像は信頼度1位の報道専門チャンネルYTNの公共性を揺るがし、政権に偏向的なメディアを作るという権力の野蛮な欲望だ」と攻め立てました。
さらに売却の過程において、資本市場法や背任などの違法性が認められる可能性があるとしながら、プロセスが不透明であるとも指摘しています。
『ユジングループ』に対しては、過去の労組弾圧の例を挙げながら「公益的な報道専門チャンネルを買い取る資格があるのか?」と問題を提起しています。
その上で、売却の全過程に対する国政調査(国会による調査)を要求しました。
『ユジングループ』は今後、放送通信委員会から承認を受けることになります。同委員会の李東官(イ・ドングァン)委員長は李明博時代からメディア掌握の「プロ」として知られる人物です。
言論労組は「承認は職権濫用であり、弾劾理由となる」と李委員長にも「NO」を突きつけています。
本ニュースレターでジャーナリズムに関する話題を何度も取り上げるのは、韓国では言論の自由が民主主義の実現と深く関わりあっているからに他なりません。
本件も今後、続報をお伝えしていきます。
◎韓国政治(1):「改革の旗手」李誕熙議員インタビューから読む韓国の政治改革
またまた韓国政治のお話をする時間です。本ニュースレターでは、政局を追うのは最低限に抑え、来年4月の総選挙を前に起きている政治改革を重点的に見ていきます。
道行く韓国市民に「韓国政治は今のままで良いと思うか」と聞いて「満足している」という答えが返ってくる可能性は低いと確信します。
2022年にソウル大学の韓国社会保健院の大規模世論調査『韓国福祉パネル調査分析報告書』によると「韓国の政治状況に満足するのか」という質問に対する答えは、▲とても満足する:0.51%、▲多少満足する:5.35%、▲満足でも不満足でもない:18.47%、▲多少不満足だ:40.36%、▲とても不満足だ:33.67%、▲分からない:1.64%でした。
つまり「不満足」と答えた人が約74%にのぼります。4人に3人が不満を抱いている訳です。
しかし韓国メディアがこの「不満」を正面から記事に取り上げる場合はそう多くありません。
選挙が近づくにつれ、政局の話、候補者の話が主になります。アクセス数でメディアの収入が決まる世の中、どうしても斬った張ったの話の方が数字が取れるという理由が背景にあります。
そんな中、韓国の週刊誌『時事IN』に骨太のインタビューが載りました(今週やたら同誌の引用が多いのですが、それは良い単純によい記事が多かっただけで、決して手抜きではありません笑)。
最大野党・共に民主党の一年生議員、李誕熙(イ・タニ)さんのものですが、韓国政治を考える良い材料になると思い紹介していきます。
李誕熙議員の該当記事ページ。筆者キャプチャ。
『李誕熙の覚悟の発言、“職を書けて選挙制の退行をふせぐ”』と名付けられた記事では、李誕熙議員が政治改革への意志を熱く語っています。
本論に入る前に李議員について簡単に説明すると、1978年11月生まれの44歳(私と同い年です)で、ソウル大学法学部を卒業後、司法試験に合格し判事となった法曹人です。
判事時代は非常に高い評価を受ける人物でしたが、朴槿惠政権時代の17年2月に、当時の梁承泰(ヤン・スンテ)大法院長(最高裁判所長官)の下で起きていた司法ろう断に加担することを良しとせず辞職しました。
この事件は、梁氏を中心とした司法府の一団が裁判官の待遇改善などを求め政府と司法取引をしていたもので、梁氏は19年2月に逮捕され、今年9月に一審が結審しました。検察は懲役7年を求刑しており、12月に一審判決が下ります。
当時、判事として出世街道をひた走っていた李誕熙氏は判事を辞め、この事件を追及する最先鋒の一人となります。
その後、2020年の総選挙で京畿道(キョンギド)龍仁(ヨンイン)市から出馬し当選しました。議員活動も高い評価を受ける一方で、政治改革を進める超党派グループ『政治改革2050』のリーダーを務める、いわば「改革の旗手」というべき存在です。
それではインタビューを見ていきましょう。
「なぜ政治改革をするのか」という質問に李議員は「政治の目的を取り戻すため」と答えています。
最近になって李在明(イ・ジェミョン)共に民主党代表がハンストを行ったことを取り上げ、検察と李在明の両者が争う目的が国民によく理解されていないと例を挙げつつ、「政治は国民の生活の問題を解決するための闘いなのに、今の政治がそれに合った機能を全く行うことができていない」と分析しています。
李議員は次いで、この問題の原因を「韓国の政治構造」に求めます。
大統領選当時の尹錫悦候補も、現在の共に民主党も相手を攻撃するだけ、相手陣営の失策の反射利益を得ることで権力を得られてしまうという視点、問題意識です。
ここで一つ、昨年3月の大統領選当時、有名になった世論調査を引っ張り出してきましょう。投票直後に『韓国ギャラップ』社が行ったもので、投票理由を問うものでした。
当選した尹錫悦候補に対しては、1位「政権交替」39%、2位「相手候補が嫌いで/相手よりもマシで」17%、3位「信頼感」15%となりました。
0.73%P差で敗れた李在明候補については、1位「相手候補が嫌いで/相手よりもマシで」26%、2位「経験・経歴」20%、3位「能力」18%の順でした。
この世論調査からは尹錫悦氏への投票の背景が共に民主党の文政権への反発にあったことが分かります。李誕熙氏はこう続けます。
「政治家同士で無限に政権交替だけ繰り返し、時を過ごす政治を眺めているだけで良いのか(中略)構造を変えてこそ自身が思う政治を行うことができると考えた」。
そして具体的な改革の内容として、▲大統領の決選投票制、▲選挙制度の改革の二つを挙げています。
中でも選挙制度改革について23年初頭に発足した『超党的政治改革の会』に現役議員140余人(韓国の議員定数は300)が参加したとしながら「ある程度の流れは作った」と自ら評価しました。
また「憲政史上はじめて市民が選挙制度改革の意見を直接述べる『公論調査』が行われた」としました。
やたらと横道にそれて恐縮ですが、この公論調査にも触れない訳にはいきません。
今年5月に市民500人を対象に行われた同調査では、選挙制度に対する特別な知識がない状態と、「熟議」つまり学習と討論を経た後の二度にわたってアンケートを採りました。
その結果、国会議員の選挙制度改編については熟議前77%から熟議後84%、比例代表の選出範囲については熟議前38%から熟議後58%、比例代表の議席拡大には熟議前27%から熟議後70%へと変化が見られました。
これは選挙改革の難解さを示すと同時に、説明さえきちんとすれば新たな方向が見えることを示す調査として注目されました。
選挙制改革において、最も大きな争点は比例代表選出法です。現在の「準連動型」を維持するのか、もしくは前々回(16年)の総選挙時の「並立(並列)型」に戻すのかで意見が割れています。
※準連動型:比例代表の議席数を小選挙区の議席数と政党の得票率に連動(50%)するもの。(例)比例で10%を得票した政党は、300議席中10%にあたる30議席のうち50%の15議席を割り当てられる。小選挙区で2議席しかない場合には13議席を比例で得られる。→巨大両党に不利
※並立(並列)型:得票率に比例し比例議席を分けるもの。(例)45%を得票する党は47議席中21議席を、30%得票の党は14議席を、25%得票の党は12議席となる。→少数政党に不利
与党は「並立型に戻す」とし、共に民主党など野党はまだ意見がまとまっていません。
李誕熙議員は「準連動型」の維持を主張しますが、それは比例議席(300中47)だけでも少数政党の議席が保障されるためです。
「並列型」の場合、両党で議席の90%以上を占める国民の力と共に民主党が独占することになります。
李誕熙議員(左端)。同氏ツイッターより引用。
「並列型」に戻ることについて、李議員は「『ろうそく』以前に戻ることを意味する」と表現します。
『ろうそく』とは16年10月から17年3月まで行われたろうそくデモのことです。
100万人以上が集まる情景をニュースなどでご覧になられた方も多いでしょう。デモは朴槿惠大統領の弾劾を実現する大きな原動力となりました。
デモが続くさなかの16年12月9日、国会で朴大統領の弾劾決議案が234票で可決されました。これは当時の与党(現・国民の力の前身)の半数が「造反」したことを意味します。
彼らは朴大統領や「反共」といった陣営論理に殉じない、進歩派にとって話の通じる保守として「合理的な保守」と呼ばれ、進歩派の協力対象となりました。
その後、保守政党が二つに割れ、二大政党制の中で行き詰まる韓国政治の新たな可能性として浮上しました。
しかしその後に発足した文在寅政権は、彼らと全く協力しませんでした。理由は長くなるのですが、文政権の中枢となった586世代が持つ保守派への激しいアレルギーのためです。
分かれた保守はその後ふたたび一つになり現在に至ります。
李議員はインタビューの中でふたたびこの「合理的な保守」の存在に注目します。
検察改革や言論(メディア)改革といった「民主党が考える改革」を実現するためには「合理的な保守」との連携が必須であり、そのためには「並列型」への回帰を防がなければならないというのです。
「並列型になると合理的保守の立ち位置は存在しない」という認識です。
そして李議員は共に民主党と「合理的な保守」で合わせて200議席を目標にすべきとぶち上げます。
200議席というのは、定数の3分の2を指し「改憲」を含めなんでもできる議席数です。
李議員はこの数を確保し「大韓民国の政治構造を根本的に変える遠大な目標を持つべき」と訴え、それこそが政治が戦う目的であると主張するのです。
背景には「単独180議席では世の中を変えられない」という認識があるようです。
20年4月に行われた前回の総選挙で、当時与党だった共に民主党は衛星政党合わせ180議席という、韓国政治の歴史上、前例のない勝利を得ました。
この数値は、立法過程において圧倒的に優位に立つもので、システム上は時間をかければあらゆる法律が国会で可決できるものです。
ですがその後いままで、共に民主党は「韓国社会で何がこう変わった」という実感を有権者に与えられていません。何よりも大勝利から2年後に政権を明け渡したのは周知の事実です。
李議員は16年、17年の朴槿惠大統領弾劾から前回総選挙での勝利、そして現在に至るまでの約8年を「共に民主党が支持率を徐々に失う過程」であると見立てました。
さらに「口だけで改革を叫び、既得権の前で躊躇し、欲深く衛星政党を作ったこともその中(信頼を失う過程)の一つだ。20年から22年まで大統領、地方権力、議会権力の全てを持っていたのに、大韓民国の構造を変えることができなかった」と一歩踏み込んで述べています。
ここまで来ると共に民主党の「総括」に近いものがありますが、李議員は失敗と退潮の原因として「連合政治を拒否したから」とまとめています。
闘い(政治)の目的を無くしたまま、共に民主党もまた尹錫悦政権の問題を暴露する点にとどまっていると、自党への批判も行っています。
なお「衛星政党」というのは、前回の総選挙で共に民主党が「連動型」の比例制度にのっかり議席数を増やそうと、比例だけの「共に市民党」を作ったことを指します。これにより正義党など野党の議席が減る政治的な弊害がありました。
いずれにせよ、李誕熙議院の論理は非常に明快です。同じようなことを考える有権者は少なくないと思います。私もまた近い認識を持っています。
李議員は結論として、200議席を得た場合にやるべきこととして「大統領の重任制(4年2期というようなもの)」と「大統領選と総選挙の時期の一致」、そして「大統領選の決選投票制」を掲げます。
少し横道に逸れますが、韓国の著名な政治学者・康元澤(カン・ウォンテク)ソウル大政治学科教授は共著『両分法を越えて、極端の時代の政治外交学』の中で韓国政治の分断の原因ついての分析を試みています。
内容をはしょって説明すると、その結論は「大統領が実質的に全ての権力を独占しているため」というものです。
このため、権力が分散されず「勝者総取り」となるとし、勝った大統領が属する政党と、負けた大統領が属する政党の競争は「ゼロサム」となるというのです。
康元澤教授は「こんな構造の下では政治が対話と妥協を模索する形態に向かうのは絶対に難しい」と説きます。
さらに「大統領単任制」、つまり5年一期しか務めることができない制度の中、初の弾劾決議案が可決となった(後に憲法裁判所で棄却し復職)盧武鉉政権(03年~08年)以降の韓国政治では、「大統領を攻撃する側と守る側に分かれてしまった」と指摘しているのです。
これを改革するためには「大統領制を無くす」か、李誕熙議員の説く「大統領重任制」を導入するかの二つに一つです。
私もこれまで幾人かの政治学者に「大統領制を議院内閣制に変えるべきでは」と聞いたことがありますが、返ってくる答えは「主張は分かるが絶対に無理」というものでした。
大統領直接選挙制というのは、韓国の民主主義の根幹そしてプライドであり、そして対立する北朝鮮に独裁者が存在する以上、権力の分散は難しいという話です。
おのずと「大統領重任制」になりますが、このために憲法改正が必要というのは、明快なロジックと言えます。
本当に200議席が実現するのかというと非常に難しいと言わざるを得ないでしょう。しかし、久しぶりに韓国政治について、政治家の口から本格的なビジョンが聞けて興味深かったです。
◎ショートニュース
(1)政治・選挙の世論調査は必ず面接式で…信頼度アップなるか
ニュースレター第7号でも取り上げたように、世論調査は韓国メディアにとって大事な「稼ぎ手」のコンテンツです。キャッチーで分かりやすい上に、日本円で30万円もあればできる(最低ランクの調査)手軽さもあり重宝されています。
一方で、その信頼度には疑問の声もあります。特に選挙の際には世論調査の推移が有権者の投票心理に影響を及ぼすため尚更です。
こんな指摘を受けてか23日、韓国の主要世論調査会社34社が加入する『韓国調査協会』が新たな「政治選挙電話世論調査基準」を制定しました。
最も大きな変更としては「ARS方式」と呼ばれる音声案内による自動応答調査を排除する点があります。
音声ガイダンスにしたがい電話の番号をプッシュし答えるこの方法は調査にかかる費用が安価ですが「科学的な調査ではない」と結論付けられました。今後は、オペレーターと対話しながら質問に答える「電話面接」方式のみ認められることになります。
また、応答率がサンプル抽出方法ごとに引き上げられる他に、数値の小数点以下を四捨五入し、正数で表示するように変わります。
調査には通常、プラスマイナス2~3%ほどの誤差がありますが、小数点以下を表示することでこの誤差があたかも存在しないような印象を与えるためと同協会は説明しています。
同協会には『韓国ギャラップ』社や『韓国リサーチ』など主要な会社が名を連ねており、韓国の世論調査の質が高まることが期待されます。
なお、ARS方式を用いた定例調査を発表し、頻繁にメディアに引用される『リアルメーター』社は同協会に加入しておらず、今回の変更が適用されません。
同社の社長は韓国のYouTubeチャンネルに出演し、今回の変更の背景に「市場の論理がある」と指摘しました。安価なARS方式の普及により、伝統的な電話面接方式による世論調査の市場が萎縮しているというものです。
同社は従来の方式での世論調査を続けると明かしています。
繰り返しになりますが、今回の変更は「政治・選挙」分野に限定されるものです。
与党からは野党支持の値が高く出るARS方式での調査を重ねる会社を「フェイクニュース」と見なすような発言も出ており、来年4月の総選挙を見据え鍔迫り合いが始まっている側面もありそうです。
(2)与党の革新委員長にサプライズ人事
10月11日のソウル江西区長補欠選挙で惨敗した与党・国民の力が、革新委員長に印曜翰(イン・ヨハン、64)延世大学医学部教授が任命しました。
印氏は韓国で生まれ育った米国人(英名はJohn Linton)です。
与党の革新委員長に任命されたイン・ヨハン氏。同党HPより引用。
一家は曾祖父の時代の20世紀末から朝鮮半島で宣教・医療・教育などの活動を行ってきており、韓国の近現代史に深い関わりを持つ「名家」です。
印氏は韓国で医師免許を取り、韓国の医療の発展に貢献してきた功績から2012年に韓国への「特別帰化」が認められ、韓国籍と米国籍を同時に保持しています。
なお韓国ではじめての「特別帰化」でした。同氏は流暢な韓国語を操ります。
政治的には12年の大統領選で朴槿惠元大統領の選対に名を連ね、22年の大統領選でも尹錫悦大統領を支持する保守派の人物です。
与党は任命の背景について「地域主義の解消と国民の統合に深い眼目と識見を持っている」と明かしました。同氏の一家が国民の力への反感が強いいわゆる「湖南(ホナム)」地域、つまり全羅南北道、光州広域市を基盤としている点を意識した人選とされます。
印氏は今後、革新委員会の人選を行い、選挙で大敗し来年4月の総選挙に黄信号がともる同党の革新に取り組んでいくことになります。
与党は革新委員会の「全権」を同氏に付与するとしていますが、どこまで手腕を発揮できるかは未知数です。
総選挙まで半年を切る中で、同党の推薦権(公薦権)が与えられない限り、その影響は限定的にならざるを得ないからです。
あくまで党の議決権が最高委員会に存在することも、こんな見方と関連しています。
印氏は「妻と子ども以外はすべて変えなければならない」という過去のサムスン財閥の李健熙(イ・ゴニ)会長の言葉を用い、革新への意志を訴えました。
しかし現実は、手探りの出発となりそうです。
(3)『梨泰院惨事』に関する米ドキュメンタリー、韓国で視聴禁止に?
本号の冒頭で取り上げた『梨泰院惨事』ですが、これに関し米国で製作されたドキュメンタリーが韓国内で観られないと話題になっています。
『ハンギョレ』などによると、ドキュメンタリーは米国地上波テレビCBSの系列社が製作した2部作の『CRUSH(クラッシュ)』。
17年に米ラスベガスで起きた銃乱射事件を扱ったドキュメンタリーを演出した人物が製作者として加わっており、米国の動画配信サービス『パラマウントプラス』で17日から公開されているそうです。
韓国から同サービスに接続しても観ることができないため、意図的な措置ではという疑いも出ました。
日本で『オッペンハイマー』が公開されないように、何らかの圧力が存在するという見方です。
ですが『ハンギョレ』は取材を通じ、同作品の契約上、海外(米国以外)からの視聴を遮断するようになっているということを明らかにしています。このため、韓国のユーザーはVPNを用いて視聴しているといいます。
肝心の作品ですが、評価が高いようです。予告編はこちらから観られます。
(4)小学校3年生の娘が校内暴力…大統領室の秘書官が辞任
大統領秘書室に所属し、大統領が参加する行事の進行を受け持つ儀典秘書官という職があります。大統領室に30余人いる秘書官の一人で、韓国では高位公務員に分類されます。
この職にあった金承熙(キム・スンヒ)秘書官が20日、辞任しました。理由はこの日の国政監査の席で、小学3年生の娘が2年生の後輩に暴力を振るい、全治9週のケガを負わせていたことが野党議員により暴露されたためでした。トイレに呼び出し、リコーダーや拳で殴ったということです。
学校ではこの事件の解決に2か月を費やし、ようやく下った裁定も加害者の強制転校ではなく、クラス変更にとどまりました。
この決定が下った日、金秘書官の夫人はカカオトークの写真を、夫と尹錫悦大統領のツーショット写真に変更したとのことでした。
問題を暴露した野党議員は「他学年への暴力なのにクラス変更にどんな意味があるのか」というもっともな指摘が野党議員からありました。
どうやら矯正転校の規定に満たなかったということですが、あっという間の辞任は、復讐ドラマのヒットなどもあり、校内暴力が韓国社会でいかに重要なテーマとなっていることが分かる出来事でした。
辞任した金承熙秘書官(右)。ハンギョレより引用。
◎あとがきに代えて:「国家」を考える
現在の時間は25日午前0時15分です。24日に発行するはずが遅れてしまいました。
ここ最近、いや、韓国で記者として生活しながら「国家とはどんな存在なのか」をずっと突きつけられているように感じます。
国家間の事情により在日コリアンとして生まれ育ったことからか、はたまた職業柄か、いずれにせよ私は国家に不信感を持っているのですが、永住帰国した「韓国人」として生きることで、この感情にどこかでケリをつけなければならないのではないかとも考えます。
なぜかというと、記事を書くのがしんどいからです(笑)。もっともラクな「国益」を振りかざし書きたい誘惑にかられることがあります。
現に李誕熙議員のインタビューを読みながらも「韓国政治のため」と割り切れることが羨ましくありました。ただおそらく、李議員も個人の幸せを支えるものとして、政治を位置づけているのだと思います。
梨泰院惨事からもうすぐ一年を迎えます。
たくさんの記事を読みながら改めて、本当にひどい事故であると思うと同時に、政府の対応に物足りなさを感じました。
一方で、一市民として社会の安全性を高めるために、その間何もしてこなかったなとも思い直しました。普段取材せず、こういう「イベント」の時だけ取材するのは本当に気が引けるもので、申し訳ない気持ちが先立ちます。
先週末、父の一周忌がありました。このためにADEXの取材などが行えなかったことも悔いが残ります。これからまた、取り戻していきたいです。
たくさんの方に本ニュースレター『新・アリランの歌』を紹介してください。今後ともよろしくお願いいたします。(徐台教)