ニュースレター号

銃声なき戦争「北朝鮮への『心理戦』」、中国の脱北者をどう保護するのか、日米韓vs朝露、書評コラムなど 全11トピック|第10号

サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。

ニュースレター第10号をお届けいたします。ようやくといった感じですが、いつもと変わらず続けていきます。

今号は南北関係・朝鮮半島情勢を中心にお届けします。パレスチナをめぐる戦争というか、イスラエルによるガザ地区への一方的な攻撃が止まらない中、朝鮮半島は嵐の前の静けさといった雰囲気です。何がトリガーになるのか分からない怖さがあります。

今号の目次は以下の通りです。

  • 韓国から見た南北関係(1):“食糧難”北朝鮮住民4人が船で韓国へ…「国防に穴」と批判も

  • 韓国から見た南北関係(2):『9.19南北軍事合意書』における北朝鮮の違反は3600件!

  • 韓国から見た南北関係(3):前統一部長官が北朝鮮に向けた拡声器放送禁止を「廃止」する法案を発議

  • 朝鮮半島情勢(1):銃声なき戦争「北朝鮮への『心理戦』」が前面に

  • 朝鮮半島情勢(2):中国による脱北民強制送還、何がどう問題なのか?

  • 朝鮮半島情勢(3):日米韓外相がロシアと北朝鮮を正面から批判

  • ショートニュース:朝中『新鴨緑江大橋』の開通はまだ?/「座視しない」韓国外交部長官がロシアに警告/「髪の毛」がつなぐ朝中貿易/北朝鮮の人工衛星発射、10月は無し?

  • 書評とあとがきを兼ねて:崩れゆく秩序

***

◎韓国から見た南北関係(1):“食糧難”北朝鮮住民4人が船で韓国へ…「国防に穴」と批判も

 24日午前7時過ぎ、東海(日本海)の北方限界線(NLL)を越え韓国側に進入してきた小型の木造船を、海上で漁をしていた韓国住民が発見し海上警察に通報しました。

 捜査の結果、木造船に女性3人、男性1人と4人の北朝鮮住民が乗っていました。韓国政府は彼らを取り調べた結果「帰順の意思を表示した」と明かしました。

 「帰順」というのは聞き慣れない言葉かもしれませんが、未だに対立を続ける南北朝鮮において、相手の体制側の人物が自身の体制の優越性を認め身を任せるというニュアンスが含まれています。

 要は「脱北」です。これだけ見ると珍しいことではありませんが、韓国内では軍の対応のまずさが話題となりました。

 軍の発表によると、同日の午前5時30分に陸軍の監視レーダーを用い北朝鮮の木造船の姿を認めたものの、これが具体的に何なのかが分かったのは、午前6時30分でした。TOD(Thermal Observation Device、熱で識別する軍用サーマルカメラ)を用い木造船の姿形を識別したということでした。

 その上で、前述のように午前7時10分にようやく住民の通報を受け、これが北朝鮮から船であると分かったとのことでした。海上警察と海軍の高速艇が現場に到着したのは午前8時です。

 こうした説明に対し、軍の監視体制はどうなっているのかという批判が上がりました。ちょうどこの日、海軍本部への国政監査が行われていたことも火に油を注ぎました。

 北朝鮮の船であることが分かるまでに1時間40分もかかっている上に、小型船が見つかった地域が、東海岸の都市・束草(ソクチョ)市の東方10キロ、NLLの南方45キロ地点であることが知られるや、最大野党・共に民主党の議員が「軍の警戒作戦が失敗したのではないか」と指摘したのです。

 多数のメディアもこの論調に続きました。「目の前に来るまで気づかなかったのか」というお決まりの批判です。文在寅政権の時には同じような批判がありました。

 聯合ニュースでは「5月6日の晩、軍は西海(黄海)で北朝鮮漁船1隻がNLLに接近するのを捕捉し、NLLを越えてすぐに同船を確保した」と例を挙げ、なぜそれができなかったのを問いました。

北朝鮮から来た小型船を曳航する韓国艇。聯合ニュースより。


北朝鮮から来た小型船を曳航する韓国艇。聯合ニュースより。

***

 こうしたメディアの疑問に対し軍は改めて「午前4時以前から東海上のNLL以北で特異な兆候があり、艦艇と航空機をNLL付近に投入し作戦を実施していた」と明かしました。知っていた、という言い訳です。

 また「東海上のNLLの東西の長さは400余キロにのぼり、数隻の艦艇では小型の標的を捕捉するのはとても難しい」と説明しました。

 韓国にたどり着いた4人については、韓国メディアの報道を総合すると、30代と50代の成人女性2人は親戚で、30代の女性は女児を連れていたそうです。操船していた30代の男性と女性たちとの間に血縁関係にないとのことです。

 当時の状況も興味深いものがあります。

 小型船にはじめて近づいた韓国漁船の船長に対し、30代男性は「ここはどこだ」とまず聞き、船長が「束草だ」と言うのを聞くと、小型船と漁船を綱で結んだ後、小型船に戻りタバコを吹かしたそうです。若い方の女性が「韓国の船はとても良いですね」と述べたとも船長は明かしています。なかなかシュールな光景です。

 脱北理由について、これまで明らかになっている情報を総合すると「食糧難」とのことです。

 統一部の金暎浩(キム・ヨンホ)長官は27日の国政監査の席でこの内容を認めつつ、「北朝鮮当局の宣伝と、住民の食糧難の現実には差がある」と北朝鮮で食糧難が広がっているという見方を明かしました。

***

◎韓国から見た南北関係(2):『9.19南北軍事合意書』における北朝鮮の違反は3600件!

 ニュースレターで何度も引用しているイケイケの韓国の申源湜(シン・ウォンシク)長官が27日、国政監査の席で北朝鮮の『9.19南北軍事合意書』違反が3600件にのぼると発言しました。

 具体的な内容としては、「(西海[黄海]の)緩衝地域内での砲射撃違反が110余回あった」とし、さらに砲にフタをかぶせることや砲門の閉鎖措置違反が「3400余回、砲門数では6900門程度」あったと明かしました(聯合ニュースなど)。この二つを合わせて約3600件ということになります。

 申長官はこうした違反の証拠として「映像で撮影した」と述べています。また、監査院で『9.19軍事合意』について監査をするかどうか検討しているとし、今後、文在寅政権が同合意の北朝鮮側の不履行を指摘してこなかったことを問題視するような姿勢を示しました。

国防部の申源湜長官(右)。国防部提供。


国防部の申源湜長官(右)。国防部提供。

 現政権にとっては、とにかく文在寅政権を批判する姿勢が徹底しています。なぜでしょうか?

 それは韓国の保守陣営と尹錫悦政権にとって「文在寅政権が北朝鮮に弱腰だった」という指摘は、自身の正当性を証明するものとして受け止められているからです。現在のように北朝鮮が核の脅威を強める原因を文在寅政権の「傍観」が助長したという視点です。

 もちろん、北朝鮮が今のような強い姿勢を見せる背景には米国の立場も関係しているため、事情はより複雑です。しかしこれを敢えて単純化することにより、対立する進歩派を攻撃する材料としているのです。

 少なくとも来年4月の総選挙まで、こうした動きは活発に続くと思われます。

***

◎韓国から見た南北関係(3):前統一部長官が北朝鮮に向けた拡声器放送禁止を「廃止」する法案を発議

 与党・国民の力の権寧世(クォン・ヨンセ)議員が21日、北朝鮮に向けた拡声器放送を認める法案を代表者として発議しました。同氏は前任の統一部長官です。

 この法は、ニュースレターでも度々取り上げている『南北関係発展に関する法律(通称:南北関係発展法)』を指すものです。

 同法第24条では、軍事境界線一帯での北朝鮮に向けた拡声器での放送、北朝鮮に向けた視覚媒介物(掲示物)の掲示、チラシなどの撒布を禁じています。違反時には3年以下の懲役または3000万ウォン(約330万円)以下の罰金です。

 権議員はこれらを全て削除した法案を発議したということです。

 背景には先月26日に憲法裁判所がこれらの条項に対し「表現の自由を過度に制限している」として違憲判決を下したことがあります(ニュースレター第3号で説明してあります)。

与党・国民の力の権寧世(クォン・ヨンセ)議員。バランスの取れたベテラン議員として知られています。同議員HPより引用。


与党・国民の力の権寧世(クォン・ヨンセ)議員。バランスの取れたベテラン議員として知られています。同議員HPより引用。

 進歩系日刊紙『京郷新聞』は26日付けの記事で前述の「違憲」判決後に、政府が別途ビラ撒布を規定する措置を講じていないことを指摘しています。

 軍事境界線付近での拡声器放送の「解禁」や、北朝鮮への情報流入行為を認めることは『9.19南北軍事合意』における「あらゆる敵対行為の禁止」を韓国側が違反することになります。この部分をなし崩しで進めることで、結果として同合意の廃棄につながるのではないかという見方もあります。

 権議員は京郷新聞のインタビューに対し「拡声器による放送は施設の設置に関する認可・許可でいくらでも統制ができるのにもかかわらず、刑事法で処罰するのは適切ではない」と見解を明かしています。

 また「軍だけでなく民間人も(拡声器での放送を)できるため、表現の自由と関連がある」と拡大解釈を避けるような意味合いで答えています。

 ですが、その真意は明確でしょう。後述する「心理戦」の一環です。

***

◎朝鮮半島情勢(1):銃声なき戦争「北朝鮮への『心理戦』」が前面に

 前号でも紹介しました、今月13日に就任したばかりの米国国務省のジュリー・ターナー北朝鮮人権特使が重要な発言をしました。

 米国のジョージワシントン大学で行った講演で「北朝鮮に情報を流入させるための新たな戦略を開発する必要がある」と述べたのです。

 中身として「コンテンツ・キュレーション」と「伝達手段の開発」を挙げました。カッコイイ書き方ですが、要は「何をどう入れるのか」ということです。

 具体的には「海外にいる脱北者の観点を共有する」ものと「携帯電話のような新たな技術など」を用い北朝鮮の中に伝播させるというものです。

 また北朝鮮の『反動思想文化排撃法』を取り上げ、これが北朝鮮への情報流入におけるチャレンジ要因であるとしました。

 20年12月の最高人民会議常任委員会で採択された同法は、死刑までも掲げながら韓国文化を文字通り「排撃」することを強制している点が特徴です。

 一例を挙げると第27条や28条で「傀儡国(韓国)や敵対国(米国)の映画や録画物、編集物、図書、歌、絵、写真などを直接見たり聞いたり保管した者や流布したもの」に対しは5年以上10年以下の労働教化刑に処すとしています。

 第28条ではさらに「大量の敵対国の録画物、編集物、図書類」を流入・流布したり大勢に見せた場合には無期労働教化刑や死刑に処するとあります。録画物や編集物というのはドラマやドキュメンタリーやニュースのことです。

 また、第32条には「傀儡(韓国)式で話しをしたり文章を書いたり、南朝鮮の歌い方で歌を唄ったり、南朝鮮の書体で印刷物を作った者は労働鍛錬刑または2年までの労働教化刑に処する」ともしています。

 他にも北朝鮮は『青年教養保障法(21年9月)』、『平壌文化語保護法(23年1月)』を制定しました。

 金正恩政権としては、北朝鮮住民が韓国や海外文化から「自由に生きること」の具体的なモデルを見付け、これを真似ようとすることは体制への反逆につながるという危機感があるのでしょう。

ジュリー・ターナー米国務省北朝鮮人権特使。米国務省HPより引用。


ジュリー・ターナー米国務省北朝鮮人権特使。米国務省HPより引用。

 これに関し、26日に韓国の北朝鮮専門メディア『デイリーNK』の李尚龍(イ・サンヨン)調査分析ディレクターは統一部主催のシンポジウムで「反動思想文化排撃法を適用した公開処刑が相次いでいる」と発言し注目されました。

 そして今日、私も電話で李さんに話を聞いてみました。

 李さんは反動思想文化排撃法の影響について「これまである地域の住民100人中70人が韓国の映像物を見たとしたら、それが十分の一、つまり7人にに減ったと見ることができる。同法により韓国の映像を見なくなっていると判断できる」と説明してくれました。

 公開処刑については「同法の制定以降、デイリーNKが報じただけも5,6件ある」としました。

***

 一方で米国や韓国の保守派にとって、このような国内に海外文化が広がることを法で締め上げる金正恩氏の行動は「海外文化が弱点だ」という認識を後押しします。

 冒頭のジュリー・ターナー特使の発言はこの弱点をさらに突いていこうということに他なりません。

 私も05年から08年まではバリバリと北朝鮮人権運動をやっていたため、今でも人権運動家たちとの連絡を維持しています。米国が情報流入活動に多額の資金を投入し、これからも投入しようとしていることを知っています。

 特に最近はテクノロジーの発展が著しいため、情報流入の方法も多様化しています。

 例えば、ニュースレターでも何度か取り上げた北朝鮮へのビラ散布ですが、今ではビラを飛ばす風船にGPSが取り付けられ、北朝鮮のどこまで飛んで行ったのかを確認できます。私もその航路の一覧を見たことがあるのですが、具体的な地点が確認できる、非常にリアルなものでした。

 また、北朝鮮には現在600万台以上のスマートフォンが普及しています。日本や韓国のようにインターネットに接続はできず、国内用のイントラネットにだけ接続できるものですが、それでも最近になってはじめて「スパム」の送信に成功したという話もあります。

 このように、いくら金正恩政権が鉄壁の守りを敷いても、それを突き破る穴は随所に存在します。

 聯合ニュースでは講演会で出た「情報供給を拡大する方法として衛星も考慮しているのか」という質問についても触れています。

 これにターナー特使は「私たちは革新的なコンテンツを製作するプログラムを探しているだけでなく、衛星や別の可用手段を含む革新的な技術にも投資しようとしている」と答えています。なんでもやる、ということです。

***

 こんな情報流入活動は、韓国政府では「情報戦・心理戦」として扱われています。

 長くにわたって北朝鮮との情報戦を指揮し、後に統一部長官を務めた康仁徳(カン・インドク)さんへにインタビューをしたことがあります。

 その際に「北韓に核兵器があるならば、韓国には心理戦がある」と聞いたことがありますが、韓国が圧倒的に「攻める」ことができる分野です。

 とはいえ、韓国政府の資金力と米国の資金力の差は歴然で、特に韓国の北朝鮮人権NGOへの支援規模は過去20年にわたって米国の圧倒的な影響下にあります。そして今年に入り、米国がこの分野に力を入れているという話は、今や公然の事実です。

 こんな観点からターナー特使の発言を受け止めると、すでに米韓と北朝鮮の間には「見えない戦争」が行われていると言っても過言ではないでしょう。

 これがどこにどう飛び火するのか、十分に考えた上で行われているとは思えません。北朝鮮が最も嫌がることを公然と大規模に行う場合、何がどう起きるのか。公開議論が必要でしょう。

***

◎朝鮮半島情勢(2):中国による脱北民強制送還、何がどう問題なのか? 

 9月から10月にかけて、中国に滞在する脱北民600人あまりが北朝鮮へと強制送還されたことで、韓国内で脱北民をめぐる議論が活発化しています。

 同様の問題は20年以上前から存在しますが、改めて争点を整理します。資料は26日に行われた韓国の朝鮮日報系列の財団『統一と分かち合い』のシンポジウムから引用します。

 まず、韓国ベースの国際NGO『転換期正義ワーキンググループ(TJWG)』の李永煥(イ・ヨンファン、41)代表は、中国には現在「数万人」の脱北民がいるといい、中国に派遣されている労働者やITエンジニアなども潜在的な脱北民と見ることができるとしました。

 なお、23年6月末までの統計で、韓国に入国した北韓離脱住民(韓国政府による脱北者、脱北民の正式名称)は3万3,981人です。

 脱北民という呼称についてですが、従来の「脱北者」という呼称に国を捨てた者という侮蔑的なニュアンスがあり、人権感覚に欠けるという指摘が脱北民自身からあったことから、人権団体を中心に使われています。

 李代表によると、北朝鮮政府による国境封鎖の解除が発表された8月27日以前まで中国で拘束されていた脱北民および朝鮮国籍者は約2000人とのことでした。この中でアジア大会(9月23日〜10月8日)前後に3度に分けて約620人が中国に送還されたとしています。

 そして、中国吉林省の長春市の刑務所に475人など、1000人あまりが今も拘束・収監されているとしながら、すぐに強制送還される危険性は高くない可能性があるとしました。

 理由としては、中国の国境警備隊(辺防部隊)に拘束されていた脱北民は既に送還された点と、残る脱北者は様々な嫌疑により中国の司法当局が処罰しているためとしました。送還するとしても、目に付かない形にするのでは、と見立てました。

***

 次に、中国にいる脱北者が国際法的にどんな地位に置かれているのか、そして中国政府と国際社会の義務について、白凡錫(ペク・ポムソプ)慶熙大学法学専門大学院教授が説明しました。

 国連人権理事会諮問委員会の副委員長も務める、韓国トップクラスの国際人権法の研究者です。脱北民、北朝鮮人権問題に深く関わりつつ、日本軍「慰安婦」裁判でも意見を提出するなど、陣営にとらわれない知識人としての活動が目立つ人物です。

 白教授はまず、脱北民は1951年に国連で採択された『難民協約』が定義する「政治的な難民」もしくは、少なくとも「現場難民(refugee sur place、滞在中難民とも)」の地位を持っているとします。

 これはその間、国連総会が人権委員会などでそう解釈されてきたものです。なお中国は『難民協約』を1982年に批准しています。

 「現場難民」とは、迫害の憂慮がない状態で出国し、その後、本国政府の迫害を受ける憂慮が生まれた場合、つまり本国を離れる当時は難民でなかったものの、その後難民となった人々を指します。

 そして国連総会および人権理事会による北朝鮮人権決議は、このような立場からすべての国連会員国に他国で難民の地位を求める脱北民を保護し、難民協約の当事国は彼らを難民として保護するために同協約による義務を遵守することを強調し続けてきた、とします。

 脱北民が北朝鮮に送還された場合には、刑法63条の祖国反逆罪(5年以上の労働教化刑から罪状が重い場合には無期労働教化、死刑まで)、同221条の非法国境出入罪(1年以下の労働鍛錬刑、罪状が重い場合には5年以下の労働教化刑)が適用されることから、『難民協約』上の保護対象になるということです。

 しかし実際に難民協約は難民の地位を決める具体的な規定がないため、難民と認めるかは締結国の裁量になっているとします。

 中国は「国際慣例と中国国内法に従い人道主義的に処理する」という立場を明かし、脱北民を不法密入国した不法滞在者、すなわち犯罪者と分類し、摘発し北朝鮮へと強制送還してきました。

 関連法としては1986年と1998年に北朝鮮と中国との間に締結された『辺境地域の国家安全と社会秩序維持事業のための相互協力議定書』があります。

白凡錫教授。韓国・平和財団HPより。


白凡錫教授。韓国・平和財団HPより。

***

 このように中国には公式的に難民認定手続きが存在しないものの、国際人権法は難民の地位を付与したかしないかにかかわらず、該当条約の当事国の領土内の全ての個人に適用されると白教授は強調します。

 このため、難民協約にこだわらず、中国が加入・批准した人権条約から有用な法的根拠を探す努力が必要だとします。中国はこれまで、核心的な9つの国際人権条約のうち、6つに加入・批准しています。

 具体的には人種差別撤廃条約(1981年加入)、女性差別撤廃協約(1980年批准)、拷問防止協約(1988年批准)、児童権利協約(1992年批准)、社会権規約(2001年批准)、障害者権利協約(2008年批准)となります。

 白教授はこの中で特に、拷問防止協約を取り上げます。

 同協約は「強制送還禁止の原則」を規定しています。この原則は国際人権法上で確立した国際慣習法として認められており、その対象が難民である必要もありません。あらゆる人間に適用されると白教授は強調します。北朝鮮に強制送還時、北朝鮮で受ける拷問および非人道的な処遇が国連総会および人権委員会などから指摘されているとします。

 このため、脱北民の強制送還措置は国際法に反するものとして、中国政府はこれを防ぐ義務があるとします。しかしながら、こうした指摘は繰り返し行われきたにもかかわらず、中国政府を動かすことができなったと白教授は認めます。

 同時に、過去に韓国政府が「静かな外交」を掲げ、在中国公館などに逃げ込んできた脱北民を保護する政策を進めてきた歴史的事実を白教授は指摘します。

 しかしこれは結果として、隠れて過ごさなければならない脱北民の生活状況などを改善することを後押しできず、実際に強制送還を防ぐ成果も期待に満たなかったと総括します。

 そこで白教授は改めて、韓国政府が在中脱北民を積極的に保護、支援する政策を樹立し、強制送還問題はいかなる状況でも譲歩できない人権問題であることを対外的に闡明する必要があると主張します。

 政治的な論理から離れ、普遍的な人権規範という次元で議論されるべきで、その目標としては最低限、中国政府が強硬策を自制し、脱北民の基本的な安全だけでも保障する実質的な方案を作ることにすべきというものです。

 もはや正面突破しかないということです。個人的には、あらゆる手立てを講じても動かない中国をどう動かすことができるのかと思う反面、言うべきことは言うべきという主張に共感します。

 なお、韓国の朴振(パク・ジン)外交部長官は27日、国政監査に出席し、中国の王毅中央政治局委員(兼外交部長)に脱北者の強制送還を憂慮する旨を明確に伝えたと述べています。

***

◎朝鮮半島情勢(3):日米韓外相がロシアと北朝鮮を正面から批判

 日米韓の外交部長官が一堂に会し、北朝鮮とロシアの武器取引を糾弾する声明を発表しました。

声明では北朝鮮によるロシアへの武器提供が「ロシアの侵略戦争による人命被害を大きく増加させる」と指摘しながら、その実態を明らかにするとしつつ、ウクライナを支持する姿勢を明確にしました。

またロシアから北朝鮮への軍事支援がロシアが過去に賛成した多数の安保理決議を違反するものであることを強調しました。特に北朝鮮への核・弾道ミサイル関連技術の移転に「深く憂慮する」とし、これは朝鮮半島と全世界の平和と安定を脅かすものであるとしました。

これに対し、ロシアは同日「そんな(武器取引の)報道が多いが、原則的にすべての根拠がない。具体的な内容がない」(聯合ニュース)と切り捨てました。

声明を発表した日米韓の外相。写真は先月22日のもの。外交部提供。


声明を発表した日米韓の外相。写真は先月22日のもの。外交部提供。

 一方、日米韓はこれに先立つ22日、朝鮮半島の上空で初めて連合空中訓練を行いました。この訓練には米国の戦略爆撃機B-52H、F-16戦闘機、韓国空軍のF-15K戦闘機、日本の航空自衛隊のF-2戦闘機が参加しています。

 これに際し米空軍の広報室は「私たちは自由で開放されたインド太平洋を守護するために域内の平和と繁栄に専念している」「爆撃機機動部隊の任務は同盟国およびパートナーと協力し、国際安保と安定に対する共同の努力を強化する機会を提供する」と明かしています。

 なお、北朝鮮の国営メディアは「敵側の地域に這い寄る戦略資産(B-52を指す)は最初の消滅対象である」と警告しています。ロシアもまた「朝鮮半島の問題解決の役に立たない」と批判しました。

***

◎ショートニュース

(1)朝中つなぐ『新鴨緑江大橋』の開通はまだ?

 前号で「開通間近」という記事を紹介した、北朝鮮の新義州(シニジュ)市と中国・遼寧省丹東市という朝中貿易の大動脈を結ぶ『新鴨緑江大橋』について、韓国の聯合ニュース特派員が現地を訪れルポを掲載しました。

 「何度も開通説が出たが、その度に実現していない。開通は事情を知らない人が言うこと」という現地のタクシー運転手の言葉に説得力があります。記者も「開通間近には見えなかった」と書いています。

 一方で、取材を通じ中国側では準備が終わっている点を明らかにし、問題は北朝鮮側の消極的な姿勢にあると指摘しています。「北朝鮮側に税関が設置されていない」ということです。

 この点に関して、米政府系メディア『RFA(Radio Free Asia)』は北朝鮮現地の消息通を通じ、北朝鮮当局が新鴨緑江大橋の北朝鮮側一帯に高圧が流れる電気鉄条網の設置を進めていると伝えました。

 橋が開通する場合に新たに生まれる脱北や密輸ルートをあらかじめ遮断するためといいます。

 ふたたび聯合ニュースの記事に戻ります。前号で紹介した米『38ノース』の記事にもあったように、トラックを通じた陸路の輸送は再開されていない点、さらに中国人による北朝鮮観光の再開にもまだ時間がかかりそうなことなどを、丹東での取材を通じ伝えていました。

 現地でしか見えないものがあるのは当然で、取材できることが心底羨ましいです。

***

(2)「座視しない」韓国外交部長官がロシアに警告

 聯合ニュースなどによると、先にも引用した27日の国政監査で韓国の朴振外交部長官が、与党議員の「ロシアが北韓にミサイル技術や武器技術を渡す場合、私たちも座視しない、報復するという立場を知らせたか」という質問に「そうした内容を(ロシア側に)明かした」と述べました。

 でもですよ、これで記事のタイトルが『朴振、「北韓にミサイル技術を渡したら座視しない」とロシアに明かす』ですよ。いくらなんでもおかしいでしょと思って、実際の映像を見てみましたがそのまんまでした。

 実際にそう話していないのでひどいなと思いますが、それくらいインパクトのある発言でした。

 「座視しない」というのがどんな行動を指すのか正確には示されませんでしたが、日米と足並みを揃えて何かしらの独自制裁をするのではないかと見られています。

 なお、26日には英国防部が北朝鮮からロシアに送られた弾薬が、ロシア西部の武器庫に到着したと公式に明かしています。その「対価」が何かは未だ明らかになっていません。

与党議員(左)の「ロシアが北韓にミサイル技術や武器技術を渡す場合、私たちも座視しない、報復するという立場を知らせたか」という質問。


与党議員(左)の「ロシアが北韓にミサイル技術や武器技術を渡す場合、私たちも座視しない、報復するという立場を知らせたか」という質問。

「そうした内容を(ロシア側に)明かした」と述べた朴振(パク・ジン)長官(右)。KBSテレビをキャプチャ。


「そうした内容を(ロシア側に)明かした」と述べた朴振(パク・ジン)長官(右)。KBSテレビをキャプチャ。

***

・「髪の毛」がつなぐ朝中貿易

 ニュースレター第8号で中朝の9月の貿易額が2億1,653万ドル(約320億円)で3年8か月ぶり、つまり新型コロナの流行により北朝鮮が国境を封鎖して以来最大になったとお伝えしました。

 輸入は1億8,874万ドル(約280億円)、輸出は2,779万ドル(約40億円)だったのですが、北朝鮮が中国に輸出した品目のうちカツラや付けまつげなどの製品が1位を占めました。価格で1,796万ドル(約28億円)、輸出額全体の65%でした。

 一方、中国からの輸入品目のうち1位は「髪の毛」でした。約206トン、2146万ドル(約32億円)の「カツラ製造用人毛」を輸入したそうです。

 こうした事実を伝えた24日付けの米政府系メディア『Voice of America(VOA)』によると、こんな朝中間のOEM生産貿易は新型コロナの流行により縮小したものの、最近になって増えているそうです。

 なお同記事によると、北朝鮮が輸入した品目の2位はミルクとクリーム、3位は小麦粉、4位は大豆油、5位は砂糖、6位は短粒種の米(ジャポニカ米など)だったとのことです。

***

(4)北朝鮮の人工衛星発射、10月は無し?

 「統一部の消息通」を引用し26日に複数の韓国メディアが伝えています。理由は、これまで衛星を発射してきた西海衛星発射場の人員の増加、燃料注入、国際海事寄稿(IMO)への通報などの「兆候」が見られないからというものです。

 特に液体燃料の注入には最低でも一週間がかかるということで、時期的に10月内の発射は難しいのではという見立てです。

 さらに聯合ニュースの記事では統一研究院の専門家が「10月の発射を北朝鮮は外国向け媒体(朝鮮中央通信)を通じ予告したため、発射時期の決定に住民の視線を強く意識する必要はない」という見解を付け加えています。

 この専門家はまた、ロシアとの軍事協力との可能性も延期理由として挙げています。

 「急いで3度目の挑戦に臨むよりもロシアのアドバイスの結果を参考にし、技術的な進展を達成し失敗の危険が十分に低くなったと判断する時に発射時点を設定するかもしれない」というものです。説得力のある言葉でした。

***

◎書評とあとがきを兼ねて:崩れゆく秩序

 イスラエルによるガザ地区への一方的な攻撃が連日続いています。あれだけ米国を含む世界中の国が自制を求めても(米国は安保理決議案に拒否権を行使しましたが)、我関せず攻撃を止めないイスラエル政府を見ていると、国際秩序上で重要なルールが目に見える形で失われているなと感じます。

 イスラエルがやりたい放題できる背景には何があるのでしょうか。大統領選を控えた米政界への強い影響力はもとより、迫害を受けてきた歴史的背景から来る国民の覚悟、さらに誰も言いませんがどこかにある核兵器の存在などを挙げられるでしょう。

 そんなイスラエルの姿を見ていると、北朝鮮が素直な存在に思えてきてクラクラします。自国民に対しては苛酷な統制を続けていますが、少なくとも北朝鮮政府のせいで死んでいる他国の人間はいません。

 先日、映画『オッペンハイマー』を観てきました。韓国では8月15日に封切りされ、そろそろ終演となりますが、その間約329万人が足を運んだそうです。内容は「原爆の父」と呼ばれる『マンハッタン計画』を率いたオッペンハイマー博士が、原子爆弾を開発する過程で抱く悩み、広島と長崎への投下後に核兵器に抱く疑問、そしてついに核兵器に反対する姿などが描かれます。

 日本ではついに封切られることはありませんでした。理由はやはり被爆国として、素直に映画を観ることができないと誰かが判断したためでしょう。しかし映画は、十分に日本での公開に耐えうるという感想を私は抱きました。映画は人間の愚かさを扱っているからです。

 一度手にすると決して放棄できない核兵器は、今や金正恩氏の下にもあります。金正恩氏もまずこれを手放すことはないでしょう。何よりも「西側」に属するイスラエルがやりたい放題やっている今、「北朝鮮だからダメ」という論理が崩れていくのを感じます。まあ、それを言うなら米国はどうなんだという話ですが。

 私は今も、非核化を含む朝鮮半島問題について、対話での解決ができる、すべきと信じて記者活動を続けています。核と平和は交換できるという認識です。これは朝鮮半島や周辺国だけでなく、人類の叡智を結集するプロセスになる、否、なってこそ成功するものでしょう。

 しかしその土台が足元から崩れているのではないか。そんな事を、先月出たこの本、『人類が生んだ人類破壊ボタン、核武器のすべて』を読みながら考えていました。

 170ページあまりの構成で、核兵器の科学的な原理・構造から開発した学者たちの姿、反核運動やIAEAやNPTといった核非拡散秩序まで幅広く網羅しています。また韓国で出た本なので当然、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核問題にも触れています。 

 日本にも似たような本がたくさんあると思います。しかし本当に、厳しい時代になっていると感じます。戦争の痛みを知る韓国や日本が良い意味でブレーキになってほしいものですが…。

 今号は以上です。たくさん周囲の方に紹介してください。お願いします!(徐台教)

元媒体の号情報

元媒体の発行日
当サイトへの掲載日
元媒体
この号をtheLetterで開く(外部サイト)

この記事をたどる

基本索引へ