ニュースレター号

選挙用?「空売り禁止」の読み方、李俊錫の評価に陰り?、銀行員の給料が1億ウォン超えなど全7トピック|第13号

(11月7日)サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。

ニュースレター第13号をお届けいたします。今号も日をまたいでしまいましたが、韓国社会・韓国政治をテーマにお届けします。

韓国社会はもうすっかり「政治の季節」です。経済問題も社会問題も、あらゆる話題が来年4月の総選挙へと吸い込まれていきます。メディアにとっても稼ぎ時です。熱く煽るような記事が徐々に増えていくでしょう。

今号の目次は以下の通りです。ごゆっくりお読みください。

  • 韓国社会(1):選挙用?「空売り全面禁止」の読み方

  • 韓国社会(2):与党が打ち上げた「金浦市のソウル編入案」に世論は冷ややか

  • 韓国政治(1):与党発?第二の李俊錫ブームも徐々に下がる期待値

  • 韓国政治(2):進む正義党の分裂、選挙は「ビッグテント」で

  • ショートニュース:「短髪なのでフェミニスト」20代男性がコンビニ女性店員に暴行/セウォル号の裁判は海洋警察庁長の無罪で決着/メガバンクの平均給与が1億ウォンを突破、高まる庶民の不満

  • あとがきに代えて:リクエストをください

***

◎韓国社会(1):選挙用?上場株「空売り禁止」の読み方

 韓国政府が日曜日の5日、翌日から全ての国内上場株式市場で「空売り」を禁止すると決定し、これを発表しました。期限は来年6月末までです。

 「空売り」とは一般的な株式取引の一形態です。

 例えば、現在100円の株式を10株を証券会社に借りて売り1000円を得ます。そして後で50円になった時に10株を500円で買い証券会社に株を返します。そうすると500円の利益になるという形です。

 今回の措置をまとめた韓国金融委員会(FSC)によると、直接的な理由は外国系の投資銀行による「違法な空売り」を防ぎ、「国内投資家を保護するため」とのことです。

 また、金周顕(キム・ジュヒョン)金融委員長は韓国の株式市場を「割れたガラスが多い道でなく、すべてのガラスが割れていると言えるほど違法が普遍化している場だ」とも述べるなど、市場に問題があるという認識を示しました。

5日、空売り禁止政策を発表する金周顕(キム・ジュヒョン)金融委員長。金融委員会提供。


5日、空売り禁止政策を発表する金周顕(キム・ジュヒョン)金融委員長。金融委員会提供。

***

 しかし韓国内ではこんな理由を「後付け」と批判する声が圧倒的に多いのが事実です。どんな内容なのでしょうか。経済紙の社説を見てみましょう。

 韓国最大の経済紙『毎日経済』は6日付けの社説で、「違法な空売りを根絶やしにするため」という金融委員会の主張を「苦しい弁明」と指摘しました。

 さらに「先進市場では空売り禁止は株価が非正常に急落する場合に発動するもの」と定義すると共に、「結局は株価の下落を空売りのせいにする個人投資家の不満に便乗し、総選挙で票を得ようとする与党のたくらみに金融委員会が屈服したのではないかと疑う」と切って捨てました。

 そうです。なんとここで選挙が登場するのです。

 何度もニュースレターで言及してきたように、来年4月10月に国会議員300議席を総入れ替えする総選挙が行われます。韓国で「アリ投資家」と呼ばれる個人投資家の数は1000万人とされます。

 機関投資家に有利な空売りを禁止することで、株価下落の直撃を受ける個人投資家を保護し、票につなげようという目論見だという指摘です。

 二大経済紙の一つ『韓国経済』も同様の見方を示しています。

 やはり6日付けの社説で、政府が掲げた零細企業や小規模自営業者に対する4兆ウォン(約4400億円)の緊急融資と合わせ「ポピュリズム色の濃い政策」とし、「市場の信頼と原則を深刻に損ね社会的資源の浪費を招く」と厳しく批判しています。

 そしてその背景に「江西(カンソ)区長補欠選挙の敗北以降の、雰囲気を反転させようとしている」点があると見透かしています。

 ソウルの西端・江西区では10月11日に補欠選挙が行われ、17.15%という大差で最大野党・共に民主党候補が当選しました。やはりニュースレターで追ってきましたよね。

 さらに続々と発表される世論調査では、与党が劣勢に立たされていることは明らかです。このことから、空売り禁止が「選挙用」であると見られているのです。

 また、スクープというべき写真も話題になっています。

 発表の2日前の11月3日に、与党・国民の力の議員が携帯電話で「金浦の次には空売りで注目を集めるつもりだ」とメッセージを送っているシーンが国会で撮影されたのです。

 「金浦(キンポ)」というのは、ソウル市に隣接する金浦市をソウル市へと編入しようという与党の政策です。この写真が示すように、政治的な意図の下に政権と与党が空売り禁止を押し出すことは、既に噂されていました。

「金浦の次には空売りで注目を集めるつもりだ」というメッセージ。ニューシスより引用。


「金浦の次には空売りで注目を集めるつもりだ」というメッセージ。ニューシスより引用。

***

 発表からひと晩明けた6日の株式市場は、KOSPI(韓国総合株価指数)が5.66%、新興株式市場のKOSDAQでは7.34%の上昇となりました。韓国メディアは「暴騰」と表現しています。

 この理由についてやはり韓国メディアはこぞって「空売り全面禁止措置の影響」と見立てています。

 空売りが禁止されたため、投資家は返済するための株を買わなければならず、そのために株価が上昇したというものです。

 実は韓国で「空売り」が禁止されたのは四度目です。

 一度目は08年のいわゆるリーマン・ショック時に8か月間、二度目は11年の欧州債務危機の際に3か月間、そして20年新型コロナが拡散した際に14か月続きました。

 いずれも株式市場の暴落を防ぐために行われました。当時は「国際的な金融システムの危機だった」(経済紙)といいます。

 しかし空売り禁止は、証券市場を後押ししないという評価を韓国メディアの多くで下しています。

 08年にKOSPI指数はマイナス1.7%(3%とも)、11年には5.6%の上昇、新型コロナの際には空売り禁止期間の間に80%上昇しましたが、空売り再開後に27%が下落したそうです。これは量的緩和の影響と見る向きが強いです。

 こうした過去の履歴から「中長期的に見て空売り禁止が株価上昇に必ずしもつながる訳ではない」(SBS)としています。

7日のKOSPI指数と一週間のチャート。韓国証券取引所より。


7日のKOSPI指数と一週間のチャート。韓国証券取引所より。

***

 今後の見通しについては、今はまだ分かりません。予定通り来年の6月末まで続けるのかも不透明です。

 しかしながら既に、韓国の金融市場は信頼を大きく損ねたと見る他にないでしょう。

 前出の『毎日経済』の社説では尹錫悦政権が進める『MSCI(モーガンスタンレーキャピタルインターナショナル)先進指数』への編入も困難になる他にない」と言及しています。

 理由は「市場のパニックも存在しないのに空売りを禁止するほど後進的な市場を、先進指数に編入させる可能性は万に一も無いから」と厳しいものです。なお韓国政府は今年4月まで、同指数への編入を目的に掲げていました。

 同紙はその上で「空売りを全面的に認めながら金融機関の内部統制システムを改善し処罰規定を強める、親市場的な解決策が優先されるべき」と強調しています。

 一方、政府は強気な姿勢を崩していません。

 7日には国会に出席した財政トップの秋慶鎬(チュ・ギョンホ)企画財政部長官(兼副総理)が今回の決定に対し「必要な措置」であると述べ、「うまい政策だと思うか」という野党議員の質問に「今はそう判断している」と答えました。

 政府は来年6月までの禁止期間中にシステム的な対策を立てるとしています。

 まるで現時点では何も考えていないような印象ですが、今回の決定の背景が完全に明らかになるにはもう少し時間がかかるでしょう。

 空売り禁止から二日目となった7日のKOSPI指数は一転して2.3%の下落となりました。『聯合ニュース』では「空売り禁止の効果は既に反映された」という識者のコメントを紹介しています。政府はどう着地させるつもりでしょうか。

***

◎韓国社会(2):与党が打ち上げた「金浦市のソウル編入案」に世論は冷ややか

 先月30日に与党・国民の力がぶち上げた金浦(キンポ)市をソウル市へと編入させるという案ですが、今なおトップイシューの一つとなっています。

 私自身、金浦に住んでいることもあり、人に会うたびに「つかみはOK」とばかりに笑い話にしているのですが、現実はそう単純ではありません。

 最大野党・共に民主党は一貫して反対の姿勢です。

 同党所属で金浦市を抱える韓国最大の自治体・京畿道(キョンギド)の金東兗(キム・ドンヨン)知事は「経済と民生(庶民の生活)を後回しにして、国民を仲違いさせるばかりか、国土まで分割しようとしている。選挙戦略として掲げたならばブーメランになるだろう」と正面から批判し、警戒を強めています。

 京畿道側も説明に努めています。編入後には地下鉄の延長やバスの運行規制緩和などのメリットがあるとしながらも、予算規模の縮小や、経済開発の規制、低所得者の福祉の縮小などデメリットの方が大きいと発表しました。

黒がソウル市、黄色が金浦市。「こんな形の都市はない」と編入案を揶揄する声もあります。共に民主党、京畿道党より引用。


黒がソウル市、黄色が金浦市。「こんな形の都市はない」と編入案を揶揄する声もあります。共に民主党、京畿道党より引用。

 共に民主党は一方で、これを機に行政システムの改編を行おうと逆提案しました。よい機会とばかりに「国家均衡発展」の議論を深めようというものです。

 韓国ではソウル特別市・仁川(インチョン)広域市・京畿道といういわゆる「首都圏」に人口の50.5%(22年時点、統計庁より)が集中しています。与党の提案を機に発展から取り残される地方都市のことも考える契機にしようということです。

 私も今回の話題の中で知ったのですが、韓国の100大企業のうち、韓国第二の都市・釜山(プサン)に本社を置く会社は一社もないそうです。

 なお「国家均衡発展」とは故盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が熱心に推進した政策でもあり、共に民主党にとっては自党のイシューです(文在寅政権では後手後手でしたが)。

 どんな理由であるにせよ「地方衰退」や「地方消滅」という目前の危機が選挙のイシューになることは結構だと思います。

***

 一党の与党は野党のこんな議論をかわしつつも、編入政策の推進に向け態勢を整えています。2日には『首都圏住民便益特別委員会』を党内に設置しました。

 これは従来のタスクフォース(TF)からの格上げとなり「党論として進める」という計画に沿ったものです。

 金浦市長は6日、呉世勲(オ・セフン)ソウル市長を訪ね、編入を直談判しましたが、与党の次期大統領候補の一人でもある呉市長は慎重な姿勢を崩しませんでした。

 呉市長はこの日別の場所で「(編入は)選挙のイシューとして提起されたようだが、それだけにより拒否感を抱かせ、支持する(政党の)性向によって受け止め方が違う。来年の選挙以降までロングタームの中に位置づけ、議論してみよう」(聯合ニュース)と語ったとされます。

 なお、与党の重鎮の一人、洪準杓(ホン・ジュンピョ)大邱市長や、仁川広域市長はいずれも金浦市のソウル編入に反対しています。足並みが揃っているとは言えません。

ソウル市の呉世勲市長。与党の次期大統領候補の一人です。ソウル市提供。


ソウル市の呉世勲市長。与党の次期大統領候補の一人です。ソウル市提供。

***

 世論も比較的冷静な印象です。いくつか世論調査の結果を見てみましょう。

 まず「ソウルに近接する中小都市のソウル市への編入への賛否」を問うものでは賛成31.5%、反対58.6%でした。

 反対の声は「当事者」たる仁川・京畿道では65.8%、ソウル60.6%で比較的高めでした(以上リアルメーター社、11月1日調査)

 「金浦市のソウル市への編入への賛否」を問う別の調査では、賛成33%、反対55.5%となりました。やはり「当事者」地域である仁川・京畿道とソウルでの反対が占める割合は60%を越えていました(以上RnSearch社、11月1~3日調査)

 金浦市では7日から27日まで、各地で住民懇談会を開催するとしています。また、11月末には住民1000人を対象に、ソウル編入への意見を問う面接式の世論調査も行うそうです。

 いずれにせよ、金浦市や九里(クリ)市といった周辺地域のソウル市への編入手続きは、最大野党・共に民主党が国会の過半数を占める限り実現しません。

 来年4月の選挙を通じて是非を問うことになりますが、この過程で与党は地域住民の欲望を最大限に刺激しようとするでしょう。

 一方で、韓国の主要都市の規模を今よりも大きくし、地方のハブにしようという議論も存在します。生き残りのための方案です。

 最も理想的な形としては、来年4月の総選挙が「韓国の地域発展の未来」を語る場となることですが、どうでしょうか。そうはならないのではという気がします。

与党は一連の提案を「ニューシティープロジェクト」と名付けています。メガシティーなのかニューシティーなのかややこしいですね。同党提供。


与党は一連の提案を「ニューシティープロジェクト」と名付けています。メガシティーなのかニューシティーなのかややこしいですね。同党提供。

***

◎韓国政治(1):与党発?第二の李俊錫ブームも徐々に下がる期待値

 韓国では今、野党よりも与党にスポットライトが当たっています。その中心にいるのが、革新委員長を務める印曜翰(イン・ヨハン、63歳)教授と、李俊錫(イ・ジュンソク、38歳)前代表です。

 政治家としての経験が少ない印委員長でしたが「思ったよりもやる」という評価です。

 例えば当選回数の多い議員に対し、伝統的に保守政党が強い地域ではなく劣勢とされる首都圏への「鞍替え」を迫るなど、連日のように改革案を提案しています。

 そしてその改革案第一号こそが「李俊錫と洪準杓の大赦免」でした。

 李俊錫氏は過去に支援者から性接待を受けた件が持ちあがるや証拠隠滅を図ったことや、党や尹錫悦大統領を「羊頭狗肉」などの激しい言葉で非難したかどで、24年1月まで党員としての権利を停止する懲戒を受け党代表の座を追われていました。

 また現役の大邱(テグ)市長を務める洪準杓氏は今年7月の大雨の際に持ち場を離れゴルフをしたことを咎められるや開き直り、党からやはり10か月の党員権停止の懲戒を受けていました(他にもう一人赦免対象が存在)。

 ですが李俊錫氏は、そもそもが自身を党代表から追い出すための出来事であり、自分は悪くないという立場を崩していません。

 それどころか、革新委員会の役割は「党権を掌握するために行った無理な行いを公開の場で指摘し反省させること」とやり返しました。

 そんな中でも印委員長は諦めずに李俊錫氏の説得に取り組んでいます。理由は、李俊錫氏が20代30代男性の票を集められると同時に、保守政党の革新というイメージを未だ保持しているからです。

与党の印曜翰(イン・ヨハン)革新委員長。同党提供。


与党の印曜翰(イン・ヨハン)革新委員長。同党提供。

***

 5日、釜山(プサン)市で行われた李俊錫氏のトークショーに印委員長が突如おとずれました。あくまでも李俊錫氏を口説き落とそうとする姿勢の表れです。

 しかしここで事件が起きました。壇上の李俊錫氏が印曜翰氏に対し「ミスター・リントン、真の患者はソウルにいる」と英語で問いかけたのです。

 印曜翰(英名:John Alderman Linton)氏は写真の通り韓国人ではなく、米国人です。

 ニュースレター第9号で紹介したように、同氏の一家は曾祖父の時代から韓国で医療奉仕を続けてきた「名門」で、印氏は韓国医療の発展に寄与した功績から12年には韓国初の「特別帰化」を認められています。現在は二重国籍です。

 そんな印氏に敢えて英語で問いかけたことは、人種差別的なものと受け止められました。

 特に、韓国の著名番組に出演経験のある米イェール大学のナ・ジョンホ精神健康医学部教授が自身のFacebookに書き込んだ内容が注目されました。

 ナ教授は「米国で生まれ育ったアジア系の米国人を最も簡単に傷つける言葉は『お前の国に帰れ』というものだ」とし、「李俊錫が印曜翰委員長にミスター・リントンと呼びかけ英語で受け答えしたのはこれと同じ明確な人種差別だ」と指摘したのです。

 さらに米国で同じことをしたら、その政治家は人種差別を行ったとしてその日の内に地位を失うとし、今回の件を「(李俊錫氏は)政治家としての資格に満たない人物で、公式に謝罪しなければならない事件だ」と評価しました。

 他に同じ与党内の議員からも「ヘイトスピーチでは」という批判の声までも上がっています。

***

 李俊錫氏といえば、今や韓国保守のアイコンの一人として完全に地位を得ています。そのキャリアの頂点は今のところ、21年6月に当時最大野党であった国民の力の代表に就任したことです。

 これは当時、画期的な出来事でした。韓国一の伝統を誇る保守政党代表にわずか36歳の人物が就任することなど、常識では考えられなかったからです。

 当時の代表選は党内投票7割、同党を支持する有権者に限る世論調査結果3割を合わせたもので競われたのですが、李氏は世論調査で59%の支持を集め逆転当選しました。

 その後、22年3月の大統領選で同党候補・尹錫悦の勝利に党代表として貢献し、さらに22年6月の全国地方選挙での圧勝も成し遂げました。

 朴槿惠(パク・クネ)大統領の弾劾(17年3月)以降、離合集散を経て20年4月の総選挙でも惨敗するなど低迷を続けていた同党において、尹錫悦氏と並ぶいわば「新しい顔」となりました。

 過去のニュースレターの繰り返しになりますが、1985年生まれと比較的若い年齢に加え、ハーバード卒という学歴、そしてテレビ討論番組の常連としての知名度、すらすらと自説を述べる弁舌もあり、議員経験はないものの抜群の存在感があります。

 そして、尹大統領とその側近であるベテラン議員たちにより党代表の座を追われてからは、前にも増して正面から大統領と党を批判している点に新鮮さがあります。ひと言で「面白い」存在と言えるでしょう。

 ニュースレター第7号でもお伝えしたように、ソウルの江西区長補欠選挙で与党が大敗するや、涙を流しながら尹大統領の「変身」を訴えました。

李俊錫氏はYouTubeでも積極的にライブを行っている。同氏YouTubeをキャプチャ。


李俊錫氏はYouTubeでも積極的にライブを行っている。同氏YouTubeをキャプチャ。

***

 そんな李俊錫氏ですが、来年4月の総選挙、そして韓国の政界再編のキーマンとして存在感を高めており、相変わらずテレビやラジオ、講演などに引っ張りだこです。

 文字通り、一挙手一投足に注目が集まっています。同氏は「12月に新党結成」を匂わせ、世間の関心を引きつけるなど慣れたものです。7日には「新党結成の可能性は50%。毎日1%ずつ増えている」と語っています。

 世論もこれに応えています。

 李俊錫氏と、その政治の師匠格であり李氏みずからが「大統領にしたい」と公言する劉承旼(ユ・スンミン)元議員が新党を結成する場合、どの党を支持するのか聞いた『メディアトマト』の世論調査結果があります(10月24日発表)。

 これによると『劉承旼・李俊錫新党』が結成される際の支持率は17.7%と、共に民主党38.1%、国民の力26.1%に次ぐ数値でした。

 特に、共に民主党支持層の17.9%、国民の力支持層の13.9%が『劉承旼・李俊錫新党』へと支持を移すことが分かり、その潜在的な人気やニーズが浮き彫りになりました。進歩・保守支持層の双方から一定の支持を得ているということです。

 別の世論調査(10月30日〜31日、PNR調べ)では共に民主党35.4%、国民の力32.2%、『劉承旼・李俊錫新党』21.1%という結果でした。

 最近ではYouTubeチャンネル『汝矣島(ヨイド)再建築連合』を開設し、わずか3か月で10万人以上のチャンネル登録者を集めその人気を世間に知らしめています。汝矣島とは国会議事堂のある中州の名前で、国会の代名詞です。

***

 しかし私は正直、この李俊錫氏を保守革新のアイコン、韓国政治の未来のように持ち上げるメディアの動きに危機感を覚えています。

 取材を申し込もうとしているため今はあまり強く言うことはできないのですが、「アンチフェミニズム」と「能力主義」に代表される李俊錫氏の政治的主張が、経済的にも政治的にも両極化(分極化)にあえぐ韓国社会において、肯定的な影響をもたらすとは到底思えないからです。

 李氏は社会的な葛藤をより深める可能性が高いと考えています。

 人を食ったような口調や芝居じみた態度も、個人としては自由ですが、政治家としてふさわしいのか疑問です。

 とはいえ、メディアの寵児として人気があるのは事実で、本人も大統領が目標であることを公言しているため今後も政治家としてのキャリアを積んでいくことになるでしょう。取材が叶うことをご期待下さい。

 最後に、以前ニュースレターのどこかで紹介したかもしれませんが、李俊錫氏が代表になった際に同氏の主張を分析する番組を一つ作ったので、興味がある方はどうぞ。李俊錫氏の考えは基本的にこの時の主張と変わっていないと思います。

***

◎韓国政治(2):進む正義党の分裂、選挙は「ビッグテント」で

 第三野党の左派政党・正義党は6日、再建に向けた議論を終え結論を出しました。

 来年4月の総選挙で『緑の党』『進歩党』『労働党』という左派政党と共に、韓国最大の労働組合団体『全国民主労働組合総連盟 (民主労総)』などと選挙連合を組むことを発表しました。

 これにより7日、李貞美(イ・ジョンミ)代表をはじめとする現在の指導部は辞任し、非常対策委員会を発足させることになりました。

 選挙連合というのは、選挙用のための新たな党を作り、そこに集まって最大限の議席数を確保した後で、それぞれの党に戻り活動を続けるというものです。

 韓国の国会では未だ比例制度をめぐる議論がまとまらず、次期総選挙の選挙制度が確定していません。

 ですが現行の「準連動型」が維持される前提で考える場合、まとまった方が有利になるためです。

※準連動型:比例代表の議席数を小選挙区の議席数と政党の得票率に連動(50%)するもの。(例)比例で10%を得票した政党は、300議席中10%にあたる30議席のうち50%の15議席を割り当てられる。小選挙区で2議席しかない場合には13議席を比例で得られる。

 しかしながら、これはあくまで選挙に向けた方策に過ぎず、正義党としてのビジョンを示すことについに失敗しました。

 『聯合ニュース』によると、前回20年4月の総選挙で比例代表として同党から政界入りした張惠英(チャン・ヘヨン、36歳)、柳好貞 (リュ・ホジョン、31歳)の若手議員2人は7日、党内の自派閥による声明書を通じ「正義党の再創党(再結党)と新党の推進は昨日で完全に失敗した」と指摘しました。

正義党の張惠英議員。同議員ツイッターより引用。


正義党の張惠英議員。同議員ツイッターより引用。

正義党の柳好貞議員。同議員ツイッターより引用。


正義党の柳好貞議員。同議員ツイッターより引用。

 両議員はまた「これからは正義党内の議論に縛られず、あらゆる可能性を開き多様な方式で政治の再編と新党推進を行う」と明かしました。

***

 これにより、正義党は分裂することが確実となりました。

 民主労働党をその礎とする同党は労働者を代表する党として「正義が実現する福祉国家」を目標としてきましたが、ここ数年は巨大両党の対立の中で存在感を示せず、さらに多様化する社会問題を前に旗幟を鮮明にできずにいました。

 何よりも最大の問題として前回20年4月の総選挙での不運がありました。

 同党は当時、選挙制度の改革を牽引し「準連動型」の導入に大きく貢献した上で、議席の大幅な拡大を見込んでいました。そこに巨大両党が掟やぶりの衛星政党を作った影響が直撃したのです。

 得票数で考える場合、正義党は本来ならば15議席を獲得できたはずでしたが、両党の衛星政党にはばまれ6議席に終わりました。このショックをついに克服することができませんでした。とても残念です。

 韓国の左派勢力が今後、どのように再編されるのかも次回の総選挙での大きな焦点となります。遠からず選挙制度が「準連動型」で決まる場合に動きが活発化するものと見られます。12月以降に注目です。

***

◎ショートニュース

(1)「短髪なのでフェミニスト」20代男性がコンビニ女性店員に暴行

 韓国メディアによると、4日深夜、韓国南東部の都市・晋州(チンジュ)で20代の男性が、コンビニで勤務中の20代の女性店員を暴行する事件が起きました。

 酔った状態で入店した男性は、店内の品物を投げつけるなどし、警察に通報しようとした女性店員の携帯電話を奪い、さらに暴力を振るいました。

 男性は現場にかけつけた警察により検挙されましたが、店員女性も耳を痛め靱帯が切れるなどの重症を負い、止めに入った50代男性も額や鼻や腕を骨折する重傷を負いました。

 取り調べの中で男性は「(アルバイト女性の)髪が短いのを見るとフェミニストに間違いない」、「自分は『男性連帯(男性優越主義者が集まるコミュニティ)』の者だが、フェミニストは懲らしめる必要がある」といった旨の発言をしていたとされ、社会に衝撃を与えています。

 この事件は英国『BBC』のアジア版でも報じられました。記事では「韓国では短い髪の女性は以前にも攻撃の対象になってきた」と指摘しています。

 韓国のウェブメディア『女性新聞』によると7日、事件が起きた晋州地域の女性団体や政党、市民団体などが晋州市庁で会見を開きました。

 会見では「頻繁に起こる女性暴力事件により、女性たちは一人で散歩することすら怖い」、「連続して起こる女性嫌悪犯罪により、女性たちは安全に生きる権利を奪われている」と主張しました。

 現在、韓国のツイッター(現X)では、被害女性に連帯するためのハッシュタグ投稿(#여성_숏컷_캠페인、女性ショートカットキャンペーン)が行われています。

7日の記者会見の様子をトップニュースとして伝える『女性新聞』。同サイトをキャプチャ。


7日の記者会見の様子をトップニュースとして伝える『女性新聞』。同サイトをキャプチャ。

***

(2)セウォル号の裁判は海洋警察庁長の無罪で決着

 2014年4月16日に起きた『セウォル号沈没事件』。仁川(インチョン)から済州島(チェジュド)に向かう船が過積載などでバランスを失い沈没し、修学旅行中だった高校生250人を含む304人が亡くなった痛ましい事故でした。22年10月に梨泰院で起きた転倒事故と同じく、韓国では『セウォル号惨事』と呼ばれます。

 事故当時、ソウルに住んでいた私は主夫として毎日、家で生まれたばかりの娘の面倒で見ていました。娘を抱っこであやしながら、テレビで中継される沈みゆく船の姿を見守るしかなかったあの時の情景を思い出すと心が苦しくなります。

 似たような経験をした人は多いはずで、遺族にとっては取り返しのつかない痛ましい事故であることはもちろん、韓国の社会的トラウマであるといっても過言ではないでしょう。

 韓国の大法院(最高裁判所)は2日、キム・ソッキュン元海洋警察庁長など、事故収拾の指揮にあたった11人のうち、9人に無罪を宣告しました。

 11人は2019年に、検察の特別捜査団により業務上過失致死などの嫌疑により告発されていました。救助に失敗した罪を問われてのものです。一審と二審ではいずれも9人に無罪が宣告されていました。

 『SBS』によると、裁判では「海洋警察の救助と指揮能力に問題があるとはいえ、乗客の死亡を予見した上で必要な措置を取らなかったという過ちが十分に立証できない」とされました。

 また「事故当時、セウォル号の船長が乗客に対し退船命令を出したとウソの交信をしたこともあり、海洋警察が状況を把握するのが難しかったと判断した」とのことです。

 一方で、事故現場を管轄する木浦(モクポ)海洋警察署長と、同警察所属艦の艦長の2人には公文書偽造の執行猶予付きの有罪が認められました。

引き揚げられ木浦新港に置かれているセウォル号の船体。家族協議会HPより。


引き揚げられ木浦新港に置かれているセウォル号の船体。家族協議会HPより。

 判決後、『4.16セウォル号惨事家族協議会』や『民主社会のための弁護士会』など事故の解明に関わってきた人々が会見を開きました。

 会見を詳報した『ハンギョレ』によると、彼らは「今回の判決は国民の生命と身体の安全を守るために努力すべき責任者に対し、現場の状況を積極的に把握しなくとも良いという信号を与えたに等しい」と指摘しました。

 さらに「災難が起きている状況の中で、誰一人最善を尽くす必要はないと宣言しているもの」と強く批判しました。

 この指摘は非常に重いものがあります。

 昨年の梨泰院惨事で責任を取った政府高官が誰一人としていないこととも相まって、韓国における政府の役割の「下方修正」という流れが押し寄せてくるのを感じます。

***

(3)メガバンクの平均給与が1億ウォンを突破、高まる庶民の不満

 『SBS』ニュースによると、韓国の5大銀行(KB国民銀行、NH農協銀行、ウリ銀行、ハナ銀行、新韓銀行)における昨年の役員・職員を合わせた平均年俸が1億ウォン(約1100万円)を突破したとのことです。

 日本ではどうなのでしょうか。少し調べたところ、三井住友銀行がトップで850万円ほどとなっています。役員の年俸が含まれているのか分からないので、あくまで参考です。

 しかし興味深いのが、韓国ではこうした銀行の成果が、必ずしも良い目で見られないという点です。

 背景には高まり続ける金利の問題があります。

 前出の5大銀行における家計融資(家計に使える目的を問わない融資。住宅を担保にするものと信用を担保にするものがある)の平均金利は4.5%を越えています。

 一方、23年9月時点での家計融資の規模は1079兆ウォン(約124兆円)と、過去最高を更新しています。さらに毎月5兆ウォン(約5700億円)以上のペースで増え続けています。

 これは庶民が生活費などの足しに融資を受けていることを意味します。庶民が金利に敏感になるのはある意味当然で「濡れ手に粟」で利益を増やす銀行に対する反感が生まれる素地は十分にあります。

 実際に5大銀行における昨年の利子収益は、前年比20%以上増加した36兆2000億ウォン(約4兆1500億円)に上ったとされます。

1日、市民と経済に関するタウンミーティングを行う尹錫悦大統領。後に「やらせ」が発覚したシーンもありました。大統領室提供。


1日、市民と経済に関するタウンミーティングを行う尹錫悦大統領。後に「やらせ」が発覚したシーンもありました。大統領室提供。

 資金の流出を防ぐために、上がり続ける米国の金利を追いかける利上げが必要だったとはいえ、今や銀行は「庶民の敵」のようになりつつあります。

 尹錫悦大統領もこの不満をうまく自身への支持に結びつけようと考えているようです。

 先月30日には国務会議(閣議)で「小商工人は稼いだお金を銀行の返済にあてていて『まるで銀行のしもべのようだ』とため息をついていた」と述べました。

 さらに翌11月1日には「わが国の銀行は一種の独寡占であるためパワハラを多く行う。わが国のこんな独寡占システムを、どうにかして競争する形にしなければならない」と続け、銀行への圧迫を強めています。

 7日には財政トップの秋慶鎬(チュ・ギョンホ)企画財政部長官(兼副総理)も「(銀行を利用する)中産層・庶民層の民生は困難な状況にあるため、銀行に対する視線が非常に良くない」と追い打ちをかけました。

 これを受け銀行も利子のキャッシュバックや一定額の生活費支援額の支給など、次々に利益を還元する「対策」を打ち出しています。

***

◎あとがきに代えて:リクエストをください

 冒頭でも言及したように、韓国メディアの記事を見ていると、すべての話題が総選挙に収斂されていくような錯覚に陥ります。

 日本では想像もつかない巨大両党制がその背景にあることは間違いありません。マルかバツか、で全てがくくられ説明できてしまうのです。

 一方で、こうした構造を変える手立てもまた、総選挙しかありません。多様な集団を代表する政党が生まれ、しっかりと根を降ろすことが何よりも求められています。

 それはともかく、今号はあまり面白くなかったのではないかと思います。書いている私自身がうーんという感じでしたので、おそらくそうだと思います。 

 理由はズバリ、私が関心を持つ分野に広がりがないためです。

 薄々お気づきかと思いますが、私は基本的に南北関係と朝鮮半島情勢を軸に、韓国政治までが射程となっていまして、その他の社会的な動きへの洞察が鈍い部分があります。これは単純に、関連する本の読書量が足りないためでして、韓国メディアの記事以上の説明をすることが難しいなあと感じています。

 とはいえ、そうも言ってはいられないのでこれからも続けていきますが、社会面ではもう少し分野を絞っていこうと考えています。

 できるだけ日本と似たような問題…例えば少子化、地方消滅、貧困、ジェンダー格差、高齢化などに絞っていくことで、より有用なレポートになるのではないかと思います。

 あらゆる分野に精通することは現実的に不可能ではありますが、もう少しクッキリとやっていきます。何かこれだ!というリクエストがある方は、コメントやスレッドに書き込んでください。

 スレッドのリンクはこちらです。

 今は8日の午前1時なのですが、金浦市(もうすぐソウル市!?)の外の気温は2度です。

 近所に今から行けるおでん屋でもあれば良いのにと思いつつ、今日はここまでにいたします。それではまた次回お目にかかります。試行錯誤の毎日です。(徐台教)

元媒体の号情報

元媒体の発行日
当サイトへの掲載日
元媒体
この号をtheLetterで開く(外部サイト)

この記事をたどる

基本索引へ