◎金正恩氏から岸田首相宛に「初の」見舞い電
能登半島地震の発生から4日後の今月5日、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の金正恩国務院長が岸田文雄首相に以下のような見舞い電を送った。
日本国総理大臣 岸田文雄閣下
日本で不幸にも新年の年初から地震による多くの人命被害と物質的損失を被ったという報に接して、総理大臣と総理大臣を通じて遺族と被害者に深甚なる同情と見舞いを表します。被災地の人民が一日も早く震災の被害を無くし、安定した生活を回復することを祈願します。
2011年年末に父・金正日(キム・ジョンイル)総書記から権力を継承して以降、金正恩氏が災害に関して日本政府に見舞い電を送ったのは初めてのことだ。 韓国の通信社『聯合ニュース』によると、北朝鮮は過去、イランやシリア、キューバなど「反米戦線」の国家で起きた災害に対してのみ慰労電を送ってきた。
一方で過去、1995年の阪神淡路大震災の際に姜成山(カンソンサン)首相から村山首相宛てに、さらに2011年の東日本大震災の際には金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長名義で朝鮮総連にそれぞれ、見舞い電が送られている。
林芳正官房長官は6日、金正恩氏の見舞い電に「感謝の意」を表明し、返信は見舞い電を送った各国と同様に現時点で行っていないと明かした。また、今後の対応については回答を避けた。
両首脳の胸中やいかに…。筆者作成。
◎国策シンクタンクがレポートを発表
一見、友好的な北朝鮮のこんな「突飛な」行動をどう捉えるべきか。韓国ではなんと、警戒の声が上がっている。
国策シンクタンク『統一研究院』は8日、『金正恩の日本の地震への慰労書簡の背景と含意』というレポートを発刊し、今回の出来事の背景を分析した。
これによると、先月26日から30日までかけて行われていた朝鮮労働党中央委員会第8次第9回全員会議拡大会議(日本では中央委員会総会とも)の「結論」部分で北朝鮮は、「日米韓三角共助体制」を非難しながら日本を「米国の対北敵対視政策の子分、忠犬」と蔑んでいた。
それにもかかわらず、金正恩名義という首脳間での「比重の高い」見舞い電を送った目的について、レポートでは「通日封南」と「対話の意向」という二つの目的があると見立てている。
・通日封南
まず「通日封南」という造語だが、これは「通美封南」を元にしたものだ。
韓国では米国を美国と表現する。「通美封南」とは米国とだけ対話をし、韓国を朝鮮半島の未来を決める対話から除外するという、北朝鮮の外交政策の特徴を指す言葉だ。
なぜこのような言葉が成立するかと言うと、朝鮮半島問題は一般的に北朝鮮の核問題と米国の北朝鮮敵視政策(停戦のままの朝鮮戦争)がセットで語られるためだ。この時の対話の主体は北朝鮮と米国となり、北朝鮮の外交はもちろん、米国の世界政策に口を出せない韓国は自動的に弾かれることになる。
そんな状況は韓国にとって強い焦りをもたらすため、外交上の揺さぶりとして一定の効果を挙げてきた歴史がある。
韓国もまた不利な状況を避けるため、冷戦終結期の保守派や進歩派を中心に、南北対話を積極的に進め、逆にこれをテコにして米朝関係を動かすといった戦略を取ってきた。
しかし、22年5月に発足した尹政権はこんな「南北関係という自主性」を一切指向せず、日米韓関係の強化に全コインをベットしている。
米国もまた韓国と同じ方向を向いている中で、北朝鮮は今回、日本に目標を定め日米韓の足並みを乱そうと揺さぶりをかけているという分析だ。
・対話への強い意志
続く「対話の意向」についてレポートでは、「北朝鮮が、支持率が底ばいとなっている岸田政権を刺激し、人道的な問題を素材にした日朝対話を推進する意向を表明したものと見られる」と判断している。
周知のように、岸田政権の支持率が20%台となる(世論調査によっては10%台も)だ。そんな中、「国際的な基準では住民の40%が正常な食生活を送れていない」北朝鮮にとっては、将来的な人道的支援確保のために日本政府との「ならし作業」を行う事が適切だという論理だ。
さらに岸田首相が「金正恩委員長と直接向き合う」と公言してきた点、さらに昨年には第3国で日本と北朝鮮の間に二度の接触があったと報じられている点を挙げながら「北朝鮮の強い意志を見せるもの」と結論づけている。
レポートではさらに、林官房長官が北朝鮮に回答するかどうかの明言を避けた点を取り上げ、「余韻の残る言及だ」と踏み込んだ解釈を示しながら、日朝間の関係改善の可能性を示唆している。
◎韓国政府には「警戒」と「協力」を
結論部分では韓国政府がどう対応するかについて触れている。
「日本は過去、80年代末から90年代初頭にかけて、さらに90年代末に日朝関係改善に向けた接触を行った」と言及しながら、当時、韓国との調節が足りなかったと指摘している。
レポートでは詳しく触れられていないものの、少し補足説明をするならば、その代表的な例として1990年10月の自民党・金丸信元副総理による訪朝を挙げられるだろう。訪朝団は当時の『三党共同宣言』の中で「できるだけ早い時期に国交関係を樹立すべき」と明かしていた。
これに重大な懸念を示したのが、当時の韓国大統領、盧泰愚(ノ・テウ)だった。
同氏は回顧録の中で、訪朝直後に韓国大統領府を訪れた金丸氏に対し「尋問するように(訪朝内容を)チェックした」と振り返っている。盧大統領の懸念は「事前の十分な協議と、南北関係との連携」がなかった点にあった。韓国の頭越しに日朝の外交関係が進むことへの不快感がそこにあった。
レポートでは今後、人道支援や拉致問題とった議題が日朝間で扱われる際に、日韓は共同の対応策を協議すべきと提案している。
さらに今年の課題として、日米韓が核問題以外にも人道的問題などの重要イシューにおいても実務協議や専門家間の協議が必要と主張している。
◎透けて見える韓国の事情
南北対話がない中で日朝対話が行われる場合、尹政権は進歩派などからの強い批判にさらされることになる。
金正恩氏からの見舞い電は、日本にとって取り立てて問題視すべきものではないが、尹政権においては単純な「良いこと」として受け止められない事情があることを、レポートは示している。(了)
◎お知らせ
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