ニュースレター号

[31号] コラム「金か、命か」、イ・ソンギュン自死事件決定版ドキュメンタリー紹介、南北交流本の書評など 全7トピック

 無料登録会員の皆さん、アンニョンハセヨ。韓国の首都圏は先週末から体感気温がマイナス20度近い極寒の日々が続きましたが、ようやくピークを越えたようです。そんな中でも道端の木蓮はつぼみを僅かずつふくらませています。私もまた、春に向けてどんなつぼみをふくらませようかと思いを馳せてみます。

 今号はいつものようにコラム、ドキュメンタリー紹介、書籍、映画の他にショートニュースを用意しました。ドキュメンタリーは12月に亡くなった俳優・李善均(イ・ソンギュン)さんの話です。痛ましい自死からひと月も経たないのにあまりにも動きの早い韓国社会の中ですでに風化しつつあるように感じます。

 目次は以下の通りです。

  • 巻頭コラム:金か、命か

  • ドキュメンタリー紹介:『70日、故イ・ソンギュン俳優の最後の時間』

  • 読書体験:『今の私たちが次の私たちへ』

  • ショートニュース:尹錫悦vs韓東勲など3本

  • カルチャー:映画『オッペンハイマー』〜知的な過保護からの脱却〜

  • あとがきに代えて

***

◎巻頭コラム:金か、命か

 韓国にはいくつもの不名誉な世界一が存在する。老人層の貧困率、自殺率、男女間の所得格差、出生率など挙げればきりがない。中でも、韓国社会を象徴するものとして労働者の死亡事故の多さがある。

 韓国政府が昨年12月に発表した22年の産業災害(労働災害と同義)統計によると年間の労働災害死傷者数は13万348人にのぼり、この内2,223人が亡くなっている。内訳は事故で874人、疾病で1,349人だ。ちなみに、日本における同じ22年の労働災害死傷者数は13万2,355人、死亡者は774人である。日本の人口は韓国の2.5倍であることを考えると、いかに韓国の死傷者の数が多いのか分かる。

 さらに死亡者の数が17年1,952人、18年は2,142人であることも衝撃だ。減るどころか増えているのだ。韓国の産業災害死亡率はOECD(経済協力開発機構)諸国のうち、トルコやメキシコと並び世界最悪の水準だ。韓国政府はそんな統計をポップな絵柄であっけらかんと説明している。

 この事態を改善しようと立ち上がったのは、メインストリームの政治家や大企業でもメディアでもない、被害者の家族たちだった。特に大きなきっかけとなったのが18年12月11日に忠清南道(チュンチョンナムド)泰安(テアン)郡の国営テアン火力発電所で起きたキム・ヨンギュンさんの死亡事故だった。

 石炭運送用のベルトコンベアに挟まれ命を落とした24歳のキムさんの遺体は、発見されるまでの約4時間のあいだ放置されたままだった。キムさんは二人一組と規則で定められた作業を一人で任され、夜6時から翌朝7時半まで休憩時間もないまま働かされ、午前3時20分過ぎに事故に遭った。同僚が緊急停止スイッチを作動させれば防げたはずのキムさんの死。その後、同発電所では2010年から8年間、12人の労働者が墜落など様々な事故で亡くなっていたことが分かった。

 実体を知ったキムさんの母キム・ミスクさんは「二度と息子のような事故が起きてはならない」と闘士となった。労働災害が起きる場合、下請けと共に事業主企業(元請け)への罰金や懲罰的損害賠償を課し、刑事責任を問う『重大災害(企業)処罰法』の成立を訴えたのだ。

 企業票を失うことを恐れた巨大両党(共に民主党、国民の力)の消極的な態度に対し、20年には国会前で29日間のハンストを敢行し命がけで闘った。その結果、法律は成立し22年1月にようやく施行された。ハンスト当時、私もキム・ミスクさんを取材したことがある。静かな、しかし鬼気迫る迫力は忘れられない。

 だが同法の施行には抜け穴が設けられていた。2年の猶予期間を設け「50人以下の企業」を対象から除外したのだ。労働災害事故の背景に、大企業や公共企業が事故の危険が高い建設や工場施設管理といった仕事を下請けに丸投げする「危険の外注化」があることは広く知られている。それにもかかわらず最も危険な現場は無視された。

 理由は経営者にとって過酷すぎる法律だという経済界の懸念だった。安易に下請けに出せなくなり仕事が回らなくなるという金儲けの論理だ。さらに慢性的な人手不足に悩み安全管理のための人員を確保できない現場の苦悩もあった。こうして22年、全体の労働災害死亡者の61.7%が「50人以下の企業」の現場で起き、事故で死亡した労働者の中では約80.9%を占めた。防げたかもしれない死だった。

 そんな猶予期間が今年1月27日に終わりを迎え、同法の全面施行が始まることになっていた。事故の多い建設業をはじめすべての業種を含める場合、50人以下の企業は全国に83万あり、所属する労働者は800万人にのぼるという。全国の中小企業団体の会長は「大きな不安と共に事業をしなければならない」と言い、現場からは政府の支援を求める声が上がっていた。 

 国会で与党・国民の力は「猶予期間終了の猶予」を主張する一方、最大野党・共に民主党は産業安全保険庁の新設し対応すべきとした。いずれも票田である経済界の視線を多分に意識したものだ。そこに毎日平均7人も亡くなる労働者への配慮は無かった。

 国会での議論が平行線をたどる中、従来の取り決め通り27日からの全面施行が決まった。これを受け26日、尹錫悦大統領は「中小企業の困難と民生経済を度外視した野党の無責任な行為に強力な遺憾を表明する」と述べた。

 韓国政治の主流派にとって労働者の生命など眼中にないことが改めて分かる発言だった。労働者が置かれた状況は全泰壱(チョン・テイル)が54年前に「われわれは機械ではない!」と叫び焼身自殺した時からそう変わっていないのかもしれない。「金か、命か」ではなく「金のみ」の大韓民国である。

産業災害(労働災害)の統計をポップに説明する政府のバナー。政府組織・安全保健公団より引用。


産業災害(労働災害)の統計をポップに説明する政府のバナー。政府組織・安全保健公団より引用。

***

◎ドキュメンタリー紹介:『70日、故イ・ソンギュン俳優の最後の時間』(MBC、PD手帖)

 昨年12月27日に自死した韓国のトップ俳優・李善均(イ・ソンギュン、享年48)さん。彼の死は刑法で禁じられている被疑事実公表を行った警察と、それを無分別に報じたマスコミによる「社会的殺人」と見なされ当初から見なされてきました。

 そして1月16日、一連の報道の決定版とも言える番組が放映されました。長い歴史を持つ公営放送MBCの名物調査報道番組『PD手帖』による『70日、故李善均俳優の最後の時間』がそれで、番組の中ではこれまで明らかにされてこなかったいくつかの新事実が公開されました。番組の展開に沿ってまとめていきます。

番組タイトル。同番組をキャプチャ。


番組タイトル。同番組をキャプチャ。

 ・事件のはじまり

 まず「李善均が麻薬を使用した」という事件がどうやって水面上に浮上したかについてです。これはある男性A氏による通報から始まりました。

 23年9月、A氏は自身の恋人女性B氏が別の女性キム氏と共に常習的に麻薬を使用していたと警察に通報します。キム氏がB氏に麻薬使用を継続的に勧めてきたため、B氏のためを思って通報したというのです。警察は捜査を進め、B氏を在宅起訴すると共に、常習者であるキム氏への捜査を本格化させます。

 そして10月18日、仁川警察庁はキム氏を逮捕します。容疑はヒロポンなど麻薬を使用したというものでした。翌19日、キム氏は一度目の調査(被疑者尋問)を受けます。番組では調査が終わった時間を警察の書類から同日14時19分頃と明らかにします。

 その約3時間後「トップスターL氏、麻薬嫌疑で内偵捜査中」という記事がある新聞に出ます。番組ではモザイク処理されていましたが、今もその記事は残っているので隠す必要はないでしょう。『京畿(キョンギ)新聞』による単独記事でした。記事には「2001年にMBCの番組でデビュー」とL氏が李善均氏であると推測できる内容も含まれていました。

 これが事件の始まりでした。A氏は「まさか李善均やG-DRAGON(著名歌手。李善均氏と並んで疑われた)が出てくるとは思わなかった」と振り返っています。

 番組では上記の第一報を書いた記者にも取材しています。

 どこから得た話なのかを問う番組側の質問に「警察でも内部通報者が誰かを探しているが、それは言えない」と答えています。取材源の秘匿は何よりも大事なのでこう答える他にないでしょう。番組はなおも警察に内容をチェックしたのか聞いています。記者は「記事を書く過程で警察に確認した」としています。

 いずれにせよ、キム氏への一度目の調査で「李善均」という名前が出たのでしょう。その後すぐに実名報道に切り替わります。番組では人権弁護士が「内偵捜査の段階から関連人物の陳述がメディアに知られた。とても異例のできごと」とコメントしています。

「トップスターL氏、麻薬嫌疑で内偵捜査中」という京畿新聞の記事。同サイトをキャプチャ。


「トップスターL氏、麻薬嫌疑で内偵捜査中」という京畿新聞の記事。同サイトをキャプチャ。

***

・警察はキム氏の不安定な証言だけが頼り

 23年10月28日、警察が李善均さんをはじめて召還し調査します。5日前の23日、麻薬使用(投薬)の嫌疑で立件し正式に捜査を始めました。李さんはたくさんのカメラの前に立ち、関係者や家族などに謝罪の言葉を述べました。

 番組ではここで「果たして李善均さんが麻薬を使用したという信憑性のある証拠があったのか」と問いかけ、「李善均さんが麻薬を使ったのを見たと証言したのはキム氏が唯一」とこれに答えます。

 その上で、警察がキム氏を取り調べた調書資料の一部を入手し分析します。

 二週間の間に11回の調査が行われ、その内7回の調査で李善均さんの麻薬使用について196回言及されていると突き止めます。

 これに対し麻薬捜査を担当してきた元検事出身の弁護士は「犯行日時、場所、投薬方法、投薬した麻薬の種類などが基本的に確認できてこそ被疑者として立件し強制捜査や召還調査をすることができる」と述べ、「通信(位置情報)などの証拠を集めて、客観的な事実に合わせて陳述を誘導した可能性が高い」と見立てます。

 番組にはその一例が出てきます。

 キム氏3回目の調査の際に、警察が李善均さんの海外出張の日程を挙げながらキム氏の陳述を助けているような内容があったのです。その日の晩と5回目の調査ではキム氏が「李善均さんと会った」とする日にちが異なっていました。こうした整合性をなんとかとろうとする警察の努力を暴いていきます。5回目の調査が終わった時点で李善均さんは立件されます。

 ここでやはり麻薬捜査を担当していた元検事の別の弁護士が登場し「一貫性がないというのは信憑性がないことにつながる。この点までも考慮して捜査すべきだった。一般人ならこの辺で終わり」と警察の姿勢に疑問を呈します。

自身の恋人B氏を通報した男性A氏。図らずも李善均さん自死事件の発端となってしまったが、非常に気に病んでいる様子で気の毒だった。番組をキャプチャ。


自身の恋人B氏を通報した男性A氏。図らずも李善均さん自死事件の発端となってしまったが、非常に気に病んでいる様子で気の毒だった。番組をキャプチャ。

***

・検査結果はすべて陰性も終わらない捜査

 次は検査結果についてです。李善均さんは全部で4回の麻薬検査を行いました。

 10月28日の尿検査で陰性、11月3日に毛髪検査で陰性(国立科学捜査研究院という国家機関での精密検査でした)と続き、11月14日の体毛検査(同研究院)では重量が足りず鑑定不可となり、11月24日にふたたび体毛検査が(同研究院)行われ陰性となりました。

 全て陰性だったということになります。これについて現役の警察官は「通常なら捜査は終わり」と述べています。

 また、現役の法科大学院教授は「最も大事なのは体内から麻薬成分が検出されたか。これが有罪の決定的な証拠になるが出てこなかった。1回目、2回目の体毛検査で麻薬が検出されなかったので、ここで捜査を終結させるのが理にかなっている。しかし、捜査結果の流出を通じ世論の関心を受け、一方では必ず有罪を明かさなければならない圧迫もあった。止まれない汽車になってしまった」と分析しています。

 一方、仁川警察庁は「具体的な証拠があったので捜査を進めた」と弁明しています。番組は「なぜ警察がこだわったか?」と問いかけます。

 そして12月18日、クォン・ジヨン氏(G-DRAGON)が「嫌疑無し」で不送致が決定したことに注目します。

 依然として李善均さんの麻薬使用についてはキム氏の不確かな陳述以外に何もなかったにもかかわらず、警察は両方を嫌疑無しとはできない困難な立場に置かれていたのではないかというのです。前出の弁護士は「圧迫を受け、過剰捜査をしたのでは」と見立てています。

李善均さんの麻薬検査結果一覧。体毛の量が足りなかった一度を除いてすべて陰性だ。番組をキャプチャ。


李善均さんの麻薬検査結果一覧。体毛の量が足りなかった一度を除いてすべて陰性だ。番組をキャプチャ。

***

・犯罪者のらく印を押される

 過剰捜査の一環として「劇場型捜査」がありました。

 李善均さんは三回にわたり警察に召喚され調査を受けましたが、そのいずれも時間が事前にメディアに知らされた上で行われました。特に自死の4日前にあった三回目の召還調査の際の表情や口調は、明らかに苦しそうだったのが印象的でした。

 こんな警察の姿勢に対し、過去に警察庁で人権委員を務めた人権運動家は「李善均は有名人だが公人ではない。(カメラの前に立たせるのは)大衆の好奇心を満たす側面があるかもしれないが、(社会に)知る権利は存在しない」と断じます。

 また「李善均さんが感じる苦痛は大きく具体的だ。一人の人権をめちゃくちゃに扱っていいものではない」と強く批判します。

 警察庁の規則ではフォトライン(カメラの前)に被疑者を立たせることを原則的に禁じています。

 さらに李善均さん側は三回目の召喚では非公開を要請していましたが、警察はこれを拒否しています。なぜかを聞く番組側に対し警察は要請の事実を認めつつ「格好がよくない」と説明したと明かしています。

 前出の弁護士は警察の一連の動きを「劇場型捜査」と称します。

 「世論を通じ被疑者を圧迫するもの。犯罪者のらく印を押し、圧力に耐えられなくなった被疑者の自白をうながすもの」という目的があるとしました。現に、李善均さんが召還される度に数十件の記事が書かれていたことも番組は示しました。

李善均であることが分かった23年10月20日から、自死する前日の12月20日までの記事量を表したグラフ。赤字が召還時の記事量だ。召喚が世間の注目を集めたのが分かる。番組をキャプチャ。


李善均であることが分かった23年10月20日から、自死する前日の12月20日までの記事量を表したグラフ。赤字が召還時の記事量だ。召喚が世間の注目を集めたのが分かる。番組をキャプチャ。

***

・心理学者が読み取る「絶望」と「恐怖」

 番組ではさらに、心理学者による李善均さんの様子についての分析を行っています。

 相談心理学の教授は「最初の召喚時は自身の誠実さや真情性が伝わると期待していたが、三回目の召還ではそうならないという不安が強く高まっている」と見立てています。

 前述したように三回目の召喚調査は自死の4日前です。

 この時の調査は19時間かかり、翌日の明け方5時に終わります。李善均さんは警察から出てきてすぐ記者団の前に立ち「記者のみなさん、長く待たせて申し訳ありませんでした」と発言しています。

***

無料登録会員の方はここまでとなります。この後にもニュースレターは続きます。これを機にぜひサポートメンバー(有料会員)にご登録ください。今年はニュースレターに注力し、たくさんの記事やコラム、カルチャー記事などを配信していきます。よろしくお願いいたします。(徐台教)

元媒体の号情報

元媒体の発行日
当サイトへの掲載日
元媒体
この号をtheLetterで開く(外部サイト)

この記事をたどる

基本索引へ