野党圧勝となった韓国総選挙から一週間。展開の早い韓国社会は既に次の政局に向かって突き進んでいる。だが、韓国社会を理解するためには、選挙結果の分析が欠かせない。日本では見落とされがちな今回の総選挙の要点について専門家に聞いた。
インタビューに応じたのは、李官厚(イ・グァヌ、47)建国大学教養学部教授。韓国で国会議員秘書官を務めた後、英国で政治学博士号を取得。その後は大学の研究院や民主党系シンクタンクで働き、文在寅政権時代には金富謙(キム・ブギョム)国務総理室で演説局長を務めた。
経歴からも進歩系に分類される政治学者ながら、共に民主党をはじめとする進歩政治への辛辣かつ批判的な言説で知られる。インタビューは選挙後の12日に対面で行われ、16日に電話で追加取材を行った。
インタビューに応じる李官厚教授。22年夏には大統領選に敗れた共に民主党の検証委員会の実質的な責任者を務めるなど、党内の動きにも詳しい。12日撮影。
李官厚教授によると、今回の選挙によって、韓国の有権者は尹錫悦大統領の国政運営能力に「NO」の審判を下す一方、大局的には韓国の50代以下で進歩派が優勢であることが明らかになったという。以下は一問一答。
——今回の総選挙では全300議席のうち野党系が192議席、進歩系に限っても189議席を占める野党大勝に終わった。総選挙の結果をどう評価するか。与党は22年3月の大統領選、同6月の統一地方選と連勝していたが、それが止まった。
代議制民主主義の原理というのは、選挙を通じ国民がその権力を特定の政治勢力や政治家に預け、うまくいけばそれを維持し、そうでなければ交替するというものだ。
こんな意味で、前回の大統領選(22年3月)が文在寅政権に対する評価であったならば、尹錫悦政権の発足(22年5月)から2年を迎えた時期に行われた今回の選挙は、尹政権の中間評価の意味合いがあった。
ここで進歩派が勝利したことで、均衡が再び取れたと見ている。つまり、文在寅政権に対する評価は終わり、勝負が原点に戻ったと見ている。
今回の選挙結果。筆者作成。
4月10日午後6時の投票締め切りと同時に、55万人(当日出口調査50万人プラス事前投票者5万人への電話調査)を対象する出口調査の結果が発表され、野党の圧勝予想が伝えられた。国会の一角に作られた共に民主党の速報室は党関係者の歓声に包まれた。10日、筆者撮影。
——尹錫悦政権への低評価が今回の選挙結果につながったと見る向きがある。いったい何が問題だったのか。それほどまでにひどいのか?
金大中政権(98~03年)以降の政権の中で、最も早く政権への信頼が崩れた政府ではないかと見ている。検察出身の人材を多く登用する点への批判などがあったが、そんな社会の評価にとても鈍感だ。政府の有能さというのは、多様性と疎通から表れる。過去2年間、この部分が不足し「不通政府」となってしまった。
政治経験や人材プールを持たない尹大統領は変化の機会を捉えられなかった。特に与党の力を借りるべき時に、逆に与党を強くリードしようとした。こうした点が敗北につながったと見ている。
政権への評価というのは通常、政策・理念・国家運営能力という3つの段階に分かれる。「政策」への評価は文字通り、政策の質を問うもので、最も高いこの次元に達していれば選挙も政策選挙となる。
次の「理念_については、進歩もしくは保守的に偏向しているかどうかを判断するものだ。しかし尹政権に対して国民は、より本質的な「一般的に国家を運営する能力があるか」を判断したことで票差が生まれた。
選挙前に話題になった「長ネギ事件(※1)」もその一例だ。国民は大統領が物価を知らないということに怒ったのではなく、経済に関心がなく、ぞろぞろと付いて歩く大統領の周囲のブレーンもまた国政を運営する能力がないと判断したものだ。
今年3月18日、長ネギを手にする尹大統領。大統領室記者団の写真を引用。
(※1)長ネギ事件:今年3月、物価高を点検する名目で尹大統領が農協のスーパーに視察に行った際に、875ウォンで売られている長ネギを手に「合理的な価格だ」と発言したもの。実際にはその4~5倍で売られていることから、尹大統領に批判が集まり失政の代名詞となった。投票場に長ネギを持ち込む政治風刺が流行した。
——大統領に政策の転換を直言する国会議員と大学院生に対し、その場で警備員が口を塞ぎ手足を抱え強制退場させるシーンが今年になって二度も続いた。
国民にとってこの出来事は「権威主義的」と受け止められた。常識的な側面から受け入れられない。(二度続いたことで)大統領に直言できる人がいないことが明らかになった。こんなことも言えないのでは、国政の運営方針について周囲がどう意見できるというのか。
——今回の総選挙の敗北を受け、「尹政権の『レームダック(死に体)』が近づいている」という声もある。どうやり直せるか?
まずはこれまでの国政の運営に対し、国民向けの謝罪談話をすべきと見る。大統領が直接、国政刷新への意志を明かし謝罪することを国民は望んでいるだろう。
そして、内閣や大統領室の総辞職、そして国政運営基調の転換を明らかにした上で、野党と会い(※2)「協治」について話し合う必要があると見る。記者会見という形でもよい。とにかく謝罪が先に来なければならない。
尹大統領は民主化以降(1987年~)はじめて、任期の間じゅう「ねじれ国会」となる大統領だ。予算や法案といった部分で、野党との協力なしに国政をまともに運営できない。このため、野党との協力は何よりも重要になる。
国政を刷新するための最も理想的な手立てとしては、国務総理の人選を国会の推薦に任せ、連立内閣を構成するといったものがあるが、ここまでできれば最大値だろう。
(※2)尹大統領は大統領就任後、野党代表と一度も面談を持ったことがない
——16日、尹大統領は国務会議の冒頭発言をもって、総選挙における与党敗北の総括とした。「結果を謙虚に受け止め、より低い姿勢と柔軟な態度でより多く疎通し、私が率先して民心を傾聴する」としたが、これをどう評価したか。
一生懸命にやる、というだけだった。国政を全面的に刷新するという話はなかった。野党との協力をするといった内容や、市民社会、労組団体などと疎通を強めるという話もなかった。
労働、教育、年金という3大改革を掲げたが、これらはいずれも法案が必要な分野になる。しかし具体的な方法の提示もなく、そもそも先行すべき反省と省察がなかった。変化が感じられない内容だった。
16日、国務会議(閣議に相当)で冒頭発言を行う尹錫悦大統領。一方通行の発言とその姿勢に、保守紙を含む韓国各紙からの批判が相次いだ。大統領室提供。
——尹大統領の「変化」をいつまで待てるか。
6月1日に新たに選出された議員による国会が始まるが、そこまでがリミットになる。それ以前にどこまで国政を刷新する内容を尹大統領が見せられるか。
もし十分でない場合、国会が始まってすぐに大統領夫人やチェ上兵事件(※3)に関する特別検察法が争点になり、政争となる可能性がある。だからこそ、それまでに大統領が総選挙の結果に対する十分な反応を見せる必要がある。
(※3)チェ上兵事件:昨年7月、河川で豪雨による行方不明者を捜索する過程で、海兵隊員チェ上兵が流され亡くなった。この事件を捜査した海兵隊捜査団長パク・チョンフン大佐(52)は、海兵隊第一師団長、第七旅団長、第七砲兵大隊長、第十一砲兵大隊長など8人に「業務上過失致死」の疑いがあると摘示する捜査結果を7月30日に国防長官に報告後、決裁を経て警察に移牒しようとした。 ところが翌日になり国防長官からストップがかかり、海兵隊第一師団長を外せと指示があった。これに反発したパク大佐は8月2日に予定通り捜査資料の移牒を強行したことで現在、「抗命および上官名誉毀損」の容疑で軍事裁判を受けている。事件の本質は「誰が国防長官に指示したのか」であり、海兵隊第一師団長と関係のある尹大統領の関与が濃厚に疑われている。野党は特別検察の導入をいの一番の課題に挙げている。関与が明らかになる場合、弾劾案件にあるというのが一般的な理解だ。
——もう少し選挙の内容に踏み込んでみたい。保守派は総選挙で2度続いての歴史的な大敗となった。文在寅政権で検察総長を務めた尹大統領も元は、保守派の人間ではない。いわば大統領選のために保守派により「輸血」された人物だ。これに検察エリート層が続き、保守派は延命するかのように見えた。だが二度の敗北でそれにも失敗したと見てよいのか?保守派はついに転換期を迎えているのか?ヘゲモニーが進歩派に移動していると判断してよいのか。
韓国社会は明らかに保守優位の社会からの転換点を迎えている。直近まで4度の総選挙を見る場合、保守の議席が持続的に減っている。
第19代選挙(2012年)からの議席数の変化。赤色が現在の与党・国民の力に連なる政党。20代(16年)では122議席、21代(20年)では103席、そして今回の22代では108議席だった。聯合ニュースより。
そもそも今回、与党は韓東勲(ハン・ドンフン)非常対策委員長の下で選挙戦をたたかったが、いったい何が「非常」だったのかが分からない。同委員会ができたのは、昨年10月のソウル江西(カンソ)区長補欠選での敗北がきっかけだったが、この選挙は尹大統領が主導した選挙だった(※4)。
通常ならば、大統領室の失敗であったため政府が責任を取るべきだったが、大統領は党に責任を取らせ、側近である韓東勲氏を非常対策委員長に据えた。これは韓国の保守政党のやり方ではない。
保守派は朴槿惠大統領の弾劾(17年3月)以降、今なお正常化していないと見る。検察エリートは保守派の「空白」を埋めた形だが、今回の敗北により保守派は今後、劉承旼(ユ・スンミン)元議員のような過去に追い出した中道右派や穏健右派をふたたび引き入れる必要があるだろう。
いずれにせよ、2017年を起点にとても多くものが変わった。民主化以降、ひと世代が過ぎる中で、韓国社会に存在した「保守は有能」、「進歩はアマチュア」という評価は過去の神話となった。
(※4)ソウル江西区長補欠選挙:この選挙の与党候補・金泰佑(キム・テウ)は、23年5月まで江西区長だったが、過去に文在寅政権時代に青瓦台(大統領室)で勤務していた際に得た機密情報を漏洩(金氏本人は公益的な観点から暴露したと主張)した事件の有罪判決が確定し、職を失った人物。だが同年8月15日の『光復節』特赦で尹大統領は服役中の金泰佑を釈放し、ふたたび候補に据え、そして敗北した。一連の動きの背景には、尹大統領の金氏に対する「文在寅政権に立ち向かった人物」という評価があったとされる。
投票日前日の9日、最後の演説を行った後、ソウル清渓川(チョンゲチョン)で支持者と触れ合う与党の韓東勲(ハン・ドンフン)非常対策委員長。大変な熱気だった。畠山理仁さん撮影。
——254の小選挙区のうち、共に民主党と国民の力の議席数の差は71(161対90)あったが、得票率は5.4%P差に過ぎない。一方で比例投票での政党別の得票率を見ると、進歩派と保守派の得票率に明らかに差がある(進歩54.78%、保守42.54%)。こうした点を総合的にどう判断すべきか。
現行の小選挙区制では、両党(二大政党)が各選挙区でとても多くの票を集めるため、そのような事が起きる(編注:254の小選挙区に699人が立候補し競争率は2.75倍だった)。
出口調査を元に、年代別の小選挙区の投票先をまとめたグラフ。50代以下の進歩派優位が顕著だ。KBSの資料を元に筆者作成。
今回総選挙における各党の比例得票率。保守系は42.54%、進歩系は54.78%と差がついた。筆者作成。
一方で今回の比例選挙区での各党の得票率を見ると、進歩が逆転したというよりも「韓国はこれ以上保守派が優位な社会とは言い切れない」と整理することができる。
特に50代以下(~59歳)では20代男性を除いて、全体的に進歩派が優位な社会となっている。60代以上のように例えば北朝鮮に対する脅威を持ち出し「何があっても保守を支持する」という層ではない。この点を日本社会は認識すべきだろう。
——今回の選挙が「政策選挙」にならなかったという指摘がある。李教授本人も「気候総選挙」運動(※5)にかかわっていた。どう思うか?
総選挙であらそう300議席のうち254議席が小選挙区だ。このため、もともと政策選挙になりづらい。ローカルな内容が中心となる。
さらに冒頭で述べたように、今回の選挙は最上位の「政策」を評価する構図ではなく、尹大統領の「国政運営能力」を評価する形で行われたことも一因となった。
だが成果はあった。いずれの主要政党も人口消滅(低出生率)、地方消滅、気候危機に関する公約を掲げ、韓国における三つの国家的アジェンダ(議題)が何かは明らかになった。
また、二大政党共に気候危機を専門とする人材を迎え当選させた。こうした点では明確な変化があったと捉えるべきだ。
(※5)気候総選挙:韓国のシンクタンクやNGOが共同で、気候危機を総選挙のアジェンダに設定するために行ったキャンペーン。1万7000人への世論調査を元に、各選挙区で気候危機に関心を持つ層を可視化させ、候補者や政党の気候危機に対する政策提示を促進した。画期的なキャンペーンだった。
——若者世代について聞きたい。出口調査での比例投票先を見ると、20代と30代に投票先を分散する傾向が見える。若者世代が投票に値する候補を探していると解釈すればよいのか。
まず全体について見ると、60代以上では地域主義(※)と理念(※)に縛られていると判断できる。次に40代と50代は地域主義からは自由であるが、依然として理念的な部分がある。
一方で20~30代は地域主義と理念の双方から自由だ。この世代の女性はジェンダー問題や気候問題、そして公正といった観点から投票先を決めている。20代男性はジェンダー問題を男女の葛藤(衝突)と捉え、一方的に被害を受けていると考える部分があり、李俊錫(イ・ジュンソク)へのファンダムが形成されている。
出口調査を元に、年代別の比例投票先の結果をまとめたグラフ。若者世代では投票先が分散していることが分かる。KBSの資料を元に筆者作成。
20~30代女性の共に民主党への高い好感度が長期的に続くかは分からない。
20代~30代の祖国革新党への支持は、曺国代表に子女の入試問題(※)があり、積極的に支持を得るには難しい状況だ。祖国革新党には明確な限界がある。
整理すると、若者世代に対しアジェンダ(議題)を中心にアプローチできる政党が出現するか、もしくは既存の政党がこの世代にあった政策を打ち出すなど、政策が持つ意味が大きくなってくる。最も良い方向としては、男女間のジェンダー葛藤問題を合理的にどう解決するのかを示すことで、これができれば若者世代からの支持を得ることができるだろう。
——今後、二大政党制から多党制に分かれる可能性は考えられるか
分化する可能性はある。2年前、共に民主党が大統領選で敗れた際の振り返りを党内で行った際に、韓国の有権者の詳細なグループ分析を行ったことがあるが、6つのグループに分けることができた。この時の結果にあるような部分が、今後の政治制度の変化に伴い多様に表れる可能性がある。
当時、詳細な調査を元に明らかになった韓国の有権者グループ。この話はとても面白いので別途行いたい。
今回、進歩派が共に民主党(共に民主連合)と祖国革新党に分かれたが、前々回(16年4月)の選挙での「国民の党」の躍進時にもそうした傾向はあった。民主党内部でも分化が可能と見る。
保守派でも今回、与党の公薦(公認)過程で穏健保守や中道保守に分類される候補が脱落したことで(選択肢が)萎縮したが、この方向を支持する人も相当数いるはずだ。
——正義党(緑色正義党)は今回、議席を獲得できなかった。これをどう評価するか。
今回の総選挙における正義党のたたかいぶりが悪いようには思えない。それよりも過去4年の国会での議政活動に対する評価だと思う。正義党の問題は運動勢力から政党になって20年が経ったにもかかわらず、党内の政派主義を克服できない部分にある。
韓国社会に進歩政党への需要は依然として高い。ただ、これまでのようにやってはいけないという有権者の評価として受け止めるべきだ。
——曺国革新党について、どう評価すべきか。
曺国氏は大法院(最高裁)の裁判を控えているが、夫人と子どもに対しては既に処罰が行われた見ることができる。その上で、その一連の過程が「公正」であったのかという問いが残る。
曺国氏に対し処罰を下した人々はどれだけ道徳的なのか、というものだ。今や政治家となった尹錫悦、韓東勲に対しても道徳的な問題を提起する局面に移っている。
一方で、共に民主党の李在明代表は、自身も裁判をたたかう中で、国会議員の不逮捕特権を無くすという約束を覆すなど、尹政権に対し守勢に回っている部分がある。
曺国氏はこうした点に不満や反感を持つ共に民主党支持者の支持を得ている部分もある。これまで、共に民主党と正義党しか選択肢がなかった進歩派の有権者に対する新たな選択肢となった。
このため、今の祖国革新党の人気にはやや誇張された側面がある。何かを代表している訳ではないため、今後が重要になるだろう。
15日、文在寅前大統領(左)を訪問した曺国氏。進歩派の中で「親文」勢力を形成するのか注目される。祖国革新党より引用。
——最後の質問になる。今回の選挙結果を見た日本市民の中からは「韓国市民はしっかりと尹政権に『NO』を伝えた」ことに対する驚きと称賛の声が上がった。民主主義における韓国ならではの特徴があるか。
韓国政治が多少、ダイナミックな側面がある(笑)。87年に国民みずから民主化を勝ち取ったこともあり、政治的な効能感が生きている。
国民が時の政権に不満がある場合には、公然と批判し、選挙を通じて審判できるという心理が一般化していて、政権交替も頻繁にある。例えば保守と進歩の政権が10年周期だったが、今や5年周期になっている。
また、朴槿惠政権を弾劾したことも作用している。選挙を通じ警告を与えたにもかかわらず国政を運営する方式が変わらない場合に、国民が立ち上がる「怖さ」がある。
——一方で、不平等や格差の拡大、世界最低の出生率などの改善は遅れている。こうした部分では政治的な効能感は落ちているのではないか。
政策的な無能さを正せるという効能感を持っていると見るのは難しいが、少なくとも国政運営能力の有無については国民がとても明確に審判を下そうとする。これは保守と進歩の領域を超えたところにある。