サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。ゴールデンウィークでしたね。韓国も4〜6日まで3連休でしたが、5日の子どもの日は全国的に豪雨でした。ニュースでは「子どもの日は雨の場合が多い」と面白い(?)ことを言っていました。
私も家で子どもと過ごしながら、空いた時間にニュースレターを少しずつ書いていました。
ジャーナル形式、まだ完全に再開とまではいきません。
泣き言のようになってしまいますが、今の時点で最も大事な仕事である本の執筆の最終段階が後回しになってしまっており、完成するまではこれをやらなければなりません。
本のことを考えると本当に色々な焦燥感で倒れそう(肉体的には元気です)ですが、もう一踏ん張りです。不完全なニュースレターではありますが、長い目でもう少しお付き合いください。
今号の目次は以下の通りになります。
・コラム:4月の総選挙報道を終えて
・雑感:YouTube開始から半年
・韓国政治:争点はとにかく「チェ上兵事件」
・あとがきに代えて:ついに尹大統領の記者会見
◎コラム:4月の総選挙報道を終えて
五輪の年には韓国の総選挙がある。日本と異なり4年に一度、決まった時期に行われ、300人すべての議員が入れ替わる国政選挙という名にふさわしい大イベントだ。今年は4月10日投開票で、既報の通り192対108と野党大勝利に終わった。
だが選挙をひと月前に控えた3月中旬頃から、私の心には失望が鎮座していた。野党有利→与党有利→野党有利と情勢が変わる中で、世間やメディアの目は競馬のような勝敗予想に収斂されていったためだ。
こうなると、私が選挙に抱く希望や理想――韓国社会が抱えるたくさんの問題を政治がどう解決していけるのか――は出る幕がなくなる。
ある専門家は「選挙を通じ地方消滅、少子高齢化、気候変動が社会の共通の問題であるという認識ができた」と語っていたが、「どう」は最後まで見えないままだった。
もちろん、この専門家が指摘したように、議席数の約85%という254の小選挙区が選挙の中心となる総選挙の性質上、地域密着型の公約・政策が全面に出てくるほかにない事情は分かる。
一方で、それでは社会問題と政治の関わりを論じる機会が5年に一度の大統領選挙しかないのかという疑問もまた湧き起こってくる。
その上「どちらが勝つか」で一番盛り上がるのが大統領選挙であることを考えると、クラクラしてしまった。いったいいつ、韓国社会の行く末について話し合う機会が訪れるのか。
韓国で頻繁に使われる「各自図生」という四字熟語の通り、結局は自力で生き抜くしかないのではないか。政治はもはや希望たり得ないのではないかとまで思ってしまった。
総選挙当日の投票後に地元投票所の前でパシャリ。なぜファイティングポーズなのかは分かりません。
それでも67%という低くない投票率から、そしてたくさんの取材過程を通じ韓国の有権者の熱をじゅうぶんに感じた。
特に、投票日の取材で出会ったソウル市内でカフェを経営するという35歳男性は印象的だった。
国民の力、共に民主党、正義党と3党の候補が出馬していた地域だった。投票所から出てきた彼は「投票したい人がいなかった」と言うので、若者にありがちな政治不信なのかと勝手に思い込んだら、そうではなく、文字通り「若者のニーズに応えられる政治家がいない」という話だった。
さらにこの男性は「私たちの世代は、セウォル号と弾劾があったから政治に背を向けることはない」と言い切ったのだが、この言葉を聞けたことで選挙取材が報われた気がした。
セウォル号というのは14年4月16日に旅客船が沈没し修学旅行中の高校生250人を含む304人が亡くなった事件で、弾劾というのは17年3月の朴槿惠(パク・クネ)大統領弾劾のことだ。16年末から17年初頭にかけて100万人規模のデモが続いた。
しっかり見ている市民はいる。
とはいえ、今回の野党大勝を受けてもなお社会が良くならないのならば、いよいよ他の先進国で起きているような政治不信や極端なポピュリズム政党の登場といった現象が起きるのではないか。そんな瀬戸際に来ている気がする。
ここまでが選挙の振り返りだ。しかし本音はこれとは別のところにある。ずばり、一連の総選挙報道が終わりひと月近く経った今も「私は前に進んでいるのか」という悩みが尽きないのだ。
20年4月の前回総選挙を振り返ってみる。選挙について書いた記事が少なからず読まれ、当日には全国ラジオで解説したりもしたが、今回もまた同じことを繰り返していた。
確かに、4年前より日本社会への露出は増え、私の声に耳を傾けてくれる方も格段に増えたと実感している。しっかりと変化を見据えながら隣国の動きを解説できる存在が必要であることは自覚している。
一方で、仕事のやり方が変わらないことに焦りを感じているのもまた事実である。特に南北関係の寄与という点では何もできていないこともこの焦りに関連しているだろう。後輩も育てられていない。
一連の選挙取材を行う中で、次の総選挙までには別のやり方を確立すべきという思いが頭を離れなかった。まずは本、そして次にニュースレターをその土台にしていきたいものだ。
◎雑感:YouTube開始から半年
ニュースレター読者の中にはご存知の方も多いと思いますが、昨年11月からYouTubeで『徐台教の韓国通信』というものをやっております。
日本のリベラル系YouTubeチャンネルではおそらく最大の登録者(19.7万人)を持つ『デモクラシータイムス』さんのコーナーの一つとして、二週間に一度、韓国そして朝鮮半島の動きを説明しています。
きっかけは同じ在日コリアンで社会運動家の辛淑玉(シン・スゴ)さんの提案でした。当時、仕事に色々と行き詰まりを感じていたこともあり、ニュースレターと共に新機軸として始めることになりました。
それから約半年。辛淑玉さんの絶妙な司会もあり、番組は今も続いています。4月には韓国総選挙を現場からお伝えする生配信も行い、好評を博しました。
5月7日(昨日)の最新回からは、刑法の専門家・田鎖麻衣子(東京経済大学教授)さんに司会者が代わり、より日本向けの番組として進化させていくつもりです。
番組の風景。私の上にいらっしゃるのが田鎖麻衣子さんです。
最新回の目次。多過ぎませんか!
半年やってみた感想ですが、なかなか大変です(笑)。
日本よりは少ないとは人口5000万人を超える韓国では毎日本当にたくさんの出来事が起きる上に、南北分断という特殊事情を抱えており(余談ですがこれを「特殊事情でない」と考える向きが増えています)、ニュースに事欠きません。
その中でどんなニュースを選ぶのかという、いわば「キュレーション」の難しさがあります。
一方で、毎度寄せられるいくつかの感想を見ると、韓国と日本における社会問題の類似性を指摘する声が目立ちます。
原因にまで遡る場合、日韓で異なる部分は多いのですが、例えば少子化(人口における子どもの割合)では世界ワースト1、2位を韓国と日本が占めるなど、表層面で似ている点が多いことからの指摘でしょう。
現在の再生数は平均で1万2000回程度です。これをあと10倍から15倍くらいに増やせれば、色々と面白いことができそうです。
ひとまず、当分はここにエネルギーを費やしていこうと思いますが、先のコラムで書いたような焦りもあります。
以前どこかに書いたかもしれませんが、私のライフワークは南北関係と朝鮮半島の行く末がどうなるのかをウォッチし、正確な現在地を描くことにあります。それを基に関連国の世論を動かせればなお良しといったところでしょうか。
ただ、この取材をしているばかりでは食べていけないので、社会の多方面に関する記事を書く必要があります。
つまり「やりたいこと」と「やるべきこと」の間でもどかしさ、ジレンマを抱えている訳ですが、この上にさらに書籍の原稿の仕事が重なり、最近はもうギリギリといった形です。
っと、冒頭のコラムと同じオチになってしまいましたが、最新のものと過去の番組一覧はこちらから見られますのでぜひ広めてください。
◎韓国政治:争点はとにかく「チェ上兵事件」
・「領袖会談」が実現、その裏側とは
ここからはその間の韓国政治の動きについて少し振り返ってみます。
総選挙から約3週間後の4月29日に『領袖会談』がありました。領袖とはずいぶん古めかしい言葉ですが、過去に大統領が与党の総裁を兼ねていた際の慣習から来ています。実際には大統領と第一野党の党首の会談です。
最大野党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表は22年8月に同党代表となって以降、8度にわたり尹大統領に会談を申し込んでいました。
しかし大統領選の時から李氏を「確定的な重犯罪者」と言ってはばからなかった尹大統領はこれを拒否し続けてきました。選挙での与党大敗を受け態度を変えたことになります。
4月29日に初めて会談を持った尹錫悦大統領(右)と李在明代表。大統領室提供。
これに関連し、5月7日付けの中道紙『韓国日報』に面白い記事がありました。
今回の会談実現においてメッセンジャーの役割を果たした、両党との関係が深い二人の政治学教授へのインタビューを通じ、会談の裏幕を紹介するものです。
これによると、尹大統領は「成功した大統領になるためには李代表の助けが切実だった」と会談を望んだとあります。
尹大統領はさらに「大統領選の時には競争者だったが、今後はこれ以上あらそう事はないじゃないか」、「これからは競争者ではなく国政のパートナーとして接する」という立場も明かしたそうです。
記事にはまた驚きのコメントもありました。
尹大統領は「李代表をとりまく各種捜査は、現政府ではなく文在寅政権の時に始まったのではないか」、「私の家族もすべて捜査を受け、すべて終わった問題であるにもかかわらず捜査が続いた」と趣旨で述べたというのです。
これは前述したように、李代表をこれまで「犯罪者扱い」してきた尹大統領が、李代表に歩みよるようなスタンスのコメントとも受け止められるもので、尹大統領としてはかなり譲歩したものではないでしょうか。
一方、金建希(キム・ゴニ)大統領夫人が株価操作に加担していた疑惑について、あたかも全て終わったと言わんばかりです。
この事件では金夫人とその母(尹大統領の義母)が、09年から11年にかけて株価操作が行われた該当銘柄を通じ約2億5千万円の利益を得たと、検察が意見書をまとめています。
追加捜査が必要と言われ、それが実現しないことに世間の批判が集まっていますが、尹大統領はこっそりこれを「無きもの」にしたとも受け止められます。
記事ではさらに、会談の席で尹大統領が李代表に対し「総理候補の推薦」を持ちかけたことも明かされています。また、今後も会談を続け、いずれはゴルフや夫婦同伴の会合も持とうと尹大統領が持ちかけたともされます。
こんな領袖会談でしたが、会談に陪席した共に民主党のチン・ソンジュン政策委員長が「せっかくの席なのに大統領が本人の主張と弁明だけ長々と述べた。『牛耳読経(馬の耳に念仏)』、マイウェイ。尹大統領に対する失望がとても大きい」と総評したように、ニコニコ顔で次回以降も続行という雰囲気ではありません。
だからこそ、メッセンジャーを務めた二人の著名学者が敢えて出てきたのでしょう。
「領袖会談」の裏側を明かし、今後も続くようメディアを盛り上げようとしているのでしょうが、尹大統領の姿に脳天気なものを感じます。逆に両者の立場の差が目立ってしまった気がします。
なお、この記事を受けた大統領室は「特使(メッセンジャー)による水面下の交渉」を否定しています。また、総理の人選についても話したことがないと重ねて否定しています。
すると今度は『韓国日報』が公開済みの記事を更新する荒業に出ました。差し詰め大統領室は「強い尹錫悦のイメージを維持したい」といったところでしょうか。この辺の駆け引きも面白いですね。念のため記事を貼っておきます。
・李在明代表への批判
一方、李在明代表への批判もありました。
李代表はこの日、尹大統領の面前でA4用紙10枚にわたるメモを取り出し、尹政権への批判と滔々と読み上げました。この場面は全て生中継されました。
メモの内容はざっとまとめると以下のようなものです。
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政治の成功というのは結局、国民を尊重し国民の思いによく従うことから始まる。
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政府に批判的なメディアに対する懲戒が続くなど「独裁化が進んでいる」(スウェーデン研究機関)という視点がある。
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南北関係に対しては「言葉の爆弾」が「真の爆弾」になるのではないか心配。
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選挙の結果は、民生と経済を再生させ、民主主義をただし、平和と安全を守ることを命じるもの
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(選挙は)民生(庶民生活)の苦しさ、国家的な危機を解決する有能な国政、皆が法の前に平等で公正である常識的な国政、分断や弾圧ではない疎通と統合の国政を注文したもの。
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削減したR&D(研究開発)予算の即時復元。追加予算の形成。
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医療改革には協力。年金改革にも協力。
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国民の生命と安全を守るべき。梨泰院特別法、チェ上兵特別検察法を(後述)。
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エネルギー政策の転換。(再生エネルギーに投資しない)現状のままでは輸出企業への悪影響。
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朝鮮半島の平和に対しても、価値中心ではない実用的な外交を。
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日本に対しても国民の自尊心が損なわれないように努力が必要。
いずれの内容も、今回の総選挙における与党の敗因となったとされるものです。支持者や尹政権に批判的な見方をする人物にとってはスカッとする出来事だったかもしれません。
しかしこれに対しやはり著名教授であるソウル大政治学部の康元澤(カン・ウォンテク)政治学部教授は、『中央日報』7日付けのコラムの中で「形式も内容も領袖会談の水準に合わないものだった。大統領に会おうと言っておきながら、そこで自信の支持層に向けて演説した形だ」と厳しく評価しました。
康教授はさらに、伝統的に民主党(進歩派)に圧倒的な支持を送ってきた湖南(ホナム、全羅南北道、光州広域市)を例に、2つのポイントを提示します。
一つ目は同地域の比例得票率で、共に民主党が曺国(チョ・グク)代表率いる祖国革新党の後塵を拝した点、二つ目は総選挙後の世論調査で共に民主党の支持率(51%)より李在明代表への支持率(37%)が低い点です。
これらから「李代表もまた新たな挑戦に直面している」と結論付けます。
今回の総選挙は「大統領の独走に対する国民の審判だった」としながら「民主党が巨大議席の力だけを信じて独走するならば、今回の選挙で尹大統領に感じたものと同じように、権力の傲慢さを国民が感じるだろう」と戒めたのです。こういう視点は持っておきたいものです。
それでも面白いのは、先に紹介した『韓国日報』の記事も、康元澤教授のこのコラムも、最後の一文は「最初の一杯でお腹は膨れない」という韓国のことわざを引用し終わっているところです。
領袖会談は今後も続くべきという意味ですが、どうなるでしょうか。
・医大定員増には協力
それでも李在明代表は、尹大統領に反対しただけではありませんでした。
「医大定員増員などの医療改革」と「年金改革」については明確に政府を支援すると言いました。これは尹大統領にとっては大きな追い風になるでしょう。
ちょっとここで、医大定員増員問題の現状について書いておきます。
今年2月20日に医大定員増に反対する研修医が職場を離れるストライキを始めたことを皮切りに表面化した政府と医療団体の対立は、今も平行線のままです。
当初2000人だった来年度入試からの増員数は1500人弱まで減ったものの、大韓医師協会といった医療団体はあくまで「白紙化」を求めています。
医大教授も辞表を出している状態であり、このまま政府が医大定員増を確定させる場合、全国50の大学病院は一斉に一週間の「シャットダウン」を行うと予告しています。診療も手術もしないということです。
医師団体、より具体的には大韓医師協会の強情さには呆れるばかりです。ハナから白紙化以外の解決策を掲げていないので、対話も成立しません。
研修医は研修医で、定員増反対を掲げながらも本音は、大学病院で常態化している研修医を安くこき使う慣習を打ち破ることが目的であるため、政府とも医師協会ともうまく話が噛み合いません。
さらにここにきて、政府が当初掲げた「2000人増員」を決めた会議の会議録がないことが明らかになりつつあり、もはやメチャクチャになりつつあります。
通信社『ニュース1』の5月6日付け記事によると、4月30日に裁判所が政府に、2000人増員の根拠と会議録(議事録)を提出するよう要求しました。
これは医大教授や専攻医・医大生そして医大進学を目指す受験生(なんのこっちゃですが)が、保健福祉部と教育部長官を相手どり行っている医大増員執行停止を求める裁判によるものです。
医大定員増を議論したのは政府の「医療懸案協議体」と「保健医療政策審議委員会」、「医師人力専門委員会」などということですが、なんといずれの機関にも会議録がない(一部録音ファイルだけ存在)と同記事では明かされています。
この内容が伝わるや大韓医師協会の前会長はSNSに「関連する会議録がないことが分かった。これから本格的な反撃局面が始まるようだ」と書き込み、騒ぎは大きくなりつつあります。
こんな混乱状態を収拾できるのは、政治しかありません。与野党が力を合わせ、妥協点を見付けるような動きが強く求められる地点であると言えるでしょう。
ちなみに世論調査によると、医大定員増の白紙化(一切に反対)すると答えたのは4.5%に過ぎません。
この問題に関しては尹政権の問題解決能力に疑問を持つ人々は少なからずいますが、医大定員増という方向性への社会の支持は当初から堅調です。
『リアルメーター』社が4月29日に行った世論調査の結果。「医大定員増員をめぐる葛藤(衝突)に対する方案」というテーマです。上から順に「政府が調整し、医大の自律的な増員数を代案とする」33.3%、「増員を原点から再検討し1年間増員を猶予する」27.8%、「原案通りに2000人増員」26.5%、「医大増員自体に一切反対」4.5%、「分からない」7.9%でした。
・領袖会談の結果としての二つの法案 (1)梨泰院特別法
話が横道に逸れてしまいました。本論である「領袖会談」のその後について書いていきます。
会談から3日後の5月2日、国会本会議で2つの法案が可決されました。
ちなみに今行われている国会は、20年4月の総選挙で選ばれた議員によるもの(第21代国会)で、先日の総選挙で当選した議員の任期は5月30日からとなっています。
二つの法案は「梨泰院特別法」と「チェ上兵特別検察法」です。それぞれ見ていきます。
まず「梨泰院特別法」ですが正式名は『10.29梨泰院惨事被害者の権利保障と真相究明および再発防止のための特別法案』です。
法案の骨子は特別調査委員会を設置し、22年10月29日にソウル・梨泰院(イテウォン)の路地で起き159人の死者を出した密集転倒事故の再調査にあたるというものです。
この事故に関しては事故直後に、警察が特別捜査本部を通じ捜査を行っていますが、その捜査が不十分という指摘が遺族やメディアから起きています。
過去のニュースレターに書いたように(25号)、捜査は刑事処罰を前提とするため関連者は防御的になり(警察が警察を捜査する形)、さらに行政安全部やソウル市などの「上級機関」への捜査が形式的なものに終わったとされます。
さらに、同じような事故を繰り返さないためにも「捜査」ではなく様々な立場から事故を振り返る「調査」が必要という論理です。納得です。
同法案は今年1月9日にも国会で可決されましたが、尹大統領が再議要求権(拒否権)を行使したため成立しませんでした。
今回は特別調査委員会の権限を弱める妥協を共に民主党が行い、合意に至りました。事前に大統領室ともすり合わせもあり、ついに法案が成立する見通しです。
韓国メディアには涙を流す遺族の写真が大きく掲載されました。こうした動きは選挙を通じ有権者が大統領に対し強い「NO」を表明したことで可能になりました。投票の意味を雄弁に語るケースでしょう。
法案可決を国会で見守っていた梨泰院惨事の遺族たち。『京郷新聞』より。
・(2)「チェ上兵特別検察法」こそが「本丸」
もう一つの法案「チェ上兵特別検察法」の話をして、この長い政治の話を終わろうと思います。
正式名は『殉職海兵の真相究明妨害および事件隠ぺいなどの真相究明のための特別検事任命などに関する法案』です。
本ニュースレターでも何度も取り上げてきたこの事件ですが、分かりやすく整理すると以下のようになります。
(1)23年7月の集中豪雨の際、水かさの増した河で行方不明者の捜索に当たった海兵隊のチェ・スグン一等兵(死後に上等兵に特進)が急流に流され亡くなる。
(2)パク・チョンフン大佐を団長とする海兵隊捜査団が事故を調査。イム・ソングン海兵隊第一師団長をはじめ8人(第一師団長、旅団長、大隊長2人、中隊長、現場幹部3人)を業務上過失致死の嫌疑があるとまとめ、手順に従い捜査結果を警察に移牒することに。
(3)この過程で、李鍾燮(イ・ジョンソプ)国防長官により一度決裁された捜査結果にストップがかかる。移牒を強行したパク大佐は「抗命および上官名誉毀損」の嫌疑で軍事裁判に。現在も裁判中。
(4)国防部調査本部が事故調査を再検討し、8人のうち大隊長2人だけに「業務上過失致死嫌疑」を適用。6人は除外。
今回、国会で可決されたのは、この一連の過程で何があったのか、その真相を究明するための法案です。
パク・チョンフン大佐(52)。『時事IN』より引用。
具体的には、大きく二つの争点が存在します。
一つ目は、チェ上兵が死亡した経緯についてです。所属していた第一師団の中でどのような指示があり、なぜライフジャケットも着用せず急流の中を捜索させられたのかを明らかにする点です。
二つ目は、パク大佐が事件を警察に移牒する際に、どのような力がはたらきこれを止めたのか、さらにどんな理由から再調査により捜査対象が8人から2人に縮小されたのか。
海兵隊、国防部、大統領室、そして尹大統領まで、登場人物は多彩です。
22年の豪雨の際の対応で不手際を演じた尹大統領を、イム師団長の活躍が救ったことで尹大統領はイム氏に恩を感じていたという指摘があります。
そのイム師団長が処罰対象となっていることを知った尹大統領の激怒が背景にあるという証言もあり、捜査の手が大統領室に及ぶのかが争点となります。
・尹大統領はふたたび拒否権を行使?
この法案をめぐっては、先の梨泰院特別法とは異なり与野党の間で大きな摩擦が起きています。
大統領または大統領室へと捜査の手が及ぶ可能性が高いためで、与党は「政争」とこれを位置づけ、「拒否権を(大統領に)建議するほかにない」と明かしています。
一方で法案を主導した共に民主党側は「国会内の交渉も重要だが、より重要なことは国民の視線」と譲りません。
「国民の視線」といういわば世論を盾にした形ですが、実際に5月1日に発表されたそれなりに信頼度のある世論調査結果があります。
「チェ上兵特別法を第21代国会が終わる前に処理すべきか」という質問に賛成67%、反対19%という結果でした。これはもはや圧倒的な民意と呼ぶ他にありません。
大統領室は新任の鄭鎮碩(チョン・ジンソク)秘書室長を通じ「とても遺憾」とコメントしています。
鄭氏はさらに「協治(協力して政治を行うこと)のインクが乾く前に民主党が『立法独走(議席数にものを言わせ法案を可決すること)』を強行したことは、与野党が力を合わせて民生を改善すべきという総選挙の民意と国民の命令に正面から逆らうもの」と述べました。
ちなみに鄭氏は国会議員5度当選(4月の選挙では落選)、韓日議員連盟の現役会長というベテラン政治家です。
なぜ、共に民主党が法案の議決を強行したのかは、今国会の会期と関わりがあります。
尹大統領が拒否権を行使する場合、ふたたび国会で議決されることになりますが、今のスケジュールですと5月28日にそれが可能になります。この時に造反票が与党から17票(投票は無記名)以上出る場合、「チェ上兵特別検察法」は成立します。
もし、次期国会に持ち越しとなる場合にも同じことが繰り返されます。
4月の総選挙で与党はさらに不利な状況に立たされることになったため、同じく尹大統領が拒否権を行使したとしても、8票の造反票だけで法案が成立します。
笑ってはいられません。大統領室提供。
・窮地の尹大統領
このように、尹大統領は進退窮まった感がありますが、大統領室や与党の反発に一理あることも確かです。
現在、高位公職者犯罪捜査処(公捜処)や警察が「チェ上兵事件」を捜査している中で特別検察を導入することは、既存の捜査が及ばない時に活用するという制度本来の趣旨に合わないという立場です。
ですが、政府寄りの保守メディアやラジオの保守陣営コメンテーターなどの話を聞いていると(私は普段ずっとラジオを聞いています)、大統領の「賢明な判断」を求める声は高まり続けています。
さらに地上波テレビMBCの看板調査報道番組『PD手帖』では4月23日に「故チェ上兵死亡の責任と外圧疑惑―真実は何か?」を放送し、事件を詳細に取り上げました。
番組タイトル。中央は亡くなったチェ・スグン上兵の遺影。番組をキャプチャ。
この中で印象的だったのが、23年7月の事故当時、チェ上兵と一緒に河で流され一命をとりとめた兵士が顔を出して自身の考えを述べるシーンでした。
「スグニの悔しさ(恨)が少しでも晴れればと(番組に)出てきた」という20歳のパク・キヒョンさんです。
しっかりとした口調で「自身が言ったことに責任を持ってこそ真の軍人ではないか。自身が命令をしたことで下の人間が動いて、そんな状況(事故)が展開したのではないか。そう思う」と、海兵隊の責任を正面から問う姿は立派でした。
全国に放送される番組で顔と本名を明かして政府を批判することは、今後の人生で不利益になるかもしれません。それにもかかわらずこのように人生を賭けて証言する人物が出てきたことで、事態が一気に動いたのではないでしょうか。
亡くなったチェ・スグン上兵の同僚、パク・キヒョンさん。番組よりキャプチャ。
徴兵制のある韓国では、そうでなくとも揮発性の高い事件です。大統領が対応を誤る場合、そして大統領が本当に関与していた場合には取り返しのつかない状況になることも考えられます。
それにしても、李在明代表という政治家はつくづく恐ろしいです。
ある専門家は私に「李代表は尹大統領をなるべく早く追い落とそうとするだろう」と耳打ちしてくれましたが、内外の批判をものともせず選挙に大勝した点も含め、間違いなく韓国政界の台風の目と言えるでしょう。
◎あとがきに代えて
なんだかんだで1万字になってしまいました。それでも書いておかなければならないものなので残せて良かったです。
他にもソウル市で学生人権条例が廃止されるといった大きなニュースがあったのですが、これらは今後扱っていきたいと思います。
明日9日午前10時からは尹錫悦大統領の記者会見です。なんと1年9か月ぶり!。ソウル外信記者クラブに所属している私もくじ引きに参加しましたが落選で、テレビ観戦となりますが、どんな会見になるでしょうか。
それではまた次号でお会いいたしましょう。いつもありがとうございます。(徐台教)