ニュースレター号

[55号] 危険な「ゴミ風船」と「拡声器」の応酬、カマラ・ハリス当選時の朝鮮半島の行方、強まる日米韓の軍事的つながり など

 サポートメンバーの皆さん、アンニョンハセヨ。韓国の徐台教です。

 前回の更新から間が空いてしまいました。ご迷惑をおかけしております。至って元気にやっているのですが、押している仕事が多く、なかなかままならない状況です。

 しかしお読みいただけると分かるように、朝鮮半島情勢は風雲急を告げています。なんとか乗り越えていきたいものです。

◎23年の北朝鮮貿易統計

 まずは軽い話題からいきます。

 21日にKOTRA(コトラ、大韓貿易投資振興公社)が『2023北朝鮮の対外貿易の動向』を発表しました。130ページにわたる報告書で、まだ全てに目を通せていないのですが、重要な内容は以下のように整理できます。

・全体の貿易額は27.7億ドル(約4300億円)。前年比74.6%増
・輸入は24.4億ドル(約3800億円、前年比71.3%増)、輸出は3.3億ドル(約500億円、前年比104.5%増)
・貿易収支は21.2億ドル(約3300億円)の赤字。前年比67.1%増
・輸出における最大の品目は「靴・帽子」で、全体における占有率は51.6%(1.7億ドル、約260億円)。前年度の輸出品目のうち最大の占有率だった鉱物性生産品は17.7%(5575万ドル、約86億円)
・輸入における最大の品目は鉱物性生産品で、全体の18.5%(4.5億ドル、約700億円)を占めた。2位は繊維製品が15.2%(約3.7億ドル、約570億円)だった。
・対中貿易が全体の貿易額の98.3%を占めており、依存が深刻。歴代最高値の96.7%(22年)を上回った。
・貿易額2位はベトナム、3位はインド。以下はモザンビーク、オーストリア、アンゴラ、タンザニア、ナイジェリア、アルゼンチン、オランダの順。

 KOTRA側は「新型コロナ以前の規模を回復した」と総評しています。報告書に目を通した後で、続報をお伝えします。

報告書の表紙。じっくり読むべきものです。


報告書の表紙。じっくり読むべきものです。

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◎続くゴミ風船と拡声器の争い、高まる危機感

 北朝鮮が18日と21日に「ゴミ風船(もはや汚物は入っていないのでこの呼び方に変えます。中身は紙くずです)」を飛ばしました。今年に入って9回目です。

 これに先立つ14日と16日、北朝鮮の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長は声明を出し、韓国からのビラが北朝鮮に飛来していることを指摘しました。

 特に16日の談話では「これ以上、見守るだけにはいかない状況がきている。もう一度厳重に警告する。悲惨で驚くべき代価を覚悟すべき」と強い論調で韓国政府を脅しています。

 その上で「私たちの対応方式の変化」を警告しました。

21日に京畿道(キョンギド)坡州(パジュ)市に落ちた北朝鮮のゴミ風船。韓国国防部提供。


21日に京畿道(キョンギド)坡州(パジュ)市に落ちた北朝鮮のゴミ風船。韓国国防部提供。

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 これに対抗し、韓国政府は18日から軍事境界線のほぼ全域にわたって拡声器放送を実施しました。西部・中部・東部と順に行ったようで、国防部はこれを「リレー方式」と名付けています。この方式は19日まで続けられました。

 21日にも風船飛来が続くや、さらに方法をエスカレートさせます。同日午後1時からは、軍事境界線の全域に設置してある24の固定式拡声器すべてを稼働させ、午前6時から午後10時まで北朝鮮向けに放送を行ったとのことです。

 内容は本ニュースレターで後述する在キューバ北朝鮮大使館参事で、昨年11月に韓国入りしたリ・チョルギュさんの消息をはじめとする、北朝鮮の体制批判が多くを占めています。

 6月から本格化している、軍事境界線の北側での地雷埋設に勤しむ北朝鮮兵士に対する「地獄のような奴隷の生活から脱出せよ」という呼びかけも含まれていたとそうです。

 なお、新たに数十万発の地雷が埋められたと言います。南北軍事境界線付近は、世界最大の地雷原ですが、さらに悪い方向にパワーアップしています。

 韓国の全面的な拡声器放送実施により、北朝鮮からのゴミ風船飛来が一度は止んだものの、23日にふたたび実施されています。24日にはソウル龍山(ヨンサン)区の大統領府敷地内に風船が落下した事が明らかになっています。

 5月末にはじめて「汚物風船」が飛来した際には大騒ぎになったものですが、もはや韓国でもあまり驚きをもって受け止められなくなったゴミ風船。

 しかし、その緊張の水位が徐々に高まっていることを忘れてはなりません。拡声器放送も絶え間なく行われ、ゴミ風船の飛来も続いています。これこそが私が何度も指摘してきた「紛争の常態化」です。

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 こうなるとどこかで一線を超える事態が起きる可能性が高まります。

 現に北朝鮮は「新しい方式の挑発」を行うことを言明しています。それが何かは分かりませんが、北朝鮮はやると言ったことはやります。

 なお、これについて24日、韓国の申源湜(シン・ウォンシク)国防部長官は読売新聞とのインタビュー(インタビューは22日のもの)で「北朝鮮の新たな対応として「(韓国側からの)風船を直接攻撃するか、風船を飛ばす拠点を銃撃や砲撃する可能性もある」と述べています。

 また、別の対応として「地雷の埋設やドローンを使ったビラの撒布、GPS妨害電波の発信などもあり得るとしています。

 実に恐ろしいことです。

 こうなる前に、大元の原因となっている韓国の市民団体によるビラ撒布を禁止すべきでしょう。

 今年4月から既に3か月にわたって飛ばしており、その目的の一部は達成したと見るべきです。緊張を管理するために、今は政府が止める時期に来ています。

ゴミ風船は24日、ソウル市内の延世大学の敷地内にも落ちました。文在寅政権時代に外交安保の参謀の一人だった崔鐘建(チェ・ジョンゴン)同大教授が、自身のFacebookで「これが『力による平和』の結果か」と尹政権を非難しています。同氏のFacebookより引用。


ゴミ風船は24日、ソウル市内の延世大学の敷地内にも落ちました。文在寅政権時代に外交安保の参謀の一人だった崔鐘建(チェ・ジョンゴン)同大教授が、自身のFacebookで「これが『力による平和』の結果か」と尹政権を非難しています。同氏のFacebookより引用。

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◎脱北民の元議員が統一政策実施の要職に

 太永浩(テ・ヨンホ、61)元議員が22日、民主平和統一諮問会議(民主平統)の事務処長に就任しました。

 同組織は憲法に明記された国家機関として、大統領に統一政策の樹立と推進といった形で諮問することを任務とする組織です。韓国や日本を含め、世界に約2万1000人の諮問委員を擁し、統一や南北関係に関する世論を吸収し、拡散する役割も担っています。

 ちなみに私も過去に一度、諮問委員をやりましたが、あまりにも意味のない外面だけの組織に感じられ、辞めました。

 太永浩さんは北朝鮮の外交官出身で、駐英北朝鮮大使館で公使を務めていた16年8月に韓国入りしました。

 その後、20年4年の総選挙で国会議員となり、今年4月の総選挙で再選を狙うも落選しました。

 事務処長は次官級であるものの、腰掛けの名誉職でもあります。それでも脱北民がこの職に就くのは象徴的です。北朝鮮の体制を真っ向から否定する尹政権ならではの人事でしょう。

 私も太永浩さんとは、食事や面談、インタビューなどで何度かお会いしたことがあります。誠実で良い方なのですが、保守政党下では一つの「道具」のようになってしまうのが残念なことです。

 といっても進歩派政党は脱北民に見向きもしないので、選択の余地はないのですが。

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◎北朝鮮外交官リ・イルギュ氏が韓国に亡命

 ここ十日間のニュースの中で、最も驚きをもって受け止められたものの一つに、元在キューバ北朝鮮大使館参事官のリ・イルギュ(52)さんが顔出しで韓国メディアに登場したことがあります。

 昨年11月にキューバから韓国に直接亡命したリさんは、写真のように端正なマスクに加え、歯に衣着せぬ物言いもあり、強いインパクトがあります。

リ・イルギュさん。聯合ニュースより引用。


リ・イルギュさん。聯合ニュースより引用。

 その発言内容は、亡命者という性質上、どうしても金正恩体制の問題と限界を語るものが多いですが、米朝外交の読み方などは非常に興味深いものがあります。

 『朝鮮日報』と『聯合ニュース』の日本語記事をリンクしておくので、後で読んでみてください。

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◎カマラ・ハリス大統領下で朝鮮半島政策はどうなる

 21日(現地時間)、今年11月の大統領選を辞退することを明かしたバイデン米大統領に代わって大統領選をたたかうとされる、カマラ・ハリス副大統領。

 いくつかの世論調査で、共和党のトランプ前大統領と接戦を繰り広げていますが、仮にハリス副大統領が勝利する場合、どんな北朝鮮政策を採るのでしょうか?韓国紙にいくつかの記事が出ているので整理してみます。

 『聯合ニュース』では米NBCを引用し、バイデン政権の政策を受け継ぐと見通しています。これはNATOやインド・太平洋地域の同盟国(韓国や日本)にとって安心をもたらすとの見解です。

 在韓米軍の削減や北朝鮮の核保有を認めるといった、トランプ政権下で起きると予想される(想像される)未来とは異なるというものです。

 同記事では、米朝首脳間のコンタクトが続いていた18年に、当時上院議員だったハリス氏が、金正恩氏に融和的な態度を取るトランプ大統領を批判したとしています。

 また、19年8月に米外交協会が、民主党の大統領候補に対し「完全な非核化ではなく、核武器プログラムを一部解体する対価として、部分的に制裁を緩和する合意に署名するのか」と質問した際のハリス氏の以下のような回答を紹介しています。

・私は金正恩とラブレターを交換しないということをハッキリさせるという言葉から始める・トランプ大統領はいかなる実質的な譲歩も担保できないまま、金正恩に広報の勝利を与えた。このため、次の大統領がやるべき事が深刻になった

 トランプ大統領とは正反対の立場ですね。しかしそう単純ではないようです。

 ハリス氏はこの時さらに「究極的に私たちは北朝鮮を核保有国として認めることはできない」する一方、「単純に完全な非核化を要求することは失敗する方法であることは明らか」とも述べているからです。

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 記事でさらに、22年9月に副大統領として訪韓した際のエピソードを挙げています。

22年9月、最前線を訪問したハリス氏。合同取材班より引用。


22年9月、最前線を訪問したハリス氏。合同取材班より引用。

 この時、南北対立の最前線であるDMZ(非武装地帯)と板門店を訪問したハリス氏は「北朝鮮には悪辣な独裁政権、違法な武器プログラム、人権侵害がある」と批判したと言います。

 この部分を読んで、より正確なハリス氏の当時のコメントを探してみました。

 すると同氏は当時「私たちは、北朝鮮の残酷な独裁と蔓延する人権蹂躙、平和と安定を脅かす違法な武器プログラムを目撃している」、「米国の(韓国を)防御するという約束が鋼のようだという点をいくら強調してもし過ぎることはない」と述べていました。

 また「私たちは韓国で活発な民主主義を目撃するが、北朝鮮では残酷な独裁を目撃する」、「米国はこれ以上、北朝鮮が脅威にならない安定的で平和な朝鮮半島を追求する」と語ったとのことです(韓国紙『ザ・ファクト』より)。

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 一連の姿勢から分かるのは、北朝鮮に対して対話を望まないバイデン政権とは異なる何か新しいアプローチが出てくる余地はあるものの、それは簡単ではないというものです。

 なお、このアプローチは、ハリス氏の過去の発言から「スナップバック」と考えられます。つまり、米朝間で非核化措置や制裁解除といった取引が合意に達し、段階的な措置を取るものの、北朝鮮が約束を守らない場合、措置を取り消し前段階に戻すというやり方です。

 複雑に絡まり合った米朝関係や北朝鮮核問題を解く際には、段階的な変化以外にはないというのが(他には金正恩政権の崩壊があります)一般的な専門家の見方であり、「スナップバック」はこれを進める方向として文在寅政権時代にも何度も提案されてきました。

 もし、ハリス新大統領がこの方法を採択する場合に、米朝対話は進み、朝鮮半島の膠着状態は改善に向かう可能性があります。

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 他方、韓国KBS(日本のNHKに相当)ニュースに出演した、政府機関『国立外交院』の専門家は、バイデン氏とハリス氏の北朝鮮政策に「大きな差はない」としながら、「現時点で独自色を出すのは難しい」と診断しています。

 二期8年を務めると前提する場合「二期目にオリジナルカラーが出てくるのでは」という見立てです。確かに、検察出身で外交安保に明るくないハリス氏としては、まずはバイデン政権を受け継ぐ堅実な外交を行うと見るのが合理的な判断かもしれません。

 しかしここで強調しておきたいのは、韓国の影響です。

 以前、盧武鉉政権時代(03年~08年)に外交部長官を務めるなど朝鮮半島問題に詳しい宋旻淳(ソン・ミンスン)氏は回顧録の中で、「米国の北朝鮮政策はソウルから始まる」と書いたことがあります。

 これは韓国の立場、姿勢が米国の北朝鮮政策に影響を与える点を例えたもので、その影響力への評価は人によって違うものの、過去のオバマ政権時の「戦略的忍耐」が対話に消極的な韓国の保守政権(李明博・朴槿惠)下で行われたことを考えても、あながち外れた意見とは言えません。

 この立場で考える場合、韓国では北朝鮮との対話を一切のぞまない尹政権が27年5月まで続きます。この点から、ハリス大統領が実現する場合にも、朝鮮半島情勢は当分うごかないと見るのが妥当であると私は考えます。

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◎続く北朝鮮とロシアの交流、ベラルーシとも

 北朝鮮とロシアの関係は順調そのものです。

 18日には訪朝したアレクセイ・クリボルチコ国防次官が金正恩氏と会談を持ちました。朝鮮中央通信によると、この席上で「両国の軍事分野協力の重要性と必要性に対する認識が共有された」とのことです。

 さらに22日から23日にかけて、ロシアのクラスノフ検察総長が訪朝し、やはり23日にはベラルーシのルイジェンコフ外相が訪朝しています。

 このように、北朝鮮はロシアとその友邦であるベラルーシと全方位的な外交に乗り出しています。

北朝鮮の崔善姫外相(右)とベラルーシのルイジェンコフ外相。聯合ニュースより。


北朝鮮の崔善姫外相(右)とベラルーシのルイジェンコフ外相。聯合ニュースより。

 朝鮮中央通信によると、23日晩、平壌の高麗ホテルで宴会が開かれ、北朝鮮からは崔善姫(チェ・ソニ)外相がルイジェンコフ外相をもてなしました。

 この席で崔外相は「共同の理想と目的を指向するベラルーシ共和国との関係を全面的に拡大・強化すること」が北朝鮮の確固たる立場であると明かしています。

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◎日米韓…あとがきに代えて

 駆け足で見てきましたが、朝鮮半島を取り巻く緊張は拡大の一途をたどっていることがお分かりいただけたと思います。

 私はこの原稿を24日晩、ソウル市内のカフェに座って書いているのですが、21時過ぎになって、携帯電話に「北朝鮮のゴミ風船に注意」というメッセージが届いています。今もなお、北朝鮮からゴミ風船が届いているということです。

 他方、街は「緊張はどこ吹く風」といった雰囲気です。

 しかし事態は確実に不安定さを増しています。

 7月27日から28日にかけては、申源湜(シン・ウォンシク)国防長官が日米韓国防長官会議のため訪日するそうです。

 先に引用した24日付の読売新聞記事で、韓国の申源湜国防部長官が、年内(正確には11月の米大統領選前)に日米韓の間で防衛当局間の関係を「不可逆的」なものにするための枠組み文書を取り交わすことを明かしています。

 その内容は、▲三か国高官の会談の定例化、▲共同訓練の内容や頻度、▲情報共有の方法、▲次官補レベルの対話チャンネルの構築といった内容を含んでいるとのことです。

 インタビューの中で申長官はこの枠組みの作成を韓国が日韓に提案したと明かしていますが、日米韓の軍事同盟化を進めるイベントを朝鮮戦争の停戦協定が結ばれた27日の後に合わせる意味を考えてしまいます。

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 インタビューにはこんな言葉も出てきます。

韓国は現在、北朝鮮を含め、力による現状変更を進めて自由と平和を脅かす勢力から、世界を守る自由の防波堤となっている。韓国や韓米同盟がなければ日本の安全はどうなるか。韓国が最前線に出ていることが、日本にとっては非常に心強い状態だ。韓国も自国の安全を守るために韓米同盟を維持しているが、後方の日本がなければ、韓米同盟の完全性が弱まり、様々な問題に直面する。特に朝鮮半島有事の際、韓米同盟が継戦能力を維持するには、日本にある国連軍司令部の後方基地が極めて重要だ。

 その意はまさに、安全保障という名を借りた「戦争の終結ではなく継続への意志表示」ではないでしょうか。

 問題解決としての平和というのは、甘い考えかもしれません。

 しかし、根本的な平和に向かわない政策は、いずれどこかで破綻するのではないでしょうか。

 朝鮮半島はどこに向かっていくのか、代案はないのか、不安と疑問が尽きない夜です。

 今回もありがとうございます。YouTubeも宣伝しておきます。

 次号は土曜日にお届けします(徐台教)。

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