皆さま、アンニョンハセヨ。今週からニュースレターの配信を早めていきます。目標は正午の配信です。体制を整えていくので、しばらくお付き合いください。
今日の目次は以下の通りです。
(1)韓国の公共機関が大幅再編へ…地方移転「強制」も
(2)日韓同時公開映画『100万カットの記憶』観賞記
(3)今日の時事韓国語「파병」
(1)韓国の公共機関が大幅再編へ…地方移転に「待ったなし」
・109機関を再編、約350機関は地方移転へ
「主要インフラの民営化は、終局的に国民の負担を増やします。鉄道、電気、水道、空港、港湾の民営化を防ぐため、制度的・政策的な措置を講じています」
韓国の李在明大統領は9月3日、4年前に書いた「電気、水道、空港、鉄道の民営化には絶対反対」という自身のX投稿を引用し、こう書き添えました。
背景には、政府が同日発表した、公共機関の再編計画があります。
全524の公的機関のうち、109機関を再編するというものです。公共インフラは民営化しない。しかし、それを担う公共機関の形は大胆に変える。上記の投稿は、こんな政府の姿勢をアピールするものと受け止められました。
李在明大統領の該当ツイート。引用した画像は、22年5月に自身がXに投稿したものです。李大統領のXをキャプチャ。
「109」という数字だけを見ると、コスト削減を狙った構造改革にも見えます。ただ、政府は、費用削減が主な目的ではなく、AIの急速な進展やグロバールな危機に対応するため、先を見据えた改革が必要だと強調しました。
再編後も既存の雇用を引き継ぎ、新規採用も維持する方針です。
例えば、電力事業を担う「韓国電力」傘下の発電子会社5社は、再生可能エネルギーへの転換に向けて統合します。一方、土地開発と公営住宅を担ってきた「韓国土地住宅公社」は、開発と福祉の二つに分けます。似た仕事はまとめ、性質の異なる仕事は切り分けるということです。
しかし、早くも反発の声が上がっています。
労働組合側は、当事者との十分な協議を欠いた「密室行政」だと強く批判しました。組織の再編は、そこに勤務する者にとって、勤務地や労働条件が変わるという生活の変化に他ならないからです。
特に政府は、首都圏にある約350の機関を地方へ移す計画も打ち出しているから大変です。対象機関と移転先を決め、2027年から順次移転させる予定です。
・行政機関も移転…世宗市には新国会も
公共機関だけではありません。法務部(法務省)や性平等家族部といった国の行政機関も、世宗(セジョン)特別自治市へ移す予定です。同市には既に、国務調整室や企画財政部、国土交通部、農林畜産食品部といった省庁が存在しますが、これを拡大していく方針です。
背景にあるのは、深刻な首都圏一極集中です。
韓国では2005年に始まった第1次移転で、約150機関が地方へ移りました。しかし、それでも首都圏への集中と地方の衰退は止まりませんでした。
第1次移転では、生活環境の改善や地域の産業・大学との連携が十分に進まず、家族を首都圏に残し、週末だけ自宅へ戻る職員も少なくありませんでした。
今回の移転は、いわば「第2次移転」となります。政府は世宗市に大統領執務室と国会議事堂の建設も急ぐとしています。ソウル以外の「もう一つの中心」が生まれることになります。
一連の移転においては、単に建物と職員を移すだけでなく、教育、医療、交通を含め、地域に暮らし続けられる環境をつくれるのかが課題となります。
計画が明らかになると同時に、該当機関からは一部で反発する声が上がると同時に、「生活に有利な地方都市は早い者勝ち」と言わんばかりに、積極的な移転の意志を明かした機関もあります。
具体的な計画は年末までに決まる予定です。ダイナミックな改編の話は当分つづきそうです。(朴眞煥)
※朴眞煥の「今日のひと言」
先週末、時間をつくって、家族みんなが大好きな日本科学未来館に行ってきました。ただ、諸事情により、今回は初めて一人で。
お目当ては、研究者トーク&南極ライブ中継!「南極は地球のタイムカプセル!?~掘削で探る地球の過去と未来」です。その中で、ある研究者の言葉が心に刺さりました。
「地球温暖化を止めることはできない」
人間は、もう一線を越えてしまったのでしょうか。ここまで地球を温めてしまったことを、もっと反省しなければならない。後悔しても、もう遅いのかもしれません。
ですが、少しでも温暖化を遅らせるために、私もできることから実践していきたいと思います。
朴眞煥さん。日本在住の報道ディレクターで、韓国の日刊紙・京郷新聞で定期的に国際コラムを執筆しています。
(2)日韓同時公開映画『100万カットの記憶』観賞記
日本のドキュメンタリー写真家・桑原史成(くわばら・しせい)さんの約60年にわたる写真家人生を、本人と共に振り返る映画『100万カットの記憶』。
日本では9月5日から、韓国では『사진의 얼굴(A PORTRAIT OF PHOTOGRAPHY)』という題名で、9月2日から公開されています。私もさっそく昨日(6日)、ソウル市内に観に行ってきました。
桑原さんは日本では、1960年代に水俣病の現場を写真をもって記録したことで知られています。映画では当時、大手メディアが東京五輪に関心を向ける中、熊本の現場に足を運んだ桑原さんのストーリーが丁寧に描かれます。この時の撮影により、桑原さんは写真家として世に出ることになります。
今なお取材を続ける水俣病と並び、桑原さんのもう一つのライフワークが韓国・朝鮮半島です。私が桑原さんのお名前に触れたきっかけもこの分野でした。朝鮮半島報道に関わる者ならば、桑原さんの名を知らない者はいないでしょう。
写真集『板門店と非武装地帯』にも、桑原さんの写真が多く掲載されています。
特に、1960年代など、過去になればなるほど、桑原さんの写真の価値は高くなります。当時、韓国の写真家が入れなかったり、関心を持たなかった対象を撮影し、記録したからです。
特に有名なものには、ソウルの清渓川(チョンゲチョン)脇に連なる木造の住居で暮らす人々や、在韓米軍を相手に商売する「基地村」の女性たちの写真があります。
また、日本からの‘帰国運動’で朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)へと渡り、その後二度と日本の地を踏めなかった人々の姿もフィルムに収めました。
いずれも当局が撮ってほしくないと思う対象です。桑原さんはこうした写真を撮る際に、現地の人々から「なぜ撮るんだ」と詰問され、時には悪罵を投げ掛けられることもあったそうです。また、入国禁止となったこともありました。
前述したように、南北分断の最前線である軍事境界線でも1960年代に、貴重な写真を残しています。
桑原さんは劇中で、韓国というテーマに魅せられた理由をこう語ります。
「東西冷戦の間で、今なお緊張が続く分断国家の苦闘、それにより民衆に強要された過酷な苦悩と悲哀が、報道写真家の魂をつかみ、離さなかった」
胸に迫る言葉です。
日本語版のタイトルバナー。表紙となっているのは、1965年のソウルのとある集会での写真ですが、このエピソードもとても興味深いものがありました。
私は写真を専門に勉強していないので、「どういう写真を撮ったのか」という面からも映画を観ていました。いわば技術的な部分ですが、「表情の切り取り方」がとても印象的でした。
桑原さんの写真に出てくる人々の表情は、いずれもしっかりと何かを物語っています。解説がなくとも、悲しみ、憂い、怒りなどが立ち上ってくるかの様です。
思い返すと私は普段、記録用に写真を撮るくらいで、表情に注目したことがあまり無かったのかもしれません。写真で何かを表現しようとしてこなかったという事でもあるのですが、これではいけません。今後はこの点を意識してみようと思った次第です。
98分の映画は、89歳の桑原さんが実際にナレーションを担当するなど、味わい深いものになっています。
朝鮮半島に生きる当事者ではなく、ドキュメンタリー写真家の立場で見続けてきたからこそ分かることもある。国家にかかわらず、「人」として被写体を眺める桑原さんの姿勢に、共感を覚えました。
そんな桑原さんの温かい視線に触れたい方はぜひご覧ください。主人公顔負けの魅力を持つ、韓国人の奥様・和子さんとの60年も描かれています。日本での上映スケジュールは以下のリンクにあります。
また、映画そのものの情報はこちらとなります。
それにしても、ドキュメンタリーというのはいつ見ても最高ですね。何度か過去に書いたかもしれませんが、表現の最高峰でしょう。いつか撮ってみたいものです。(徐台教)
私が映画を観たのはソウル市内の「シネキューブ」という所です。ここではミニ写真展が行われていました。
(3)今日の時事韓国語「파병」
「パビョン」と読みます。漢字では「派兵」です。
先週金曜日にお伝えしたように、韓国軍のホルムズ海峡への派兵をめぐり(もちろん米側です)、国内では喧々諤々の議論となっています。
私も記事を一つ書いていて、明朝公開します。実はこれを今日のニュースレターで一緒に送ろうとしていたのですが、間に合いませんでした。
今日はここまでです。
行きつけのカフェで久しぶりに色々な方と雑談した感想としては、やはり李在明政権の支持率は大分下がったな、という所です。派兵問題がさらに追い討ちにとなりそうです。どうなりますか。
それではまた明日。アンニョンヒケセヨ。いつもありがとうございます。
