※本記事は有料ニュースレター『新・アリランの歌』第29号(24年1月13日発行)に掲載された記事ですが、今回、『日本人、オザワ』が韓国で百想芸術大賞 TV部門 教養作品賞を受賞したこともあり一般公開します。

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 私のパソコンのブックマーク(お気にいり)には、韓国の各放送局のドキュメンタリー番組ページへのリンクをまとめたものがあります。その数はざっと30。定期的に巡回しながら良さそうなドキュメンタリーをチェックするのですが、年明けに興味深いドキュメンタリーを見付けたので紹介します。

 タイトルは『日本人、オザワ』で、日本のNHKにあたるKBSの「ドキュ インサイト」という番組が昨年12月21日と同28日に放映した二部作です。

 はじめは文字だけ眺めて「はて、今になって小沢一郎のドキュメンタリーをなぜ作るのか」と思ったのは内緒です。再生してみると、市民運動を行うシーンから始まります。そうです、本作は日本で約30年にわたって日韓連帯労働運動を行ってきた、尾澤孝司さんと尾澤邦子さんご夫婦の足跡を追ったドキュメンタリーなのです。

番組タイトル。「日本人」よりも「日本の人」の方がニュアンス的に正しいかもしれません。

(番組タイトル。「日本人」よりも「日本の人」の方がニュアンス的に正しいかもしれません。)

 2部、約100分に及ぶ本作では、韓国に進出したデンソー、サンケン、シチズン、スミダ電気といった日本企業が、現地の労働者をまるで道具のように扱うことで生まれた労働争議を二人がどのように闘ってきたのかが存分に語られます。

 キーワードは「遠征闘争」。日本本社が韓国の現地法人や工場を突如閉鎖したり、または労組との協議もないまま数十から数百人を一斉解雇するといった出来事が起きる際に、韓国から労働者が日本にやってきて直談判することを指します。

 尾澤さん夫婦は、いわば遠征闘争における日本側の窓口であり、中心的存在として運動に関わってきたのです。

 尾澤邦子さんが初めて韓国の労働争議に関わったのは、1989年11月の韓国スミダ電気の工場閉鎖がきっかけでした。同社はファックス1枚で馬山(マサン)市(現・昌原チャンウォン市)の工場閉鎖と450人の労働者の全員解雇を決めます。背景には邦子さんが「渡り鳥企業」と呼んだ社側の事情がありました。

 より安い人件費を求めて他国へ工場を移そうとしていたのです。権利が侵害されたと立ち上がった韓国側の労組から、4人の女性労働者が東京・葛飾のスミダ電気本社へと遠征闘争に訪れます。なんとか会社側の理事に会うも、許された時間はわずか15分。「歯が震えるほど悔しかった」という4人は、会社前で断食闘争(ハンスト)に突入します。

尾澤邦子さん。番組をキャプチャ。

(尾澤邦子さん。番組をキャプチャ。)

 非常に重苦しい雰囲気で番組を見ていましたが、なんとここで全く予想できなかった出来事が起こります。現地の日本の市民が共に立ち上がり「リレー断食」が始まったのです。

 ハンスト現場は次第にお祭りになっていったといいます。当時の映像が残っていますが、地元の労働組合の男性が「韓国は遠いかもしれないが、我々は地元の労働者なのでやる気があれば365日の闘争だってできる」、「だいたい日本が韓国を36年間植民地支配し、やれるだけの悪事をやった。そういう経験を持っている我々は、一片の良心がある人間だったら、二度とこういうことをやってはいけない」とマイクで語る姿には鳥肌が立ちました。

 この時に運動に参加したたくさんの日本市民の中に若い尾澤邦子さんの姿がありました。

 当時、遠征闘争に訪れた韓国の労働者たちから「文化部長」と呼ばれるほど率先して運動を支えました。そして90年6月9日、ついにスミダ電気本社は労働者に謝罪すると共に解雇を撤回します。会社は閉めましたが、238日にわたる闘争期間中の給料や退職金、さらに再就職などに役立てる生存権対策資金を勝ち取ったのです。4人の韓国人労働者は支援者たちからスカートを送られ、着飾って喜びます。この辺は時代かもしれませんが、心温まる光景でした。

 この時に4人のうち一人の方はこう述べています。

 「私たちは生存権を剥奪された労働者として、怒りを抱いている時に皆さん(支援者)と出会いましたが、皆さんは私たちの心を人を愛せるように変えてくれた。そして人と人が共に生きる世の中がいかに美しいのかを、皆さんと一緒に生活する中で感じました」。

 このひと言を聞けただけでも素晴らしいドキュメンタリーでした。

 尾澤邦子さんはこの時の経験から1992年から2年間かけて韓国に留学しています。

 一方の尾澤孝司さんは全共闘世代。日大で学生運動を行い、三里塚闘争を通じ邦子さんと出会い1978年に結婚します。

 邦子さんと共にいくつもの遠征闘争支援に関わることになりますが、その動機を「戦後アジアに謝罪と補償をしたのか。韓国にはそうしなかった」、「韓国に進出した日系企業はそういうものを引き継いでいる。その責任をまず日本の民衆として果たさなければならないと思って支援を始めた」と振り返っています。

尾澤孝司さん。番組をキャプチャ。

(尾澤孝司さん。番組をキャプチャ。)

 遠征闘争を通じては良い結果が出ることも、そうでないこともありました。03年に韓国シチズンが174人を解雇した際には8か月を闘い勝利するも、06年に馬山で起きた韓国山本製作所が71人を解雇した際には、最後まで面談を拒否する会社の前に運動を整理したこともあります。

 そんな中、尾澤孝司さんが逮捕される出来事が起きます。

 2016年9月にサンケン電気(埼玉)の韓国支社である韓国サンケンが34人の労働者を解雇しました。この時には229日の闘争の結果、解雇撤回を勝ち取りますが、20年7月になって韓国サンケンは廃業を決めます。工場清算を前に、重大事項がある際には労使間の協議をすべきという合意は守られませんでした。

 そしてまた闘争が始まり、21年5月、尾澤孝司さんは警備員との押し問答の中で逮捕されます。容疑は暴行と業務妨害。当時の映像からは暴力を振るったようには見えない中での逮捕でした。考司さんはその年の12月まで約7か月にわたって拘留され、ようやく保釈されました。

 サンケンとの闘争は、邦子さんが株主総会で会社の不正を直接訴え、韓国ではハンストも行うなど最後まで力を振り絞りますが、社側の頑なな態度を前に22年7月に惜しくも終了します。

 一方、デンソーを相手どった労働闘争では、韓国ワイパーという会社の清算を防ぐことはできませんでしたが、三度に及ぶ遠征闘争の結果、清算慰労金や再就業のための雇用基金を勝ち取れたとします。この過程でも、日本と韓国の市民社会の連帯が光っていました。

私と同じ(?)群馬県出身の尾澤邦子さんは、最近ではこんな運動にも参加しているそうです。番組をキャプチャ。

(私と同じ(?)群馬県出身の尾澤邦子さんは、最近ではこんな運動にも参加しているそうです。番組をキャプチャ。)

 一方、孝司さんの裁判には、韓国の市民社会も支援します。国会議員68人の嘆願書を集め、共に闘った韓国側労組の人物が法廷に証人として立ち、考司さんがこれまでいかに日韓市民連帯に尽力してきたか、暴力を振るう人物でないかを訴えました。23年9月の判決は罰金40万円。支援者たちは不当判決と声を上げています。

 そして番組は最後、日東電工の韓国工場清算(閉鎖)に立ち向かう新たな遠征闘争の幕開けと共に、終わります。

 駆け足で番組を振り返ってみましたが、尾澤さん夫妻の足跡を通じ、日韓の労働運動連帯の足跡を韓国の視聴者は十分に理解できたのではないでしょうか。私もこれまで、サンケンに関するニュースを少し読んだ程度の、いわば全くの門外漢でしたがとても得るものが多いドキュメンタリーでした。

 冒頭のコラムでも書いたように、大上段からやれ日韓関係だ安全保障だと語ることで見落としてしまう日韓の真の交流がここにありました。

 番組はYouTubeで無料公開されています。コメント欄には「涙が出る」、「尾澤さんのように熱く生きているのか」、「韓国の責任者は何をやっているのか」といった韓国の視聴者の感想が並んでいます。リンクを貼り付けておくので一度ご覧ください。日本語が多いのである程度内容が分かるかもしれません。

“해고 돼 봤어요?” 약속을 안 지키는 것은 최악이야! ” 이 일본인 부부는 왜 한국인을 위해 싸울까? ㅣ KBS 다큐인사이트 – 일본사람 오자와 23.12.21 방송

#다큐인사이트 #일본인오자와 #스미다전기1989년, 일본의 스미다전기는 팩스 한 장으로 한…www.youtube.com

“어째서 우리가 해고 됐단 말임?” 분통 터져서 일본 현지 투쟁에 나선 한국 노동자들 ㅣ KBS 다큐 인사이트 – 일본사람 오자와 2부 23.12.28 방송

#다큐인사이트 #일본사람오자와 #스미다전기1989년, 일본의 스미다전기는 팩스 한 장으로 …www.youtube.com

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